いろいろ、選択(後編)
何だって。岡野から、映画という単語が飛び出てきた。なんて絶妙なタイミングなんだ。今お前が大声で映画というキーワードを出したお陰で、当然隣の渡瀬さんたちも反応する。自然と話すきっかけにもなるし、そこからの展開も無限大だ。
いや待てよと、僕の第六感が働く。
こいつ、わざとだと思った。
さっきまで岡野は他の男子と話をしていた。多分渡瀬さんの会話に聞き耳を立てていたのだろう。僕が渡瀬さんへ寄せる思いを知る岡野は、彼なりに気を遣ってくれているのだ。ああ岡野。お前ってやつは。友達甲斐のあるやつだ。あれ?岡野だよね?大栗旬…ではないよね?あ、岡野だ。良かった。
岡野、お前が出してくれたパス(上手いかどうかは別として)、無駄にする俺ではない!
「行こうぜ!何の映画にする!?まったく、お前は最高の友達だぜ!」
「お、岡野くんたちも、映画見に行くの?」
山田さんが話しかけてくる。自然な形で会話の輪が広がる。
渡瀬さんの話し相手が天真爛漫な山田さんなのがまた功を奏した。山田さんは、誰にでも分け隔てなく接する。アホの岡野とは意外と相性が良いらしく、よく話しているところを見掛ける。岡野はアホだが、楽しいアホなのだ。
「'も'ってことは、山田さんも行くの?」
「うん、ひなのちゃんと!今話題の、入れ替わっちゃうやつ」
「あ、それならこの前凡田と見に行ったよ。な、凡田!」
突然僕に来たのでびっくりしたが、これ以上ない自然な流れだ。
「お、おう!最高だったよな」
「あ、やっぱり面白かったんだ!」
渡瀬さんが言った。
僕と岡野の間に緊張が走った。
この時点で既に、岡野を力の限り抱き締めて、明日映画を観た後に焼き肉を奢ってあげたい気持ちになっていた。
しかし、僕はここで満足するわけにはいかない。さらに高みを目指し、話を膨らます。
「めめめめ、めちゃくちゃ面白かったよ!感動する!感動しすぎて2回も見ちゃったし!」
「2回も観たの?すごいね。でも、そんなにハードル上げちゃって大丈夫?」
「あ、確かに、そうだね。ごめん、今聞いたことは忘れて。フラットな気持ちで観てよ」
「ふふ、凡打くん、面白いね」
「え、渡瀬さん、今、僕の名前…」
「どうしたの?」
「いや、なんでもないや」
今、渡瀬さんが僕の名前を呼んだ。初めてのことではない。でも、それだけで全身が痺れたようになって、僕は物を考えることができなくなるのだ。
彼女は、不思議そうな顔をしていた。それはそうだろう。自分が名前を呼ぶだけでこんなにも喜ぶ人間がいるなんて、想像できるはずもない。
「山田さん!ちょっと向こうで話したいことがあるんだけど!」
岡野が仕掛ける。
「え~、何々~?」
「いいから来て!」
またも岡野が気を効かせてくれた。それはあまりに強引じゃないかと思ったが、山田さんがこちらをチラ見して、共犯者の笑みを浮かべていた。僕ってわかりやすいのかな?
せっかく岡野が作ってくれたチャンスだが、名前を呼ばれた感動で、頭が真っ白になっていた。事前のシミュレーションは何度もしていたのに、肝心なところで役に立たない。
「行っちゃったね」
渡瀬さんが呟いた。
「う、うん、そうだね」
「ところで、さっきなんて言おうとしてたの?」
勘違いかもしれないが、渡瀬さんは、さっきの山田さんと似た笑みを浮かべていた。