一巡目 タ行 太鼓を叩く、知情意、月夜に提灯、敵産、十重二十重
太刀という名前の男には双子の兄がいた。
兄は優秀であり、戦闘力、知力、性格、どれをとっても非の打ち所のない人間であった。
対して弟は不愛想で、勉学もできない。唯一、優れているのは剣術のみ。
その剣術ですら、兄とは互角。いや、わずかの差でいつも兄が勝利していた。
試合で負ける度に、その理由を兄に問う。
「知識と感情と意思。知情意そろって強さになる。お前は感情ばかりで、知識と意思が薄い」
その答えに弟の太刀は答え返す。
「こればっかりは生まれつきのもの。治せないし治す気にもなれない、俺は馬鹿みたいに剣を振るうさ」
兄にタ行の頭領を任せ、自分はその下で剣を振るう。それだけで良いと太刀は考えていた。
しかし太刀の兄はそれを許さなかった。
「俺とお前は双子だ。誰も代わりになれない絆があり、もう一人の頭領と言うべき存在だ。そんな人間が馬鹿のままなんて許さん、俺が指導してやるから勉強しろ」
太刀は答える。勉学しても月夜に提灯、不要としか思えないがゆえに頭に入らない。
太刀の兄は答え返す。
「それはお前に目的がないからだ。強い目的を持て、そうすれば意思が生まれ、知識をつけたくなり、感情が強くなる」
そう兄に言われ、太鼓を叩くために太刀はとりあえず答えた。
「じゃあ俺は、兄さんを越えたい」
サ行の国との諍いから、サ行の国の民がタ行の国の民にケガを負わせ、そこから戦争が始まった。
意思と知識を多少は得た太刀は、率先して兵を率い、次々とサ行の民を殺して回った。
そのまま相手を降伏に追い詰めかけた頃、ワ行の国が横合いから攻めて来た。
その汚さに民は怒り、怪我と疲労が蓄積していた軍団はそのままワ行の国とも戦争した。
だが勝てるはずと考えられていた戦いは、タ行の惨敗に終わってしまった。
理由は探せばあるが、やはり太刀が重傷を負ってしまったのが最大の原因であった。
もっとも暴れ、もっとも殺した太刀は、前線にとって精神的柱だった。
その柱が折れた時、タ行の軍団は動揺し相手の攻めの前に食い尽くされたのであった。
その後、太刀が意識不明の間に太刀の兄は降伏し、処刑された。
本来ならもう一人の頭領ともいうべき太刀も処刑されるべきだったが、ワヲンによって生かされた。
「狂犬のほうがわかりやすい」
従うにしても、裏切るにしても御しやすい。品のない笑みで、王は太刀にそう告げた。
あれから三年。太刀はひたすら勉学に打ち込んだ。
自分が負けたのは、生かす知性が無かったからだと太刀は考えていた。
「まあ、周りからは以前と大してかわらんようにしか見えんがな、正直、俺も根っこは変わらんし」
尖った髭を撫でながら、太刀は部屋を行ったり来たり、持ち物を運ぶ。
「おかげで周りから御しやすい馬鹿のままだと思われてやがる。実際に勉強しても十分の一も頭に入らないし」
五往復ほどして、ようやく太刀はそれを完成させた。
いくつもの武者鎧を人形に重ねた。その数、十体分。
刀や槍をはじく武装が十重二十重。それはもはやただの鉄の塊と化していた。
「紫蘇」
それに対し太刀は、まっすぐに刀を構える。
「俺は嘘をついていた」
そして息を吐いて、刀を下におろす。
鎧の塊に太刀は背を向けた。
「色々とお前と言い争いしていたが、ぶっちゃけ、ただの言い訳で、本当はどうでもいいんだよ」
鎧の塊から歩いて距離を取る、その距離は八畳部屋の端から端の距離程。
太刀は突然に振り向き、刀を振り下ろす。
斬撃が空中を飛び、鎧の塊に直撃、音とともに吹き飛ばす。
鉄が崩れ落ちる音の後は、粉砕された壁と十体分の武者鎧の残骸があった。
「三年間、知識をつけてよく分かった。俺はお前らも、俺自身も何もかも殺し尽くしたいだけだ」
太刀はうすら笑いを浮かべ、どんよりと染まった目で天井を見上げる。
「知識も意思も、俺の感情をより一層、生かす方向にしか向かない。兄よ、俺はあんたを越えるなんて最初から土台無理だったんだよ」
それに戦場で気付いてしまい、太刀は動きを止めてしまった。相手の攻撃を受けてしまった。
そのまま死ぬべきだったと太刀は思う。だが生きてしまった以上、進むしかなかった。
「同盟の誘いは八国。どいつもこいつも俺を扱いやすい馬鹿だと思ったんだろうな。ああ、そうさ、生きるべきでない馬鹿だった」
そう独り言をつぶやきながら、太刀は考える。
「戦争の兵糧は敵産でいいとして、さて、どこから殺しに行こうか? ワヲンか? それとも……」
尖った髭を撫でながら、太刀は舌なめずりしていた。
太鼓を叩く:話の相槌を打って、相手の機嫌を取る事。
知情意:知識と感情と意思。精神の根本。
月夜に提灯:明るいのに明かりを持つ、転じて不必要な行動。
敵産:敵国の資産。
十重二十重:いくつも折り重なる様。