第9話 編成
シュレイとタケルはロウの顔が見える位置を陣取り石製の観覧席に腰かけた。
近くにはスサ老師がいた。
シュレイと目があったのかお互いに目礼したので、タケルも合わせて一礼した。
するとスサ老師がシュレイの隣にやって来た。
「老師様、お久しぶりです。益々お元気そうで何よりです。」
シュレイは長の娘モードに入っていた。
「ハッハッハッ、シュレイ殿は相変わらず胸が小さいのう!」
(オッ、イキナリのセクハラ発言!エロ爺ィかっ!)
タケルはスサ老師の本質を見ようとした。
(えっ、見えない!ガードされている訳ではないみたいだなぁ、本質が無いのか!怪しい爺ィだ。)
「やですわ、老師様!まだまだ、成長中ですよ。
タケル、御挨拶なさい。」
「鬼族長シュテンの子、タケルと申します。よろしくお願い申し上げます。」
「老師様、タケルはビャクヤ様と「契り」を交わしております。
まだまだ若輩者ですが、よろしくお願い申し上げます。」
タケルは、長の娘モードのシュレイは流石だと思った。
エロ爺ィのセクハラ発言なんぞなんとも無い様子であった。
「ほう、「契り」とな。
ハッハッハッ、タケル殿よろしくな。」
笑いながらスサ老師は元の場所へ戻って行った。
タケルは隣から殺気を感じ、恐る恐るシュレイを見た。
「あのクソ爺ィめ!いつかぶっ殺す!
アタイはさらし巻いているんだよ!
脱いだら凄いんだァ!」
独り言と解釈してタケルは目をそらした。
(シロ、本質が見えないなんてことある?)
(はい、可能性としては、タケル様より
「気」の量が格段に多い場合、
本体ではなく分身の場合、
のふたつが考えられますワン。)
(ますます怪しいね。ビャクヤ様の知でもそこまでしか分からないんだから………。)
「姉御、スサ老師は人外の地に来られて長いのですか?」
「若い時の母さんを口説いていたとオヤジが言ってたから古いことは古いぞ!」
(ということは、聖獣の皆様も承知しているということか!謎は残るけど敵とかではないのだろう………。一応、警戒しておくか。)
オロチが亀神ラメガと一緒に闘技場に現れた。ふたりとも狩衣姿で烏帽子もかぶっていた。
「ほんと、アンタはいつも遅いんだから!
ほんとイラつく!」
「ゴメンよ、オロチ。亀だからさー。勘弁しておくれよ。」
オロチが喋る速さの3倍以上のゆっくりとした調子でラメガは話していた。これもオロチをイラつかせる原因なのだろう。
ふたりは巫女装束のふたりが待つ円卓へと向かった。
ロウと雑談をしながら待つ鳳凰クザクは白衣と青袴という巫女装束で美しく妖艶な熟女に変化していた。
オロチ達が座るとオロチから現状の説明があった。
オロチの妖術でこの闘技場にいる者は全て念話と声と同時に会話ができるよう施されていた。
オロチも普通の声の大きさで話している。
(こんな使い方も出来るのか!俺も色々と考えてみよう!)
オロチは、まずビャクヤ襲撃から始まった長達への襲撃について詳細に語った。
その中でタケルは新参者なので皆に紹介があった。
タケルは一言、
「よろしくお願い申し上げます。」
と、言うだけで済み、オロチに少し感謝した。
ただ、タケルが鬼族不具の子でビャクヤに拾われ、ヒルコとアハシマの御加護を賜り、ビャクヤと「契り」を交わしたことが紹介されたときは会場内が騒めいた。
もっとも、襲撃方法と族長を救う方法を解明したのがタケルだと紹介された時の騒めきはもっと凄かったが………。
「ロウちゃん、私にタケルちゃん預けない? 可愛がるわよ。」
「クザク様、お戯れを!」
ロウはクザクの誘いを笑顔で断った。
オロチの話は続いた。天子様よりの情報とお言葉に話題は移っていく。
三種の神器らしきものに刻まれている模様については、聖アモン帝国の旗印と同じということ。
聖アモン帝国の聖帝アモンは唯一神を自ら名乗っていること。
唯一神アモンを信ぜぬ者は異教徒として殺戮、そして侵略が始まったこと。
聖アモン帝国は大陸全土を征服し、残すは賀王国のみとなったこと。
賀王国は内乱状態であるということ。
聖アモン帝国軍は魔法というものを使い一撃で何万人もの兵士を殺戮すること。
賀王国の次は日ノ国が標的であること。
早々に連邦軍が編成されること。
天上界ではアモンなる神の誕生は確認されていないこと。
三種の神器らしきものは「そぐわぬ物」の可能性が高いこと。また、ビャクヤ及び3種族の長襲撃に使用された可能性が高いこと。
天子様のお言葉
「日ノ国の民と美しく自然豊かで平和な国を守ろうね。」
オロチはここまで一気に語り通した。
「ちょっと休憩にしましょう!
黒蛇ちゃん、よろしくね〜!」
黒蛇カガの指揮のもと、狐狸族の綺麗所数名がお茶を配り始めた。
緑茶のようだが香りが少し違うとタケルは思った。
団茶と呼ばれるものだとシロが教えてくれた。
「美味しい!」
タケルはお茶を飲みながら考えていた。
(ビャクヤ様や父さん達を襲ったのは「そぐわぬ物」の可能性が高いのか………。
それに他の国も大変な事態になっていたんだ。
魔法とは、あの魔法かなぁ?
この目で見たら解析できる気がするんだけどなぁ。
まるっきり大量殺戮兵器だな、酷いことをする。
シロ、「空ノ気」「地ノ気」は日ノ国だけじゃないよね?)
(はい、現在の情報からは、この世界中どこでも存在すると考えられますワン。)
(妖術イコール魔法なのか?)
(はい、可能性は非常に高いですワン。)
(ヒルコとアハシマって誰に対しても平等なの?)
(はい、ヒルコ様「空ノ気」、アハシマ様「地ノ気」は存在自体が自然現象のようなものですワン。
太陽の光が誰に対しても平等なように、生けるもの全てが平等に使うことが出来ますワン。
ただし、御加護については日ノ国ではシロが知る限りふたり目ですワン。
滅多にあることではございませんワン。)
(そうなのか………。)
タケルは、ほぼ帰って来る可能性が無いと分かっていて流されたのだと思った。
シュテン、シュチの心中を思うと切なくなった。
(ちなみに、ひとり目は誰なの?)
(ヤマト タケル様ですワン。)
オロチからの念話が来た、それはタケルだけに向けられたものであった。
(タケルくん、鬼族の里はどうだった?)
(オロチ様!お陰様で父、母、姉とも仲良くなれました。
父からオロチ様に、鬼族の軍勢はいつでも馳せ参じると伝えてくれとのことでした。
鬼族の里は、活気があって良いところでした。まだ、少ししか見てませんけど。)
(あら!良かった!
どこの里も、人間のどこの州も、イイところなのよ。
いつか案内してあ・げ・る!
話が終わったら、残ってね。
ゆっくり話しましょう!
ロウちゃんにも言っておくわ。)
オロチは休憩を止め、天子様を総大将とする連邦軍について語り始めた。
各州の軍勢の半分を連邦軍に編入。
各州の残り半分は州軍として州の防衛。
人外の地は天子様の直轄部隊として300名を派出。
残りの各一族は里の防衛、残りの獨の妖魔達は人外の地外周の防衛に当たる。
サド、ツシマ、イキ、オキの天子様直轄領より普段の数倍強力な防護結界を展開、各島へ1名づつ派出。
遊撃隊を編成
明後日、天子様に拝謁し勅命を承る。
「質問、意見ある?」
オロチは、お茶をすすりながら皆を見回した。
(タケル様、タケル様、お話しとは関係ないのですが………ワン。)
(何?)
(最適化完了しましたワン。
また、タケル様の眼球と額付近に膨大な量の知を発見しましたワン。)
(えっ、ヒルコとアハシマの知?)
(可能性は高いですワン。)
(そうだったら、1億年以上分の知だね。
学習して最適化を始めて!)
(了解ですワン。
かなりの期間が必要ですワン。
最適化完了まで1ヶ月以上かかりますワン。)
(シロ、よろしくね。頼んだよ!)
質問、意見はいくつかあったが、特に揉めるようなことも無く、オロチから派出者、人数、期日、駐屯場所などが発表された。
天子様の直轄部隊300名
大将 蛇神オロチ
鬼族70名
隊長 長シュテン
犬狼族70名
隊長 長ゲツテン
天狗族70名
隊長 長リュウセイ
狐狸族30名
隊長 長コクコ
河童族30名
隊長 長ネネコ
獨の妖魔30名
隊長 土蜘蛛アカツチ
人員選抜については族長及び土蜘蛛アカツチに一任
1週間後までに越後に駐屯
里の防衛
族長に一任
人外の地外周の防衛
大百足アオザに一任
1週間後までに布陣完了
サド 亀神ラメガ
ツシマ 狐狸族ハクリ
イキ 河童族サンタ
オキ 鳳凰クザク
1週間後までに布陣完了
遊撃隊
隊長 犬神ロウ
副長 スサ老師
隊員 猫族ヤスナ
鬼族シュレイ
犬狼族ツキヨ
天狗族オボシ
鬼族タケル
兵站調整等
統括 黒蛇カガ
補助 狐狸族10名
河童族10名
「こんな感じよ!
連邦軍なんて天逆毎のヤツ以来かしらね。
皆んな久しぶりだからって、気を抜いてはダメよ〜!
日ノ国は守り抜くわよ!
じゃ、解散〜!」
人外の地の主要人外達は、雄叫びを上げる者、黙って頷く者、それぞれの反応を示し里や住処に帰って行った。
しかし、遊撃隊に指名された者達は残っているようだ。
(シロ、天逆毎って何?)
(かつて日ノ国が統一された直後から荒ぶる人外となり、日ノ国を荒らしまくった者の名ですワン。)
日ノ国統一直後のことであった。
ヤマト タケル達と統一に尽力した人外の者のなかに天逆毎という獨の妖魔がいた。
彼女は比較的おとなしい性格で援護妖術、治癒術に長けていて主に後方支援で活躍した。
ある日を境に突然と変貌し、あらゆるものへ殺戮と破壊を始めた。
そして、やっと統一により平和になった日ノ国を脅かす存在になった。
族長並みの「気」であった彼女は国津神並み、つまりは天子と同じくらいの「気」に成長していた。
天子ジンムは初の連邦軍を組織し、制圧に乗り出した。
ヤマト タケルと人外の者達、各州軍精鋭による連邦軍の活躍により彼女は鎮められた。
最後の決戦の地が霊峰フジ周辺であり、天逆毎が死ぬ間際に放った極大妖術により霊峰フジを中心に半径150里(前世の約80キロメートル)は焼け野原になった。
この時、猫族は身を呈して防護結界をむすび、それ以上の極大妖術の拡散を防いだ。
日ノ国統一と天逆毎から日ノ国を守った貢献により人外の地が天子ジンムより授けられ、霊峰フジ周辺の復興と人間との共存共栄を条件に日ノ国の州扱いで迎えられた。
それ以前は日ノ国全土に散らばっていた人外の者達は、人外の地で暮らすようになった。
「遊撃隊の者は、こっちに来て〜!」
オロチが円卓の方へ来て座るように促した。
遊撃隊に指名された7名が円卓に揃うとオロチはカガを呼びお茶の用意をさせた。
「アタシ、天子様に御報告があるから、ちょっと席を空けるわね。
皆んな、仲良くお茶飲んでてね。」
オロチが居なくなるとしばらく沈黙が続いた。スサ老師のお茶を啜る音が響いていた。
「ロウちゃん、お母さんのことは残念だったわね。戦友がまた、黄泉の国へと行っちゃったわ。
それにしても爺ィと小僧、小娘ばかりで遊撃隊なんか務まるのかね?」
ヤスナが沈黙に耐えかねたのか、遊撃隊選抜者への不満なのか、話し始めた。
「ヤスナさん、母ビャクヤの知と技は私とタケルの「気」に生きづいてます。
それと私はもう、四聖獣がひとり犬神ロウです、ロウちゃんでも小娘でもありません。
お忘れなく。」
「何っ、生意気な小娘だよ!」
その言葉に少し腹を立てたのかロウは一瞬だけ聖獣の「気」をヤスナに向けて解放した。 ヤスナは気を失うぐらいの威圧感を感じたが、流石は歴戦の強者、おくびにも出さずに続けた。
「なんだい?小娘がこの猫族ヤスナ様とやるのかい?」
ふたりは立ち上がり睨み合った。タケルが止めようとすると、いつの間にかスサ老師がふたりの視線の間に立っていた。
「胸の大きさで勝負しますか?
私が行司をいたしましょう。」
スサ老師はニタニタと薄笑いを浮かべていた。
(ナイス!エロ爺ィ!)
ロウとヤスナは毒気を抜かれ、座ってお茶を啜りだした。
(だけど、何か怪しい爺ィだなぁ。)
タケルはスサ老師がふたりの間に立ったスピードが速すぎると思い、ただの上位仙人ではないと更に警戒を強めた。
考えてみればオロチが遊撃隊の副長に選ぶぐらいの猛者であるとも思った。
タケルは周りを観察した。
犬狼族ツキヨと天狗族オボシはロウの「気」にあてられたのか唖然とした顔をしてキョロキョロとしていた。シュレイはというと………。
「スサの野郎、ロウ様にまで失礼なこと言いやがって!
しめる!しめてやる!
いつか殺す!」
ブツブツと小声で呟いているので、タケルは目を合わさないようにした。
この雰囲気で遊撃隊として勅命を承り任務をこなせるのかタケルは不安になっていた。
タケルは、たまたま並んで座っている犬狼族ツキヨと天狗族オボシに近づいて声をかけた。
「鬼族長が子タケルと申します。
生まれて3ヶ月の若輩者ですが、よろしくお願い申し上げます。」
タケルの丁寧な挨拶にオボシが嘴型半仮面を口元から外し、ニッコリと笑った。
「僕は天狗族長が子オボシだよ。よろしくね!
タケル君、父の回復についてはお世話になったね。ありがとう!」
(おっ、なんか爽やかイケメンだ。取っ付き易そう。)
「犬狼族長が子ツキヨ。」
(えっ、そんだけ?無口な娘、でも頭の上の耳はモフモフなんだぁ!狼系なのかなぁ?)
「鬼なのに角無い。」
ツキヨがボソッと呟いた。
「これは………。」
タケルが説明しようとしたその時、オロチが戻って来た。
「さぁ、お食事の用意が出来たわよ!
館の方へ行きましょう!
そこで今後の打ち合わせよ。」
オロチに案内されて遊撃隊の面々は館へと向かった。
タケルは寝殿造りの西側対屋に設けられた部屋へ入ろうとした時、強烈な頭痛に見舞われた。
(タケル様の前世でヤバイと言われている事象が発生してますワン………。)
(??、シロ………。
この頭痛と関係あるの?
うっ………、痛い、痛い、痛い………。)
タケルは唸りながら倒れ、気を失った。
「タケル、どうしたの!」
「タケルくん!」
「タケルっー!」