転生少女の異世界奮闘記
初投稿です。よろしいくお願いします!!
「……今日こそ、絶対に成功させてみせる」
冬の朝。まだ薄明るい空の下で、私はひとり、鍋の準備を始めていた。
冷たい風が頬を打ち、指先がかじかむ。それでも胸の奥は熱い。というか、焦っていた。今日の冬祭り――それは、村で一番人が集まる日。
絶好の“お披露目の舞台”であると同時に、“一発勝負の日”でもある。
「幻獣イノシシ肉の味噌鍋、魔導火で加熱、出汁は手製の乾物と昆布代用品、具材は……完璧」
鍋の中からは湯気が立ち上り、香ばしい香りが広がっていく。
私は、異世界セリカ王国の小さな村フェルンに転生した、元・日本の高校生――本城まひるだった。
いや、今はアリア・ブレイユ。村の鍛冶屋と薬草師の娘として育てられている。ただし、両親の正体が“かつて魔王を倒した英雄”だなんて、私はこれっぽっちも知らない。
剣も魔法も使えない私がこの世界で生き抜くための武器は、唯一――“前世の知識”。
でも、それを使って何かうまくいったことなんて、ただの一度もなかった。
◇
最初の挑戦は“飛行魔導板”。空飛ぶスケボーを目指したが、見事に村の屋根を貫通した。
次は“氷結冷蔵庫”。村中の井戸を凍らせて水不足を招き、父に怒鳴られた。
“ポテチ”は牙の折れる石板と化し、“洗剤”は泡が止まらず街道を封鎖する羽目になった。
「……全部、本当にうまくいかない」
でも、それでも私はやめられない。
“前の世界”では、私は何も残せなかった。ただ学校と家を往復し、家族とも距離を置いたまま、あっけなく人生を終えた。
せめてこの世界では、誰かの役に立ちたい。誰かに、「ありがとう」って、言われたい。
「――特に、お父さんとお母さんに」
小さなころから支えてくれたふたりに、私はまだ何ひとつ“恩返し”ができていなかった。
だから、今日は絶対に成功させる。
「鍋ってね、日本では“家族が一緒に食べる特別な料理”なの。だから、絶対に……笑ってもらうんだ」
◇
鍋の完成を前に、村の子どもたちがぞろぞろと集まってきた。
「いい匂い〜!」
「アリア姉ちゃん、また失敗するのー?」
「今日は爆発しないかなー」
……なんかこう、期待されてるのかされてないのか微妙な感じ。でも、いい。今日こそは裏切ってやる。
そこに、足音が近づいてきた。
「アリア。これ……お前が作ったのか?」
父だった。
無骨な腕、厳しい目。いつもは鍛冶場で黙々と仕事をしている父・ロラン。言葉は少ないが、家族を何より大事にしてくれる人。
「うん! 食べてみて。いま、私のチート魂の結晶だよ!」
「……また爆発したら、泣くぞ」
「しません!! 多分!」
私は、震える手で小さな器に鍋をすくい、差し出した。
父は無言で受け取り、一口――口に運んだ。
「…………」
沈黙。二口目。三口目。
(どう!?)
私は固唾を飲んで見守った。
「…………」
「ど、どう? 味、どうだった!? おいしい?」
父は、ゆっくりとスプーンを置いた。
そして――
「――ぬおおおおおおおおおおッ!!!」
ドゴォン!!
父の口から火が噴き出した。
「うわああああああ!?!?!?」
村が騒然となる中、母・ミラが冷静に水魔法を発動。
「また辛味薬草、入れすぎたのね〜」
「おまえ、毒を盛ったのかアリア!! 舌が……舌が焼けた!!」
◇
夜。私は居間で、正座していた。
目の前には、冷却魔法で冷やされた粥をすすっている父。そして、薬草を煎じてお茶を入れてくれる母。
私はうつむいて、小さくつぶやいた。
「ごめんなさい……調合、間違えた。舌を焼かせるつもりはなかったの。ちゃんと計算したんだけど……」
父は無言だった。怒ってる、当然だよね……。
「でも、今回の鍋、香りも味も、前よりはよかったと思うの。ほんのちょっとだけ、自信あったんだ」
……沈黙が痛い。
「……でもやっぱり、私って、向いてないのかな。チートもないし、努力しても全部裏目で……」
その時だった。父が、ぼそりとつぶやいた。
「三口、食った」
「……え?」
「まずければ、最初の一口で止めていた。今回は……辛すぎた。ただ、それだけだ」
私は、はっとして顔を上げた。
「……ほんとに?」
「……次は、舌が焼けない程度で、頼む」
私は――笑っていた。涙が出るくらい、嬉しくて。
◇
夜、私はランプの明かりの下で、レシピノートを開いた。
《幻獣肉のアク抜き必須》
《スパイスは1/4量に》
《煮込み時間を10分短縮》
どれも、今日得た“失敗の成果”。
私はチートじゃない。奇跡の天才でもない。
でも、確かに、前に進んでる。
――いつか、本当においしいって笑ってもらえるその日まで。
◇
その翌年。
アリアの鍋は「フェルン村名物」として定着し、ついには王都の料理祭にまで出展されることになる。
……が、それはまた別の物語。
“家族のために”始めたことが、いつしか“自分のため”になる。
努力の行きつく先には、スパイスのようにじんわり温かな幸せが待っている。