【短編】セミファイナル
『一週間後の夜6時に……私達が始めて出会った、あの大きな木の下で待ってます』
(救急車の音&人だかりの音)
「うぅ……ユミ……コ……」
俺の名前はケイタ、鳴かず飛ばずのシンガーソングライターだ。
今から半年前、路上ライブをやっていた俺の歌に感動したと言って声をかけてくれたのがユミコ。今の俺の彼女だ。
ユミコと過ごす時間はとても楽しいものだったが、実は彼女の家は由緒正しき名家の家柄。両親、特に父親は厳格な性格で、定職にもついてない俺との交際を以前から猛反対していた。
俺と別れるか、勘当されてでも俺と一緒になるか……ユミコの選択は後者だった。
もちろんユミコとは一緒になりたい……しかし、勘当してまで俺と一緒になっても、それはユミコを不幸にさせてしまうのではないか……どうすればいいか悩みながら信号を歩いていた所に、突然トラックが……
俺は全身ぐちゃぐちゃのほぼ即死だった。だが俺はここにいる、俺じゃない存在として。
トラックにひかれてほぼ即死にも関わらず……これって、今流行りの異世界転生かって思うよね?俺もはじめはそう思ったさ。思ったんだよ……だけどさ
(元気なセミの鳴き声)
「なんで俺、セミに転生してるの!?」
トラックにひかれた後、気づいたら俺はセミに転生していた。しかもちょうど脱皮の最中だった。
脱皮したのはもちろん人生で初めてだったけど、実に不思議な感覚だっだよ。
セミになった俺だが、人間の言葉は分かるし文字も読むことが出来た。
今がいつなのか確認してみると、ちょうど俺が交通事故にあって亡くなった直後のようだ。
転生したっていっても、セミになった所で一体どうすれば……まあ俺には親兄弟もいないし大した人生じゃなかったし、死んでしまった事にそこまで後悔はないんだが……ただ1つ……ユミコとの約束。
テレビではその日の内に、俺が死亡したニュースが流れていた。ユミコの様子が気になって彼女の家まで行ってみた所、ニュースを見た彼女のすすり泣く声が聞こえて来た……悲しませちゃって本当ごめんな。
あぁ、もうどうすればいいんだ!どうせセミじゃ一週間の命、どうすればいいか分かんねえよ!!
頭を抱える俺の脳内に、聞き慣れた声が流れる。
『一週間後の夜6時に……私達が始めて出会った、あの大きな木の下で待ってます』
一週間後……俺が死んでいることはユミコも知っているし、行った所で……でも。
どうせ一週間で死ぬ命だ。俺は待ち合わせの日までなんとか生きてみることにした。
---------------------------------------------------------------------
(弱ったセミの鳴き声)
「あぁ、体がだるい…頭も痛い」
一週間後、俺は待ち合わせ場所の大きな木にへばり付いていた。しかし体調は最悪だ。気を抜いたら今にも落っこちてしまいそうだ
『♫〜〜〜〜♪』
聞き馴染みのある曲が聞こえる。近くの公園では夜6時を迎えると、決まってこ曲が鳴るのだ。
木の下に目をやると…来ている、訳ないよな。このままここで死を迎え……えっ?
見覚えのある女性が向こうから歩いて来た。そして木の下まで来ると、そのままそこに腰掛けた。
「なんで私、来ちゃったんだろ……ちょうど半年前、ここでケイちゃんが歌ってたんだよね」
ユミコ……ユミコ!出来ることなら、今すぐ人間に転生して君の目の前に現れたい。そして一緒に暮らすんだ!
はじめは貧乏で生活するのも一苦労……だけどある日、俺がリリースした新曲が大ヒットするんだ。
それがキッカケで、君のお父さんは俺を認めるんだ。俺らに子供ができて、君の実家に連れて行った時なんかさあ大変!
いつもの厳格な様子から一転、孫をかわいがるヘンテコ顔のおじいちゃんに早変わり。
それから更に2人子供が生まれ、孫も生まれ、僕らは歳を取っても仲むつまじく暮らすんだ。
……決して叶うはずもない将来を想像している間にも、俺の体はどんどん衰えていった。
もうまもなく俺は……最後に…ユミコに何か残すことはできないか……
その瞬間、とある曲が脳内に流れた。ユミコが感動したと言ってくれた曲。ユミコが一番好きな曲。
俺は無我夢中で、その曲を歌い始めた。全身が痛い…でもまだ声は出る。まだ歌える!
「もうこんな時間か……そろそろ帰らないとお父さんとお母さ……えっ!?」
(元気なセミの鳴き声)
ユミコの表情が変わった。その原因は、一匹のセミの鳴き声だった。
先ほどまで蚊の泣くような音量で鳴いていたのが一変、大音量で鳴き始めたのだ。
そしてその鳴き声にはどこか聴き覚えが……それは、彼女の大好きな人が歌う大好きな歌に……
「ケイ……ちゃん……?」
歌入りでいつも微妙に音程が外れてしまうところも
Bメロで一瞬声が裏返ってしまう所も
サビで、がなるような声になる所も
その鳴き声から聞こえて来た
3分以上、セミは鳴き続けた。まるで線香花火の最後のように。その輝きを誰かに…いや、特定の誰かに見てもらう為に。
そして、鳴き声が止まった。
「ケイちゃん……ありがとう……」
ユミコはセミに向かって両手を伸ばした。それを見たセミは最後の力を振り絞って、飛んだ。
そしてユミコの両手の中に自ら入っていった。そして一鳴きして…その人生を終えた。
最後の一鳴きがユミコには 「愛してる」 と聞こえた気がした。