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勇者

 最近、僕は自分の生まれた意味をよく考える。


 こんなことを考えるのは、僕が勇者で特別に賢いからというわけではない。そう言って自惚れてみたいけど、僕はそれほど自己評価が高い人間ではないのだ。僕たちの旅がもう終わりに近付いたと感じ取れたから、急にこんなことを考えるようになった。


 数日前に『伝説の剣』を手に入れた。とてつもなく険しい山で、何度も怪物と戦いながら(二度ほど仲間に死者を出しながら)やっとのことで見つけたときには、今までに無い達成感に包まれた。

 でも、同時にとてつもない不安にも包まれたんだ。


 これまで、こんなことはなかった。

 旅を始めた時は必死だったし、初めての土地だとか初めての敵だとか、とにかく驚くことばかりで、不安を感じている暇はなかった。


 たしかに怪物に勝てなかったらどうしようとか、次の街の宿屋が高かったら困るなあとか、この地下迷路を本当に抜けられるだろうかはと思ったけど、でもそれは目の前の不安でしかなかった。今回僕が感じている不安は、もっと先の――将来の不安なんだ。


 僕は周知のように、あれよあれよという間に魔王を倒す旅に出ることになったので、常に目の前にはやらなければならない課題があり、目的が見えていた。

 本当に魔王を倒すことができるのか今はまだわからないけれども、それでもこの世の最強の装備を揃えたわけだし、このまま強くなっていけば倒せるのじゃないか、そう思ったとたんに旅の終わりを意識した。


 旅が終わった時、僕はどうしたらいいんだろうか。


 今は勇者としてみんなが僕を必要としている。でも、魔王がいなくなれば僕には何の価値もなくなってしまう。

 魔法使いは魔法を使えるし、踊り子は踊れるし、盗賊は盗むことができる。仲間はみんな手に職をもっているのだ。


 僕にはいったい何ができるのだろうか。世界が危機にさらされている時には「勇者」は重宝されるが、平和な世の中に「勇者」なんていらない。せいぜいが『歴史博物館』で館長の役が与えられるくらいだろう。そして、たまに訪れるマニアに気さくに記念写真に応じたり、回顧主義の人と昔談義に興じたり、魔王討伐のときの苦労話を多少誇張して話したりするのだ。……悪くない。

 確かに平和な世の中で安定した収入を得られる閑職につくのは悪くないが、今、魔王という強大な力に立ち向かってガムシャラに突っ走っているこの自分が感じているような満足感は一生得られないのだろう。


 昨日、それとなく踊り子に不安を話してみたら、人には生まれてきた意味がひとりひとりにあるのだと言う。そして僕の生まれた来た意味は「魔王を倒し、世界に平和をもたらすことに決まってるじゃない」なんて言っていたけど、じゃあ僕はこの旅を終えたら用なし人間になってしまう。人生の途中で生まれた目的を達成してしまうことがあるのだとしたら、残りの人生があまりにも空虚だ。やっぱりまたそこからの人生に新しい意味を見い出したいと考えるものだろう。結局意味探しの旅は終わらない。


 いっそ好きなものを仕事にするならば、まんじゅう屋にでもなろうか。勇者が作るまんじゅうとして売り出せば、なんだかご利益がありそうで注目されるだろうし僕は甘いものが好きだ。勇者まんじゅう。……悪くない。


 あるいは宿屋でも経営しようか。よくわからないけど、お店を出すと税金対策になるって商人が言っていたし。平和になった世の中なら、きっと戦士や魔法使いだけではなくて、いろんな人たちが旅行をするだろうから、世界中の宿屋に泊まってきた僕なら素晴らしい宿を開くことができると思うんだ。毎週金曜日には一階の飲食店に小さなステージを作って踊り子に踊ってもらう。月曜日は武術家の護身術教室、火曜日は盗賊の防犯対策講座、水曜日は賢者の座学で、木曜日は魔法使いのマジックだ。もちろん飲食店は料理が得意なお母さんに担当してもらう。それで、みんなで暮らして……悪くない。


 もし儲かったら、まんじゅう屋にしろ宿屋にしろ二号店を出すんだ。それから、どんどんお店を増やしていって、お金持ちになって、いろんな美味しいものを食べながら贅沢な品物をたくさん買って世界中を飛び回って遊んで暮らそう。お金に糸目をつけずに物を買えるなんて、素晴らしいなあ。

 女の子たちもあれを買ってこれを買ってとたくさん甘えてくるに違いない。だから僕はその中で一番可愛い子に抱えきれないほどのプレゼントを……あれ、でもそれって幸せか? 僕の本当にやりたいことなのかな? ……とてもそうは思えないぞ。それに金のにおいにすり寄ってくる女の子なんて可愛くったって嫌だ。蹴飛ばしたくなる。


 そもそも、人生に目的なんてあるのかな? 吟遊詩人は人間の一生は貴婦人のレース編みのショール以上に複雑に美しく絡み合って、妙なる詩を常に紡ぎ出しているんだうんぬんラララララーって言っていたけど、僕は後付けなんじゃないかと思うんだよね。

 後々になって大所高所から眺めてみると確かに妙なるハーモニーなんだろうけど、何かに動かされているとか初めから決まっているなんて考え、生きているのが楽しくなくなるじゃないか。

 今僕がフリチンになってオッパイと叫びながら宿を飛び出しても、それも決まっていたことなの? 運命なの? だったら人間は最大の言い訳を見つけてしまったことになる。努力をしなくたって、罪を犯したって「これが運命」と言えば「決まってたんだもんね、仕方ない」と反省できなくなるじゃないか。


 自分の一挙一動で空気が動いて、気圧が変わって風が吹いて、人の気持ちが変わって……そうして一つの些細なことでだんだん何かに影響が派生していく世界の方が面白いと思うんだけどな。

人間の発生なんて、理由があって創られたわけではなくて、カビみたいにただ条件が重なって発生したのが始まりなんじゃないかってよく考えるんだ。


 神官様に聞くと「そんなことはない、神様が愛をもって創ってくださったんだ」なんて言うけど正直なところ僕にはピンとこない。確かに死んだ仲間を一瞬にして生き返らせる奇跡を起こしてくれるんだから神様はいるのかもしれないけど、でも僕は姿を見たことがないから。生き返らせてくれる奇跡の力と人間を創ったかどうかは別の事柄だし。


 それに、もし人間を創ったのなら魔王を創ったのも神様なの? だとしたらどうしてそんなややこしいことをしたのだろう。僕たちを愛をもって創っておいて、僕たちを困らせる魔王を創るなんて……僕たちが嫌いになってしまったのかな。

 まずい……神様のお遊びで創られた僕たちの亜種なのだと考えたら、なんだか魔王にちょっと仲間意識が芽生えてきた。――こんなんじゃ勝てない。そこんとこは考えないようにしよう。


 盗賊がよく言っているように「生きている意味やら価値なんて探したってないんだ。だったらとことん楽しむのが勝ちよ」っていうのが本当だったら、深いことを考えないで楽しいことを追求していけばいいんだよね。でも、僕は何度もそう思いこもうとしたけど、どうしてもそう短絡的には考えられなかったんだ。


 なぜなら僕たちは子供に、孫に、命を繋いでいく生命体だから、やっぱり自分のことだけを考えていてはいけないと思うんだ。だって僕がやったことで、僕の子供や孫が辛い目に会うのはやっぱり避けたいもの。それに、僕自身が僕のご先祖や昔の人のことで苦しい思いをしたくないもの。やられて嫌なことは人にもしない。けっこう基本的なことだと思うのだけど……何度言っても盗賊にはわかってもらえないみたい。これだから勇者はお子ちゃまの甘ちゃんだって言われる。まあそのおかげでいろいろ旅の間助けてもらっているんだから、皮肉なものだ。盗賊は自分の仕事に誇りを持っているようだし。むしろあれはあれで清々しくて羨ましくさえあるけれど。


 僕はとっても生真面目で理屈っぽいから、なんでもはっきりさせたがりすぎるのかもしれない。こういう悩みを持って考え込んでも、盗賊のように「これだ!」という答えが出ないのが普通なんだって賢者が言っているくらいだから。

 賢者さえも生きる目的や価値については明確な答えがないって言うんだもんなあ。わからないことをわからないなりに生きていくのも一つの方法なんだってさ。


 ただ、わからないことを「どうせわからない」で終わらせてしまうのは良くないとも言っていた。一度頭の中が沸騰するほど考えてみるのはとても重要なんだって。

 賢者が言うには、理解できないだろうから考えないというのは馬鹿のすることだし、だけど安易な決着をつけて「人生とはこれだ!」と決着をつけると間違ったことを信じてしまうこともあるからとても危険なのだそうだ。


 自分の足元がぐらぐらして、真っ暗闇に一人投げ出されたように感じるくらいに世界のいろんな事柄を疑い、また一から自分がどこにいるのか誰なのかを少しずつ確認していく作業を賢者は絶えず繰り返しているそうだ。そういう人をなんて言うんだっけ・・・・・・ああ、「ドM」だね。


 考えることはとても疲れるし、眠いし、頭が熱くなったりするけど、それでも考え続けることが大切だって。確かに疲れる。まだ少ししか考えていないのに、瞼は重いし、もう別の事を考えたいし、関係のないことが頭に浮かんできてしまう。今日街で会った女の子が可愛かったこととか、昨日行った飯屋の美味しかった定食のこととか、宿屋が飼っている猫の毛の柔らかさとか。

 そういうことを考える時は、頭は全然熱くならないし苦痛がない。ホワホワしていくらでも考え続けられる。


 僕は自由だ。


 女の子のことを考えてもいいし、好きな食べ物のことを考えてもいいし、動物を撫で回してもいい。

 なのにやっぱり魔王はいつか倒さなくちゃいけないと思うんだ。

 それは、平和な世界のためというのももちろんあるけど、自分を認めてもらいたいという思いがあるからだ。認めてもらうっていうのは必要としてもらうっていうこと。


 本当は「勇者」としての肩書の僕でなく、「僕個人」のことを必要であって欲しいけど。誰でもできることじゃなくて、僕でないと、と思ってもらえたら僕もそれに燃えられると思うんだ。そのためには必要としてもらうだけの何かを見つけたり身に付けたりしないとね。


 自分が何者かわからなければ、自分を探す旅に出てもいい。だけど、旅に出たって自分の人生の目標を見つけられる保障はないし、探せない人の方が多いんじゃないかな。僕は十分旅をしたし、本当の旅より心の旅をすることの方が僕には必要みたい。


 魔王を倒せないことよりも、今は倒した後の自分のことが怖い。


 それでも倒さなくちゃいけないし、倒してみないことにはどういう世界が目の前に現れるかわからないし、自分の心境もどういう風に変化しているのかわからない。

 もしかしたら魔王と相打ちになるかもしれないしね。


 だからこの悩みはしばらく置いておこう。先のことを今悩んでも仕方がない。

 人生の目的を探すのが目的になるなんてまぬけだ。


 だけど、平和な世界になったら家に帰って一度何も考えずにゆっくりと昼寝をしよう。

 昼寝を一回するくらいの贅沢は元勇者にも許されるはずだ。


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