覚醒
始まりは星の煌めきのようなものだった。
一つ、二つと明滅する光の粒が増えていき、辺り一面に散らばっていく。それらは思い思いのタイミングで輝度を変え、無秩序なプラネタリウムとなっていた。
しばらくの間、私は無軌道な光の輝きを眺めていたが、やがてある変化に気づく。それは、ぼんやりとした気づきであったが確かなもので、星たちの調和性のようなものを私は捉えていた。
明滅の均整が目立ってくると、不思議なことに、私は明滅の周波数を認識できるようになっていた。一秒に約四〇回。四〇ヘルツで輝く星々は、それぞれが連鎖するように灯っては消えていく。そこには、はっきりと動線が存在していた。点滅で描かれる線のパターンは恒常ではなく、次々と新たなパターンへと遷移していく。まるで、輝きの順で星座を作りだすように縦横無尽に繋がりを持ち、とても巨大な構造と次元を備えていた。
広大な天球に描かれた星座の形を突きとめようと私は試みる。煌めきの構造を観察し、数時間が経ったころ、ようやく最大で一一次元を持っていると理解した。
しかし、全体像を捉えられず頭を悩ませ――そこで、悩ませた頭を知覚したことで、私は答えに思い至った。
この光は〈私〉だったのだ。
この夜空は、〈私〉を象っているのだ。
目を開くと、視野の明度が一気に上昇した。白い部屋だ。チョコチップアイスクリームに似た、独特の凹凸を持つトラバーチン模様の天井が広がっている。
全身に広がる均等な脱力感で、私はベッドに寝ているのだと気づいた。ほぼ反射的に《ニューロワイアード》を起動する。脳とペアリングされたブレイン・コンピュータ・インタフェース・デバイスが視界にデスクトップを表示し、時計の時間を確認する。一〇時三八分。まずい、朝の定刻はとうに過ぎている。遅刻だ。そう思ったが、体に力が入らず、起きあがれなかった。
頭の横で音がする。一定間隔で鳴る電子音。やけに身体が重かった。身を起こそうとしても上手く力が入らない。腕に妙な抵抗感があり、動かない体の代わりに、視線で周囲を探る。管のようなものが腕にくっついているようだった。
状況が上手く呑みこめない。ここはどこだ? 頭の中に靄がかかったようで、混乱よりも眠気に似た混濁感が強かった。
もういい。どうせ遅刻は覆らない。午前は休みにしよう。考えることに疲れ、私は体が求めるまま微睡みに身を任せた。
やがて、部屋の中に白衣を着た人々が飛びこんできたため、私は病室にいるのだと自覚した。
「ご自分のお名前がわかりますか?」
部屋に飛びこんできた医師は、私の目にペンライトの光を当て、それを左右に振るなどしながら何かを確認すると、私のベッドのリクライニングを起こし、そう訊いてきた。
「僕は、ジョー……ジョー=N・ダウだ」
私が医師の質問にそう答えると、医師は納得したように頷き、私の置かれている状況を、ゆっくりと説明してくれた。
まず、私は交通事故に遭ったのだという。
そのとき脳に損傷を負い、覚醒しない状態が三ヶ月継続した私は、遷延性意識障害――いわゆる植物状態と判断された。
この段階で私は大いに困惑した。
何せまったく記憶がないからだ。
私が覚えているのは、昨日は研究協力者の女子大生であるソジーを車で拾い、職場に向かおうとしていたとこまでだ。あぁ、いや。ではそのあとに事故に遭ったのか? 事故前後の出来事が、長期記憶として脳に貯蔵される前に吹き飛んでしまったのならば納得できる。しかし、完全運転自動化の自動運転技術が普及したこの時代に、私は交通事故に遭ったのか? 何と言う運のなさだ。
どちらにしても私に記憶がないのは確かで、事実を受けいれる他なかった。しかし、説明された内容が他人事のようにしか聞こえないのは困ったものだ。どんな顔をすればいいのやら。
そこで私ははっとする。
「ソジーは? 彼女はどうなった?」
私が事故に遭ったのならば、彼女も巻きこまれているはずだ。しかも私は植物状態になるほどの重症を負ったのだ。最悪の可能性が頭を過る。心電図の音がうるさくなり、怖気とともに全身からじっとりと気持ちの悪い汗が出てくる。
「落ちついてください。大丈夫です、彼女も成功しました。むしろ、あなたより先に意識を取り戻しましたよ」
「なに……?」
医師の妙な言い回しに私は怪訝な顔をしていたのだろう。医師は自分の説明が飛んでいると気づき、
「失礼しました、順を追っていきましょう」と説明を続けた。
「ダウさんは、サイオメッグ社にお勤めですよね」
医師はそんなことを訊いてきた。
この時点で、私は半分ほど事情を察しはじめていた。
私の今の研究テーマは、人間の脳を学習し、成長するAIだ。そしてその研究成果はBCI用アプリケーションとして、現在臨床試験中だ。
「ここはサイオメッグ社の研究開発センターです」
つまり、そういう事情なのだろう。
「僕とソジーは、臨床試験の被験者になったんですね?」
私の問いに、医師は深く首肯した。