第3話 聖帝
黒地に白く二重の円に十字の紋様が描かれた旗が、その盆地の半分を埋め尽くし重たい風にたなびいていた。
空を雲が覆い、夕刻のように暗かった。
何万という人間の屍から発する空気が更に風を重たくしていた。
金属製の甲冑を着た屍からは大量の血が流れて大地を紅に染めていた。
屍や甲冑には外傷は無く、血液が身体中の穴という穴から吹き出たようだ。
二重の円に十字の紋様が描かれた天幕に兵士が駆け込んだ。
「報告します。敵の残存兵力およそ2万、こちらに向け進軍中!」
「御苦労!下がってよし!」
伝令の兵士が下がるのを確認してから第1司祭ルーゼは周りの参謀達を見回した。
「第1司教様、敵は最後の足掻きのようです。我が軍に被害らしい被害はございません。」
「魔法師達の消耗は?」
「第2、第3小隊は消耗無し、第1小隊は先程の極大魔法血飛沫を放ったため現在休息中、回復まで8時間かかります。」
「そうか、敵2万の残存兵力も極大魔法にて殲滅じゃ。
攻撃後、速やかに全軍、敵帝都、咸陽へ向け進軍せよ。」
「はっ!」
直ちに魔法師第2小隊が前線近くまで進み出て歩兵、騎馬兵に守られながら詠唱を始めた。
ひとつの部隊に魔法師が20名が配置され、全員がフードのついた黒いローブを着ていた。
そのローブの胸には白字で二重の円に十字の紋様が描かれており、他の兵士達の姿とは違い甲冑は一切着けていなかった。
魔法師第2小隊の後方にはフード無しの白いローブを着た5名の神官が3つの黄金の箱の載った戦闘用馬車を守るように配置していた。
黄金の箱は長さ1メートル、幅50センチメートル、高さ50センチメートルの棺のような形をしていた。
「唯一神アモン様の御加護を賜り、第2魔法師小隊が解き放たん!
青き空、赤き大地、神の御加護を受けるに値せぬ者達の紅を捧げる。血飛沫!」
20名の揃った詠唱が終わると敵兵の居る空間が青く、大地が赤く光り始め、神官達が守る黄金の箱から黄金の光りが放たれ魔法師達の身体から黄色い光りを吸い込みながら敵兵へと光の粒になり散布された。
一瞬にして敵兵達の進軍が止まり苦しみ出した。
目、鼻、口、毛穴、全ての穴から血液が吹き出し辺りは紅に染まった。
2万の屍が転がっていた。
「咸陽へ向け進軍開始!」
参謀長が指令を出した。
「第1司教様、馬車の方へ、御案内いたします。
これで、羅帝国も陥落したも同然。
賀王国への工作は完了、今や内乱状態であります。
次は、日ノ国への工作計画へ着手します。しかしながら、実行に関しましては唯一神アモン様のお力をお借りしなければなりません。
襲撃位置及び襲撃目標者についての調査計画は明日には披露出来ます。」
「そうじゃな、移動中、少し休ませてもらうとする。
参謀長、日ノ国は特殊な国じゃ。
地理的有利しかり、連邦制しかり、今まで征服して来た大陸の国々とは違う。
特筆すべきは人外の者と共存共栄しておることじゃ。
我らが聖アモン帝国を含め、今まで征服して来た大陸のどの国も人外の者達は迫害されておる。
また、降臨され地上に留まられている唯一神アモン様とは教理も異なり多神教の異教徒じゃ。
人外の者に関しては唯一神アモン様も懸念されておった。お力をお貸しくださるだろう。
心して作戦立案せよ。」
「はっ!」
ルーゼは馬車に乗り込み腰を下ろし一息つき、あの黄金の箱のことを考えていた。
(唯一神であり我らが聖帝アモン様の三種の神器の威力は凄いものじゃ、100年かかると思われた大陸の制覇がたった10年じゃ。
明日、咸陽を陥落させたら御報告が出来る。
大陸制覇も間も無くじゃ、大陸の白人、黒人、黄人の国々を征服し、統治者として第3司教以下を任地させ政も上手くいっている様子じゃ。
良い御報告が出来るのう。
それにしてもアモン様が降臨され、初めて出会った人間が私で良かった。
異教徒になんぞになっていたら命がいくつあっても足りぬわ。)
ルーゼは移動する馬車の中で、いつのまにか寝ていた。
ルーゼは通常では感じることは出来ない空間に広がる青い光と大地に流れる赤い光の研究者であった。人からは錬金術師、魔法師などと呼ばれていた。
ある日、青い光の密度が濃く、赤い光が大地から溢れ出る深い森の奥にある場所を発見した。
「おお、これは凄い!肉眼で確認出来るほどだ。」
ルーゼは自論を持っていた。
これまでの魔法師、錬金術師等は世界を構成するものを4元素や5元素に分類し魔法、錬金術に応用してきた。
「空」「地」「水」「火」5元素目は「風」「金」など国、研究者により違っている。
それも間違いではないが、もっとシンプルではないかと考えた。
ルーゼは魔法を実行した際に発生する光に注目した。
空間より取り込まれる青い光。
大地より取り込まれる赤い光。
術の実行者から溢れ出る黄色い光。
それぞれに「スペース」「アース」「アウラ」と名前を付けた。
この3種類の光の粒子の混合具合でほとんどの魔法が実行出来た。
術者のアウラがスペース、アースを呼び込む役割と混合を管理する役割も担っていた。 それを術式として補完し、命名することで少しの詠唱で術を実行出来ることも考案していた。
実行不可能だったのは生命と時間に関することであり、これは4元素、5元素理論を提唱する者にとっても同じことであった。
ルーゼはそこは神の領域なのだろうと考えていた。
「こんな良い場所があるとは!
ここに小屋を作り、研究をしよう!」
その時、上空より膨大な量のアウラを感じ、空を見上げた。
アウラに包まれひとりの人間?がゆっくりと降りて来た。腰に剣を備え、手には円形の鏡を持ち、胸には玉から尾が出た様な曲がった黒い宝玉を着けていた。
その全てに二重の円に十字の紋様が刻まれていた。
「な、何者か?」
「我が名はアモン、この世界にただひとりの神なり。」
「か、神であれば生命も操れるのか?」
ルーゼの問いに答えは無く、突然1匹の鷹が落ちて来た。
「な、なんだと言うのだ?」
ルーゼは鷹に手を当て鼓動を確かめた。
(死んでいる。落ちて来た衝撃で頭蓋骨は砕けている………。
まだ、暖かい、飛んでいたのを殺した?)
「生を与える。」
アモンが唱えると剣、鏡、宝玉が微かに黄金に光り、地面に横たわっていた鷹が起き上がり羽ばたいて空高く飛んで行った。
ルーゼは自論を持って研究に明け暮れていた分、生命を操ることが出来るのは神のみと確信していた。
「おおっ、アモン様、私はルーゼと申す魔法の探求者です。
貴方様を神と信じます。
どうぞ、私めを従者にしてくださいませ。」
「我は唯一神アモン、我を信じ、従えば、救われる。」
ルーゼは地面に平伏した。
「第1司教様、羅帝国から使者が来て無条件降伏とのことです。咸陽は落ちました。」
馬車のドアをノックする音で目が覚めた。
ルーゼは夢を見ていたようだ、アモンと出会った時の夢は吉兆だと思った。
「そうか、咸陽を拠点に賀王国を攻める。」
八重に重なる山々は、夏に向かって生茂る樹々の蒼が生命の力を漲らせ、朝日の輝きに負けず劣らず輝いていた。
「国のまほろば、だね。本当に美しい。」
御所の庭に面した廊下から山々を眺めながら、日ノ国天子オウジンは呟いた。
オウジンは15歳、美しく整った中に猛々しさを持つ顔立ちをしていた。
背は高い方で175センチメートルほどであり、見た目は細い印象であるが、筋肉質で引き締まった身体であった。
朝日を浴び、廊下に伸びたオウジンの影から声がした。
「天子様、羅帝国が昨日、無条件降伏しました。聖アモン帝国軍は咸陽に拠点を移し賀王国攻略に乗り出す模様です。」
「また、あの魔法とやらを使ったの?」
「はい、2回の攻撃で12万もの兵士達を屍に!
三種の神器は聖アモン帝国軍内の噂話の域を出ませんが、剣、鏡、宝玉のようです。」
「おかしいね!それならウチにある神器と同じだね?
カゲフサ、「そぐわぬ物」という可能性を調べてくれる?
それと、唯一神を名乗るアモンの生立ち、引き続き賀王国との戦の様子、その3点に絞って調べてね。
賀王国の次はこの日ノ国だろうからね。」
「はっ!」
もう、オウジンの影に潜んでいた者の気配は消えていた。
カゲフサと呼ばれた彼は、いや、彼等は天子ジンムの頃より天子の警護、情報収集、暗殺など影の仕事の一切合切を担う一族である。
カゲフサは一族の長であった。天子オウジンへの報告は全て彼が実施していた。
一族の名は魅一族、全ての者が人間である。 その一族は生まれた時より仙人ぐらいの「気」を持ち10年間の演練を経て実任務に就く。
15歳になるまでは簡単な任務に就き、15歳を迎えれば上位仙人にほとんどの者が成り、過酷な任務に就くのである。
長が実力を認めるまでに至らなかった者は人外の地にて獨の妖魔として暮らすことになる。(一族の誇りというものを考えなければ、こちらの方が平穏に暮らせる。)
ここ500年は、そういった者はいない。
「国主達には連絡しなくちゃだね。
ビャクヤにもね。
天上界にもアモンという神様が誕生したかどうか問い合わせなくちゃね。
あと、オモイカネ様に相談して、
軍の準備もね。
連邦軍の編成は久しぶりだね。
あとは………、あとは………。」
オウジンはブツブツと呟きながら御所の奥へと消えていった。