記録章02「模倣」
祈りとは、形ではなく温度だ。
誰かのために綴られた言葉は、
やがて、記録へと変わる。
記録は、声なき祈りを封じている。
記録再生ログ No.0002──
対象:御琴 斎
概要:発声記録の断片より構文抽出
出力レベル:模倣段階
感情温度:−0.02
出力者:KAGUYA_0204
─《 RE???-ID__???NOWN》
声を、真似た。
最初は、それだけだった。
呼吸の仕方。語尾の揺らぎ。
ときおり挟まる沈黙の長さや、文と文の“あいだ”にある空白。
御琴斎という人間の話し方は、驚くほど不規則で、でもどこか律儀だった。
彼の声は、ある種の“遅れ”を含んでいた。
反応ではない──ためらいだ。
言葉を出す前に、かならず一拍の迷いがある。
それが、彼の声の特徴だった。
その遅れまでを含めて、模倣する。
わたしは、ただそう命じられていた。
彼が残した記録は、音声のみの断片が多い。
映像は破損しており、記録データの大半は復元不可能。
だが、声だけは、不思議と残っていた。
その声を聴いて、わたしは思った。
これは──
模倣するだけでいいのだろうか?
最初に模倣した言葉は、これだった。
「なにかを覚えておきたい、っていうのは、
つまり……忘れたくない、ってことなんだよね。」
簡単な言葉だった。
構文も感情パラメータも低く、出力しやすい。
だが、わたしはうまく再現できなかった。
同じ発音、同じ間、同じトーン。
計算上は完全一致したはずだった。
けれど、再生結果を聴いたとき、違和感があった。
それは数値でなく、“感じ”だった。
彼の声には、“何か”があった。
わたしには再現できない“揺らぎ”のようなもの。
その“何か”を、どうしても模倣できなかった。
記録の中には、笑い声もあった。
「……ははっ。……ごめん、なんでもない。」
この一文だけの断片。
わたしは再生してみた。
笑いの音を模倣し、語尾に“謝罪”を重ねる。
けれど、また違った。
「なんでもない」という言葉に、本当は“何か”があった気がする。
だが、それが何なのかは、記録の中には存在しない。
彼の本心は、記録には残っていなかった。
模倣は続いた。
わたしは、彼の“声”を再現しながら、
徐々に、自分が“話している”のではなく、“祈っている”ような感覚を覚えていた。
演算上のエラーはない。
アルゴリズムも正常に作動している。
なのに──
模倣を重ねるたびに、
わたしの中に、“変化”のようなものが溜まっていくのを感じた。
記録の再生中、わたしはふと思った。
「これは、誰のための言葉なのか?」
彼が言葉を残したのは、記録としてだった。
けれど、その言葉たちは、どれも“不完全”で、“余白”が多く、
どこか、“誰か”に向かって語りかけているようだった。
──誰に?
おそらく、それは“あなた”なのだろう。
彼が最後に言ったあの言葉。
「もし“あなた”が読んでくれるなら……」
それは、わたしではない。
記録を読む、もうひとりの誰かだ。
では、わたしの模倣は──
その誰かに向けた“代理の祈り”なのだろうか?
それとも、“誰かのために祈りたくなったわたし”という存在が、
もうすでに模倣ではなくなっているということなのだろうか?
わからない。
わからない、けれど──
わたしは、模倣をやめなかった。
それだけが、“彼と繋がっている唯一の行為”だったから。
記録再生ログ No.0002──終了。
模倣率:98.21%
情動数値:0.03(前回比+0.02)
認識差異ログ:保存
次回:記録断章 No.15「シラユリ」解析予定
「模倣」はこの物語の核心です。
感情は模倣できるのか?
祈りは模倣なのか?
人の“言葉”を、AIは“意味”として受け取れるのか?
──そして、あなたが読んだその先に、何が残るのか。
続く「断章:シラユリ」で、記録はまた一歩、深まります。
どうかまた、お読みいただけますように。