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はじめましてこんにちは。
誰かの好みに合致してくれたら良いな、と思いながら、ゆっくりのんびり更新していきたいと思います。よろしくお願いします。
「……」
それは、たった一枚の写真と、今話題になっている噂話だった。出所が何処だったのかが判然としないのは、「よくあることだ」と言う他ないだろう。また、噂の出所など探す者は殆どいない。何故なら、その噂を聞いて他へと伝える生徒の大多数にとって、話の真偽よりも “それによって得られるかもしれない利益”の方が、議論するまでもなく大切で重要だったからだ。
少女にとってもその例に漏れず、噂の出所など興味の対象にもならなかった。
出所どころか、真偽の程だって興味の対象ではない。元々、それほどに信じているわけではないのだ。もし、もしこれで願いが叶うなら。
少しでも、何かが出来るならそれでいい。
そんな少しの自己満足を満たす為、一枚の写真は形を変えた。
「あー、今日も疲れた」
色素の薄い灰色の髪に青灰の瞳、首元をマフラーで隠した色白の男が、橙の光が溢れる馴染みの一膳飯屋の長椅子に鞄を投げ出し、どかっと音を立てて座る。その姿は10代の少年のそれであり、黒の学ランを纏っている。
長椅子の一端に腰掛けていた銀色の髪と紫の目をした、着物姿の男が嫌そうに顔を顰めた。
「そんなにすぐ疲れるわけねえだろ。人間の世界にもう染まっちまったって言うのか?」
「雷撞、おめえはいっつも嫌味だな。そんなすぐ変わるわけねえだろ。人間に姿が見えるように化けるだけでも疲れるんだよ」
「そーかよ。ならその中途半端な姿をどうにかしろ。人間に染まっちまったようにしか見えねえぞ。……吹雪、風羽はどうした」
「あー」
吹雪と呼ばれた少年が顔を顰めて何事か口にしようとした時、奥から少女が出てきて、席のすぐ傍で足を止めた。少女は薄緑色の髪と金色の瞳を持ち、格子柄の着物に羽織を纏って高下駄を履いている。髪から顔を覗かせる若葉と花が愛らしい。高下駄を履いているとは言え、幼い外見を持った少女は小さく、吹雪は視線を少しだけ下に向けた。
「薫緑」
「おかえりなさい、吹雪さん。今日は何にします?」
くりん、と大きな目と、読み取れない表情でそう問われ、吹雪は少しだけ考えるように視線をさ迷わせた。本来食事は必要ないのだが、食べることが出来ないわけではない。となれば、好物だって当然存在する。
「んん、でもアレは食べたばっかりだからな……。カツ丼をくれ」
「承知しました。少々お待ちください」
「ん。楓の飯は旨いから楽しみにしてるな」
一礼して奥に戻って行く薫緑を見送り、吹雪は一息ついて姿を変えた。髪は銀、瞳は紅。背は多少伸び、額の髪の生え際に角が2本。首元をマフラーで隠した、着物に羽織の男。
「やっぱり、この姿が一番落ち着くな」
「俺もお前はそっちの方が落ち着くわ。んで?」
「ああ、風羽のことか?あいつは同級生に連れられて行ったよ」
にやっと笑って雷撞に視線を送れば、雷撞もまた面白そうに顔を歪めた。
「あいっかわらず、あいつは仏頂面して付き合いが良いっつうかなんつうか」
「下手に関わらない方が楽だって言ってたのはあいつの方なのになあー」
「俺が何だって?」
すっと現れたのは、黒色の髪と金色の瞳を持ち、洋装の上から赤と黒の羽織を羽織った男だった。
「よお、かっちゃん!何時から其処に?」
「よく言う。初めから気付いていただろう」
如何にもたった今気が付きましたと言うように吹雪がそう声を掛ければ、男は呆れたようにそう返して、吹雪の向かいの席に腰を下ろした。
「よう風羽。俺には挨拶なしか?」
ニヤニヤとした顔をそのままに雷撞がそう問えば、少し眉を寄せて風羽が口を開いた。
「俺は吹雪にも挨拶をしたつもりはない」
「風羽さん、おかえりなさい」
他愛無いやり取りをしている間に、いつの間に近付いてきたのか薫緑が現れてそう言えば、風羽はそちらに目も向けず、一言「カツ丼」と言った。
「はい。本当に風羽さんと吹雪さんは仲良しですね」
「は!?」
予期していなかったのだろう台詞を言われて素っ頓狂な声を出した風羽が、ようやく顔を薫緑の方に向けた時には、少女の背中は既に遠く離れていた。
「どういうことだ……!」
ぎりっと音がしそうなほど強く睨まれた吹雪は、ふっと笑みを零し、片手の甲で頬を支えるポーズを取ってキメ声(当社比)で言った。
「味覚から相性が良いなんて、運命、だな……?」
「ぐふっ」
「意味が分からん。気持ち悪い声を出すな阿呆。雷撞、お前は息が止まるほど笑いを堪えるのはやめろ」
この世には、ヒトには見えないモノが存在する。
人間界と死者の国との狭間に住み、時には何方にも干渉し、この世を謳歌しているのである。もとはヒトであったもの、樹木の妖気が変化したもの、時間と共に想いが変化したもの。成り立ちは様々であるが、彼らは浮遊霊や悪霊等とは一線を画し、彼ら独自のルールのもと、人間等の想像も及ばないような月日を過ごすのだ。
この狭間の生に満足し、または追い出され、その存在が消滅するまで。
彼らは彼らとして生き続けるのである。
「線路上の血濡れ女あ?」
なんだ、その安直な名前は。そう言いたげな吹雪の顔に何ら突っ込みを入れることもなく、風羽は涼しげな表情のまま説明を続ける。
「どうも学生の間だけではなく、あの地域全体で噂になっているようだな」
目の前にはホカホカと湯気を立てるカツ丼が並び、口では説明をしながら、流れるような手つきで割り箸を割った。玉葱と卵は艶々していて、とろりと黄金色に光っている。サクサクのカツと相まって、その見た目と匂いは食欲を刺激した。
「吹雪、いつも思うんだけど、お前舌いかれてんじゃねえの。そろそろ止めとけよ。な?」
「何言ってんだ、これくらい赤くないと美味くねえだろう」
「もう終電も終わっているような夜中にその線路の近くを通りかかると、遮断機が下りて電車が通過する。その電車は通過する際に必ず女を轢くそうだ」
机に備え付けられた七味の中身を全て使い切る勢いでカツ丼に振り掛ける吹雪を、本気で心配している雷撞が止めているのを気にも留めず、風羽の説明が続けられる。寧ろこれは独り言なのでは、と、風羽と背中合わせの席に座っていた<玉兎>の紫月は思ったとかなんとか。