第12話 勅命
参謀長が賀王国の内乱の現状について報告を行っている最中であった。
第1司教ルーゼはあることを考え、報告の内容は半分も聞いていなかった。
「………、以上であります。何かご指示はございますか?」
「うむ、しばらくは様子を見る。
国王派への支援を充実、人外の者の組織の詳細を調査させよ。」
「はっ!」
参謀長は敬礼し、回れ右して部屋を出て行った。
(やはり人外の者か………。)
聖アモン帝国の工作により、以前から反国王勢力の強かった東海岸沿岸地域と国王派との内乱に至った。
今や賀王国を二分する程の大きな紛争となっていた。
元々、東海岸沿岸地域では人外の者と人間の間でも交流があり、他の地域のような人外の者への差別、虐待なども比較的少なかった。
これは日ノ国に隣接するということも影響していた。
国王と貴族は聖アモン帝国の戦ぶりを理解しており、現状の処遇を維持するという誘いに乗り東海岸沿岸地域の弾圧を開始した。
このまま高みの見物で賀王国は属国になるはずであった。
そして戦力を丸々維持したまま、日ノ国攻略に臨む計画であったのだが、昨日、人外の者達が組織的に人間と協力して戦い始めたとの報告が届いた。
(焦ることもないか………、前回の報告ではアモン様も御機嫌であった。
ただ、人外の者の話がお耳に入れば、どう動かれるのか?)
ルーゼは重い腰を上げ、アモンへ報告を行うために司教室の奥にある部屋へ入って行った。
明けて朝早く移動が開始された。
オロチの館近くの転移門から霊峰フジ頂上にある別の転移門前に移動した。転移門は青い鳥井の形をして赤く塗られた整地された場所に立っていた。
タケルは似たような気配の門がビャクヤの住処近くにもあったことを思い出した。
(視覚が無い時だったから、あまり覚えていないけど転移門だったんだな。)
オロチと遊撃隊の面々はアワヂノシマへの転移門へと進んだ。
遊撃隊の面々は出発前に支給された揃いの装束に身を包んでいた。
黒ずくめの直垂、括袴、手甲、脛巾、足袋………、まるで前世の忍者だとタケルは思っていた。
足袋は草履を履かなくてもよいように靴に近い底と丈夫さを備えていた。
オロチの説明によると聖獣並みの者の皮で作成されており弓矢、普通の剣などの攻撃にも損傷しない防護性の高い素材であるそうだ。
(シロ、これってオロチ様の気配を感じるのだけど………。)
(はい、オロチ様は10年に一度の間隔で脱皮されますワン。
その脱皮された皮は、武器による攻撃、ある程度の妖術による攻撃ともにビクともしない防護性の高い素材でございますワン。
しかし、この気配に気付かれたお方はタケル様、ロウ様、スサノヲ様の分身スサ老師ぐらいですワン。)
(そ、そうなの………。
まだ成長しているんだ!
まっ、いっか!)
「タケルっー、赤が良かったな!赤が!」
シュレイは赤色が無くなった装束には不満があるようである。
一行は転移門を通りアワヂノシマ御所内の謁見の間前に着いた。
そこに待機していた案内役であろう文官とオロチの指示で謁見の間にロウを中心とし、その三歩下がったところにスサ老師、ヤスナ、シュレイ、ツキヨ、オボシ、タケルの順で横隊に並び、正座して待機した。
オロチと文官は天子が座るであろう凝った装飾が施された椅子に向かって右側に同じく正座して待った。
(さすがに天子様との謁見だから物々しい感じだなぁ。
どんなお人柄なのか楽しみだな。)
先ず、文官から現状説明があった。
賀王国の国王派と反勢力の抗争が激化していること。
賀王国の人外の者達の組織だった反国王勢力への参加。
聖アモン帝国軍は咸陽に駐屯して動く様子がないこと。
など詳細にわたる説明であった。
(かなり詳しい情報だね。
天子様は情報に重きを置かれているようだ。
さすがだね。
それにしても誰が調査しているのだろう?)
(魅一族という人間達ですワン。
天子様の警護、情報収集、暗殺など影の仕事の一切合切を担う一族でありますワン。
一族の長は聖人並みの実力を持ちますワン、上位仙人並みの者がほとんどで、日ノ国全土に展開しておりますワン。
おそらく大陸にも………。)
(スサ老師ぐらいの人がウジャウジャいるの?
これは、睨まれないようにしないとね。)
「天子様のおなりー!」
文官の声が響きわたった。
一同は座礼の最敬礼で出迎えた。
タケルは天子は用意された椅子に座り、それから儀式ばった謁見が始まるのだろうと思っていた。
「面をあげてね。」
天子オウジンは椅子には座らず、ロウの正面に片膝をつきロウの片方の手を取り自分の両方の手で包み込んだ。
「聖獣ロウよ、ビャクヤの事は残念だったね。
日ノ国の建国はビャクヤの活躍なしでは語れないね。
ロウよ、母に代わり、日ノ国を頼むね。」
言葉は少ないが誠意に溢れていた。
「勿体無き御言葉………。」
ロウの目に涙が浮かんだ。
オウジンは次にスサ老師の前に行き同じように片膝をついて話し始めた。
続いてヤスナ、シュレイ、ツキヨ、オボシと順番に一人一人と同じように言葉を掛けた。
そしてタケルの前に来た。
「鬼族長が子タケルよ、この日ノ国の民として生を受け間もないが、日ノ国の平和のため励んでおくれ。
よろしくね。」
するとオウジンは側の者に聞こえないようにタケルに耳打ちをした。
「悪しき三種の神器の破壊は任せたよ。
平和になったら、ゆっくりと前世の世界の話を聞かせておくれ。
ヤマト タケル様の話を私からは聞かせてあげるね。」
「はい!」
タケルは再び座礼の最敬礼をした。
オウジンは再びロウの正面に行き、その場に胡座をかき、少し大きな声で命令を伝えた。
「賀王国反国王派の支援及び聖アモン帝国三種の神器の破壊を命ずるんだね!」
ロウが座礼の最敬礼をすると遊撃隊の他の者達もそれに習った。
「じゃ、頼んだよ。
連邦軍各部隊も見なくちゃだね。
兵站の調整もね。
大規模結界の構成と準備もね。
あとは………。あとは………。」
オウジンはブツブツと呟きながら謁見の間から去って行った。
「さぁ、出立よ!」
オロチは遊撃隊の皆を見回すと付け加えた。
「案内役を紹介するわ。魅一族のカゲトモよ。
大陸への進出から任務終了まで面倒を見てくれるわ。」
オロチの影から人間が飛び出して来た。
「カゲトモと申します。
よろしくお願い申し上げます。」
遊撃隊と同じ様な黒い装束に身を包み、更に頭部には頭巾を巻き、眼だけが見えていた。
(まるっきり、忍者だなぁ。
女性かなぁ?
影に隠れていたのか?
転移して来たのか?
オロチ様の影を見ても術式は残ってないし、もう一度見たいなぁ。)
(タケル様、魅一族が頻繁に使う影移動という妖術ですワン。
認知済みの者の影から影へ移動出来るばかりではなく、影の中に潜み気配を消し去り待機出来ますワン。
タケル様も次に見れば常時発動中のリサーチ&アナライズで自分の術とすることができると思われますワン。)
「タケルっー、天子様いい人だったな!」
シュレイはニコニコして上機嫌だった。
「ロウちゃん、後はよろしくねー。
アタシは天子様の直轄部隊の方に取り掛かるわ。」
オロチは案内役の文官と共に謁見の間を後にした。
「カゲトモ殿、皆に現地の状況説明と行動予定を話してくれるか。」
ロウは益々、聖獣としての風格が出てきていた。
タケルは益々、甘噛みされないように注意せねばと再度、誓った。
一行はカゲトモの案内で円卓のある部屋に行き、円卓を囲むように着席した。
「では、現地の状況説明と行動予定と任務について御説明いたします。」
頭巾を外したカゲトモは、やはり女性であった。
女性らしい聞き心地の良い、凛として良く通る声で説明が始められた。
賀王国の王都である河南は聖アモン帝国の前線拠点でもある咸陽にも近い、反国王派は拠点である青島からの進軍を始め、今日現在で、王都に迫る勢いである。
王都防衛のため、聖アモン帝国の支援が予想されている。
この際、例の大規模妖術の使用が予想され、悪しき三種の神器も使用される予想である。
これが使用されれば形勢は逆転され賀王国は聖アモン帝国の手に落ちることとなる。
反国王派の長は青島領主であった人間の浩宇、東海岸沿岸地域ばかりでなく賀王国中の人外の者をまとめ上げ反国王派に合流したのが聖獣白虎コドウである。
遊撃隊は河南の前線にて反国王派と合流、支援及び悪しき三種の神器の破壊の任務に従事する。
この任務が失敗し反国王派が敗北すると、次は日ノ国が戦場になる。
移動には、カゲトモの転移妖術を使用し河南まで一気に進出する。
ここまで説明するとカゲトモは一同を見回し、微笑した。
「皆様に日ノ国の平和、大陸全土の平和がかかっております。
出発の転移妖術の準備をして参りますので、この部屋でお待ち下さい。」
カゲトモが部屋を出て行くと、ロウは深妙な面持ちでタケルに歩み寄り小声で耳打ちした。
「タケルよ、カゲトモ殿は死ぬつもりだ。」
「えっ!」
「カゲトモ殿と遊撃隊7名の合計8名、それだけの者を余裕で転移する「気」の量は彼女には無い。
転移は出来るだろうが、その後は「気」は無になり、やがて死すだろう。」
タケルは瞬時に考えを巡らせた。
(ヒルコとアハシマが概知の場所ならば、俺でも行ける。
「気」の量は心配ないし。
シロ、可能か?)
(はい、可能ですワン。
ヒルコ様とアハシマ様は世界中に存在されております、詳細な情報を頂ければカゲトモ殿が行こうとしている場所へ寸分も違わず転移出来ますワン。
「気」の消費量もタケル様の総量からすれば微々たるものですワン。)
「姉上、俺が転移妖術を行います。
少しカゲトモ殿のところへ行って来ます。」
「うむ、頼むぞタケル。」
ロウは安堵した表情をして、部屋を出て行くタケルを見送った。
カゲトモは円卓のある部屋から少し離れた渡り廊下に腰掛け、池を中心に夏の花々が咲き程良く手入れされた中庭をボンヤリと眺めているように見えた。
(父上、兄上ともお別れだね。
私にも聖人並みの「気」があればなぁ………。
まぁ、立派に任務を遂行するだけだ!)
カゲトモの気持ちに悲壮感は無かった。
魅一族として赤子の頃より刷り込まれてきた心構えがそうさせるのか、晴れ晴れとした表情をしていた。
「カゲトモ殿、鬼族は長が子タケルと申します。
少し、よろしいですか?」
「タケル殿、何でしょうか?」
カゲトモは父カゲフサからタケルのことは概略であるが聞いていた。
鬼族不具の子、聖獣ビャクヤと「契り」を交わし、人外の地各族長の治療法を解明したことなどである。
「唐突ですが、俺が転移妖術を行います。
つきましては、転移先の位置情報と情景など教えていただければと。」
「………。」
一瞬カゲトモは何を言われたのか理解できなかったが、転移先の位置情報と情景をつい心に浮かべながら返答した。
「タケル殿、転移妖術は一度行った所にしか行けません。
タケル殿はこの世に生を受けてまだ間も無いから、その様なお戯れを………。」
タケルはカゲトモが心に浮かべた情報を見逃さなかった。
常時発動している「リサーチ&アナライズ」で自分のものとし、シロが転移に必要な情報への変換を始めていた。
「失礼します。」
タケルは言うや否やカゲトモの手を握った。
「ワープ。」
背後に深い森のある湖のほとりであった。
カゲトモは開いた口が塞がらなかった。
遊撃隊を転移させる湖のほとりに間違いはなかった。
「………。どうして?」
「俺、少し変わっているんです。
ここで間違い無いですよね?」
「………、は、はい。」
「では、帰りましょう。
ワープ。」
ふたりは渡り廊下に戻って来ていた。
「魅一族への建前もあるでしょうから、カゲトモ殿は転移の時は術を発動するフリをして下さい。
実際には俺がやります。」
「なぜ?この様なことを?」
「姉上からカゲトモ殿を死なすなとのことです。
俺も全く同感です。」
「ロウ様が………。
タケル殿、かたじけない………。」
カゲトモは死なずに済むということに自分が安堵していることに驚き戸惑っていた。
やはり、怖かったのかと自覚して魅一族としてはまだまだ未熟なのだと思った。
それでも嬉しかった。
「カゲトモ殿、部屋で待っていますね。
池の横の木陰の中の方にも、よろしくお伝え下さい。」
(シロ、木陰の中の人物、かなりの方だね。
おかげで影移動の術式理解できたよ。)
(はい、推測ですが魅一族の長カゲフサ様かと思われますワン。
影移動、早速試してみますかワン?)
(そうだね、姉上を驚かしてやろう!
名前をつけなくちゃね。
「シャドウ」でどうかなぁ?)
(ワン!)
タケルが円卓のある部屋へ戻って行き姿が見えなくなると、中庭の木陰から声が聞こえてきた。
「カゲトモ、今回はロウ様の御厚意に甘えなさい。
大陸ではロウ様、タケル殿に恥じぬ様に命をかけて御奉仕するのだ。」
カゲトモには木陰の中の気配は、全く感じることは出来なかった。
木陰の中の人物もタケルに見破られたことには驚きを隠せなかった。
「はい父上、命をかけて御奉仕いたします。」
木陰からの気配は消えていた。
影移動で御所から離れながらカゲフサは考えていた。
(天子様でさえ完全に気配を消したワシには気づかぬのに………。
ワシもまだまだ未熟じゃのう………、フフフッ。
タケル殿、我等の調査通り物凄いお方じゃ。
日ノ国にとって頼もしい限りじゃ!)
カゲフサは滅多に緩めぬ頬を緩め、微笑んでいた。
タケルはカゲトモが見えなくなると自分の影に姿を消した。
円卓の部屋でシュレイと話をしていたロウの影からタケルは飛び出した。
「姉上、姉御、只今戻りました。
カゲトモ殿の件、調整終わりました。」
流石のロウも驚きの表情を隠せなかった。
「うむ、御苦労様。」
シュレイはしばらくポカンとしていたが、状況を理解するとタケルの首に手をかけ、もう片方の手で軽くタケルの腹を数回叩いた。
「タケルっー、やるな!影移動か!」