第14話 潜入
夜は森に浸透し漆黒の空間を形成していた。
虫の音だけが静かに鳴り響いていた。
「よう、ここまでは転移妖術の出来る者であれば来れるんだ。
少し歩くと元の羅帝国の咸陽の城が見える。
そこに聖アモン帝国軍の最前線部隊が駐留している。
城壁に結界が施されていて、俺達反国王派軍の者は誰も破れた事はないんだよ。
まぁ、聖獣様達はまだ来た事無いがな。」
ハッカクの言う通り微かな松明の灯が城壁を照らしボンヤリと浮かび上がっているのが、タケルとツキヨの目に入って来た。
(確かに堅固な結界ですワン。
侵入を阻む結界と警報結界との混合ですワン。
もう既に解析完了してますワン。)
(さすがシロ!)
「それにしても結局、3人だけの小編成とは………。
浩宇様達はやはり正面突破に重きを置かれたのか?
俺達なら3人でも出来ると信用されているのか?
なぁ、タケル殿はどう思う?」
「ハッカク殿、俺のことは呼び捨てで良いですよ。
タケルと呼んで下さい。
ハッカク殿のこと、信用されているのだと思いますよ。」
「おっ、そうか!
そうだよな。
タケル、俺もハッカクでいいぜ!
んじゃ、先ずは結界の突破だな。」
確かにこの3名であれば、念話はお互いに出来るし、影移動も出来る、ツキヨは妖術、タケルは闘術、ハッカクは剣術の能力に長けていると周りの者達に認識されていた。
浩宇達主要幹部の作戦会議はかなり長引いた。
難航したのは黄金の棺の破壊工作員の選定と人数であった。
散々揉めたあげく、ロウの「タケルひとりで任務は完遂出来る。」という一言で更に揉め、結局コドウの3人編成という意見に落ち着き、選定が行われた。
待機天幕で食事をして思い思いに休息していた遊撃隊に作戦の全貌が伝えられたのは陽も暮れかけた頃であった。
ロウとスサ老師は本陣、ヤスナは人外の者の防御結界担当部隊に編入、オボシは最前線の上空を担当する偵察攻撃部隊に編入、シュレイは最前線にてコドウの指揮下に入る、タケルとツキヨは工作員、スサ老師から淡々と告げられた。
「………、決行は今晩から明朝にかけて、各部隊の発動時刻による。
選定は胸の大きさや男前具合によるものでは無い。」
淡々と任務を告げていたスサ老師の顔が突然、ニヤけた。
(この助平爺ィ!一言多いんだよ!)
シュレイは黙っていたが、右手で拳を作り力一杯握りしめていた。
側にいたタケルは殺気を感じシュレイから距離をとっていた。
「皆様、御武運を!
影となり皆様を支えます。」
カゲトモは本来の影の任務に戻っていった。
「この城壁の結界の仕組みが分かりましたので念話で送ります。
以後は隠密性を高めるために念話で!」
タケルはふたりに結界の仕組みを送った。
(これなら内部に入れる。)
ツキヨが念話でボソッと呟いた。
すると何か呟きながら城壁の手前に展開する結界に両手をかざした。
青と赤の光がかざした両手に集まるとツキヨ自身の「気」と混ざり合い黄色の光の輪郭を形成し、タケル達が通れるくらいの入り口が現れた。
(警報結界には擬似の正常状態の情報を流してある。
先に入って。)
ツキヨの念話での長い呟きにタケルとハッカクは中に入った。
続いてツキヨも結界にかざした両手を維持したまま後ろ向きで中に入って来ると丁寧にゆっくりと両手を離しながら何か呟いた。
入り口は消えていた。
(ツキヨちゃん、凄いや!
俺がやろうと思っていたのに。
ありがとう!)
(こんなの簡単。)
ツキヨは下を向いてしまった。
ハッカクは少し動揺していた。
(日ノ国の連中、凄いわ。
能力が俺らより格段に高い。
そんなことより、タケルはツキヨちゃんって呼んで怒られないんだ。)
ハッカクは少し考えてから念話した。
(ツキヨちゃん、瞬時に結界を破るなんて!
凄いね。)
(ちゃんって呼ぶな。殿で呼べ。)
(………。)
ツキヨのボソッとした呟きがハッカクの淡い期待を打ち砕いた。
3人は警戒しながら城壁を越え城内へと侵入した。
広い庭には所狭しと天幕が張られ下級兵士達が酔い潰れて眠っていた。
3人は城壁沿いにある階段の影に潜み暫く様子を見ていたが、ハッカクが呆れた顔で念話してきた。
(こいつら殆ど戦ってないな。
身に付けている武具を見れば分かる。
常勝軍の兵士達は、戦いもせずここまで来て、毎晩酒飲んで待機しているわけか。
つまり、極大魔法だけで勝ち続けて来たということか。)
(そのようですね。
兵士達が弱いと、こちらも助かる。
俺は魔法師達と黄金の棺を探します。)
タケルは城内の「空ノ気」「地ノ気」を乱さぬように細心の注意を払って静かにゆっくりと「リサーチ&アナライズ」を行った。
(シロ、現時刻から任務終了までは情報や助言をハッカクとツキヨちゃんにも念話で流してくれ。)
タケルはシロに命じた。
(了解ワン!)
(魔法師達は城の地下にて3個小隊60名が休息中、間取りは大広間と寝室という構成ですワン。
黄金の棺はその奥の大きな倉庫にありますワン。
5名の神官が警備中、他の10名の神官は倉庫内の部屋で休息中ですワン。)
(ワン???)
ハッカクとツキヨの念話が同時にタケルに届いた。
(タケルなのか?なんだいワンって?)
ジッと見つめるハッカクと下を向いてニヤけているツキヨに対してタケルはシロを紹介した。
(ビャクヤ様と「契り」を交わして得た膨大な量の知識、経験、技を有効活用するために自分の魂に術を施しました。
単なる術式だったシロも今では妖魔と進化してします。
俺の魂に存在する相棒です。)
タケルはヒルコとアハシマの御加護のこと、シロが聖獣並みまで進化したことは黙っていた。
(シロ、可愛い。)
(おっ、おう。シロよろしくな。)
ボソッとしたツキヨと驚きを隠せないハッカクの念話が伝わってきた。
(よろしくお願いしますワン!)
3人は物影や酔い潰れている兵士達の影を利用して城の地下まで移動した。
魔法師達は誰もが疲れた表情をし、眼だけが爛々としていた。
寝室で寝る者、酒を飲んでいる者、談笑する者、それぞれが思い思いに休息していた。
タケルは物影に潜み、魔法師達の様子を見て、彼等の「気」の少なさに違和感を感じた。
(シロ、彼等自身は力が少な過ぎないか?
全ては「そぐわぬ物」からの「天ノ気」の力と言うことかなぁ?)
(そのようですワン。
加えて「天ノ気」を使うには彼等の心身が弱過ぎ、生きる力を蝕まれていると考えますワン。)
ハッカクが計画通り魔法師達60名全てに麻痺妖術をかけるために瞑想に入った。
タケルとツキヨは周囲警戒を強めた。
(ふっー、これで1週間は奴ら眠ったままだ。
少し「空ノ気」「地ノ気」を乱しちまったかなぁ?
タケルみたいに上手くは行かないや。)
(大丈夫ですワン。乱れは微小で感知はされない範囲内ですワン。)
3人は物影から出現し、大広間と寝室の魔法師達を確認しながら倉庫区画へと向かった。
(タケル、神官達はどうする?
眠ってもらうか?)
(意識だけ覚醒したまま、他は麻痺させることはできるか?)
(すまねぇ、繊細な術は俺には出来ない。)
(出来る。
少し「空ノ気」「地ノ気」が乱れる。)
ボソッとした念話がタケルとハッカクに響いてきた。
ツキヨは下を向いたまま、妖術の準備に入った。
(ツキヨちゃん、俺が倉庫区画の扉を開いたら術を発動させて。)
タケルとハッカクは扉の前に立ち、ツキヨの方へ顔を向けて待った。
(準備よし!)
タケルとハッカクはツキヨのボソッとした念話が響くと同時に扉を開けた。
タケルは神官達の意識を読み取ることに専念した。
ハッカクは神官達の麻痺状態を確認しながら倉庫内、小部屋を見て回った。
(誰だ!コイツら!)
(身体が動かない!)
神官達の思いがタケルに流れて来た。
タケルは黄金の棺に関する情報を精査した。
(ヘイローの器は無事か?)
(第1司教様に知らせなければ!)
(ヘイローの器を守らねば!)
どうやら黄金の棺はヘイローの器と呼ばれているらしい。
タケルは通報しようとする神官を見定め、意識も麻痺させた、と同時に出発の時にロウに言われたことを思い出していた。
「タケル、気をつけて行っておいで。」
「はいっ。」
「ところで、タケルがアモンだったら大切な神器を軍に預けたりするかのう?」
「そうですね、「天ノ気」を自分が使いたい時に自由に使いたければ預けたりはしませんね。」
「我もそう思う。
タケルよ、心してかかれ。」
「はい、姉上。」
タケルは黄金の棺が「天ノ気」をアモンの元から伝達し利用する装置の可能性も十分あり得ると思ったが、黄金の棺を破壊することで、極大魔法の阻止はできるとも思った。
しかし、スサノヲから悪しき三種の神器の破壊を命じられていることも忘れなかった。
(シロ、それにしても姉上は話し方までビャクヤ様にますます似て来たね。)
(はい、もう立派な四聖獣のお一方ですし、ビャクヤ様の知と技に加え、「契り」後のタケル様の知と技も一子相伝され自分のものとされた頃でしょうからワン。)
タケルは黄金の棺に関する情報は、もうこれ以上のことは収集できないと判断し、ツキヨに念話した。
(ツキヨちゃん、意識も麻痺させて。)
(わかった。)
ツキヨの妖術で全ての神官達は眠りについた。
黄金の棺は戦闘用馬車の荷台に3つ並んで搭載されていた。
タケルとハッカクは目を合わせ、黄金の棺へと近づき棺の蓋を開けた。
棺の中は空でありそれぞれの底の部分が宝玉、鏡、剣の形に窪んでいた。
内側の4面に二重の円に十字の紋様が描かれており、凹んだ部分には何か文字が書かれていた。
「天ノ気」の気配は感じられなかった。
(解析完了ワン。
黄金の棺は「天ノ気」の伝達装置ですワン。
聖帝アモンの元にある三種の神器よりの「天ノ気」を伝達・蓄積する構造、伝達・蓄積を阻止するには二重の円に十字の紋様と底に書かれている文字ごと破壊する必要がありますワン。)
ツキヨも側に来て黄金の棺を覗き込んでいた。
3人は顔を見合わせ、目配せした。
(よし、壊そうぜ!)
ハッカクの念話が合図になり、ハッカクは腰の剣を抜き、タケルは拳で、ツキヨは妖術で、それぞれ黄金の棺を粉々に破壊した。
(黄金の棺を破壊。
やはり伝達装置でありました。
魔法師達も全て眠りについております。)
タケルはロウにだけ念話で伝えた。
ロウによると直ちに進軍が開始されるとのことであった。
これで極大魔法の脅威は無くなったが、おそらく潜入工作のことは第1司教そして聖帝アモンには発覚してしまったとタケルは考えていた。
神官達を麻痺させた際と黄金の棺破壊の際に「空ノ気」「地ノ気」を乱してしまっている。
黄金の棺が伝達装置であるならば繋がりが途絶えたことで感知される可能性も高い。
(さぁーて、これからが本番だなぁ。シロ、頼むよ。)
(了解ワン。)