四角い箱
存在しない記憶など捨ててしまえ。思い出したところでそんなものは小さな篝火の足しにもならないだから。幽霊の背後に付き纏ってみても得られたものは、一片の四角い箱。中身を見ようとすると、彼らはいつも私の耳を塞ぐ。カラカラと音の鳴らすように軽く振ってみると次第に遠のいていく。深い谷底に真っ逆さまに落下していくよりも酷い気分だ。目の前が朦朧としてくる。足元の土を必死に踏みしめて嵐の到来に備える。確かなものは、宇宙の塵に等しい。
辺り一体は見渡す限りの霧の森。鬱蒼とした木々の間から微かな白い光が差し込んでいる。フラフラと彷徨っている紫色の光を目指して探り探り進んでいく。彼らの足取りは軽い。雲の上を歩いているみたいだ。重力は彼方に逃れむ。私を例外にして。キツツキが木をつつく音が聞こえる。虫たちは戦々恐々しているのだろうか。それとも全く意に介していないのだろうか。少なくとも下に向かうエレベーターに乗り損なったりはしないだろう。今日は転落には向かない日だ。袋の中のネズミと大して違いはないだろう。つんざめくような音の後で海底火山は噴火する。こうして扉が開かれたのだ。これが良かったのかなんて紀元前5000年のサルにでも聞かない限り分からないままだ。てんとう虫の模様が絵を形作る。どうやら奈落の底からコウモリがしきりにあいさつしたがっているようだ。黒い影が周囲を赤く染める。ピンク色の花びらを捕まえてみても、灰になって手からこぼれ落ちる。つまり、ここは行き止まりってことだ。私は満足して地べたに仰向けに倒れた。雄大な木々は私を見下ろしているのだろうか。そんなはずはない。彼らは霧の中でぐるぐるかけ巡っているのだ。木も虫も星も同じあの景色を見たのだろうか。例えそうでなかったとしてもきっと一つの箱がそれらを導くだろう。