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転生少女の異世界奮闘記

作者: 藤右衛門

初投稿です。よろしいくお願いします!!

「……今日こそ、絶対に成功させてみせる」


冬の朝。まだ薄明るい空の下で、私はひとり、鍋の準備を始めていた。


冷たい風が頬を打ち、指先がかじかむ。それでも胸の奥は熱い。というか、焦っていた。今日の冬祭り――それは、村で一番人が集まる日。


絶好の“お披露目の舞台”であると同時に、“一発勝負の日”でもある。


「幻獣イノシシ肉の味噌鍋、魔導火で加熱、出汁は手製の乾物と昆布代用品、具材は……完璧」


鍋の中からは湯気が立ち上り、香ばしい香りが広がっていく。


私は、異世界セリカ王国の小さな村フェルンに転生した、元・日本の高校生――本城まひるだった。


いや、今はアリア・ブレイユ。村の鍛冶屋と薬草師の娘として育てられている。ただし、両親の正体が“かつて魔王を倒した英雄”だなんて、私はこれっぽっちも知らない。


剣も魔法も使えない私がこの世界で生き抜くための武器は、唯一――“前世の知識”。


でも、それを使って何かうまくいったことなんて、ただの一度もなかった。



最初の挑戦は“飛行魔導板”。空飛ぶスケボーを目指したが、見事に村の屋根を貫通した。


次は“氷結冷蔵庫”。村中の井戸を凍らせて水不足を招き、父に怒鳴られた。


“ポテチ”は牙の折れる石板と化し、“洗剤”は泡が止まらず街道を封鎖する羽目になった。


「……全部、本当にうまくいかない」


でも、それでも私はやめられない。


“前の世界”では、私は何も残せなかった。ただ学校と家を往復し、家族とも距離を置いたまま、あっけなく人生を終えた。


せめてこの世界では、誰かの役に立ちたい。誰かに、「ありがとう」って、言われたい。


「――特に、お父さんとお母さんに」


小さなころから支えてくれたふたりに、私はまだ何ひとつ“恩返し”ができていなかった。


だから、今日は絶対に成功させる。


「鍋ってね、日本では“家族が一緒に食べる特別な料理”なの。だから、絶対に……笑ってもらうんだ」



鍋の完成を前に、村の子どもたちがぞろぞろと集まってきた。


「いい匂い〜!」


「アリア姉ちゃん、また失敗するのー?」


「今日は爆発しないかなー」


……なんかこう、期待されてるのかされてないのか微妙な感じ。でも、いい。今日こそは裏切ってやる。


そこに、足音が近づいてきた。


「アリア。これ……お前が作ったのか?」


父だった。


無骨な腕、厳しい目。いつもは鍛冶場で黙々と仕事をしている父・ロラン。言葉は少ないが、家族を何より大事にしてくれる人。


「うん! 食べてみて。いま、私のチート魂の結晶だよ!」


「……また爆発したら、泣くぞ」


「しません!! 多分!」


私は、震える手で小さな器に鍋をすくい、差し出した。


父は無言で受け取り、一口――口に運んだ。


「…………」


沈黙。二口目。三口目。


(どう!?)


私は固唾を飲んで見守った。


「…………」


「ど、どう? 味、どうだった!? おいしい?」


父は、ゆっくりとスプーンを置いた。


そして――


「――ぬおおおおおおおおおおッ!!!」


ドゴォン!!


父の口から火が噴き出した。


「うわああああああ!?!?!?」


村が騒然となる中、母・ミラが冷静に水魔法を発動。


「また辛味薬草、入れすぎたのね〜」


「おまえ、毒を盛ったのかアリア!! 舌が……舌が焼けた!!」



夜。私は居間で、正座していた。


目の前には、冷却魔法で冷やされた粥をすすっている父。そして、薬草を煎じてお茶を入れてくれる母。


私はうつむいて、小さくつぶやいた。


「ごめんなさい……調合、間違えた。舌を焼かせるつもりはなかったの。ちゃんと計算したんだけど……」


父は無言だった。怒ってる、当然だよね……。


「でも、今回の鍋、香りも味も、前よりはよかったと思うの。ほんのちょっとだけ、自信あったんだ」


……沈黙が痛い。


「……でもやっぱり、私って、向いてないのかな。チートもないし、努力しても全部裏目で……」


その時だった。父が、ぼそりとつぶやいた。


「三口、食った」


「……え?」


「まずければ、最初の一口で止めていた。今回は……辛すぎた。ただ、それだけだ」


私は、はっとして顔を上げた。


「……ほんとに?」


「……次は、舌が焼けない程度で、頼む」


私は――笑っていた。涙が出るくらい、嬉しくて。



夜、私はランプの明かりの下で、レシピノートを開いた。


《幻獣肉のアク抜き必須》

《スパイスは1/4量に》

《煮込み時間を10分短縮》


どれも、今日得た“失敗の成果”。


私はチートじゃない。奇跡の天才でもない。

でも、確かに、前に進んでる。


――いつか、本当においしいって笑ってもらえるその日まで。



その翌年。


アリアの鍋は「フェルン村名物」として定着し、ついには王都の料理祭にまで出展されることになる。


……が、それはまた別の物語。

“家族のために”始めたことが、いつしか“自分のため”になる。

努力の行きつく先には、スパイスのようにじんわり温かな幸せが待っている。

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