第6話 襲来
人間の形に変化したままのロウとタケルは正座し、姿勢を正し、座礼にて挨拶をした。
「オロチ様、お久しぶりでございます。オロチ様におかれましては益々………。」
「ロウちゃん元気そうね!
堅苦しいのは抜きよ。」
ロウのかしこまった挨拶を遮りながらオロチはタケルに顔を向けた。
「オロチ様、お初にお目にかかります。
鬼族は不具の子、タケルと申します。
ビャクヤ様に助けていただきお世話になっております。
以後………。」
オロチはタケルの挨拶も遮った。
「タケルくん、ス・テ・キ!
よろしくね〜。あらあら!」
オロチは何かに気付いた様子で立ち上がりタケルの前まで来て片膝をつき瞳を覗き込んだ。
(オロチ様、アッチ系の方なんだ!
そんなに見つめられると困るっ!)
タケルはオロチの胸元あたりに視線を移し、本質を見ようとした。
(えっ、えー!八岐大蛇なの?
8つの首に翼それに手足!
前世の古事記の伝承とはだいぶ違うな。
まるで8首ドラゴンだ!)
「ふふ〜ん、ヒルコ様とアハシマ様の御加護まで賜っているじゃない!
益々、素敵!
ビャクヤ、黙っていたわね!意地悪なんだから!」
「ほほほほほ、すまぬのう、意図して黙っていた訳ではないのじゃ。
それより、晩餐としよう。
ロウ、タケル、用意しておくれ。」
ロウとタケルは立ち上がった。
その時、タケルは微小だが鋭い気配を感じた。
(なんだ、この気配は?皆、気づかないのか?)
他の者達は気が付いていない、ビャクヤの上の空間がみるみるうちに黒く染まり何かが出て来た。
「ビャクヤ様、危ない!」
タケルは咄嗟にビャクヤに飛びつき覆い被さった。
黒い空間から飛び出て来たのは剣であり、タケルの左腕上腕部を貫通しビャクヤの胸に突き刺さっていた。
その両刃の剣はオロチ、ロウにとっては見たことも無い握り、鍔、柄頭の装飾であり、二重の円に十字の模様が一際目を引いた。
ロウが剣をふたりから抜き取ろうとすると、剣は黒い空間へ吸い込まれるように戻っていった。
「何者だ!」
ロウの叫びに反応はなかった。
そして黒い空間は白く滲むようにして消えてしまった。
「治癒術はアタシに任せて!」
オロチがふたりに駆け寄り傷口に手を当て念を込めた。
手の周りが黄色く光り、続いて「空ノ気」から青い光りと「地ノ気」から赤い光りを取り込んでいった。
「あら、タケルくん、もう治っているじゃない!自己再生能力ハンパないわね。
タケルくんは辺りを警戒して!
ロウちゃん、こちらへ来て!」
オロチの言った通りタケルの傷口は何事も無かったように治っていた。
直垂の左腕上腕部付近に鋭い切り口と出血の跡を残しているだけであった。
タケルは立ち上がって辺りの気配に集中した。
しかし、もう何の気配も感じられなかった。
「オロチ様!先程の気配は完全に消えました。さらに警戒を続けます。」
タケルは警戒しながら心配そうにビャクヤの方を見た。
「お母さん、お母さん!」
ロウは治癒を施しているオロチの隣に座ってビャクヤに呼びかけている。
「不味いわね。変化が解けるわ!
変化している「気」も残ってないの?
ビャクヤ、しっかりおし!」
オロチの言う通りビャクヤの変化が解けた。 犬神の姿に戻ると同時に意識も戻ったようだ。
「うっ、どうやら傷が残りの寿命を削っているようじゃ、ロウよ、よくお聴き。
………。
今の攻撃、我も見たことはないし、タケル以外は気付きもしなかった………。
人外の地に何かが起きているのやもしれない。」
ビャクヤは息も絶え絶えに続けた。
「首領はオロチに譲った、スサノヲ様も了承して下さった。
………。
我の命が尽きると自然とオロチに移行される。
………。
ロウよ、犬神として誇り高く生きよ。
人外の地の平和を守るのじゃ………。」
「お母さん、わ、分かったから、もう、喋らないで!」
「そうよ!喋ると体力、気力使うから少し静かにしてなさい。
アタシが治してあげるからね!」
オロチは治癒術を続けていた。
胸の傷口は塞り一見して治ったように見えるが、身体内部の傷は深くビャクヤの命を蝕んでいた。
突然、ビャクヤは全身を貫くような大きな鼓動に襲われた。
ビャクヤの身体は黄色い薄い光に包まれた。
それは、タケルの身にも同時に起こっていた。
「お母さん?タケル?」
「ビャクヤ、どうしたの!
タケルくんも!どうしたの!」
オロチとロウは何が起きたのか一瞬わからなかった。
しかし、オロチは直ぐに思い付く。
(まさか、「契り」?
しかし、いつ血を交わしたの?
アッ、剣が刺さった時にお互いの血が混じってお互い取り込んだの?
タケルくんとはアタシが「契り」たかったのに!って、こんなこと言ってる場合じゃないわ。)
呆然としているロウに向かってオロチは諭すように言った。
「ロウちゃん、「契り」よ!
さっきふたりに剣が刺さった時に血が交わされちゃったのよ。
治癒術は続けるわ!
立ったまま固まっているタケルくんは横に寝かせて!」
ロウはタケルを横に寝かせて、薄く黄色い光りに包まれているふたりを見つめた。
人外の者にのみ神より許されている儀式が「契り」である。
お互いの血を自分に取り込むことにより、心以外の知、技を取り込み自分のものとすることができる。
魂の深いところで結ばれ、家族となる。
ビャクヤにはタケルの、タケルにはビャクヤの知と技が取り込まれていた。
そしてタケルは犬神の家族となった。
薄く黄色い光りがゆっくりと消えて行った。
「お母さん!」
「………。
タケルが家族になったか。
偶然とはいえ元よりそのつもりじゃったからのう。
………。」
ビャクヤは苦しそうに語り出した。
オロチの治癒術はまだ続いていたが、オロチの顔には絶望の色が濃く浮き出ていた。
タケルは混乱していた。
ビャクヤへの襲撃、沢山のビャクヤの知と技がタケルの身体の内部を埋め尽くし徐々に浸透していること、家族が出来たこと、それらがタケルの魂の深いところに刻まれて行った。
「タケルや、そばにおいで。」
タケルは起き上がり、ビャクヤに寄り添っているロウの隣に座った。
治癒術を施し続けるオロチの目には涙が滲んでいた。
「オロチ、色々と世話になった、ありがとう。 あのお方とぬしと一緒に戦った頃が懐かしのう。
………。
ロウ、タケルが家族になったが、元々そのつもりじゃった。
タケルと共に犬神の誇りを持って平和に尽くすのじゃぞ。
………。
タケルよ、お前の意思も聴かず家族になってしもうたが、我の願いじゃ、ロウと人外の地と日ノ国を頼んだぞ。
ふたり仲良くな………。
………。そ、それにしてもタケルの知と技は理解出来ないものが多いのう。
拳銃?爆弾?………黄泉ノ国への良い土産が出来た。
あのお方に会えるかもしれない………。」
それを最期にビャクヤの声は途絶えた。
ビャクヤの身体は徐々に色彩を失くし、やがて透明になり消えてしまった。
「聖獣はね、身体と魂と両方とも黄泉ノ国へ行っちゃうの。」
オロチは泣きながら言った。
「お母さん!」
「ビャクヤ様!」
ふたりの悲痛な叫びが住処に響き渡った。
しばらく3人の啜り泣きが続いていたが、
「こうしちゃいられないわ!
ビャクヤのためにも先ずは首領交代の宣言と人外の地の様子を調べないと!」
オロチの言葉にロウとタケルも泣くのを止めた。
オロチは二礼二拍の後、静かに語り始めた。
「我は聖獣オロチなり。
聖獣ビャクヤの黄泉への旅立ちによりスサノヲ様より首領を賜った。
眷族達よ、我が首領たる証は首領だけが行えるこの一斉念話である。
我と共に人外の地、日ノ国で幸せに暮らそうぞ!
ヨ・ロ・シ・ク・ね!」
オロチの一斉念話は、近くに居るロウとタケルばかりでなく、人外の地に存在する全ての者の頭に響いた。
オロチは続けた。
「各族長及び主要な獨の妖魔は、迅速に現状の報告をせよ!
人外の地に悪しき者の侵入があったようじゃ。
我の念話経路は開けておく。
待っているわよ〜。」
一斉念話が終わると一礼したオロチは目を閉じて報告を待った。
ロウは放心していた。
オロチの一斉念話もあまり頭に入らなかった。
母ビャクヤの死、間も無く寿命だったのだが、それが何者かの仕業で早まってしまった。 覚悟はしていたつもりではあったが、直面するとこんなにも悲しいものなのか。
タケルは考えていた。
大恩のあるビャクヤを守りきれなかったこと、母を失ったロウのこと、襲撃者は?襲撃方法は?前世での両親や妹との死別のこと、多くのことが頭の中でぐるぐると回っていた。
しかし、タケルの頭は冴えていた。
今までとは違う尋常ではない速さでは考えがまとまりつつあった。
タケルの瞳には、微少で薄い光りが灯っていた。右の瞳は青く、左の瞳は赤く。
(頭が冴えている?
これもヒルコとアハシマの御加護のおかげなのか?
俺の頭じゃないみたいだ。
それに心も安定している。
前世では、ウジウジして数年間無駄に過ごした、もうあんなことはしない。
今、出来ることをしよう!
俺はもう大切な人を失いたくない!
大切なものを失いたくない!
先ずは、ロウ様の側に居よう!
そして襲撃の解明だ!)
タケルは決意しロウに話しかけた。
「俺、ずっとロウ様の側にいます。
頼りないでしょうが、お側に居させてください。」
ロウの瞳に少しではあるが生気が戻ったようだ。
(タケルだって悲しいのに………。
そう、私達は家族になったんだよね、私はお姉さんか………。
言い伝えでは黄泉ノ国に行けばお母さんには会えるらしいし、元気出さなくちゃ。)
「ガブッ!」
(イテッ!甘噛みキター!)
「タケル、私のことは姉上とお呼び!
お返事は?」
「は、はいっ!」
まだ族長達の報告はないのか、オロチは剣が出て来た空間付近を調べていた。
「オロチ様。」
タケルはオロチの側に行き、自分でもその空間を見つめた。
「タケルくん、アタシじゃ駄目だわ!
何にも分からない。
タケルくん、やってみて。」
「はい。」
タケルは返事をしたが、どう調べたらよいのか皆目見当がつかなかった。
「そうね〜、「気」の基本は概念を思い描く感じでしょう、でもね「空ノ気」や「地ノ気」は手伝ってもらう、不足を補ってもらう、教えてもらう、みたいな感じかしら。
そして3つの「気」」がタケルくんのやりたいことに対して、つりあい良く混じり合えば上手く出来るはず。
コツは、ビャクヤの知で分かっているはずよ。」
タケルは、オロチの言葉通りにやってみることにした。
タケルは徐々に「気」を解放した。
(な、なに!この「気」の量は!
国津神並みじゃない!)
「止め、止め〜!タケルくん、あんまり「気」を解放しすぎると、周りに影響が出るわ。
正体不明の敵に対してもそうだけど、上位の獨の妖魔達も取り入ろうと寄って来ちゃうわよ。」
オロチはタケルの肩を軽く二度叩いて「気」の解放を止めた。
そして「気」を解放し始めたばかりのタケルに驚異した。
(全部解放したら、天津神並み?
凄すぎるわ。ス・テ・キ!
あ〜、身体が火照ってきちゃったわ。)
タケルは少しだけ「気」を出して「空ノ気」や「地ノ気」に教えてもらうつもりで集中した。
薄ぼんやりとタケルの瞳は青と赤の色に染まった。
[いつも一緒だよ。]
[いつも一緒だよ。]
ヒルコとアハシマの声が聴こえたような気がした。
するとタケルの欲しかった情報が映像と文字として頭に流れ込んで来た。
タケルは情報に対して整理、精査を行おうとした。
突然、情報は遮断された。意図的な感じがした。
情報を取られまいとする何かが居る。
この間、1秒くらいの時間であった。
タケルの瞳の青と赤の色も消えていた。
「オロチ様、ある程度の情報は得たのですが、何者かにそれを遮断されました。」
オロチは眉間にしわを寄せて少しの間、考えていた。
「タケルくんの力って結構凄いのよ、それを邪魔出来るということは相手も同等かそれ以上の力を持つということ。
これは慎重に行かないとダメね。」
「タケル、何か見えたの?」
「はい、二重の円に十字の模様が施された剣、鏡、宝玉が見えました。
鏡で位置特定をして様子を映し、宝玉が空間を切り裂き、剣で刺すというイメージが見えました。
それを操る者へ辿り着く前に情報が遮断されました。」
「イメージ??」
オロチとロウが同時に聞き返した。
「アッ、すみません。
イメージって言葉はこの場合、うーん、心象かなぁ?
俺が感じ見た情景というか………。」
「二重の円に十字の模様………。
少し調べる必要があるわね。
それにしても剣、鏡、宝玉なんて三種の神器じゃない!」
オロチは独り言のように呟いた。
オロチの顔つきが変わった。
どうやら族長達の報告が集まってきたようだ。
「あっ、あ、頭に来たわ〜!」
怒りがオロチの身体を包み込んだ。
「オロチ様、あまり興奮されると変化が解けます!」
ロウが宥めるように言った、何かを恐れるように。
「ロウ様………姉上!何か起こるのですか?」
その瞬間、オロチの変化が解けた。
オロチの身体はとても大きかった。
それが瞬時に住処の客間で元に戻ってしまったのである。
洞窟は崩れ、住処は瞬時に廃墟となった。 ロウとタケルは崩れてくる岩や樹木に飛び移りながら上方へと逃れていった。
崩れて来るものがなくなり安全な場所に出たところでタケルはオロチの姿を見て思った。
(オロチ様、デカっ!
遊園地の大き目の観覧車ぐらいデカイな。 やっぱり、8首ドラゴンだ!)
「ロ………姉上、さっきの姉上の様子、以前にもこんなことがあったのですか?」
「そうなのよ、これで2度目よ。
前はお母さんと酒盛りして暴れて変化解いちゃったのよ。
そんなことより、お怒りの原因を聴かないと!」
「オロチ様〜!」
ロウとタケルは満面の作り笑みを浮かべ、オロチに手を振った。
「あら、やだわ!
恥ずかしいところ見せちゃったわね。」
8つの首が同時に喋った途端、オロチは人間の形に戻った。
住処の廃墟を満月が照らし、湿気を多く含んだ風が3人に初夏の訪れを知らせるように吹いていた。