0.悪役令嬢 エリカ・ウルフェン
………公爵令嬢である私、【エリカ・ウルフェン】は学園の卒業パーティの日である今日、断罪される………らしい。
どうやら、私は頭の緩いあの子を謂れのない罪で陥れようとした、と言う事になっているらしい。
何故、そんな他人事みたいな言い方をしているのかと言えば、事実、私は彼女に何もしていないからだ。
頭の緩い少女……桃色で、ゆるふわウエーブのかかったロングヘア、丸くて宝石のような翡翠の瞳、あどけない顔立ちをした少女、【アリス・ラミエス】男爵令嬢。
彼女はいたく王子様に好かれているらしいわ。
そんな子に手を出す程私は愚かではないし暇でもない。
だけど、何故かあの子は私の近くで勝手に転んで泣いたり、
自分で無くした物を私が隠したと喚いたり、
とにかく、さも私があの子を虐めているかのように振舞った。
愚かな王子様はそれを毎回鵜呑みにして、私を責め立てた。
正直、うんざりだったわ。
こんなのが未来の国王なのか、と幻滅もした。
そんな王子様の婚約者だった公爵令嬢、【アリア・ハーレスト】様には本当に同情するわ。
尤も、彼女は既に自身の執事で実は隣国の皇太子殿下だった男性に保護され、フェンリル帝国に嫁入りしたのだけれど。
アリア様は心から心配して、愚かなるオウジサマに進言し続けていたのにそれを彼は不敬罪だとかで処罰しようとしたくらいだし。
本当に、そんな王子様でこの国は大丈夫なのかしらね。
………いえ、ダメだわ。ええ。
国王陛下もさんざん手を尽くしたそうだし。
ーさて、時間が来たようね。
私は、学園のエントランスへと足を踏み入れた。
するとそこには、金髪碧眼の、見た目だけは絵に描いた様な王子様、【ライトリーク・ガルガンティア・ウィンドル】と、それに寄り添う桃髪の少女、鎧を着た茶髪の騎士の少年、ローブを纏った黒髪の魔導師の青年が居た。
少し離れて燕尾服に身を包んだ、
銀色でショートの髪にアメジストの様な切れ長の瞳をもつ、冷徹な印象を受ける青年も立っていた。
……私の婚約者だ。
「来たか、ウルフェン嬢。
貴様が呼ばれた理由は、自分がよく分かっているだろう?」
「……いえ、全くもって分かりません。」
「貴様ァッ!立場を弁えろォォッ!」
王子様…いえ、愚殿下が訊き、私がそう答えると、鎧を着た少年が吠えたてる。
私はそんな駄犬に対して冷やかな目を向けた。
元々ツリ目で鋭い印象を受ける視線に鎧を着た少年は一瞬で怯んだ。
全く、吠えたてるだけあって弱い犬よね。
「………貴方こそ立場を弁えたら如何でしょうか、カレイド伯爵家の令息さん?
伯爵家である貴方が、公爵家である私に向かって高圧的に怒鳴り散らすなんてマナーがなっていませんよ?」
「グッ……!姑息で嫌味な女め………!」
………やれやれ、私は常識的な事を言っただけ、なのにね。
続いて、ローブを着た青年が口を開いたわ。
「カレイドが失礼しました……ですが、それは別として貴女がアリスさんに対して行った非道な行いは消せませんよ?
それはどう弁明するおつもりですか?ウルフェン様。」
「弁明も何も、そもそも私は彼女に何もしていませんし、
私がラミエス嬢に注意をした以外に会話らしい会話もありません、殆ど接点すらありませんでしたわ。
それは、皆さんもご存知でしょう?」
私はそう言いながら周りを見回した、
しかし、周りに居た生徒達は皆、気まずそうに目を逸らしただけだった……
………ええ、そうでしょうね。
王族絡みの事だからそういう反応をされるのは仕方のないことだけれど……
「……………。」
と、そこで私の婚約者である銀髪の青年………宰相の息子である【レインハルト・バンバルディア】公爵令息………レインが、私にその冷たい双眸を向けてきた。
そして、私の方へ歩いてくる。
……あぁ、この後の展開は、手に取るように分かるわ…
私は、覚悟を決めてレインと視線を合わせた。
私の双眸は、レインとはまた違った冷たさを感じさせる切れ長で吊り上がった鋭い瞳だ。
そんな私の視線を受けても、レインは表情ひとつ変えず、私に歩み寄ってくる……
そしてーーーー
「っ…!」
「全く持って馬鹿らしいですね。私の大事な大事な婚約者であるエリィを侮辱しないで頂けますか?ライトリーク王太子殿下。」
「れ、レイン…恥ずかしいわ……!」
「おや、それはすまないねエリィ。だが緊張はほぐれただろう?」
私を殿下から隠す様に、守る様に抱きしめながら、殿下をその冷たい双眸で睨み付けた。
反対に、私へは蕩ける様な笑顔と熱い視線を向け、直ぐに顔を引締めた。
そこら辺の切り替えの速さは流石、未来の宰相様よね……
「ーコホン、ともかく、こんなにも優しく気高い彼女が、男爵令嬢を貶めるなんて事をするはずかありません。
なにより、学園内ではほぼ私と行動を共にしていた彼女が、誰かに指示をしてまで男爵令嬢へ嫌がらせなどする暇なんてありませんでした。
あるはずが、無いのですよ。」
…………そうなのよ………学園内では……いえ、寮内でも、レインは私にベッタリだったのよね………
お陰で周りからは『バカップル』扱いされてたわ……
まぁ、私も、そんなレインが嫌いじゃなくて緩んでいたから甘んじて『バカップル』呼びを受け入れたわ………
だって、相思相愛でお互いに緩い空気になっちゃうんだから言い訳のしようがないじゃない…………!
「フンっ、そこの魔女に魅了魔法で洗脳されたお前の証言など当てにならないな。
それに、ほぼ、だろう?その空白の時間に指示くらい出来るはずだ。」
「そうです……わたしはいつもレイン様の居ない所でエリカ様に酷い仕打ちをされていました………!
レイン様は何故嘘を言ってまでエリカ様を庇うのですか……!?」
「やはりな!バンバルディア!貴様こそ嘘の証言でアリスを侮辱するな!不敬罪に問われるぞ!」
(…私の婚約者を愛称呼び……?頭が痛いわ…。)
(ボクはラミエス嬢に愛称呼びを許した覚えは無いぞ…?
頭が痛いな……。)
((何より、嘘つきはラミエス嬢だ。))
だけれど、殿下はそんなレインの言葉を自分に不利な部分だけ否定した。
ラミエス嬢も私から何かされた事実は一切無いのに泣き顔で追従するし、本当に演技がお上手ね?
殿下は殿下で自分に都合のいい事しか頭に入れない愚殿下よね本当に…。
レインも深い溜息をつくと、私を安心させる為に改めて抱き寄せてくれた………
再びいつものレインの香りと温もりに包まれた私は、知らずの内にまた力んでいた身体から力が抜けるのを感じたわ……
「まったく……いくら婚約者と言えど着替えやトイレの中にまで同伴出来る訳が無いだろうに………それすらも理解できないとは………
「レイン……?」
「…心配しないで、エリィ。ボクがキミを守るから。」
「……ええ、頼りにしてるわ。」
これは本心からの言葉だ。
何せ、こんな状況でも冷静で居られるのはレインが側に居るからなのだから。
レインは私に向けていた微笑みを消すと、再び殿下達へ向き直ったわ。
「それでは、あの魔導具を証拠としましょうか?殿下。」
「……『真実の珠』か。」
「ええ、既に国王陛下には頼んできましたので。」
『真実の珠』とはあらゆる詐称をも暴く特別な魔法具だわ。
確かに、アレならば私の無実も証明できるわね。
さて、私はこれまでの経緯を整理することにしようかしら。