第16話 解放
(なんか、あの紋様って的みたいだよね。
あそこを一撃すればいいかなぁ………。)
(リサーチ&アナライズすれば分かりますが、気付かれてしまいますワン。)
(まぁ、いっか!
アモン自身は聖人並の「気」しか持ってないのかなぁ?
「気」を圧しているのか?
俺に気付けないところをみると圧しているとは考えにくいね………。
本質を見たいけど、気付かれちゃうかもしれないしね。)
(最悪を想定して臨むのが良いでしょうワン。)
タケルは影に潜み、気配を消してシロと雑談しながら八重垣剣を手にし、ハッカクがアモンに斬りかかるのを待っていた。
呆気なかった、本当に呆気なかった。
ハッカクが下段の構えからアモンの胸に狙いを定めて斬りかかり、アモンが剣を抜きハッカクの一撃を受け止める。
その瞬間、剣と鏡と宝玉の順に紋様の中心にタケルの持つ八重垣剣が強烈な突きを放った。
悪しき三種の神器は黄金の光を一瞬見せたが黒く艶のある闇に染まり細かく粉末になり消えてしまった。
大量虐殺魔法の元は、本当に呆気なくタケルによって破壊されてしまった。
ハッカクは元の位置まで戻っており、ツキヨはルーゼの防御結界をもろともせず麻痺妖術をかけていた。
ルーゼは意識を失いながら、アモンの剣と鏡と宝玉が消え、知らぬ男が突然現れた情景を認識していた。
ルーゼの意識喪失により咸陽の城の結界もその機能を失って行った。
アモンは何が起きたのか、しばらく理解できなかった。
「おおっー!我の神の証が………。
異教徒めがっー。」
下段の構えのままのハッカクが「気」を解放しながら念話した。
(こいつは、俺にやらせてくれ!
タケルやっぱり速いな、全然見えなかったぞ。)
タケルは黙って頷き、リサーチ&アナライズを常時発動に戻し、ロウへ状況報告を始め、ツキヨと共に少し離れた場所へ移動した。
(もう会話しても良いですワン。
また、「空ノ気」「地ノ気」の乱れを感知できる者は、もう、聖帝アモンぐらいのものですので妖術も気にせず使用できますワン。)
シロの念話がハッカクとツキヨに届いた。
「ツキヨちゃん、本陣の賀王国城への移動も間も無く完了するって。
皆無事で活躍してるみたいだよ。」
ツキヨは大きく頷きハッカクとアモンの戦いを見守った。
先程アモンの剣との接触でもう既に構造破壊していたのであろう、ハッカクの剣はアモンの魔法で強化された手刀で簡単に折れてしまった。
ハッカクは直ぐ様、闘術へ移行し折れた剣をアモンの顔面に投げ、それをフェイントに腹に渾身の一撃を喰らわした。
アモンは魔法でガードしておりダメージは少ないようで、腹に入ったハッカクの左手を掴みねじり上げた。
ねじられた方向へ左手を支点に身体を回転させハッカクの足はアモンの顔面を狙ったが、寸前のところで避けられてしまった。
ふたりの力は均衡しており一進一退の攻防が続いた。
(アモンの本質は、やはり聖人並の人間だね。
しかし、あの紋様が刻み込まれているとは!)
タケルの眼にはアモンの本質の映像に刻み込まれた二重の円に十字の紋様が映っていた。
(アモンは「天ノ気」を体内に取り込んでいたようですワン。
ハッカク様が危険ですワン。)
シロの報告と同時にアモンの本質に刻み込まれた紋様が黄金の光を放ち少しずつ大きくなるのがタケルの眼に映った。
「ハッカク!下がれー!」
タケルは叫ぶと共にツキヨの手を取り更にアモンから距離を取った。ツキヨは頬を赤らめ下を向いていた。
ハッカクもタケル達の位置まで下がって来ていた。
「なんだよタケル、これからなのに。」
(アモンは「天ノ気」を体内に取り込んでおり、「天ノ気」は増大中、その力を使用すべく最適化を行っておりますワン。)
シロの念話が3人に響いた。
「ハッカク、ツキヨちゃんを頼む!
賀王国城の本陣で合流しよう!」
タケルは言うや否やアモンの胸ぐらを掴み転移した。
「タケル、何処に転移した?」
ツキヨはボソッと呟いた。
「まぁ、タケルに任せておこう!
ツキヨちゃん、取り敢えず、本陣へ戻って本隊と合流しよう。」
「ちゃんと呼ぶな。殿で呼べ。」
「………。」
(まだダメか、厳しいな………。)
ハッカクは気を取り直しツキヨと本陣を目指した。
タケルがアモンの胸ぐらを掴んだ時、アモンの記憶の断片が流れ込んで来た。
大陸西の辺境の村で穏やかに暮らすアモン。
若くして聖人の域まで達し村人から尊敬されつつも人々と共に暮らすアモン。
村人の笑顔。
アモンの笑顔。
薬草採取に出かけた深い森で「そぐわぬ物」を発見するアモン。
その記憶は紋様の刻まれた「天ノ気」に追い出されるようにアモンの身体からタケルの身体を素通りして空に消えて行った。
(いい人だったんだね………。)
(ワン!)
ふたりは賀王国城と咸陽の城との中間地点にあたる深い森の上空に転移していた。
アモンもタケルの胸ぐらを掴み叫んだ。
「貴様!何者か!」
タケルは黙っていた。
落下しながらタケルは拳をアモンの顳顬、心臓付近、腹部に数発づつ入れたが、「天ノ気」との最適化が進んだのか、アモンには効いていなかった。
「もう何者でも良い………。
どうせ死ぬのだから………。
貴様の次は賀王国の奴ら全てを殺してやる!」
アモンは自分の胸ぐらを掴んでいるタケルの手を振り解き、衝撃魔法を拳に込めてタケルの腹に一撃御見舞いした。
タケルは物凄い勢いで落下し、地面に叩きつけられた。辺りの木々は衝撃で倒れ地面には大きな穴が出来た。
「殺す、殺す、殺す、殺す!」
(殺す、殺す、殺す、殺す!)
アモンの言葉、心は「殺す」で埋め尽くされて行き、そのまま空中を浮遊し賀王国城へとゆっくりと移動を開始した。
(やられたねー。
ヤバかったねー。
「天ノ気」の力は凄いや。)
(被害状況報告!
後頭部、背部、腹部、腰部に損傷大!
現在、自己再生中!
回復までもう暫くかかりますワン。)
森に突然できた大穴の中心深部にて仰向けで大の字になっているタケルは空を眺めていた。
アモンの一撃はタケルに死を覚悟させるほどの威力があったが、思いの他少ない損傷にヒルコとアハシマが守ってくれたのでは?とタケルはボンヤリ思っていた。
[いつも一緒だよ………。]
ふたりの声が聞こえた気がした。
(姉上、アモンに逃げられました。賀王国城へ向かっています。
俺は、少し怪我をしており、そちらへ追いつくまで暫くかかります。
アモンは「天ノ気」を体内に取り込んでおり、あの紋様が本質に刻まれております。
最適化も完了したと言うか、乗っ取られたと言った方が正確かもしれません。)
ロウは怪我をしているタケルが心配ではあったが念話には気持ちを抑えて返答をした。
(うむ、了解した。
怪我を完治させてから合流せよ。
タケル、あまり心配させるでないぞ。)
タケルはロウへの報告を終え、やはり空を眺めていた。
(このままじゃ勝てない………。
「気」を解放しよう。
極大魔法を撃たれたら………。
また、守りたい人達を守れない。
急がなくちゃ!)
タケルは見上げている空にロウ、シュレイ、ビャクヤ、ツキヨ、遊撃隊の面々、ハッカクを重ねながら「気」を解放して行った。
城の上空を警戒中の偵察攻撃部隊がゆっくりと近づく浮遊するアモンを発見した。まだまだ遠い距離であった。
発見報告は直ちに本陣へと上がり、近づかれる前に迎え撃つべく偵察攻撃部隊総員が聖獣麒麟オウランに従い出陣した。
「報告によると膨大な「気」で、日ノ国のタケル殿でさえ取り逃したとのことだ。
皆、変化を解き「気」を解放せよ。」
オウランの指示に部隊は、変化していた者は変化を解き、「気」を解放しつつ、迎撃態勢を整えアモンに近づいて行った。
(僕は変化していないからなぁ………。
「気」を解放するのも久しぶりだ。
なんかワクワクして来た。)
オボシは麒麟の姿に戻ったオウランに従い飛行を続けた。
「そろそろ結界を発動するよ!
気入れなっ!」
ヤスナの怒鳴り声に続き、防御結界担当部隊の長である大蜥蜴ゲコチェイが叫んだ。
その叫びには結界術者達への念も込められていた。
「防御結界、発動!」
ヤスナは本陣の移動に伴い結界発動位置を再考し、完璧な結界が張れるよう再敷設し終えたところであった。
「ふっー、なんとか間に合ったね!
ゲコチェイさんよ!」
「ヤスナ殿、ヤスナ殿のお陰でございます。
このゲコチェイ、結界術の何たるかを学ばさせていただきました。
ありがとうございます。」
ヤスナはゲコチェイの肩を軽く叩いた。
「ゲコチェイさんよ、これからが本番!
手筈通り、各所の術者達への援護と結界監視を頼むよ。」
ヤスナも援護と監視の巡回へ向かって行った。
咸陽の城付近に10万の聖アモン帝国軍の出陣準備が整いつつあった。
「ルーゼ様、後は魔法師の部隊のみであります。」
参謀長はゆっくりと自分の方に近づくルーゼに敬礼をし報告した。
「うむ、アモン様自らが出向かれた。
全軍、武装を解除し、待機。」
「な、なんと!
聖帝アモン様が………。
いつこちらへ?お出迎えもできず、大変失礼なことをしてしまいました。」
参謀長は武装を解除し待機という命令よりアモンに礼を欠いたのでは?という不安から生きた心地がしなかった。
「よい。
アモン様は急ぎ賀王国の異教徒どもに裁きを与えるために行かれた。
直ちに命令を実行、参謀長も少し休んでおれ。
私も執務室でアモン様のお帰りを待つ。」
ルーゼの言葉に安心した参謀長は敬礼をし命令を実行すべく駆け足で去っていった。
(ふっー!何とか私の誤認識妖術でも上手く行ったわ。
父上や兄上のように変化が出来れば苦労しないのに………。
少しはお役に立てかしら………。)
カゲトモであった。
城の結界に阻まれ城内に入ることができなかったカゲトモは、何故か解除された結界に疑問を持ったが侵入し、地下に潜り、麻痺妖術で眠っている魔法師、神官、ルーゼ、破壊された3つの棺のような箱を発見、調査、解析し、タケル達の作戦は上手く行ったことを確認した。
念話で父カゲフサへ報告、アモンが賀王国城に向かっているという件を教えられ、第1司教ルーゼを装い聖アモン帝国軍の足止めをすることを命令されたのであった。
転移と影移動とを併用し賀王国城付近まで戻って来たハッカクとツキヨは、賀王国城の城壁外周に展開している反国王派と国王派の合流した大軍を影に潜み観察していた。
(大丈夫みたいだな。
もう国内で争うことはないみたいだ。
浩宇様、コドウ様がよくまとめているみたいだ。
ツキヨ殿、コドウ様を探して合流しよう。)
(もう、見つけた。)
ツキヨの念話がボソッとハッカクに伝わり、ふたりは城外周に設けられたひとつの天幕にいるコドウの目の前に影移動した。
「おおっ、ハッカク!
よくぞ戻った。
ツキヨ殿も御苦労様!
破壊工作の成功の報はこちらにも入っておる。」
「コドウ様、それより聖帝アモンがこちらに向かって来ております。
タケル殿がひとり対処されております。」
「それなんだが………。
心配はないらしいが、タケル殿は怪我をしたらしい。
アモンひとりが接近中じゃ!
ハッカク、ツキヨ殿、 アモンと聖アモン帝国軍に備え、私の配下に入り準備せよ。」
「はい。」
ハッカクは返事はしたものの、タケルが怪我するほどにやられたとは信じ難かった。
隣にいたツキヨを見ると明らかに動揺しているのが見て取れた。
(「天ノ気」の力は、それほど凄いのか?
でも………。)
「よう!
ツキヨ殿、タケルなら大丈夫さ!
奴の力はまだまだこんな物じゃない!
だろう?」
ハッカクは自分にも言い聞かせるようにツキヨの肩を軽く叩きながら言った。ツキヨも大きく頷いていた。
「ツキヨちゃん、タケルは大丈夫さ!
ロウ様への念話報告もしっかりとしていたということだ。
ロウ様も心配していなかったぞ。」
後ろからの声にツキヨ達が振り返ると笑顔のシュレイが立っていた。