4話 性悪アラフィフ
ビートさんの手当てと、馬車の補修、倒した魔物の解体が済むと、ロンデさんたちは早々に馬車を走らせた。
夜だから、本来はこの辺で野営したいところだけど、予想以上に高ランクの魔物が多そうだからって、落ち着くところまで移動するらしい。
ロンデさんが、
『それだけ国が荒れてる証拠だけどな』
って、ボソッと言ってたのが聞こえた。
魔物の解体は、ロンデさんたちにお願いした。
『分解』を使えば、おそらく秒で終わるだろうけど、今は、魔法使いかもしれない記憶喪失のかわいそうな女の子、って設定だから、大人しくしておくに越したことはない。
ちなみに、解体できないので、急ぐなら置いていけばと提案したが、かなり高ランクの魔物だったみたいで、高値で取引されるから、と、解体を申し出られた。
倒したのはわたしなので、多めに配分してもらえるらしい。
『そのなりじゃ、無一文でしょうしね。大きな街でも、女の子はちゃんとした宿に泊まらないとね。』
と、マーレさんにウインクされた。
マーレさんは、ちょっと癖のある赤毛のロングヘアに、ツリ目がちだけど大きな目、華奢な体付きの割にダイナマイト級のブツをお持ちで、チャイナドレスのようなロングスカートがよく似合ってる。
グラマラスボディを見たあとに、うっかり自分の胸のあたりをさすってしまった。
その瞬間をビートさんに見られてたらしくて、生暖かい目で、うんうん、とか頷かれてしまった。
夜だから多分だけど、黒目黒髪短髪、顔はまあ整っているかもしれないけれど、今の反応で株価は地に落ちたぞ。
今度から心の中で、おっぱい星人、いや異世界風におっぱい魔人って呼ぼう。
わたしの成長期はまだ成長期はこれからだもん。たぶん。
というか、解体してくれたのって、高ランクの魔物だからもったいないっていうより、手ぶらで記憶喪失(は、フリだけど)のわたしのためだよね。
おっぱい魔人(かどうかは分からないけど)のビートさんはともかく、いい人たちだったみたい。
助けられてよかった。
馬車に揺られながら、改めてみんなで自己紹介をした。
ロンデさん、マーレさん、ビートさんは、今回“は“パーティーを組んで、商人のミンスさんの護衛をしているらしい。
冒険者パーティーかなって思ったけど、今回“は”ってことは、普段は違うことをしてるのかな。
ミンスさんは、初対面のときに馬車の隅でガクブルしてるもやし系男性かと思ってたけど、馬車が走り出して落ち着くと、長い金髪を方のあたりでまとめて、深い緑色の目が素敵な好青年!って雰囲気だった。
最初の印象との差の大きさと、イケメンは目の保養、と、見つめすぎたのか、ロンデさんが苦笑しながら教えてくれた。
「ミンスは魔物恐怖症なんだよ。魔物全般てんでだめで、スライムにさえも腰抜かすって評判なんだ。ちなみに、俺と幼馴染だから、その見た目でもう50近いし、孫もいるぞ、騙されるなよ。」
マジか。
どう見ても、30そこそこなのに。
美魔女の反対ってなんていうんだろ。
「失礼ですね。僕もスライムくらいなら、2メートルくらい間をあければ自分で避けて通れますよ!」
ミンスさん、それ自慢になりませんて。
スライムはまだ見たことないけど、ロンデさんの口調からして最弱の魔物っぽい。
某ゲームで、『ぼくはいいすらいむなんだよ!』とか言うのがいる、あれだ。
「ちなみに、生きた魔物にはめっぽう弱いが、人間には悪魔みたいなやつだからな。気を付けろ。」
「いやだなぁ、人をデーモン呼ばわりしないでくださいよ。人は選びますよ。」
ニッコリと、きれいな笑顔の裏に、冷たいものを感じる。
ミンスさんは、逆らわないほうがいいタイプの人間だ。
「そういえば、カナメさんは、どの程度記憶に障害があるんですか?」
「え?」
「記憶喪失にも、日常会話も困難なレベルから、直近のことが少し思い出せないレベルまで、差がありますからね。先程は、名前以外はあやふやということでしたが。」
ミンスさんは、敵に回すまい、と、心に誓っている最中に、一番聞かれたくないことを、一番聞かれたくない人に聞かれてしまったので、ちょっと呆けてしまった。
「え、えーっと、自分の名前や年齢、趣味嗜好なんかは覚えてると思うんですけど、それ以外だと、何を覚えてて覚えてないかも、よく分からなくて。」
「そうですか。そういえば、崖から落ちたということですが、先程お会いした近くですか?」
「えー、みなさんとお会いする前にだいぶ歩いたので、少し距離があるかと」
ニコニコ笑ってるのに、なんだか怖い。
頑張って思い出そうとしている風を装っている、というか、ボロが出そうでどもりながら答える。
「そうですか、そうですか。あ、ちなみに、僕はこの辺りの地形は熟知してまして、ロンデ並みの大の大人が丸一日歩いたとして、その範囲に、落ちて頭を打ってしまいそうな高さの崖はないんですが、カナメさんは一体どこの崖から落ちたんでしょうか?」
答える代わりに息を呑んだ。
バレてる。
確かに、この世界では見かけないだろう服装に、崖から落ちたのに汚れのない服、魔物に襲われてるところを都合よく助けてくれる少女。
怪しいことこの上ないけど、それだけじゃない。
この人には全部バレてる気がする。
出会った直後にした『解析』で、この馬車の乗員の誰もが、わたしに敵意を持たないことは把握してる。
体温や心拍、表情なんかの、体の変化で、そう結果が出ている。
じゃあ、今は。
もう1度『解析』をしようとした瞬間、
「しても無駄ですよ。」
やっぱり、バレてる。
いや、むしろ、読まれてる?
冷静になれば、スキルを使ってここから逃げるのは容易い。
けど、安心してたところに、矢継ぎ早に追い詰められて、その余裕がなかった。
この人たちが、私の敵だったとして、でも、人殺しは…まだ、したくない。
「その辺でやめてやれ、ミンス。お前はいつもやりすぎるんだ」
更にミンスさんが何かを言いかけたところで、ロンデさんが制止した。
ちらりと、ロンデさんを見ると、申し訳無さそうに、毛のない頭を掻きむしってる。
「だから俺以外に友達がおらんだろうが。まったく。」
ロンデさんは、ミンスさんを責めるように、ため息をついた。
「そうよ、こんな可愛い子虐めて、何が楽しいの」
マーレさんがロンデさんを援護した。
「ミンスの旦那は、昔っから性格ひん曲がってるから。顔が良いだけにたちが悪ぃんだよなぁ」
ビートさんも乗っかる。
「ひどいな、みんな。僕はみんなと国の安全のために 」
「害意がないから、お前もカナメを馬車に乗せるのを了承したんだろうが」
「大人気ない」
「言い訳は見苦しいっすよ」
今度はミンスさんが3人から矢継ぎ早に責めたてられて閉口した。
『僕はみんなのために…、そもそも、可愛い子の方が虐めて楽しいじゃないか』
とか、ボソボソと妙な呟きが聴こえて、なんだか肩の力が抜けた。
「悪いな、カナメ。何というか、まあ、ちょっと試すだけのつもりだったんだが、コイツがやりすぎてな」
スマン、と続けるロンデさん。
「命を助けてもらったし、馬車に乗せる時点で害意がないことは確認してたんだが。その、見た目と状況があやしすぎてな。」
そりゃそーだわ。
わたしも、もし向こうの世界で暴漢に絡まれてるときに、冒険者のカッコしたロンデさんに助けられて、実は記憶喪失です。とか言われたら、暴漢とグルになって騙そうとしてる超怪しい人だと思うに違いない。
あー、でも、よかった。
まだ、よく分かんないけど、異世界におまけで召喚されて、急に同級生たちに殺されて、魔物に追いかけられて、スキルで誤魔化してたけどお腹も減ったし、疲れたし、ようやく、いい人そうな人たちに会って安心できたと思ったら、まさかの実は敵だった?!とか焦って、でも怪しまれてたのはわたしの方で、実はやっぱりいい人たちみたい。
もうぐるぐるして、目が回りそう。
万物を理解するスキルは今こそ必要なときだと思う。
私のメンタルに寄り添って、ときにはジョークを交えてくれた『解析』のスキルは、メンタルがグズグズ過ぎるとうまく発動してくれないみたい。
でも、大丈夫、なんだよね。
わたしが害意がないの知ってるって言ってたし、もう大丈夫なんだよね。
わたしは、ロンデさん、マーレさん、ビートさん、そして、ミンスさんの順に顔を見た。
各々、ごめんって謝ってくれた。
ミンスさん以外。
お前が謝れ!ってロンデさんとマーレさんに頭を叩かれてるのを見て、ほんとうにホッとした。
ホッとしたら、涙が出てきた。
声もなくボロボロ泣き出したわたしをみて、さっきまで、大人気なくブツブツ文句言ってたミンスさんが、ちょっと慌てだして、謝り倒してくるのを、他の3人が呆れ顔で見てるので、ちょっと笑った。