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紅蓮仙途 ―少年と龍狐と星の誓い―  作者: 紅連山


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紅蓮仙途【第41話】火を操る術 【第42話】初めての火

【第41話】火を操る術


 その日の午後、雲が薄く広がり、山間には白い靄がゆっくりと流れていた。修行の谷の中央に建つ煉丹房の屋根からは、淡い香気を帯びた煙が立ち昇り、山風に溶けてゆく。蓮弥はその炉の前に座り込み、黙々と火を見つめていた。


 昨日、必死に練り上げた丹薬を師匠・シュウ廉に差し出したとき、返ってきた言葉は冷酷なものだった。


 ――「下品にも届かぬ。」


 その一言で心が折れるほど、蓮弥は弱くなかった。彼は火を見据えたまま、どうすれば次に進めるのか、失敗の原因を探り続けている。


 炉の周囲には、採取したばかりの霊草や細かく砕かれた鉱石が整然と並べられている。葉の一枚一枚から淡い光が溢れ、霊気を帯びた薬材の香りが部屋を満たしていた。丹炉の中でゆらめく炎は安定せず、まるで意思を持つかのように揺れ、熱気とともに蓮弥の顔を照らしている。


 その背後から、足音が静かに響いた。シュウ廉である。師は深紅の長衣を纏い、背筋を伸ばしたまま炉の前に歩み寄ると、瞳を細めて弟子を見下ろした。

 「良い丹薬を作るには、何よりも火の加減が肝要だ。」


 低く落ち着いた声が煉丹房に響く。蓮弥は驚いて振り返った。

 「火の加減……ですか?」


 シュウ廉は無言で頷くと、炉の前に立ち、指先で炎を示した。

 「料理に例えれば、味を整えるために火を調節するのは当然だろう。しかし丹薬は味ではない。霊草や鉱石の潜在力を活性化させ、人の体が最も吸収しやすい形に転化させる。それが煉丹の本質だ。」


 「……霊草の命を引き出す火、ということですね。」

 「その通りだ。そして、その火を操る術を、お前はまだ知らぬ。」


 師の言葉に、蓮弥は心を打たれた。数日前に火の巻を学び、体内で火気を練る基本を身につけたばかりだった。だが、術として外に放ち、自在に操るには程遠い。


 シュウ廉は人差し指をゆっくりと立てた。

 その瞬間、空気が揺れた。指先に淡い橙色の光が生まれ、炎の種がふっと咲いたように見えた。


 「これが火の術だ。」


 小さな炎は、たちまち小鳥の形に変わり、空中を羽ばたいた。炎の羽ばたきは柔らかい光を放ちながら房内を舞い、次の瞬間には犬となって走り回り、尻尾から小さな火花を散らす。やがて炎は再び形を変え、たてがみを揺らす駿馬へと姿を変えた。蹄音のような火花が宙に弾け、炎の馬は天井すれすれまで駆け上がる。


 蓮弥は目を見開き、呼吸を忘れた。

 「……これが、火を操るということ……」


 やがて炎は再び丸い火玉となり、シュウ廉の指先に舞い戻った。炎は消えることなく、鼓動するかのように小さく脈動し、生き物のように揺れている。


 「火を操るとは、ただ燃やすことではない。温度も勢いも形も、すべてを意のままに制御する術。それができれば、丹薬作りの精度は飛躍的に高まる。」


 シュウ廉の声は淡々としていたが、その背に漂う気配は圧倒的だった。まるで炎そのものが師の意思に従っているかのように、房内の空気まで温度を帯びている。


 蓮弥は拳を握りしめ、胸の奥から込み上げる熱を抑えられなかった。

 「……この術を、学ばせてください。必ず、習得します!」


 師はわずかに口元を緩めると、火玉をすっと握りつぶすようにして消した。その動作により、房内の温度は一瞬で下がり、静寂が戻る。


 「よかろう。だが覚えておけ。火は人を救う光にもなれば、すべてを焼き尽くす災厄にもなる。その責任を背負える者だけが、この術を真に使える。」


 蓮弥は深く頭を垂れた。

 「心得ています。」


 谷の風が窓を通り抜け、煙と霊香を揺らした。外では鳥のさえずりが聞こえるが、蓮弥の胸の内は静かに燃え盛っている。彼の瞳には、先ほどの鳥や犬や馬の炎の姿が鮮烈に残っていた。それは単なる術ではない――未来を切り開く光だった。


 こうして蓮弥の新たな修行が始まった。炉の前に座す若き修士の背は小さくとも、その決意は燃えさかる炎よりも強く、谷を吹き抜ける風の中で確かに輝いていた。



【第42話】初めての火


 山の夕暮れは早い。修行の谷を包む空はすでに紫色に染まり、谷間には薄い靄が漂っていた。煉丹房の戸を閉じれば、外の虫の声も遮られ、ただ炉の存在だけが静かな気配を放っている。


 蓮弥は炉の前に正座していた。炉の前には乾いた薪がいくつか小山のように積まれ、室内には霊草を干した香りがほのかに漂っている。その香りはどこか甘く、それでいて体の奥の霊力を微かに刺激するようだった。


 「まずは基礎からだ。」


 背後で、師・シュウ廉の低く落ち着いた声が響く。その声には風の音さえも押し返すような重みがあった。彼は腕を組み、蓮弥の後ろに立ち、静かに視線を下ろしている。その気配だけで、背筋が自然と伸びた。


 「火の術は派手さや力ではない。制御こそ全てだ。力むな。霊力を巡らせ、丹田から指先まで導き、わずかな火を灯せ。」


 蓮弥は深く息を吐き、心を鎮めた。瞳を閉じ、意識を丹田に沈める。下腹の奥で渦巻く霊気を感じ取り、呼吸に合わせてそれをゆっくりと練り上げる。まるで山中を流れる清流を汲み上げるかのように、霊気の一滴一滴を手先へと導いていく。


 やがて、右手の指先に微かな熱が生じた。火照りが広がり、小さな光が生まれそうな気配があった――が、その瞬間、霊気の流れが途切れ、熱は霧のように散ってしまった。


 「くっ……」


 悔しさを滲ませる蓮弥を見て、シュウ廉は首を振った。

 「焦るな。火は力でねじ伏せるものではない。水が器に沿って流れるように、霊力も自然のままに導け。」


 その声は穏やかだが、山の頂を渡る風のように厳しさを帯びていた。蓮弥は唇を噛み、再び呼吸を整える。


 ――炎。

 頭の中で火の姿を想像した。小さな灯火。夜を照らすろうそくの炎。炎の揺らめきが静かに瞼の裏に浮かぶ。


 「……ふっ。」

 息を細く吐き、霊力を一本の細い糸にして指先へと流す。その瞬間――指先にぽつりと赤い光が灯った。


 「……で、できた!」

 歓声を上げかけた瞬間、火は暴れた。火花が弾け、指先から飛び出した火種は薪の上に落ちた。


 ぼっ!

 乾いた薪が一瞬にして火を噴き、炎が天井に届くほどの勢いで燃え上がった。


 「うわっ!」

 慌てて後ずさる蓮弥。その背後で、シュウ廉は眉ひとつ動かさず見下ろしていた。

 「だから言っただろう。制御だ。」


 冷ややかな言葉。しかし、その口元にはわずかに笑みが浮かんでいるようにも見えた。


 炎が薪を呑み尽くす前に、シュウ廉が指を軽く振るった。すると燃え盛る炎は、まるで意志を持つかのようにすっと萎み、残り火だけを残して静かになった。


 「火はお前の気性を映す鏡だ。心が乱れれば炎も暴れる。心を鎮めよ。」


 蓮弥は深呼吸を繰り返し、再び挑む決意を固めた。先ほどの失敗を胸に刻み、今度は一滴の霊力も無駄にしないように慎重に練り上げる。丹田に集中し、体内の霊気を小川のせせらぎのように指先へと導く。


 「……静かに……」

 小さく呟き、再び炎を思い描く。指先にぽつりと光が生まれる。今度は暴れない。ゆらゆらと揺れるその炎は、ろうそくの灯りほどの小ささだが、確かに存在している。


 「……っ、成功した……」

 指先の小さな炎を見つめる蓮弥の胸に、静かな喜びが広がった。


 「よし。それでいい。」

 シュウ廉の声が落ち着いて響く。彼の視線は炎に注がれ、微かに満足の色を浮かべていた。


 「次は形を整えろ。炎を細く糸のように伸ばせるか、あるいは球のようにまとめられるか。丹薬を作るには、温度も形も自由自在に操れねばならん。」


 蓮弥は唇を結び、炎を凝視した。細い霊力を絶やさず送り込み、炎の輪郭を意識で包み込むように操る。炎は最初ふらついたが、やがて呼吸と同調し、丸くまとまっていった。淡い光が指先で静かに脈打ち、小さな火の珠となる。


 「……できた……!」

 声はかすれていたが、その目は輝いていた。


 「よし。今日はここまでだ。」

 シュウ廉は言い、背を向ける。その後ろ姿は炎よりも静かに、そして力強く見えた。

 「火はお前の友にもなれば、敵にもなる。扱い次第で人を救いも滅ぼしもする。そのことを忘れるな。」


 蓮弥は深く頷き、指先の炎をそっと吹き消した。


 指先にはまだ熱が残っていた。その熱は皮膚の上だけでなく、心の奥にも宿り、未来を照らす灯火となった。彼は己の小さな炎を胸に、修行の険しい道を進む決意を固める。


 山の夜風が煉丹房の窓を揺らし、淡い香気を運ぶ。外の世界は静かだが、炉の前に座る若き修士の瞳には、確かに炎が宿っていた。


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― 新着の感想 ―
この回とても魅力的ですね!! 火の描写から…… 火は――から始まる一連の文字列や詩、言葉が紡ぐ火の扱い方。 非常に興味深いです。 まるで、現実に起こりえそうな……そして、作者さんは火の術を本当…
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