一巡目 ヤ行 薬籠中の物、弥助、幽寂、遊惰、呼び子鳥
ヤ行の当主たる遊屋は、見た目は少女である。
しかし実際には百歳を超える。
本当の年齢は分からない、なにせ遊屋は過去の記憶のほとんどが穴抜けだった。
幽寂の山の奥地で、だらだらと生きるのが遊屋だった。
ときおり各地を歩き回り、好きに生きるのが遊屋だった。
この島の人を、薬籠中の物にするのが、遊屋の生きざまだった。
気分屋であり、いつも笑い、激しく暴れまわり、ときおり馬鹿みたいに泣くのが遊屋だった。
なぜそんな生き方なのか自分でもわからない。
何かを深く考えた事もないのに、なぜこんなに泣きたくなる程、悲しくなるのか、理由は知っているがどうでもよかった。
遊屋にヤ行の当主であるという考えは薄い。
数年前に、ヤ行の変わり者が、ヤ行を集めて国を作った。
その時、遊屋にも声を掛けられた。遊屋は暇潰しに、その国に行った。
暇つぶしにヤ行の集団に加わり、戦争になってマ行の人間をいくらか殺し、飽きて山で酒を飲んで眠り、また何年かしてから山を下りると、ワ行の国によって滅んでいた。
前のヤ行の当主は見せしめとして処刑された。次の当主はとワヲンに言われ、実力的にと他のヤ行数人から遊屋が選ばれた。
遊屋はどうでもよかったが、暇潰しに付き合った。
長年、生き過ぎた遊屋にとって何もかもがどうでもいい。ただ自分のままに生き、自分のまま野垂れ死にすればいいと、そう思っていた。
屋敷に泊まるように命じられた。遊屋は暇潰しに、その命令に付き合う事にした。
三年間、同じ所に住むのは、遊屋の記憶している限りでは初めてである。
早朝、弥助を食べながら、呼び子鳥の声を聴く。特に遊屋の行動に意味などない。
遊屋は屋敷で暇潰しに動物を飼っている。犬、猫、馬、牛、鶏、豚、鳥、虫、合わせて50以上。
それらにエサを与えて回れば、次はワヲンに命令された妖術の封じられた道具を作るのである。
遊屋は他のヤ行の者を妖術によって呼び出し、道具を作らせる。断れば殺すと言えば、大体、いう事を聞く。たまに襲い掛かってくるものもいるが、ヤ行である以上、当主の遊屋には傷一つつけられない。
勝手に動く人形、刺せば動きを止める針、火をつければ見た者を眠らせる蝋燭。
ここの島の人間には効き目の悪い妖術の道具も、海外では高く買ってくれるとはナ行の者の話だったか、遊屋にはどうでもよかった。
それがここ三年間の遊屋の生活。しかし今日は、ついでに別の事をした。
遊屋は仕事を終えると、夜の庭でヤ行の者を呼んだ。
「やらい猫、ゆごう犬、よまい鳥」
『ハッ!』
夜の庭先に、猫耳の生えた女、犬の様な顔の男、鳥のような仮面をつけた者が現れ跪いた。
「あなたたちに、命令があるの~、いーい?」
『御意!』
命令を受けた三人のヤ行の者は、すぐに立ち去る。
それを見送った遊屋は、楽しげだった。
この島の何かを遊屋は知っている。
しかし、興味は特にない。
遊屋の興味はただ、自分の気ままに死ぬ事だけだった。
縁側に一人残った遊屋は、足をぶらつかせ、ただ夜の木々から聞こえる虫の声を楽しむだけだった。
薬籠中の物:薬籠は薬箱の事。薬箱の薬は自分で自由にできる事から、自由にできる物の事。
弥助:寿司の別名。
幽寂:奥深くて静かな事。
遊惰:遊び怠ける。
呼び子鳥:カッコウ。