5話 初めての異世界飯
気付いたら、外は明るくなって、馬車は止まってた。
あのあと、ミンスさんが謝り倒してるのをみてたら、気が抜けたみたいで、強烈な眠気が襲って来た。
実はそこまで計算のうちで、寝首をかかれる心配もあったわけだけど、怪我もないし、縛られてもいない。
自分の状態を確認して、ほっとため息をついた瞬間、
『グゴゴゴゴゴゴ』
ものすごく大きな音が鳴った。
別に魔物のうめき声とか、そんなんじゃない。
わたしのお腹の虫が鳴いただけよ。
誰にも聞かれてないよね?!と、お腹を抑えてキョロキョロしたら、馬車の覆い布の隙間から覗いてる目と目があった。
この人は確か、御者さんだった。
他の4人よりだいぶ若く、わたしと同じ年頃の男の子。
に、盛大なお腹な音を聞かれたかもしれない!
「聞こえた?」
「え、えー、と、いえ、なにも。」
モゴモゴと気まずそうに、否定しつつも目をそらされた。
そして、
『グゴゴゴゴゴゴ』
2回目来たー!
このタイミングで。
目をそらしてる御者さんの肩が震えてるのを、わたしは見逃さなかった。
恥ずかしい。
お腹の音を『解析』して、『分解』して、消滅できないかと本気で考えた。
「いよーす、エリオルくん、何してんの?覗き?」
かるーい調子で言いながら、ひょいっと馬車の中を覗きこんだのは、安定のビートさんだった。
この人はわざとやってんじゃないかしら。
「お、カナメちゃん、目ぇ覚めたか。腹減ってるだろ?エリオルくん特製の朝ごはんがあるから、早くおいでよ。」
エリオルくん、って言うのは、御者さんのことだろう。
ビートさんはそれだけ言うと、エリオルくんの頭を、ぽんっと叩いて、すぐに去っていった。
初対面同士の、このなんとも言えない空気(主にわたしのお腹の虫のせいで)を察してくれたのかもしれない。
「えっと、夜に少しだけ顔を合わせたけど、改めまして。カナメです、よろしく。」
昨夜の自己紹介のときには、馬車を操作してたから、エリオルくんを見たのは、馬車が魔物に襲われてたときに、ミンスさんと一緒に、馬車の中にいた時くらい。
その後は人一倍キビキビ動いてたみたいで、挨拶もできなかったんだよね。
わたしが挨拶すると、エリオルくんは、すっと手を出してくれた。
握手じゃなく、馬車から降りる手助けをしてくれるみたい。
エリオルくんの手を取ると、彼は私の目をまっすぐ見つめて、頭を下げた。
「エリオルと申します。ご挨拶が遅れて、申し訳ございません。昨夜は危ないところを助けていただき、ありがとうございました。」
わお、すごく紳士的。
「気にしないで。わたしも馬車に乗せてもらって助かったし。」
笑顔で返すと、エリオルくんの表情が、ほっとしたように緩んだ。
「あ、でも、何かお礼をってことなら、一つお願いしたいな。エリオルくん、年も近そうだし、もっとくだけた感じで話してくれる?」
そう言うと、エリオルくんは少し考える素振りを見せて、
「敬語を使わずに話すのは慣れてなくて。でも、せっかくだから、そうさせてもらうね。ありがとう、カナメ。」
笑ったエリオルくん(美少年)の顔は、抜群の破壊力だった。
悩殺笑顔に、しばしフリーズさせられたわたしを、お腹が空きすぎておかしくなったと思ったエリオルくんに、引きずるようにして、朝食の場に連れて行かれた。
鍋を囲むように、ロンデさん、ビートさん、ミンスさんが座っていた。
マーレさんの姿は見えない。
「お、起きたか。走ってる馬車での寝心地はあまり良くなかっただろうが、疲れてないか?」
ロンデさんは、相変わらず強面なのに優しい。
「おはようございます。」
挨拶をすると、手招きされて、鍋の前に座らせられた。
深めのボール皿に、野菜と肉が入ったスープをたっぷり注がれ、渡される。
いい匂い。
美味しそうな匂いに、またお腹の虫がなりそうだったので、慌てて、いただきます!といって、口をつける。
…五臓六腑に染み渡る
普通のスープなのに、想像以上の美味しさに固まってしまった。
再起動して、もう一口。
空腹のスパイスだけじゃない。
じっくり煮込んだ野菜のうまみと、ホロホロと崩れる柔らかいお肉。かすかに香るハーブが、味を引き締めて、思わず、ほーー、っと、息を吐いた。
「おいしい。」
「うっまいだろー。エリオルくんの特製スープ。」
ポロッと思わずこぼれた感想に、何故かビートさんが嬉しそうに応える。
不思議そうにビートさんを見ると、ロンデさんが、ビート直伝のスープなんだよ、と教えてくれる。
…わたしの顔は更に不思議そうになったに違いない。
その顔を見て、ミンスさんが、
「ビートの顔からこんな繊細な味が出せるなんて想像できませんもんねぇ。」
とか言って笑ってた。
スープを食べ終わって、お腹も落ち着いたし、昨夜の疑問をいくつか確認したいんだけど。
どう切り出そうかな、と、ミンスさんの顔を伺うと、聞く前に返事がくる。
「マーレがもうすぐデザートを持って帰ってくるはずなので、食べながら話しましょうか。」
さすが、妖怪、さとり。
人の心を読むという日本の妖怪(毛むくじゃらの猿みたいなの)を思い出して、感心していると、ミンスさんの眉間が僅かに動いた気がする。
不服そうに。
ちょっと、してやったり。
そうこうしているうちに、マーレさんが、両手に果物らしきものをたくさん持って帰ってきた。
「ただいま〜。あら、カナメちゃん、おはよ。このバカのせいで昨日は疲れたでしょ、ごめんなさいね。」
バカ、と言われて、ミンスさんの眉尻が、ピクピク、と動く。
でも昨夜みたいに言い返さないところを見ると、私が寝たあとで、みんなから散々絞られたのかもしれない。
わたしにも原因の一端があるから、なんとも言えない笑顔をマーレさんに返す。
「おはようございます、マーレさん。その手にあるのって…。」
すごく見覚えがある。
食べると内臓が溶けるとか『解析』された、あの果実だ。
「マーレさん、それって。」
「はい、どうぞ。おいしいわよー。」
そう言って一つ手渡された。
マーレさんと、チコの実にそっくりな果物を見比べる。
『解析』
チコの実(成熟)
栄養価が高く、とても美味しい。
食べても体内は溶解しない。
成熟前の実との違いは、ウルフ種の魔物のでようやく判別可能なかすかな成熟臭のみ。
腐敗すると、体を溶解する揮発成分を発する。
やっぱりチコの実だ。
でも食べられるみたい。
っていうか、チコの実成熟期以外怖すぎだよ!
『解析』の結果も問題なかったので、一口齧ってみる。
もう一口、もう一口、もう一口…。
あっという間に食べ終わった。
これは中毒になる美味しさだ。
「おいしいでしょ。そのせいで、素人には扱いが難しいのに、勝手に食べる人がいて、毎年必ず少なくない数の死者が出るから、困ったものよねぇ。」
「死者って…」
「人間の食用時期以外に食べると、スライムみたいになっちゃうのよね。」
そう言いながら、マーレさんがもう一つ、チコの実をくれた。
もちろん、わたしは、しっかり『解析』で確認してから美味しくていただいた。