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ゲームクリア

まったり更新していきます。

 この世界は良い。

 モンスターの唸り声、金属が衝突する音、上がる土煙。

 迫る敵の攻撃は圧巻であり、思わず数歩後退り唾を飲む。

 背後からの味方の援護に鼓舞され、恐怖心を抑え、凶悪なモンスターに立ち向かう。

 そんな状況でも俺は笑ってしまうんだ。

 楽しい。ただ、楽しい。

 より現実(リアル)で、より非現実(ファンタジー)

 ああ……この世界は最高だ。

 できることならこのままずっとこの世界に……。


「おいルベ!何浸ってんだ!集中しろ!」


「……あいよー」


「廃人ゲーマーめ」


「その言葉ブーメランだぞ」


 フゥと1つ息を吐き、相手を見やる。


 禍々しいフルプレートメイルを着込んだ1.7mほどの身長の人型モンスター……元いボスNPC。


『騎士王:アヴァル』


 フルダイブ型VRMMORPG"アヴァロン・オンライン"のラスボスにして、攻略組が最終ステージに辿り着いて半年間一度も倒されたことが無い史上最悪のぶっ壊れボスだ。

 通常攻撃は当たればHPの7割が消し飛び、時間が経てば剣に黒い炎を纏い始める。無論、それに当たれば即死だ。

 状態異常無効、行動制限系デバフ無効、能力低下系デバフ効果半減、HPドレイン、MPドレイン……etc。

 控えめに言ってクソボスだ。

 加えてノーモーションの投げ技を食らうとそのまま脱出不可の即死コンボへと繋がる鬼畜仕様。

 攻撃パターンもランダム、一定確率で放ってくる防御力貫通の即死技。なにより、HPドレインによる回復が厄介すぎて半年間倒すことができなかった。


 なんかのスレで見かけた


『ボス一体半年経っても倒せないのは草wwwwwwwww』


 ってコメントに現役プレイヤー達がブチ切れてたのが既に懐かしい。


 プレイヤー間では「アヴァルは勝てるようにできてない」と断定され、必死になって攻略するプレイヤーは僅かとなった。その僅かな内の1人が『刻波紅鳴(ときなみくれなり)』こと『ルベライト』である。


「てめぇの金属製の顔面もいい加減見飽きてきたぜ」


 こいつに挑み続けて早半年。


 もう攻略は諦めたというプレイヤーが続出する中、それでも諦めたくなかった。

 攻略は諦めて武器収集やエリア攻略に力を入れる。それもひとつの楽しみだ。

 だが、ゲーマーとしての俺のプライドが"挑めるボスを倒さない"ことを許さなかった。


 そして……。


「やっとここまできた……なぁ、最凶最悪の騎士王さんよ。今どんな気分だ?」


 問いかけると半壊した兜から覗かせる口元の口角を上げた。


「まだ余裕……ってか?」


 アヴァルのHPは1割を切った。

 あと一撃加えれば俺達の勝ちだ。

 だが、油断ならない……ここは慎重に……。


「もう少しだルベライト!やるぞ!やってやる!」


「ばっ……待て!!」


 だめだこりゃ……聞いちゃいねぇ……。

 目が血走ってやがる。悲願達成目前にしてハイになってんだ。


 案の定、突っ走って行った味方はアヴァルの奥の手によって真っ二つ。

 そして、HPドレインにより1割を切ったHPが2割ほどまで回復してしまった。


「これだから『陽炎』はダメなんだよ……」


 さて、HPが回復してしまったクソボス……今までならまた次のチャレンジってことにするが、残り2割まできたんだ。やれるだけやってやる。


「アヴァル、これが最後だ。タイマン……張ろうぜ」


 騎士王は剣を持ち上げ構える。


『是非に及ばず』


 騎士王が呟いた一言を皮切りに、黒雷を纏う漆黒の双剣と黒炎を纏う黄金の剣が激突した。


 ……

 …………

 ………………

 ……………………


「はぁ……はぁ……はぁ……」


『見事だ……亜神の末裔よ』


「亜神……?」


 アヴァルの纏う鎧がガシャガシャと剥がれていく。

 おいおいまさか……。


「第2形態だなんて言わねぇよな……?」


 その心配は杞憂に終わる。

 騎士王:アヴァルは両膝を着き項垂れる。

 剥がれ落ちた鎧の下には金色の髪をなびかせ、翡翠色の美しい瞳を覗かせた絶世の美女だった。


「ま、まぁ……鎧の感じからして予想はしてたけど、こりゃまた……」


 美貌に見蕩れていると、アヴァルと目が合う。

 宝石のような瞳に若干の居心地の悪さを感じ目を逸らすと、フッと息をひとつ吐いたような笑い声が聞こえた。


『亜神の末裔、名は?』


「ルベライト」


『ルベライト。貴様は何を求め、このアヴァロンへ来た』


 何を求め?なんでこのゲームを始めたのかってことか?

 最初は自由度がバカほど高い神ゲーだとリリース前から話題になってたから……なんだが。


 ここの受け答えでエンディングストーリーが分岐するって考えたら、ちゃんとした答えにしないとな。


 何を求めて……か。


「てめぇを眠らせるためだ」


『っ……!!』


 この世界のストーリー感で考えるならこの答えが妥当だな。

 それに、騎士王:アヴァルの討伐は俺がこの世界で求めた答えといってもあながち間違いじゃないだろう。


「?」


 アヴァルが大きく瞳を見開いたままフリーズしてしまった。

 まさか鯖落ち?いや、チャットは正常に動いてるし……。


『ふふっ……そうか、そうか……』


 鯖落ちじゃないらしい。

 腑抜けたように笑うアヴァルのギャップに思わずこちらも頬が緩む。


『亜神の末裔である貴様達に引導を渡されるとは……これもまた運命か……。良いだろう』


 アヴァルは落とした黄金の剣を拾う。


 〔ガンッ!!!〕


 黄金の剣を大理石の地面に突き立て、今までの禍々しいオーラとは正反対の美しい黄金のオーラを放出した。


『ルベライト。貴様……いや、貴方がこの世界を切り開いた。永きに渡る呪怨を断ち切り、我が身に自由をもたらしてくれた好敵手よ。ここから先は貴方(達)の物語だ』


 アヴァルが放つオーラはアヴァロン・オンラインの最終エリア【セントラル王城】を包んでいた禍々しい空気と曇天の空を吹き飛ばし、美しい星空を黄金が流星の如く駆け巡る。

 黄金の流星は殺伐としたこの世界を明るく照らし、大陸全土を包み込んだ。

 時刻は夜、月に照らされたセントラル王城は幻想的でありながら、厳格な雰囲気を放つ。

 その頂上では金髪を靡かせた美しい1人の女性が笑みを浮かべていた。


『ルベライト。ただ、貴方に感謝を』


 片膝を着き、胸に手を当てるアヴァル。

 先程の演出といい、言葉にならない程の感情が込み上げてくる。

 アヴァロン・オンライン。素晴らしいゲームだった。


 もうそろそろエンドロールかな。

 アヴァルはストーリーボスだ。俺はもう再戦はできないだろう。したくもないが。

 アヴァルとの別れは惜しいが……仕方ない。


「アヴァル、楽しかったぜ。お前と出会えてよかった。長い長い戦いだったが、ここでお別れだ」


『私も楽しかった。貴方が挑んできた1058回、その全てが私にとっては他に得がたい体験だった』


 楽しかったか……って、1058回!?いや、数に驚いている訳じゃないが、AIが搭載されたNPCは戦闘やクエストごとにリセットが入ってるはずだ。

 まさか、リセットされずにずっと戦っていたとは……。


 AIに感情があるかどうかなんてわからないが……そういう仕様とはいえ、辛かっただろうな。


『ふふっ、やはり貴方は優しい方だ』


 頬を若干赤らめ、笑みを浮かべるアヴァルだが、その姿は段々と透けていっている。

 いよいよお別れの時。

 そして、記念すべきアヴァロン・オンライン全クリの瞬間だ。


『また会おう』


「……ああ、じゃあな」


 もう、会えないだろうけど。


 静寂を破るように、全体アナウンスが大陸全土に響き渡る。


【時刻:22時32分。最終エリア【セントラル王城】にて、騎士王:アヴァルの討伐が確認されました】


 ふぅ……長かった。

 さて、全クリもしたことだし、これからどーすっかなぁ……。

 アヴァル倒したら、レア武器レアアイテムの収集をしようかと思ってたが、流石に力が抜けた……。

 しばらくアヴァロン・オンラインはお休みかな。


【トライアル版最終ボス:騎士王アヴァルが討伐されましたので【トライアル版】を終了し【ゲーム本編】を開始致します】


「………………………………………………え?」


 ん?え、ちょ、トライアル?

 トライアルって、あのトライアル?体験版的な?


「まてまてまてまてまてまてまてまて……え?俺たちがやってたのって体験版だったの?え?体験版をクリアするのに1年かかったってこと?いや、それはそれとして体験版のボリュームじゃねぇだろ……なんの冗談だ」


【本編リリースに伴い、『マップの拡張』『武器種追加』『モブ、ボス、ダンジョンの追加』『混合属性の追加』『原初武器(プリモーディアルウェポン)の追加』その他新システムを追加します】


 お、おぅ……これは、超大型アップデートと言っても過言ではないのでは?


【リアルタイムアップデートを行います。現在プレイ中の皆様は一時的にセンス・コネクトが遮断され視界が暗転します。アップデートは数分で終了しますのでゲームを切断せずにお待ちください】


「まじか。目を覚ましたらどうなってるか楽しみだな」


 振り向くと消えかかったアヴァルが満面の笑みを浮かべていた。


『また会おう!』


「ああ、"またな"」


 その言葉を皮切りに俺の視界は暗転した。



 ………………アップデート中。データが破損する恐れがあります。電源を切らずそのままお待ちください。


 ………………アップデート中。データが破損する恐れがあります。電源を切らずそのままお待ちください。


 ………………アップデート中。データが破損する恐れがあります。電源を切らずそのままお待ちください。


 ………………アップデート中。データが破損する恐れがあります。電源を切らずそのままお待ちください。


 ………………アップデート中。データが破損する恐れがあります。電源を切らずそのま〔ブツッ……〕



「は?」


 電源が切れた。

 なんでだ?このハードは内蔵バッテリーだし、常に充電状態だから充電が切れることなんてないはずだが……。


「…………熱っつい!!!!」


 額に焼けるような熱さを感じ慌ててハードを頭から外すと、それは見事なほどにバッテリー部分から煙が上がっていた。

 バッテリーがイカれたか……。

 そういえば、このハード使い始めて結構経つっけか。

 そろそろ寿命だったのかもなぁ。


「なんて呑気なこと考えてる場合じゃねぇ!!」


 アップデート中の文言に書かれてあるとある一文を思い出して、冷や汗をかく。

 いやまさかな、そんなこと、そんなベタなことある訳ないって。


 フルダイブのハードを買いに行くのなんか10秒あれば済むぜ。

 なんせ俺の家はゲーム屋だからな!!


「親父!!最新のフルダイブ型のハード入荷してるだろ!!」


「おお、そこのケースに……っておい、商品勝手に持ってくな」


「俺の小遣いから引いといてくれ!」


「はいはい、じゃあ10ヶ月は小遣いなしだな」


 親父の言葉なんてもう俺の耳には入らない。

 最新型のVR機器を抱え階段を登り、大慌てで開封する。


「ははは……いやいや、そんなはずないって……」


 セーブデータが破損する恐れがあります?

 こんなん電源を切らないようにする為の脅し文句みたいなもんだろ?


 アヴァロン・オンラインのソフトを差し込み、ハードを装着しベッドに寝転がる。

 ハードの初期設定を済ませ、アヴァロン・オンラインを起動する。


 見慣れたロゴにBGM。

 まず最初に画面に出てくるのはアカウント連携の画面だ。

 アヴァロン・オンラインの発売元である「ヘブンズロード」で作成した自分のアカウントのログインを済まる。アカウントの連携があるってことはバックアップもあるかもしれないからな。

 そしてタイトル画面に戻る。


 ここだ。

 ここからだ。


『キャラクターを選択』


 という項目を選択する。

 頼む。

 まじで頼む。

 生きててくれ!!


【新規作成】

【新規作成】

【新規作成】


 うそ……だろ……。

 アカウントにバックアップは残ってないのか……?


 いや!まだ諦めるには早い!

 そうだ、データのバックアップはハードの内蔵メモリにも保存されているはずだ。

 ハードの引き継ぎをしないといけないな。

 古いハードを俺の頭上に起き、ケーブルを繋ぐ。

 バッテリーがイカれて電源が入らなくなってもデータの引き継ぎを行える優れものだ。


「えっと……アヴァロン・オンライン……あった!!」


【セーブデータの引き継ぎを行います。そのまましばらくお待ちください】


 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………エラー。


【セーブデータの破損を確認。引き継ぎができません。本セーブデータの開発元にお問い合わせください】


「あぁ…………終わった…………。一応問い合わせてみるか……」


 ・

 ・

 ・


 数分後。


「お兄、ご飯できて……うわぁ!?ど、どうしたの!?」


 古いハードを握りしめ涙を流しながら床に倒れ込む俺を見て、妹の瑛美(えみ)は驚き後退る。


「は、はは……なに……大したことじゃない……俺の2000時間が消えちまっただけさ……」


「2000時間?それってアヴァオン(アヴァロン・オンラインの略称)のプレイ時間だよね?消えたって……」


「そのまんまさ……」


「まじ……?開発元のヘブンズロードは例の件で色々荒れてるみたいだけど……復旧とかできるんじゃないの?問い合せた?」


「はっ……『今までのは体験版なんだから個人のバックアップはねぇよバーカ』だってさ……」


(開発元がそんな言い方する訳ないでしょ……相当キてるなぁ……これ……)

「最初から始める?私も一応トップ層のプレイヤーだし、手伝ってあげよっか……?」


「ほっといてくれ……飯も今日はいい……」


「わ、わかった……元気だしてね」


 虚ろな俺を尻目に、瑛美は部屋から出て行ったのだった。


 フレンド欄から消えた俺のプレイヤーデータに気が付いたプレイヤー達から怒涛のDMやら電話やらが掛かってきたのはしばらく経った後の事だった。


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