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ショートショート2月~

レンタルおかあさん

作者: たかさば


「レンタルおかあさん」のアルバイトをすることになった。


「レンタルおかあさん」は、お母さんを必要とする人のためのサービス業である。


大好きだったお母さんを求める人。

大嫌いだったお母さんの影を忘れたい人。

誰も叱ってくれなくなったので、叱ってほしいと願う人。

誰もそばにいてくれないので、横で微笑んでいて欲しいと願う人。

お母さんのごはんが食べたいと願う人。

お母さんのやさしさに甘えたいと願う人。


需要は多く、供給は…少ない。


本当はあんまりこういうの向いてないんだけど、まあ…、所長さんとですね、旧知のよしみというかですね、涙目で手を合わせられたら断り切れなかったと言いますかですね!!!一応不慣れな私のために、サポートスタッフも同行してくれることになったので、まあ、やってみてもいいかなってね、思ったっていうか。・・・何事も経験じゃん?


「こんにちは、レンタルおかあさんですが。」

「はい、よろしくお願いします…あれ、おかあさんだけじゃないの、人数増えても余分に払えないよ?」


今日のお客さんは、四十代後半の…独身男性。


「このお母さんはまだ仕事に慣れていないので、サポートスタッフが付くんです。追加料金は頂きません、一緒にお邪魔してもよろしいですか?」

「ああ、そういう事なら構いませんよ、どうぞ。」

「失礼いたします。」


希望サービス内容は、夕食の調理。

母親のレシピノートがあるので、それを見て好物だった肉じゃがを作って欲しい、なるほど。


「あの、これ、母のレシピ本です。」


男性から渡された、古ぼけたノートを見させていただく。


丁寧な文字、かわいいイラスト…たまに日記のようなことも書いてある。・・・、この奥さんのレシピは、豚のひき肉を使うのか。具材はニンジン、ジャガイモ、玉ねぎ、糸こんにゃく、シイタケ。使う調味料は酒にみりんに砂糖は三温糖、しょうゆは刺身醤油を使うのか、フムフム。


「・・・買い物に行ってきますね。このレシピ通りですと、買うのはニンジンと…。」

「あ、全てお任せしますんで、必要なものは全部買っちゃってください。あ、米はいいです、ごはんパックあるんで。お願いします。」


たまにこんなものは買わなくてよかったとかいう人もいるから、買い物には一緒に行ってもらい、その場で了解を得るよう指導されていたはず。思わず、サポートスタッフの方を見る。


「買い物は一緒に行っていただいて、支払いをお願いしているんです。余計なものを買われては困るというお客様もいらっしゃいますので。」

「僕は足が悪いから…買い物に行けなくてね。文句は言わないからさ、悪いんだけど…これで買ってきてください、おつりは差し上げますので。」


一万円札を渡された。


「いえいえ、おつりはお返しします、じゃあ最低限買ってきますね。」


近所のスーパーで1000円ほど買い物をし、レシートとおつりを男性に渡した後、調理に取り掛かった。


…一人暮らしの男性のお宅のキッチンだからか、かなり汚れがひどい。


「すみませんね!なかなか片付ける暇がなくって汚れてますけど、使えるんで!洗い物はそのまま残しといてください、あとでやるんで!」

「わかりました。」


洗ってない汚れ物が積まれた、底の見えないシンクの片隅で野菜を洗い、調理に取り掛かろうと…ムムム。…フライパンも鍋も包丁もまな板も洗ってないぞ、奇麗に洗ってから作業に取り掛からなきゃだめじゃん、なんてこった。


ジャガイモとニンジンは厚めに皮をむいて、皮の部分はきんぴらに。ひき肉を炒めて、その脂を使って野菜を炒め、みりん酒しょうゆ砂糖水を加えて、薄切りにしたシイタケを投入、糸こんにゃくは切らずに長いまま入れるのか、ああ、なるほどそばっぽくなるって事ね、ふうん…。


煮こんでいる間にシンクの洗い物をする。まあ、これくらいはサービスしましょうかってサポートスタッフが言うからさ。


「やあ、悪いですね!ありがとうございます!!!」

「いえ・・・。」


男性はやけにうれしそうだ。まあ、喜んでもらえたなら、いいか…。


和気あいあいと、お母さんの思い出などを語りつつ、肉じゃがの完成を待つまでは、良かったのだが。



「…何これ、まずい、まずすぎない?」


肉じゃがを一口食べた男性が、騒ぎ始めた。


「あの、…レシピ通りに作りましたけど。」


私はレシピノートの通りに材料をそろえ…きっちり男性のお母さんの調理方法を再現、した。


「嘘つけ!俺の母ちゃんの肉じゃがはこんなに脂っこくなかったし、もっと味が濃かった!しかもこのきんぴら、なに?!こんな余計なもん作って!こんなの俺食ったことないんだけど?!肉じゃが作れって言ったのになんで余計なもん作るの、こんなに皮厚くむいてもったいないじゃないか!」

「レシピにはきんぴらを一緒に作るって書いてあったので…すみません。」


かなり男性がヒートアップしているぞ。私じゃあ対処できないな、そう思ってサポートスタッフに今後の対応を一任しようと決め、目で合図を送った。


「こんなまずいもん食わされて、料金なんか払えないな!!全部捨てて!!!ゴミになるから持ち帰れよ!」


何も言わずに、作ったばかりの料理を…持ち込んだ、ゴミ袋に入れる。


「さっき渡した買い物の金も返してもらうよ!あとで慰謝料含めて請求するから!」

「慰謝料ですか?」


うわあ、ものすごいこと言いだしたぞ、これは…やばい案件だ。


「人に迷惑かけたんだから当然でしょう!あ、掃除してってくださいよ!徹底的に!!炒め物したからめちゃくちゃ油飛んでるし!!汚したのはあなたでしょう!!!」


ベッタベタのコンロは、肉じゃがを作る前からばっちり汚れていた訳ですが。…軽くふいただけでは満足してもらえなかったので、ピカピカに磨き上げることになった。


「じゃあ、掃除も完了したので、そろそろお時間ですし、失礼させていただき

「何言ってんの!!!換気扇も使ったでしょ、フィルターも変えて。あとついでにグリルの中もやっといて。」


一時間の作業予定が…三時間もかかってしまった。


「勝手に超過してもらっちゃ困るんだよ!どうしてくれるの、資料の用意ができないじゃないか!リモート会議に間に合わなかったらお前らのせいだからな!あとで慰謝料請求するから!」


玄関ドアを勢いよくバタンと閉められた私の目には…どっぷりと暮れきった夜の闇が。…うん、もう二度とやんねーぞ!




「…というわけで、一円ももらえなかったよ。現金。」

「なかなかすごかったわ、いやー、ウケるウケるwww」


「…あちゃー、お疲れ様だったね。」


レンタルおかあさん総本部に戻った私たちは、スタッフルームで所長と・・・面談中。


「…すみません、本当に…。」


ずいぶん申し訳なさそうなおかあさんが、目の前に。


このおかあさんは、さっきの男性の…二十年前にこの世から旅だった、本物のお母さんである。


私はこの人を自分の体に浸透させてですね、まあ…お母さんそのものになってですね、調理をしたと言いますか。なんていうのかな、意識が二重にある感じとでもいえばよろしいか。つまり、さっき男性が食べたご飯は、私の肉体を使ってはいるけれども、正真正銘、男性のお母さんが作った肉じゃがであったというわけ。


「まあねえ、年取ると脂っこいものってこってり感じるようになっちゃうからねえ…。」

「出来合いものばっか食べてると濃い味に慣れちゃうし、最近の総菜ってホントうまいんだよ、口が肥えても仕方ないっちゃあ、ない。」


「いえ…そもそもあの子昔から好き嫌いが多くて何を作ってもまずいしか言わなくってね、今回の話を聞いてびっくりしたくらいなんですよ…。」


生まれ変わる準備中だったお母さん、息子が母親の味を求めていると知り、冥土の土産…いや違うな、前世の土産?生まれ変わる前に様子を見にいってもいいかなと思ったらしいのだが。


「なんか…がっくりしちゃいました。かなり私の事バカにしてたけど、年齢を重ねたら多少はありがたみとか感じてくれるかなって、人として成長してくれるかなって…どこかで期待してたんです。自己中心的で行く末が心配だったというか…なんか、心配する必要もないなって思っちゃった…。」


お母さんの姿が薄くなってゆく。ああ、前世の思い残しみたいなのが薄くなったからかな?…ああ、消えちゃった。


「なんか気の毒だったね。」

「まあ、こういうもんでしょう、さ、処理やってくよ、モニタ繋いでね。」


テレビ画面にさっきの男性の姿が映る。


「ねえ、あたしもう帰っていい?あんまり遅くなるとまずいんだけど!!!」

「ごめん、最終決算までいて欲しいな、支払いの関係もあるし。」

「大丈夫大丈夫、ここ時間流れないし、好きな時間につなぎますから。何なら家の前…部屋の中まで送りますから。」


くそう、逃げ出せねえー!!!これだからこの仕事やだったんだよ、ああやっぱり断ればよかった…。絶対ダメージでかいやつじゃん、これ…。ああ、今さら後悔してももう遅い…。


「請求書来てますよ、…すごいことになってます。」

「ええと、買い物代金返還および立て替えの手間賃合計一万円、調理不備による心的肉体的ダメージ賠償金十万円、時間超過による業務妨害の損害金として2000万、ふーん。…言い分の詳細と、状況確認お願い。」


「ピン札のゾロ目一万円札を使われた、すぐに返金できないならお詫びの気持ちを見せるのが礼儀だ、母親のイメージをぶち壊された、これから一生母親を思い出す度に心が痛む、その罪深さはとても金額には換算できないが、自分は心が広いから許してやってもいい、誠意を見せて欲しい…新商品のリモート会議に二分遅れたため、自身の考えた「足のにおいパン」の企画の印象が悪くなり却下されることになった、絶対に企画が通るはずだった、お前らのせいで人生狂った、責任取れ。金額は…爆発的ヒットした場合の純利益から試算していますね。」

「企画は通りそうだった?」


「いえ、まったく企画部には相手にされていません。会議にも無理やり参加した節があります。…会議に遅れた理由が、磨かれたキッチンの様子を細かくチェックしていてうっかりしていたってとこが気になります。」

「なるほどねえ、完全自業自得の責任転嫁、フーム。」


なんだろう、ものすごい言い分に正直ドン引きだ。めちゃくちゃ満足そうな顔をしてほくそえんでるおっさんが見えるけどさあ、徳がばっさばっさと落ちてるぞ、何やってんだこの人…。


「じゃあね、会社に今回の件を説明して、損害金を受け取るかどうか、聞いてみてくれる。…そこから別件、引っ張ってこれるかもしれないし。」


ああ、これはきっと、金額釣りあげてきた場合に…これ幸いと頂いちゃう(・・・・・)つもりだな。


「買い物は買った分だけ返して…十万円は支払っとこう、調子に乗ってくれるかもしれないから。」


調子に乗らせる気満々だ。…こういうところがエグいんだよ。


「会社は男性に対して注意してますね…クビにしたいみたいです、もともと対人関係で衝突が多くて問題を起こしてばかりで…ああ、退職しましたね。退職する羽目になった責任をこちらに請求するようですよ。ええと、昇進して最終責任者になることを予測して、定年後に名誉顧問になって80歳まで働いた場合を仮定して試算していますね、二億八千万だそうです。」


お金がもらえると踏んだおっさんは、湯水のようにお金を使い始めて…あーあ、趣味でやってたボランティアやめちゃうのか。スゴイな、得ることの無くなった徳の…失うスピードが速すぎる。ああ、一つもなくなったぞ。


「徳、無くなりましたね、もう刈りに行っていいですよね。」


徳がわんさかあるとねえ、人ってのはなかなかガードがきつくてねえ…。でもねえ、徳がすっからかんのド素寒貧だと、人ってのはもう食われちゃい放題の刈られちゃい放題の消滅し放題っていうかー!ああー、おっさん食われたー!


「収支報告出します?」

「頼むわ!!」


精神的に疲れきってげっそりしている私に、所長から封筒が手渡される。…今回のお給料だな!


「はい、ごめんね、お待たせしました!またよろしく!!!」

「もうやだよ!!!これいらないから、もう声かけないで、もう泣き落としには引っかからないよ、今後絶対呼ぶんじゃない!!!見送りは結構です、ではさいなら」


封筒を押し返し、立ち上がって逃げ出そうとする私の耳に聞こえてきたのは!


ちゃりん、ちゃりん、ちゃりちゃり・・・!!!


げえ!私の背中に徳、徳がわんさか降ってきてる!


「あ、徳で払っときました!」

「いらんというとろうが―――――――――!!!」


「まあまあ、そうおっしゃらず。…送りますよ。」



や ら れ た。


私の右手が押し出されたまま…気がつくと家の玄関前だとう…?!しかもご丁寧に左手には折り詰めの寿司が…四箱も!…くそう、回らない寿司屋のうまいやつやんけ!こんなんすてられん、食うしかないやつじゃん!


「あんのやろー!」


思わず玄関前で叫ぶと。


ガチャ!


「なに玄関でさけんでんのって!わーい、おみやげ!?いただきー!」

「お帰りなさい。」


大喜びで左手の紙袋を奪い取って、部屋に向かう娘!それを追う息子!


「ちょ、勝手に持っていかないでよ!歩きながらくうんじゃ…ない!せめて食卓で座ってお茶くらい用意しやがれ!」


怒り心頭の私は!

げっそりしていた気分が吹き飛んで!


靴を脱ぎすて、上着を放り出し!

急いで食卓に向かって、遅い晩ごはんを食べる事をきめ!


めちゃくちゃおいしいお寿司をいただき!



もう二度と食べたくない、…いや違うな。


次からは高いお金払って食べたい、そう思いました、っていうお話ですっ!





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― 新着の感想 ―
[一言] レンタル母さんとか、面白い仕事もあるんですね〜。 ほぉ〜。 で、40代後半の独身男性が出てきて、どうなることかと思いましたが。 予想の遥か上を行っていましたね。 実際にいそうですけどねーそう…
[一言] これシリーズだったんですね! お手数でなければシリーズを組んで欲しいです! これ好きなんで!!
[良い点] >ああー、おっさん食われたー! ここの勢いすき。 なるほど。描写しなくても、すでに分かる環境が整えられてたのか。おそるべし [気になる点] 金額がひどすぎてもう草。 [一言] 徳がそろ…
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