不器量令嬢は、婚約破棄の断罪が面倒くさい
「マルグリット! 貴様とは今日で婚約破棄だ!」
王立学園の卒業パーティーで、第一王子の声が響き渡った。
会場にいる皆とステージ上の貴賓席の国王と王妃の視線が、ドヤ顔の王子と、胸を押し付けるように彼と腕を組んでいるジェニファー・アイル男爵令嬢に集まる。
「お前のような不器量な女と10年も婚約していたなど、私の人生の汚点だ! さっさと身を引くがいい!」
王子の怒りにぽかんとせざるを得ないマルグリット。
私が王子と婚約したがったわけじゃなくて、単にうちの侯爵家なら釣り合いが取れるって事からだし。身を引けと言われても私の一存じゃあ……と、思っているのだが、王子はますます『自分を慕って婚約破棄したがらないのだ』と思い込む。
「ならば、内々におさめたかったが、お前の悪行を詳らかにせねばなるまい!」
こんな所で婚約破棄宣言をしておいて何を「内々」と言うのか……という皆の思いは王子に伝わらない。
王子ってば、派手な容姿に比例して自分が注目されるのが大好きだものね……、と遠い目になるマルグリット。
思えば、王子との交流は幼い頃からずっとこうだった。
輝く金髪の見目麗しい王子と、焦げ茶の髪の地味なヒラメ顔のマルグリット。
「お前のような不器量な娘が、私と婚約できて嬉しいだろう」
「光栄だろう」
「幸せだろう」
幼いマルグリットには、否定してがっかりさせる事など出来ない。
王子はますます増長した。
そもそもマルグリットが自分が不器量な事を恥じていないという事に気付かず。
やがて王子は、「私の隣は相応しい容姿の女性でなければ」と美しい少女をマルグリットより優先するようになり、お相手は次々と変わり、最近は流れる金髪と大きな胸を誇るジェニファー・アイル男爵令嬢に骨抜きにされているなと思っていたのだった。
そっか、婚約破棄されて王子から解放されるのもいいかも。10年も婚約してたから、もうこういうものだと諦めていたからなぁ……とマルグリットがのんきに思っていたら、断罪が始まってた。
「マルグリット! 貴様はジェニファーの教室に忍び込み、教科書をビリビリに破いたであろう!」
面倒くさいので、言い訳せず他の人に丸投げする事にする。
「学園の警邏をする守衛騎士が怠慢だったという事ですわね? エリクス隊長、殿下がこのように仰せです」
会場を守衛している騎士たちの中から隊長が一歩踏み出た。
「我々守衛騎士は、警邏と巡視を欠かしません。ここ王立学園の生徒は、ほとんどが貴族の子息・息女。あらゆる危険を想定して警備しております。人のいない教室ならなおさら何かを仕込まれる危険性があるので警邏を強化しており、そんな我々の目を欺いて忍び込み、教科書を破くなど不可能と言えましょう」
隊長だけでは無く、仕事を侮辱された会場中の守衛騎士の怒りが王子とジェニファーに集中する。
守衛騎士は、女子生徒との醜聞が起きないよう中年以上の妻帯者から選ばれている。皆、キャリアに誇りを持っている者だ。
あわあわと何も言えない二人に代わり、マルグリットが
「ジェニファーさんの記憶違いのようですわね。エリクス隊長、御無礼いたしました」
と、礼をするとさすがにそれ以上怒りを持ち続ける事は出来ない。
これで落ち着いたと思ったが、王子がまた叫ぶ。
「貴様はジェニファーを中庭の噴水に突き落としただろう!」
「……はぁ、園丁頭のジョバンスを呼んで」
飛んで来たジョバンスに、マルグリットが尋ねる。
「ジョバンス。噴水に落ちたという女生徒がいるのだけれど」
「そいつは無理です。二、三年前の夏に噴水の周りでふざけていた男子生徒が噴水に落ちてから、噴水の周りにぐるっと花を植えて噴水に近づけないようにしとりますんで。噴水に入るには靴をドロドロにして花壇を突っ切らんとです」
「まあ、淑女がそんな事をするわけありませんわね。御苦労でした、ジョバンス」
なんで労われているのかよく分からないまま、ジョバンスが退場する。
「そ、それから貴様は今日着るはずだったジェニファーのドレスを焼却炉で焼き捨てただろう!」
それで殿下がドレスを買ってあげたので、ジェニファーのドレスが豪華なんだ……と、密かに皆が納得する。
マルグリットが
「清掃班主任のニコル夫人! 会場にいらっしゃるんでしょう?」
と、声を掛けると、パーティーで不慮の事故での汚れに対応出来るように会場の隅に控えていた中年の夫人が恐る恐る前に出てくる。
「殿下の前だからと畏まらなくてよろしいのよ。焼却炉でドレスが焼かれたかをお聞きしたいの」
マルグリットの優しい問いかけに、ニコル夫人は
「ありえません!」
と、断言した。
「わ、私たち清掃班は皆平民です。生徒の私物が紛失した場合、真っ先に疑われる立場だと自覚しております。なので、ゴミの一つ一つまで確認を欠かしません。特に焼却炉に入れる物は、三人が点検してから入れるようにしております。ドレスなどあったら、焼却せず学園長に提出してます!」
「そうですわよねぇ」
ニコル夫人を下がらせようとすると、生徒たちが近づいて来た。
「この前は、焼却用の古い書類と一緒に新しい書類を交ぜてたのを見つけてくれてありがとう。あやうく作り直しになる所だったよ」
「私の指輪を書棚の後ろで見つけてくださって感謝してますわ。もう見つからないと諦めかけてましたの」
「私が間違えて捨てた物を……」
次々と感謝を述べられてあわあわするニコル夫人を、皆が温かく見ている。
主役になるはずの自分たちが忘れられていると、ますます王子が声を張り上げた。
「貴様は職員室からジェニファーの書いたレポートを盗んだだろう! ジェニファーが卒業出来なくなる所だったんだぞ!」
「つまり、受け取った生徒のレポートを紛失した無責任な教師がいると?」
「受け取っていませんわ!」
厳しさで有名なアンソール先生が声をあげた。
「私は、ジェニファー・アイルさんのレポートを受け取っていません! 提出するように言うと『もう提出したのに盗まれたんだ』と泣くばかり。それなら同じ事をもう一度書いて提出するように言ったのに未だに提出されず。結局アイルさんの点数をつけていないのに、どうやって卒業できたのか不思議ですわ。まるで、どこからか圧力がかかったとしか!」
教師たちの冷たい目線が王子たちに注がれる。
いたたまれなくなったジェニファーが、噛み付くように騒いだ。
「いいからさっさと殿下と別れなさいよ! ブス!」
「ブス? つまり、王妃なんて顔が良ければ無能でも務まると言うの?」
貴賓席の王妃の笑顔に殺気が走る。
国王は密かにため息をついた。
息子は、この短時間でどれだけの敵を作ったのか。
「もうよい! そこまでだ」
ステージ上から掛けられた国王の言葉に、一瞬で会場が静まり返った。
国王は立ち上がって宣言する。
「我が息子とマルグリット嬢の婚約を破棄する!」
笑顔になった王子だが、その後に続く
「責は我が息子にあるとし、マルグリット嬢に瑕疵は無いとする」
に、青ざめる。
「な………何故です」
「お前にはマルグリット嬢の良さは分からんか。いや、何も分かっとらんのだな。誰が学園を警備しているのか、花を育てているのか、綺麗を保っているのか……」
「そんな事など!」
「そんな事、と言うような奴には国など任せられん」
「……は?」
「お前、砂漠の国のハーレムに嫁に行け」
唖然としてる王子に
「あそこは美しければ男でもいいそうだ。お前の自慢の美貌の有効活用だ。侍女にアイル男爵令嬢を連れてっていいぞ」
と言い残して、国王は王妃を連れて会場から去った。
それを呆然と見送った王子が我に返った時に見たのは、輝く金髪をなびかせて逃げ去るジェニファーの後ろ姿だった。
「やはり私にはマルグリットしかいない……」
と、思ったが、こちらは「婚約破棄おめでとう!」と言う男女に取り囲まれている。
久しぶりに見た彼女の笑顔は、こんなに愛らしかっただろうか。
おまけに、なんだか会場の教員や守衛騎士や使用人の視線が冷たい。
「あれ……?」
自分は何か間違えたのか……?
その答えは分からない。
2025年2月7日
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