第10話 稽古
タケルは夢を見ていた。
シロが白い柴犬の形をして高い塀を越えようとしていた。
「頑張れ、シロ!」
何度も何度も繰り返し挑戦するが、あと少しのところで超えられない。
塀には何か映像が流れていた。
タケルは妹と手を繋いでいた。
守りたい!
妹の最期の笑顔。
守れなかった!
時間を無駄に過ごした数年間。
その後、知識と体力の習得に励んだ。
力を求めた!
妹の居ない施設を出たかったこともあり陸上自衛隊少年工科学校へ入校した。
卒業後、配属された部隊からレンジャー課程を熱望した。
レンジャー課程修業後、空挺団に配属。
空挺団より選抜されて特殊作戦群へ。
特殊作戦群の過酷な訓練。
力が少し手に入った!
任務中、タケルを庇った部下の殉職。
守られた!部下を守れなかった!
交通事故の瞬間。
守れた!
ビャクヤの最期。
守れなかった!
ロウ、シュレイ、シュテン、シュチ。
人外の地、日ノ国。
守りたい!守りたい!守りたい!
ヒルコとアハシマ。
「シロ、頑張れ!じゃないな!
シロ、一緒に越そう!」
「ワン!」
タケルとシロは高い塀に向かって全力疾走しジャンプした。
タケルの片手が塀の最上部に届いた。
シロはタケルの肩に乗っている。
「シロ、行け!行っちゃえ!」
シロはタケルの襟首を咥え肩を踏み台に再びジャンプし、そのまま塀を越えた。
その勢いでタケルは片腕懸垂の要領で腕を曲げ塀の最上部に自分を近づけ、シロと一緒に塀の向こうに消えて行った。
タケルは夢から覚めた。
「タケル!」
ロウの心配そうな顔、シュレイの泣きそうな顔、オロチの半べそ顔がタケルの目に飛び込んで来た。
遠巻きに見ていた遊撃隊の面々の顔には憧れ、怯え、畏敬の何とも言えない表情が浮かんでいた。
「フッー、「気」も圧せられたようね。」
オロチは施していた結界を解除した。
「お、俺………。」
「突然、気を失ったのよ!」
「タケルっー、鍛え方が足らねーぞ!」
「よかった!タケルくんとは、あんなことやこんなこと、まだしてないものね〜。」
オロチは、タケルに状況を話し始めた。
気を失ったタケルは「気」を圧しなくなり、「気」が解放され出した。
その時点で、国津神並みであったそうである。
オロチは慌てて結界を施し外へ漏れるのを防いだ。
タケルの「気」は天津神並みまで解放され、まだまだ勢いが止まらず、隠れ1本角も出現した。
この様な時、荒ぶる可能性が高いらしい。
しかし、荒ぶることもなく目が覚め、隠れ1本角も元に戻っていた。
タケルは5分ぐらい気を失っていた。
「何か進化か、覚醒したんじゃない?
後で、ゆっくり確認してみて。
大丈夫なら食事にしましょう。」
そう言いながらオロチは皆んなを食卓へ促した。
(ホント、凄い子!また、身体が火照って来ちゃったわ。
でも、荒ぶらなくて良かったわ。
ロウちゃんとシュレイちゃん、スサ老師以外の面子はビビっちゃったわね。
これで少しは隊の雰囲気も纏まるかしらねェ〜。)
カガの手腕なのか、食事はいくつかの塗りの食器に綺麗に盛り付けてあり見た目も良く、美味しかった。
生ものはキュウリ、塩漬けは川魚、薬味にワサビとミソらしきもの、干し肉、汁物、中でも、もち米ではあったが、ご飯がありタケルは久しぶりの米に感激した。
食事をしながらオロチは明日、明後日の予定を話し始めた。
「今日はゆっくり休んでもらって、明日はアタシの闘技場の方でロウちゃん以外は、スサ老師に稽古をつけてもらうわ。
いわゆる実力拝見ってヤツね〜。
明後日は、朝から転移門でアワヂノシマに渡るわ!
その後、御拝謁、勅命を承り、御役目よ!」
タケルはオロチの話を聞いてはいたが、ご飯をおかわりしまくっていた。
「タケルっー、また、倒れるぞ!今度は腹痛で!」
シュレイに注意される程であった。
(タケル様、おかわりは、もうやめた方がよろしいかと。これ以上食されると腹痛になる確率90%です。)
(えっ、シロ?口調が変わったね。)
(はい、タケル様に式神として創造され、名前を付けていただいた時点で識神として覚醒しておりました。ビャクヤ様の知と技及びタケル様の前世の知と技を学習し最適化する過程において族長並みの妖魔に進化、ヒルコ様とアハシマ様の知を学習し始め、先程のタケル様の協力のおかげで聖獣並みの妖魔へと覚醒いたしました。
ヒルコ様とアハシマ様の知、学習及び最適化完了です。)
(あれは夢じゃなかったの!
シロ、凄い!
1ヶ月以上かかるって言ってたのに!
俺もシロのおかげで、なんか決意が固まったよ。)
(恐れ多い御言葉痛み入ります。
タケル様に酷い頭痛を起こしてしまったことお詫びいたします。
聖獣並みの妖魔に覚醒したことでスピードが格段にアップしました。
タケル様の魂にのみ存在する妖魔ではございますが、忠義に励む所存でございます。)
(シロ、改めてよろしくね!
もっと、フレンドリーな話し方でいいよ。)
(はい、わかりましたワン。)
先程の頭痛、失神、夢はシロの覚醒に伴うものであった。
タケルは魂の友ができたようで嬉しかった。
食事が終わるとカガに露天風呂と寝室を案内された。
寝室は、ひとり部屋であった。
(流石、オロチ様だなぁ。客間も沢山ある。
俺も落ち着いたら住処を修繕して、と言っても新しく作った方が早いかも?)
「タケル、今日は念のため風呂はやめておきなさい。」
「はい。では、先に休みます。
姉上、姉御、おやすみなさい。」
「おやすみ。」
「タケルっー、おやすみ〜!」
タケルは、「おやすみ」の挨拶を言える相手がいるという小さなことが、とても嬉しかった。
ビャクヤに拾われてから、言える相手が段々と増えていることも含めて。
オロチとロウは円形闘技場の観覧席の一番良い席に座り、カガが用意してくれたお茶を飲みながら観戦していた。
スサ老師の稽古が始まるところである。
稽古は、一対一、何でも有りの実戦形式、どちらかが「参りました。」と言うかオロチが止めるまでは稽古継続というルールである。
「全力でかかって来なさい。」
スサ老師の顔からはいつものエロ爺ィの表情は消えていた。
稽古を受ける者は、オロチとロウとは反対側の観客席にいた。
(シロ、良く観ておくね!解析はよろしく!)
(ワン。)
タケルの術「リサーチ&アナライズ」はシロと連動して常時発動状態となっていた。
これも聖獣並みの妖魔シロの「気」のおかげである。
犬狼族のツキヨがいつの間にか隣に来てボソッと呟いた。
「角あったんだ。」
失神以来、ロウとシュレイ以外の者からは距離を置かれていた。
案外、いい娘なのかもしれないとタケルは思い微笑んだ。
ツキヨはタケルの笑顔を見ると下を向いて離れた席へと行ってしまった。
1番手 猫族ヤスナ
「爺ィ、覚悟しろよ。」
ヤスナは何かを呟き、右手の拳をスサ老師に向け、左手は高速で円を描く動作をした。
瞬間、右拳から鋭利な刃物の形をした「気」の波動を放出した。
スサ老師は何事も無かったように最少の移動で避けた。
波動はもう一発放たれており避けた予想地点に向かっていた。やはり最少の移動で避けられた。
しかし、2発の波動は方向を変えスサ老師へ向かった。
その2発の波動とスサ老師を挟み込むように新たな2発の波動が放たれた。
ヤスナの左手の動きは止まっていた。
スサ老師は軽くジャンプして波動同士を衝突させ、フンワリと重力を感じさせない着地をした。
それはヤスナの誘導であった、着地すると封印結界が発動した。
左手の動きは封印結界を準備するものであった。
スサ老師は灰色で不透明な球状の封印結界に閉じ込められた。
「爺ィ、この封印は天逆毎の極大妖術の拡散から日ノ国を守った結界術を強化改良したもの。上位仙人でも破れまい。」
「流石に老練じゃのう。ハッハッハッ!
大きい胸は伊達じゃないのう!」
「爺ィ、ヤラシイこと言ってると結界を縮小して潰すぞ!」
すると、結界など無かったかのようにスサ老師はゆっくりと歩いて外へ出て来た。
「爺ィ、お前、上位仙人どこじゃないな!
降参だ………。
参りました。もうこれ以上の結界、妖術は私には無い。」
「ハッハッハッ、潔し!老練なヤスナ殿はこの隊に必要な存在じゃ、若い者の面倒を見てやっておくれ。」
「はっ、かしこまりました。」
ヤスナの口調が変わった、スサ老師こそ老練だとタケルは思った。
(シロ、見た?ゆっくり歩いて出て来ながら結界との接触部分から解析、解除、復元してたのかな。自分自身の「気」が上位仙人以上あって結界を破壊した訳でもなさそうだ。球状結界は残ったままだし………。)
(はい、その通りですワン。)
(シロは、もうスサ老師の正体わかってるでしょう?でも言わないでいいよ。
俺も予想はついたよ。対戦したら確信できると思う。
稽古が終わったら、答え合わせしよう。)
2番手 鬼族シュレイ
「姉御、頑張れ〜!」
「おうっ!」
金砕棒を持っていた。
いきなり殴りかかる。
「うゎー、姉御らしい初動だ。」
シュレイのスピードは尋常じゃない速さであった。
右手で金砕棒を振り下ろしながら距離を詰め、左手で拳を顳顬、顎、みぞおちに5発づつ打ち込んだ。
初動の金砕棒は軽く避けられ、5発づつの打ち込みも空振りに終わった。
しかし、避けられた金砕棒は軌道変え下方からスサ老師の股間を狙った。
金砕棒はスサ老師の左手で掴まれていた。この間、1秒くらいであった。
「危ないところじゃった。
流石に鬼族、速いのう!」
「助平爺ィめ、そこを潰してやる!」
「潰されては困るのう。」
スサ老師は掴んだ左手に加え右手でも掴み、力比べを挑んで来た。
シュレイは右手に力を集中させるとスサ老師ごと金砕棒を振り上げ観覧席との境にある壁に投げつけた。
投げつけた金砕棒を掴んだままのスサ老師を追い越しながらスサ老師の喉元を掴み、そのまま壁に叩きつけた。
壁は崩れスサ老師は下敷きになった。
(姉御、怖っ!でも寸前で身体を保護する結界を施されたようだ。)
タケルの思った通りスサ老師は無傷で立ち上がって来た。
「シュレイ殿、胸が小さい割にはやるのう。ワシと闘術のみで戦う気かのう。」
「アタイはサラシ巻いてんだ!脱いだら凄いんだぞ!」
(えっ、姉御そこっ?)
「ほう、それはそれは!
妖術は使う気無いみたいじゃな。
ではワシも闘術のみで行きましょうか!」
それから5分間くらい闘術のみの攻防戦が繰り広げられた。
ふたりとも決め手に欠け一進一退であったが、スサ老師は妖術は使わないようなことを言っていた割には打撃等を受ける時には保護結界を施していた。
シュレイの方は、何発か食らっているようであった。
「それまで!」
業を煮やしたオロチが稽古を止めた。
「シュレイ殿、流石は鬼族長シュテンの子、闘術のみでワシと互角に戦うとは!」
「妖術使えば、凄いけど、サラシを取ったらもっと凄いぞ!」
(姉御………。)
タケルは苦笑いした。シュレイは一礼し、観覧席へ戻って来た。
(やはり、単純に闘術だけだとあれぐらいなのかなぁ?)
シロは答え合わせがあるので、黙っていた。
3番手 犬狼族ツキヨ
スサ老師の前に出る時、ツキヨはわざわざタケルの前を通った。
「行ってくる。」
ボソッと呟き視線も合わさずソソクサと行ってしまった。
「タケルっー、ツキヨちゃんの挨拶に応えてやんな!」
隣のシュレイに背中を叩かれながら言われた。
「はい、姉御。」
「ツキヨ殿、頑張れー!」
タケルが声をかけるとツキヨはまた下を向いてしまった。
ツキヨはスサ老師の前に行くと一礼し答礼を待ってボソッと何か呟いた。
おもむろに両手を上げて叩きつける仕草をし、自分自身は観客席に飛び移っていた。
その瞬間、闘技場の広い闘技エリアはスサ老師を含め全て青い炎に包まれた。
(姉御も怖いけど、この娘も凄いなぁ。)
「ツキヨちゃん、闘技場が焼けちゃうわ!」
「それまで!」
オロチは稽古を止めた。
ツキヨはまた何か呟き、右手を顔の前で数回横に振った。
青い炎は消え、ツキヨは稽古開始位置に戻っていた。
スサ老師は保護結界を施していたのだろう、無傷で笑っていた。
「流石に人外の地、有数の極大妖術の使い手、この規模では「気」の消耗すら無いようじゃな。
ハッハッハッ。」
スサ老師は余裕で笑っていたが、タケルは髪の毛の先が焦げているのを見逃さなかった。
ツキヨは一礼しスサ老師の答礼を待たずに観客席に戻って来て、わざわざタケルの前を通った。
「ツキヨ殿、凄い妖術だったね!」
タケルは本心からツキヨを賞賛した。
「殿はダメ、ちゃんでいい。」
また、ボソッと呟くと元いた席へとソソクサと行ってしまった。
タケルは無口なだけで、いい娘なんだと確信し、可愛いところもあるんだと思った。
(族長並みの妖術で………。
オロチ様が止めなかったら、もう少し焦げていたかもしれない。
やっぱり、オロチ様は知っているんだ。)
4番手 天狗族オボシ
「老師様、よろしくお願いします。」
オボシは爽やかな一礼をすると嘴型半仮面を着け上空へ飛び上がった。
白い翼が青い空に映えて綺麗だった。
(はぁ、爽やかイケメンは、何をやってもカッコいいなぁ。)
(タケル様、気持ちが前世の40オヤジに戻られてますよワン。
タケル様は生後3ヶ月、お顔もイケてますワン。)
(シロ、ありがとう。
オヤジくさくなっちゃダメだね!)
オボシの飛行スピードは速く、旋回性能も良く、ホバリングも出来る。
タケルは、ホバリング出来る戦闘機を思い起こした。
オボシは飛行しながら手の平から黄色い光線を出しスサ老師へ向けた。
光線は「気」を使用しているようであり、両手から出すことができるようである。
光線が当たった跡は黒焦げになっていた。
スサ老師は避けていたが、突然オボシに向けジャンプした。
飛距離は充分、腹に右拳を叩き込んだ。そしてフンワリと着地した。
オボシは、効いたのか飛行を辞め、地上に降りて来た。
「老師様には空中戦は失礼でしたね。
地上にて稽古願います。」
オボシは言うや否や自分が食らった位置に左拳を打ち込んだ。
(はぁ、爽やかイケメンで負けず嫌い、カッコイイね〜。)
(タケル様、オヤジになってますよ。)
(そうだね、気を付けるよ。
あの拳、打撃だけじゃない、相手の「気」を消費する妖術付きだ。)
それから一進一退の闘術の攻防が続いた。
スサ老師も何発か食らっているようだが、タケルが見る限り、オボシの妖術で「気」が大きく消費されているのだが、すぐにどこからか補充されているかのように元に戻っていた。
タケルは確信した。
「それまで!」
オロチが稽古の終了を告げた。
「御指導ありがとうございました。」
オボシは爽やかに一礼し席に戻って行った。
5番手 鬼族タケル
「姉御、さっきの金砕棒はどこから持って来たんすかっ?」
「おうっ!これなぁ、いつも持ってるんだよ。ほれ!」
懐から先程の金砕棒のミニチュアを取り出すと、見る見るうちにシュレイが使っていた大きさになった。
「姉御、これ貸してくれませんか!
俺、姉御に失礼なことを言った老師をしめてきます!」
タケルのシュレイに合わせた口調に、シュレイは上機嫌になり肩を組んで来た。
金砕棒を持つ手で軽くタケルの腹を叩きながら小声で言った。
「タケルっー、助平爺ィの股間潰してこい!」
「はい!」
タケルはスサ老師の前に出ると一礼し挨拶した。
「老師様、勉強させていただきます。」
「うむ、来なさい!」
タケルは、右手で金砕棒を振り下ろしながら距離を詰め、左手で拳を顳顬、顎、みぞおちに5発づつ打ち込んだ。
シュレイの戦いを正確に再現した。
動きはシュレイのスピードの3倍程の速さに、拳の重さは5倍程に調整した。
スサ老師は振り下ろした金砕棒は避けたが、左拳は全発食らった。
振り下ろした金砕棒の軌道を変え股間を狙ったが、その必要はなかった。
スサ老師の「気」は15発の打撃だけで消えかけていた。
するとどこからか「気」が補充されて来た。
(待ってました!)
タケルは常時発動している「リサーチ&アナライズ」とシロの協力で「気」の補充元を突き止め、映像、位置情報を意識の中で具現化させた。
「ワープ!」
稽古始めの挨拶から1秒もかかっていない。
オロチ、ロウ、もうひとり以外の者には、礼をしたふたりが忽然と消えたようにしか見えていなかった。
「ロウちゃん、流石にタケルくんね〜。」
「はい、今頃しっかりと御挨拶している頃でしょう。」