第15話 攻防
ルーゼは執務室で書き物をしていた。
ヘイロー、スペース、アース、アウラに関する己の研究成果をまとめていた。
しかし、先日の聖帝アモンへの報告に対するアモンの言葉が気になり、なかなか進まなかった。
「ルーゼよ、人外の者には細心の注意を払え。
特に日ノ国の人外の者には!」
アモンの言葉がルーゼの頭の中をグルグルと駆け回っていた。
ふと、胸騒ぎを覚えてルーゼは立ち上がった。
「たまには魔法師達へ激励の声掛けでもするか………。」
部屋を出ると参謀長がこちらに向かって来るところであった。
「第1司教様、賀王国と反国王派の全軍が国王城付近の平野にて対峙しているとの報告がありました。」
「そうか。
これから魔法師達に労いと激励をと思ったのだが………。
直ちに出陣準備、準備が整い次第、出陣せよ。
私は魔法師達の様子を見てから指令所に向かう。」
「はっ、了解しました。」
参謀長と別れてからルーゼは地下の魔法師達の部屋へ向かった。
地下への階段を降りるごとに胸騒ぎが強まるのを感じた。
司教ではなく魔法の探究者としての感がルーゼに何かを知らせていた。
ルーゼが魔法師達の待機所に入ろうとした時、僅かではあるが、スペースとアースに乱れが生じた。
「誰かが魔法を使ったのか?」
扉を開けてルーゼは驚愕した。
魔法師達は全員、死んだ様に眠っていた。
「おい!おい!」
何人かの身体を揺さぶってみたが反応は無い。
(これはっ!
魔法がかけられている!
何者が侵入したのか?)
危険を感じたルーゼは詠唱を始めた。
「唯一神アモン様の御加護を賜り、青く輝けるスペースよ、赤く染み入るアースよ、我を鉄壁の防御で守りたまえ!」
ルーゼを包むように防御結界が張られた。
(ヘイローの器は?神官達は?)
ルーゼは辺りを警戒しながら倉庫区画へ向かった。
まだ陽は登っていないが、空は明るくなり始め、地上の夜も明け始めていた。
オボシは、かなりの高度を飛んでいた。
地上から見ると鳥にしか見えないところをゆっくりと。
周りには同じく身体的に飛翔能力のある反国王派偵察攻撃部隊の人外の者がいた。
(敵は飛べる者がいないから楽に偵察出来る。
この配置は、他の方に申し訳ないぐらい楽だな。)
オボシは国王軍が城を背にして構えている陣形を念話で逐次、本陣へと送っていた。
タケル達の報告が届いたのであろうオボシの眼下で反国王軍は進軍を始めた。
「敵弓矢の部隊に狙いを定める、攻撃開始!」
偵察攻撃部隊の長である聖獣麒麟オウランの声がオボシの更に上空から響き渡った。
オボシは得意の「気」の光線を両手の平から出し弓矢部隊を狙った。
周りの人外の者達も攻撃を始めた。
オボシと同じ様な光線の者、疾風を制御し敵にぶつける者、「気」の塊を作り上空から落とす者、それぞれが得意な妖術での攻撃に専念した。
予期せぬ上空からの攻撃に国王軍最前線の弓矢部隊は散り散りとなっていた。
光線で黒コゲになった兵士、疾風を喰らい飛ばされ地面に叩きつけられ全身強打で倒れる兵士、「気」の塊が落下した地面は衝撃で大きな凹みを作り付近の兵士の身体はバラバラとなり散乱していた。
無作為に弓矢部隊を攻撃しているように見えたが、暫くすると城への道を作るように国王軍を両断し左翼、右翼を分断する意図が見られるようになった。
「頃合いか。
偵察攻撃部隊は後方へ下がり我と同じ高度で待機!」
オウランは念話で部隊を下げると目を閉じて術式の名を叫んだ。
「極大妖術 黄炎陣!」
城を守るように横に広がっていた10万の国王軍の真ん中に赤い光の輪が広がり輪の内側が赤い光で埋め尽くされていった。
その上空には、全く同じ大きさの青い光の輪ができ同じ様に輪の内側が青い光で埋め尽くされていった。
そして青い光の輪はゆっくりと赤い光の輪に向かって落ちていった。
ふたつが地上で重なると黄色い光へと変わり、それは更に黄色い炎へと変わり兵士達に襲いかかった。
2万人ぐらいの兵士が黄炎陣の中にいた。
衣服、甲冑、人肉が焼ける臭いが漂い煙が空を覆おうとしていた。
オウランの後方で地上の様子を見ていたオボシは状況を本陣へ伝えつつ思った。
(流石は聖獣様の妖術。規模が大きい。)
しかし、聖アモン帝国の極大魔法はこの数倍の規模と殺傷する速さを有するとオボシは聞いていたのを思い出し、少し身震いした。
「オウラン様、本陣への状況報告終わりました。」
「うむ、頃合いか。」
オウランは妖術を解くと地上を注意深く見つめた。
「煙を排除せよ。」
「はっ。」
先程の疾風の使い手達が煙を城の方へ吹き飛ばした。
煙と匂いとで、城を守る兵士達は一時的に混乱したが、それはすぐに収まった。
黄炎陣の跡は黒く焼けており、動く者は見られなかった。国王軍は左翼、右翼に分断されていた。
同じ様に横に広がって進軍を続けていた反国王軍の中央付近から楔型を形成した一団が黄炎陣の跡を物凄い速さで城を目指して疾走していた。
コドウ率いる人外の者100名による精鋭部隊である。
「コドウ殿、頼みましたぞ。
我らは一足先に城へ向かう!続け!」
「はっ!」
偵察攻撃部隊は城へと飛行を開始した。
「やるもんだね。
天狗族のボウズも頑張っているようだ。」
防御結界の準備に追われていたヤスナは前方の空に黄炎陣による煙が立ち込めているのを見て、作戦が順調に進行していると感じていた。
ヤスナは防御結界担当部隊に所属したものの、その結界術の技術の低さに呆れ、部隊長に結界術の何たるかを説き、現場では指南役になっていた。
聖アモン帝国の極大魔法を最低でも防げるような結界術を考え術式を部隊の人外の者達に教え、いつでも発動できるように準備していた。
ヤスナは天逆毎の最後の極大妖術を思い出し、術式を完成させた。。
あの時は妖術を結界の内側に封じ込め、術をかけた者達も内側にいた。
結果、「天ノ気」を利用した妖術の拡散を留めるために結界内にあった「空ノ気」「地ノ気」」は枯渇し、一族ほとんどの者達の「気」を使い果たし生き残った者は数名だった。
その生き残りも今ではヤスナを含めて3名だけである。
同じ誤ちは繰り返さないためにも術式には細心の注意を払い、発動位置も「空ノ気」「地ノ気」」を枯渇させぬよう配置を決めた。
「防御結界なんぞ、使わないことに越したことはない。
しかし、使う時には完璧でなければ役に立たない。
この勢いだと作戦通り結界を張るのは城中心になりそうだな。
最終点検と術者に声掛けしてくるか!」
ヤスナは本陣後方の結界発動箇所へゆっくりと歩き出した。
(前線では鬼族の姫が暴れている頃だろう。
日ノ国最強の一族の力を見せてやれ!)
今でも猫族の誇りを忘れぬヤスナは、戦闘では随一の力を持ち誇り高き鬼族には好意的であった。
黄炎陣の跡を疾走する100名の人外の者達、先頭を行くのはコドウであった。
コドウはまだ人間の形のままであり、多くの人外の者達もそうであった。
偵察攻撃部隊のおかげで無人の野を進むに等しく、真っ直ぐに城へと向かっていた。
反国王派軍は分断された国王軍の右翼と左翼を抑え、撃滅するため迅速に進軍し、間もなく大軍同士の激突が起ころうとしていた。
先頭を行くコドウの速さは味方がついて来れるように抑えられていたが、その速さはついて行くのがやっとの者がいるくらい速かった。
それが自然と楔型の陣形を形成し、城に迫っていた。
その集団の後尾付近から物凄い速さでコドウの隣に躍り出た者がいた。
「コドウ様、1番手はアタイがいただくぜ!」
金砕棒を持ったシュレイであった。
「おおっ、これはシュレイ殿。
流石は日ノ国最強の一族といわれる鬼族、俊足でありますな。」
シュレイがコドウの言葉にニコリと微笑むと城門が開き、5000人程の国王軍が溢れ出し、人外の者達へ向かって来た。
「これは偵察攻撃部隊に、開門してもらう手間が省けましたな。
シュレイ殿、1番手頼みましたよ。」
「おおっ!任せとけ!」
シュレイは言うや否や金砕棒を振りかざし敵集団へ突っ込んで行った。
「日ノ国は鬼族、長が子、シュレイ、まかり通る!」
シュレイは名乗りを上げ、金砕棒を一振りした。
目の前の名乗りを上げようとしていた国王軍兵士達十数名の首が胴体から離れて血吹雪を飛び散らし地面に転げ落ちた。
「おおっ、シュレイ殿に続けっ!
城を陥すのだ!」
コドウの声が響いたが、剣のぶつかる音と兵士達の怒号に直ぐにかき消された。
オウランは偵察攻撃部隊に城の上空での警戒待機を命じ、オボシを含む5名の選抜小編成で侵入した。
眼下ではコドウ達が破竹の勢いで暴れ回り、城壁内を制圧しつつあった。
「国王及び国王派領主からなる貴族院議員等を制圧せよ。」
オウラン達は城内を守る近衛兵達の抵抗を受けたが、比較的簡単に国王等が居る謁見広間にたどり着いた。
「国王陛下、失礼します!」
オウランは妖術で瞬時に国王、議員を縄で拘束した。
「助けてくれー!命だけは………。」
議員達は口々に命乞いをしていたが、国王は何処か様子がおかしかった。
オボシは意識を失いつつある国王の額に手を当て、調査の妖術を発動させた。
「オウラン様、支配の妖術がかけられております。
誰か解析、解除の妖術にたけた者はおりませぬか?」
「やはりそうか!
国王陛下は、あのような酷い政を行う方ではなかったのだ。
私が解析してみよう。
オボシ殿は本陣へ報告を!」
オボシが本陣への報告を始めると数名の気配が物凄い勢いで近づいて来るのが感じられ、オウラン以下5名に緊張が走った。
「1番のりっ〜!」
聞き覚えのあるシュレイの大きな声で、オウラン達の緊張は解け、シュレイ、コドウ他数名の人外の者の順番で謁見広間になだれ込んできた。
「シュレイ殿、速い、速過ぎですなぁ………。
おおっ、オウラン殿!制圧完了ですな。」
コドウはオウランに近づき右手を差し出した。
オウランも右手を差し出し、2人は固く短い握手を交わした。
「ひとまずは………。
これからが本番です。
予定通り、本陣も城へ移動して来るでしょう。
コドウ殿は城の固めをお願いします。
私は陛下にかけられている妖術の解析をいたします。」
「やはり陛下は………。
わかりました。
城の固めと本陣受け入れ準備はお任せください。
先ずは賀王国民同士の戦いをやめさせねばなりませんな。」
コドウは短い瞑想後、カッと眼を見開き一斉念話を行った。
(戦いをやめよ!
聖獣白虎コドウの名において告げる!
城は反国王軍が制圧した。
国王陛下は、聖アモン帝国の妖術により、操られていた。
今、聖獣麒麟オウラン殿が妖術の解除にあたっている。
戦いをやめよ!)
一斉念話は城を中心に分断された両翼の兵士達全てに届き、次第に戦いは終息していった。
コドウは今度は浩宇にだけ念話した。
(浩宇様、ここまでは作戦通りです。
兵士達のまとめ上げ及び速やかな本陣移動をお願いします。)
(御苦労であった。
そちらの方は任せろ!
賀王国の平和のために!)
(賀王国の平和のために!)
コドウはオウランには眼で語り、本陣受け入れ準備のため広間を出て行った。
オボシの本陣への報告は、オウランとコドウのやり取り、一斉念話など随時追加しながら行われていたが、シュレイの姿に目が行き一時中断となった。
(シュレイ殿、返り血ひとつ浴びていないとは!
やはり鬼族はおそろしいや………。
でも、とても美しい御方だ。)
オボシはしばらくシュレイを見ていたが、本陣からの催促で我に返り報告を続けた。
シュレイは広間の窓から外を眺めていたが、オウランが手をかざし解析している国王を見て、近づいてきた。
「こりゃ、アタイのオヤジにかけられたヤツによく似てるな。
「天ノ気」が使われていない分、解除は簡単だな。
タケルの解除を目の前で見ていたからアタイにもできるぞ。」
「な、なんと!
シュレイ殿、お願いできるか?」
オウランの驚きをよそにシュレイは、国王の額と腹に手を当て、数回に分けていくつかの術の名を唱えた。
シュレイは、タケルがシュテンにかけられた支配妖術を解除した時、ロウからビャクヤとタケルの「契り」についての話を聞きながら、しっかりと術を見て自分の術にしていたようである。
「これで、大丈夫だ。
あとは「気」が回復すれば正気に戻るだろう。
アタイはコドウ様のお手伝いに行ってくるよ。」
シュレイはニコリと微笑んで広間を出て行った。
(私でも、もう少し時間をかければ術の解析はできたであろうが………。
鬼族とは凄い一族のようじゃ。
………。
陛下の意識が戻れば………。)
オウランは少し考えこんでいたが、オボシ等に命令した。
「国王を寝室へ!
議員達はこの部屋で軟禁、本陣の移動完了をもって指示を仰ぐ!
それまでは、この場で警戒監視!」
「はっ!」
オボシは、これから迫り来るであろう聖アモン帝国の脅威に対し今一度気を引き締めた。
「これはっ!
これは!
誰が………。
ヘイローの器がっ!
おおおっー!」
倉庫区画に入ったルーゼは、意識を失い倒れている神官達には目もくれず、粉々になったヘイローの器に駆け寄り、そのまま膝をつき天を仰いだ。
(誰が?
賀王国反国王派か?
いや、あの結界を破るような人間はいないはず、やはり人外の者か!いや聖獣か!
アモン様の懸念されていた通りになってしまった。
しかし賀王国の聖獣の仕業としても、破るにはかなりの時間とスペース、アースの大きな乱れが生じるはず………。)
するとルーゼが仰ぎ見ていた空間が黒く滲みアウラに包まれた者がゆっくりと降りて来た。
その者は、剣を腰に下げ、右手に円形の鏡を持ち、黒い宝玉を首からぶら下げ、神々しい艶を放つ漆黒の一枚布を巻き付けたような服を着ていた。
金色の髪に青い瞳をした人間としたら20歳ぐらいに見える青年であった。
「ルーゼよ、器が破壊されたようだな。」
「アモン様!
何者かに壊されてしまいました。
アモン様に御言葉をいただきましたのに………。
このルーゼの不徳の致すところであります。」
「よい。
たかが、伝達のための器。
それよりも器の台の影に潜む2名の者よ、姿を見せよ!」
ヘイローの器が置いてあった台が倉庫区画の壁に灯されている明かりに照らされ影を伸ばしていた。
アモンはその影を凝視していた。
影からハッカク、続いてツキヨが現れ、何故かニヤついていた。
(タケルが気配を消したのは分からないみたいだな。)
「よう、お前が賀王国の平和を乱す聖帝アモンか!
聖獣コドウ様の相棒、ハッカク様が相手をしてやる!」
ハッカクは剣を抜き下段に構えた。これがハッカクの得意な構えであり、賀王国内で剣でハッカクに敵う者は聖獣白虎コドウ、聖獣麒麟オウランのみであった。
ツキヨは相変わらずニヤけていたが、ルーゼの動きを常に眼で追っていた。
ルーゼは相変わらず膝をつき両手を胸の前で交差してアモンに祈るようにじっとしていた。
聖帝アモン、大陸全土を支配せんとし唯一神を名乗り極大魔法により大量虐殺を数多く行い怪しげな三種の神器を持つ者、ツキヨのなかでは別天津神と等しい力を持つ絶対者の心象であったが、気配を消したタケルのことに気付けない力の程度に思わずニヤけてしまっていた。当然ハッカクにもツキヨにもタケルの気配は感知できないが………。
「賀王国の人外の者か。
異教徒は死ね!」