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紅蓮仙途 【第1話】【第2話】

【第1話】弥太郎と霊


夏の夜。


満天の星空を背に、山あいの小さな村の子供たちは、ひそひそ声で肝試しに挑んでいた。

古びた杉林の奥、薄暗い小径をそろりそろりと進む。

足元には小石や落ち葉が散り、時折、虫の鳴き声が静寂を切り裂く。

夜風が木々を揺らし、冷たいざわめきを運んでくる。


「おい、あの祠のところまで行けるか?」

「怖くて無理だよ!」

そんな声を交わしながら、何人かが後ずさりする。

その祠の前に、ひとりの少年が立っていた。

名は弥太郎。


彼は汗を拭いながら、村の子供たちから少し距離を置き、ひとり祠へと歩みを進めていた。

祠は村はずれの小さな丘の上にひっそりと建っている。

昼間は優しい表情の仏像が安置されている場所だが、夜の闇に包まれ、何か不思議な気配を漂わせていた。


祠の前に立つ弥太郎は、深呼吸をひとつ。

胸の中にわずかな不安がよぎるが、決して引き返そうとはしなかった。

祠の中を覗き込むと、ひとつの像が闇の中に浮かび上がる。

それは鋭い牙をむき出し、目はギラリと光る狐の形をしていた。

昼間見た仏像とはまるで違い、顔は鬼のように険しく、翡翠のように輝く目を持っている。

手には細く曲がった刀の柄を握っているのが見えた。


「なんだ、この像は……」

弥太郎はその像をじっと見つめる。

何度も昼間に見ていたはずの像だ。

しかし、今はまるで生きているかのように迫ってくる。


突然、冷たい風が背中を撫で、祠の周囲に白い霧が立ち込めた。

像の目がわずかに動いたように感じたその時、霧の中から白い影がふわりと浮かび上がり、弥太郎の体へと滑り込んだ。

「我が魂、汝と結び、共に歩まん――」

聞こえた気がしたその声が、彼の内に新たな“何か”を宿した。


その後、弥太郎は村の子供たちの声に応え、いつもの明るい笑顔を見せた。

「さすが、弥太郎。肝試しの勝ちだ!」

だが、その心の奥底で、何かが静かに揺れ動いていた。


夜が更けるとともに、弥太郎の内に宿るもう一つの人格が目覚め始める。

それは冷たく、鋭く、時に激しい感情を伴って彼を支配した。

自分の体ながら、自分でない者が宿っている感覚に戸惑いながら、弥太郎は知らず知らずのうちに運命の歯車が動き始めた。


【第2話】村八分


あの日、祠の狐の像から霊が宿って以来、弥太郎の心は大きく揺れ動いた。

もともと村一番の優しい子だった彼は、次第に荒々しくなり、乱暴な言動が増えていった。

昼間は普段通りの弥太郎でも、夜になると別の人格が顔を出す。

誰も彼を手に負えなくなった。


子供たちは最初、心配の目で見ていた。

しかし、乱暴な言動や些細ないたずらが増え、やがて距離を置くようになった。

「弥太郎、また変なことやったんだって?」

「怖くて近づけない」

その言葉は彼の胸に鋭く刺さった。

孤独感と怒りが心の中で渦巻き、どうすれば良いのかわからなくなった。


大人たちも眉をひそめ、彼の家を避けるようになった。

村の古い掟に従い、問題を起こした家族は共同作業や集まりから外される。

それは彼の家にとって、村で暮らすうえで大きな孤立を意味した。

いわゆる“村八分”というものだった。


弥太郎の両親はすでに他界し、彼は親戚の家に引き取られていた。

しかし、そこも以前とは違ってきた。

最初は笑顔で迎えられ、可愛がられていた弥太郎。

だが最近は誰も話しかけず、食事の席でも距離を置かれた。

ある夜、こっそりと聞こえた話し声に、彼は深く傷ついた。


「どうしてこんな子を引き取ったのかねえ」

「村の厄介者になりそうだ」

親戚の皆も表情を硬くし、弥太郎を避けるようになった。

ある日、弥太郎が隣の少女に話しかけると、彼女は怯えたように後ずさりした。

他の子供たちも無言で彼を避けた。

「どうして、みんな……」

彼の胸の中で、孤独と怒りが渦巻いた。


村の年寄りは静かに言った。

「村の掟に逆らう者は、村の輪から外されるのだよ」

そして、村の人々の冷たい視線がますます強まる中、弥太郎は村を追い出されることになった。

夜明け前の薄暗い空の下、荷物を背負い、彼は振り返らずに村を離れた。

遠くから聞こえる囁き声が耳に残った。


「やっぱりあいつは呪われている」

「村の災いを呼ぶ子だ」

運命の歯車は、確かに動き始めていた。


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