第十話 ヒロイン視点③
通されたお部屋も、とっても素敵だった
貴族令嬢になって目が肥えたのか、どこのお店なのかは、ちょっとわからなかったけど・・・どこもかしこも一流の品ってやつなんだってわかった。
すごいなあ、ホコリひとつないよ・・・。
うちも最初は綺麗だったけど、最近は多すぎる部屋のせいで使用人たちがサボリ気味なんだよね。
まあ、うちは誰もお客さんが来ないからいいんだけどね。
食事をする場所と、玄関と、自分たちの部屋が綺麗なら、私は特にそこまで気にならないかな。
たまにお父様が掃除業者を入れてるけど。
庭もバラがとっても綺麗だったのは最初だけで、今は他の草木が育ってきてちょっと元気がない。
学園に植えてある花を見た後にうちに帰ると、やっぱり他の雑草が生えた中のバラってすっごく違和感があった。
でも・・・ここはそんなんじゃない、全部が全部綺麗。
手入れされているってわかるしそれが普通なんだって空気で感じる。
その空気に委縮してしまう、自分は相応しくないんだって言われてるみたいで。
しばらくしてエドとそのご両親が到着した。3人とも青い顔をしている。
私はエドに手を振ったけどご両親に睨まれてしまって思わず声をあげてしまった!
ああダメだ、うれしくなるとうっかり平民だったころの癖がでちゃう。
止めるように何度も言われたのに・・・。
でも、怒るのは邸にくる先生くらいで、両親も使用人も、だれもそんな厳しいこと言わないから先生がいないときは緩んじゃって、結局この10年、生活としてその所作が馴染むようなことはなかった。エドも私を否定しないから、学園でもエドがいるときはついつい戻ってしまう。
でもエドもご両親も生まれたときから貴族だもんね、エドは寛大だけど、普通はダメなんだろうな。未来の家族なんだからこんなところで嫌われたらだめだ、私は立ってご挨拶しようとしたけど
『挨拶など不要だ』と低い声で言われて向かいの席にさっさと座ってしまった。
そんなに最初の手を振る動作がダメだったんだろうか。
貴族は一つの所作だけでも誤りがあればつつかれるとマナーの先生が言ってたけど、
まさか許されないほどとは思わなかったよ・・・。
エドとの仲を報告する雰囲気じゃなくなってしまった、また日を改めた方がいいのかな、今日やれば一番手っ取り早いと思ったんだけど。
エドに目配せしようとしたけど、エドは青い顔をして視線を下に向けたままこちらを見ることはなかった。私は緊張しなくていいよって伝えてあげたかったのにそれすら許されなかった。
それから2時間経ってようやくお姉さまたちがやってきた。
待っている間、私はお尻が痛くて、体がこわばって眠くてすごく疲れてしまった。
お姉さまに何かあったんじゃないかって結構前に大丈夫なのか聞いたけど、
お父さまに黙って待っていなさいって椅子に戻された。
・・・最初に入ってきたのは山みたいに大きなおじさんだった。
白髪交じりだからこの人が辺境伯様?お姉様と全然似てない。
貴族っていうか騎士様?でも王都の騎士様ってもっと整ってて綺麗なのに今まさに戦ってきました!みたいな顔している。すごく怖くて何を言おうとしたのか忘れてしまって、
お父さまに立たされたけど、ずっと座りっぱなしだったから足がカクンとなってしまった。
辺境伯様のその後ろからすごく綺麗な女性と、すごく美しい男の子がやってきた。
きれいな女性はお姉さま、でも、一瞬わからなかった。
普段は学園で制服を着ていて、ううん、それもきれいなんだけどそのお姉さまとは全く違う、
邸でくつろぐ為のドレスなんだっていうのは形で解るけど、嘘でしょ?
パーティー出られるくらい綺麗で・・・これが、普段着なの?
辺境伯様のご令嬢ってそんなにすごいんだ。
服だけじゃない、髪の編み込みも、その髪に、細い首に、腕に、飾られた品の良いアクセサリーもお姉様の美しさをさらに際立たせるようなものだった。
この部屋に。この邸にふさわしいと言わしめる姿で、なんだか今の自分がふさわしくない気がして。
エドとお姉様に会えるからって一番のお気に入りを着てきたのに安っぽく見えてとっても恥ずかしくなった。
そしてその横にいる美しい男の子。
エドもきれいだけど、全然違う美しさ。貴族になっていろんな人とお話しする機会が学園で増えた、
エドのように整った顔の人もいた、もちろんエドが一番素敵だと思ったけど。
けど、そうじゃない美しい、美術品みたいな男の子だった。
それなのに日焼けした肌をしていて野性味まであって・・・。
そんな子にお姉さまはエスコートされて辺境伯様の隣に立った。
エドとの婚約がなくなるから、新しい婚約者ってことなのかな、たしかにお姉さまは綺麗だから、エドとの婚約がなくなってもたくさんの候補が集まるって思ったよ?
でも、なんだろう、良いことなんだけど、なんだけどモヤモヤする。
多分、お姉さまを取られちゃうような・・・そんな気持ちになっちゃったんだろうな、きっとそう。
でも、お姉さま。エドと婚約してたのにあまりにも早くない?
そんなのエドだってショックだよ、わたしだって、挨拶くらいまずはさせてほしい。
それからお姉さまが挨拶をしてくれて、山のような男はやっぱり辺境伯様で、
隣の美しい男の子はカルロという素敵な名前で・・・なんとお姉様の「従弟」なんだって紹介された。
「え!私に従弟がいたの?」
思わず声が出てしまった、ついでにあの美しい男の子から「ティティ」とか「姉上」って呼ばれる想像までしニヤついてしまった、というか従弟っていうことは年下なの?
お姉様とほぼ同じくらいの身長だけど、学園にも入っていないってことは15歳以下ってこと?
もろもろ想像し、考えの沼にはまりかけたときお父さまが小さく鋭い声で私を呼ぶ。
はっとしてキョロキョロ周りを見たら、全員が私を変な目で見ている。またやらかした・・・。
小さい声でごめんなさいって言ったら「チジョナウエニハクチ」と誰かの声が聞こえた。
なにかの呪文だろうか。
辺境伯様から『所領に住む親族であり、そちらとは関係ない』といわれた。
か、関係ないって・・・お姉さまと私はお父さまで繋がっているし、そのお姉さまとカルロ様は同じ血縁持っているってことは間接的にだけど繋がっているようなものじゃない?ダメなのかな、
貴族ってむずかしい・・・。
それからはもう、思い出したくないくらいショックなことが起こりすぎた。
お父さまが、お姉さまとその母親を蔑ろにしていたなんて知らなかった。
知らなかったって言ったら、
「お前の家に毎日のように帰っていたのを知っていて、何故わからないなどと言うのか。
お前らが団らんしている夜、バーバラとその母がどんな思いで父の帰りを待っていたか、想像もしていなかったのか」
そう辺境伯様に言われてて衝撃をおぼえた。そうだ、お父様は毎日帰ってきてた。
じゃあその間お姉さまたちは?まだ小さいお姉さまはどんな思いをしていたんだろう、それを考えたら胸が苦しくなった。
それにお父様は仕事をしていたんじゃないらしい、日中は他の貴族と遊び歩いていたと、じゃあお仕事は?って思ったら、体の弱いお姉さまのお母さまがやっていて、それで心と体を壊してしまったんだって・・・。
まって、え。それ、お父さまはわかっていたの?うちのお母さまは知っていたの?
『正妻が死んだら一緒になろう』なんて手紙を送りあっていたの?
お父さまを見たら首に汗かいていて、でも顔をずっと上げてくれなかった。言い訳もなにも、してくれない。大好きなお父さまが走馬灯のように走り抜け、がらがらと崩れていく。
無理やり仕事をこなしていたお姉さまのお母さまは、さらに病状が悪化してそのまま亡くなったんだって。それがバレてお父さまは家を追い出されたんだって・・・。
お母さまの方をみるとオロオロしながら「違う、あの・・・だって」って、言いながらも目が私と辺境伯様のほうにちらちら動き、さだまらない。
お姉さまの「さようなら、おふたりとも」って言葉にハッとなってお姉さまの方に振り返った。
「貴族として、傷つけられた名誉分の金銭、または土地を要求いたします、
次期辺境伯として、汚名を被されたままにはしない。」
凛とした声が部屋に、私の耳から体中に響いた。
ああ、貴族なんだって思った、これが。
私には、無理で。
お姉さまを『お姉さま』って呼ぶのは、お父さまとの過去がなかったとしても、不可能だったんだって。
そう、思い知った。
どうしてこうなったんだろう、なんでこうなったんだろう。
私はエドと恋をした。
一度は諦めようとして、でもエドは諦めなくていいって言ってくれた、お姉さまは説得できるって・・・でも、許してくれそうにないよ、エド誰も味方になってくれる人なんていなくて・・・。
そのあとは慰謝料の話になって、当然そんな話にはついていけなくて。
そう思っていたらお姉さまが私とエドとの結婚を認める話をしていた。
すごく驚いた、出来ないっていう・・・そういう流れじゃなかったの?
エドが私を見て喜んでいたけど、でもなんでだろう。
あんなにしたかったのに、今はそんなに・・・?
どうしてかわからなくて、カルロ様に目を向けてしまったけど睨まれてしまった。