一巡目 ナ行 内示、入貢、抜け荷、佞人、野太刀
布はスーツ姿で港にたった一人で立ち、海の上を行きかう船を眺めていた。
タンゴ島には古くから海外との交流があり、四方に港にある。
しかし最も海の向こうと交流があるのは、タンゴ島西のハナの地であった。
表面上は無関心に、ポケットに両手を突っ込み、船を眺めていた。
布という男は海が好きだった。
その果ての世界が、それを進む船が、あるいは空を飛ぶ飛行機と呼ぶ物が好きだった。
地を這うだけではわからない。その先の、どこまでも自由に行ける、その解放感を考えるだけでも幸福を感じていた。
自身がこの島から出られぬがゆえに、妄想の自由だけでも、自身の心を慰めていたかった。
「おお、ここでしたか、布さん、お待たせしました!」
港の遠くから楽し気な声が聞こえる。
その男は目を細め、口角を上げ、満面の笑みで布の元に歩み寄ってくる。
男の周りには黒服の、屈強なボディガードの男が五人ほどついてきていた。
布は無表情のまま、内心で悪態をつく。
(佞人が)
布もまた、笑顔の男の元に歩いて行った。
布は紙の束を地面に叩きつけた。
「あなたの所の内示の資料だ」
港の石の地面にバラまかれた紙には極秘資料と書かれている。
多数の、銃や火薬などの取引に関するモノだった。
「この島の外の人が住む事を、この地は受け入れている。だが取引内容の開示が条件だ。このような危険物の取扱いは報告を受けていない」
無表情だが、その目は鋭く、笑顔の男を睨んでいた。
しかし睨まれていたほうは、笑顔のままであった。
「……それは変ですねえ。こちらは報告したはずなのですが」
「金を握らせる事が報告か? これらの抜け荷は許されていない、いますぐ持って船で帰れ」
「いえいえ、報告していたのですよ。あなたに対してだけは」
周りの男たちが、懐から拳銃を取り出し、布に対し向けた。
「密貿易したのも、それを指示したのも、私を騙し取引させたのも、布さん、あなたですよ」
「……貴様も共に罰されるだけだと思うが?」
「入貢という形でこの国の王に引き渡しますよ。代わりに取引の拡大を持ち掛けます」
張り付いた笑顔のまま、男は含み笑いをした。
「知っていますか? この国の物は高く売れる。水は寿命を延ばし、作物は万病を治し、細工物は永遠に壊れないと噂されている」
「ねえよ」
「ええそうです。ただの噂です。この島が、秘術を用いる民の国、悪魔の島と呼ばれているがゆえ」
笑顔の男が一歩近づく。布は懐から一瞬にして、野太刀を取り出した。
銃声が響き、銃弾が布を貫いた。
「てめえも商人なら、少しは相手の事も調べたらどうだ?」
笑顔を崩し、絶句する男。
スーツに穴を開けた銃弾が、地面にいくつも落ち転がった。
「はあ!? なな!?」
「以前、お前たちがこの島に住居を求めた時の書類、覚えているか?」
布は驚愕する笑顔の崩れた男に対し、短刀を振り下ろした。
「そこに”ニンゲン”と書かせたよな、”ヒト”ではなく”人間”と」
「”ニンゲン”の”ナマリダマ”じゃあ俺には傷をつけられねえよ」
服を真っ二つにされた笑顔だった商人が、悲鳴を上げながらボディガードの男達と共に去って行った。
逃げる男達の背を見送る事なく、野太刀をしまい込み、ナ行の頭領は海を見た。
布は水平線の向こうに消えていく船を、羨ましそうに眺めていた。
「あ~、島を出てえなあ」
内示:非公式に示す。
入貢:外国からの貢ぎ物。
抜け荷:密貿易。江戸時代限定の言葉らしいけど。
佞人:上辺は親切だが、心根は醜い人。
野太刀:外に持ち歩く、護身用の短刀。