地獄のように鳴いてみろ
近所にパン屋がある。客が居るのを見たことがない。それどころか店主も留守にしがちだ。
僕はというと、奨学金を返済するためにアルバイトをしながらギリギリで生活するフリーターだ。
バイト先の飲食店も店主の性格が、こう、キツい。新人が入ってはやめを繰り返し、家事に気疲れした主婦と家庭事情が複雑な親父さんくらいしかいない。飲食店なのに弁当屋を兼ねていて、請求書を作成したり金の計算をしたり、募集要項になかった仕事をさせられることも原因だろう。揃いも揃って辞めていく者は皆清々しい顔をしている。こんな職場が野放しになっているのはどうかと思う。
Forever21が撤退した。建物だけが渋谷のど真ん中に残っている。そこだけ人が住み着かなくなって荒廃した街中のように、誰も寄り付かず脱け殻を体現している。
加湿器の水が足りなくなった。水を継ぎ足し継ぎ足ししても容器自体は汚れていく。スポンジで表面を擦ってやればすぐ綺麗になることは分かっているのに。
住居は住人が居ないとどんどん劣化するらしい。僕らは家賃で大家を支えると同時に建物を守っている。
浮浪者というのは住所を持たない。名前すらないのかも知れない。だがコミュニティはある。
新宿西口駅前から少し歩くと溜まり場がある。段ボールを敷き、顔を隠して眠ってる人や座って何かを食べてる人が居る。皆足の裏が真っ黒だ。
僕はその横を歩きながら思う。
一歩、足を踏み外してしまえば彼らになってしまうのではないかと。究極、職を失い家を失い人との連絡ツールが断たれたら直結する。
じゃあ空き缶を集める為に1日歩けるか。無理だ。じゃあ飲食店で一生過ごすか。これも無理だ。
僕は彼らより生きていないし死んでいない。
名前と住所と職を持った匿名希望だ。今野垂れ死んだとしても。
先日、大宮で列車への飛び込み事故で電車が止まった。3人が巻き込まれ軽症、とあった。
巻き込まれ?ということは死体がそのまま跳ね返ってきたのだろう。
僕はその死体以下の存在感を撒き散らしてコンビニの惣菜が入ったレジ袋を片手に歩く。
桜が散り初めていた。