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一巡目 サ行 さあらぬ、師承、生業、盛儀、即諾

 五十音国、東の地タサ。

 その地でサ行の頭領である紫蘇が、医者として患者を診ていた。

「さあ、これで大丈夫ですよ」

「すまないねえ、当主様直々に見てもらえるだなんて」

 朝から土地の見回りをしていた紫蘇が、たまたま通りかかった場所でねん挫した年寄りの百姓に、テーピングで処置していた。

 眼鏡をかけていた紫蘇は、アハハと朗らかに笑う。

「気にしないでくださいよ。僕なんて医者としては、まだ若く半人前ですから」

「それでも、前当主様から師承されたのは紫蘇様だけですよ。むしろ若くしてそれが出来るなんて、よっぽど才能と努力があってこそ、ですよ」

「そうだそうだ、紫蘇様は素晴らしい人だ!」

「うんうん」

「いやははは、じゃあ、僕はこれで」

 百姓たちが集まって、次々と紫蘇を誉めていく。気恥ずかしくて耐え切れず、紫蘇は逃げ出すように去った。



(良い人たちだ、……本当に良い人たちだ。なんてこの地は平和なんだ)

 屋敷に戻った紫蘇は自室で一人になる。

 そしてため息をついて、机に対して頭を垂れた。

「駄目だ、誰かを見捨てるなんて、できやしない!」

 この地には人が多くいた。この国は戦争を嫌い、医療を発展させたがゆえに、人口は他の場所よりも倍以上、上回っていた。

 土地の大きさに比べ、人口が増え過ぎた為、住む場所や田畑が足りなくなる。結果、隣の国のタ行と領地で争うようになり、タ行の兵士の挑発に負けた民が攻撃を行い、戦争にまで発展した。

 争いは止められず、さらにそこにワ行の者が介入し、支配を受け入れる事となった。

 止められなかったのは頭領である紫蘇の責任。そう本人は思った。だが医療の師匠でもあり、前頭領が自分が頭領だと嘘を吐き、紫蘇の代わりに処刑されたのだ。

 涙ながらに止める紫蘇を、すでに年寄りの自分が死ぬべきだと笑みを浮かべて処刑場に向かった。

 民を守ってくれと、最後に前頭領は言っていた。


 だがその約束が破られんとしている。

 人口が多いという事は、すなわち老人や病人を多数、抱えているという事である。

 税はその分、重くのしかかった。

 商業を生業としていたなら、まだ稼げたかもしれないが、この土地はほぼ農業だけで成り立っている。

 医療を他の土地に売り込もうにも、半数以上が中央に徴収され、さらにそこから他国に流れている。

 あまり医療で最低限の金しかとらないようにしていたのも、そのツケが回ってきた。

 もはや貯蓄もほとんど残っていない。働けない老人や病人の分の支払いも出来ない。

 見捨てるか、それとも。

(……)

 紫蘇の覚悟は、あの時、出征しワヲンの返事を聞いた時には決まっていた。



 同じ屋敷に、道場が出来ており、タ行の者達はほぼ全てそこで修業を行っている。

 その声を聴くのが嫌で、極力、紫蘇はここにはこなかった。

(だが今はそんな、そんな事を言っている場合じゃない)

 木刀を振るう、武士たちの声を右耳から左耳に流しながら、紫蘇は道場の先、その廊下の奥へと向かった。

 扉を開けば、広い畳張りの部屋、その中央に長い刀を抱いて座り、酒を飲んでいた男がいた。

「よう、お前がここに来るなんざ、珍しい事もあるもんだな」

 尖った髭の男。タ行の頭領の太刀であった。


 太刀は座布団を投げ渡してきたので、それを手に紫蘇は、太刀の前に座った。

 何とかさあらぬ動きで、座ったつもりだったが、多量に顔にかいた汗が、緊張していることを物語っている。

(落ち着け、僕は別に殺しあいに来たわけじゃない)

 呼吸を整え、口を開いた。

「太刀さん、打倒ワヲンの為、同盟を組んでください」

「いいぞ」

 即諾だった。

「……うぇ」

 驚きに絶句する紫蘇。太刀は酒瓶からお猪口に酒を入れ、それを飲む。

「話はそれだけか?」

「あ、え、はい」

(どうしよう……)

 紫蘇は迷った。果たしてこのまま帰っていいのか、何か承諾書の様なものが必要なのではないかと。

(いや、そんなもので縛られるような人じゃない、もっと盛儀的な事が)


「言っておくが、兵を出さないとか言い出すなよ」

 ぴたりと考え事をしていた紫蘇の動きが止まった。

「俺の所は全ての土地で一番、人口が少ねえんだ。個人の強さだけじゃ、数には勝てない。そもそも同盟者が兵士を出さないなんざ、信頼できるわけがない」

「……わかってますよ、そんなこと」

 俯き、メガネの下の視線を合わせようとしない紫蘇。酒を飲みながら太刀は聞く。

「そんなに殺し合いが嫌か?」

「当たり前ですよ」

 紫蘇は見下すように言った。

「一人の人間が生まれるのに、どれだけの労力がかかってるのか知ってますか? 大人になるまでどれだけの時間が必要なのか? 傷ついた人を治すのにどれだけの力が必要なのか? それを全て無駄にする殺戮など、嫌悪すべき事ですよ」

「生物は皆、食事をとるために命を懸け、縄張りを守るために命を懸け、つがいを得るために命を懸けてるんだ。人間は違うとは言わせねえ」

「違います。人間は知性ある生き物だ、殺しあわなくたって生きていける」

「無理だね」

 太刀は笑った。

「命を懸けてない奴の言葉なんざ、誰も信用しない。己自身すらも」

 紫蘇と太刀はにらみ合った。



 同盟の成立は行われた。

 一人、廊下を戻る紫蘇は黒々とした感情が、腹をよぎっていた。

(出征から戻る前に、皆から話を聞いた)

 前回の、中央の首都の城に行った時の事を思い出した。

(商人であるヌ行の当主も、科学者であるマ行の当主も、宗教家であるハ行の当主も……戦いを否定しなかった!)

 自室に戻り、机の前に正座する。そして紫蘇は机をたたいた。

(出し抜いてやる!)

 紫蘇が思い出すは師匠との約束。民を守るという事。

(争い好きのお前らに、国は任せられない。僕が王となって、人々を守って見せる!)

 青が見抜いていた通り、彼の心にも野心が生まれていた。








さあらぬ:何気ない。そんな様子には見えない。

師承:お師から受け継いだもの、教え。

生業(すぎわい):生活するための仕事。なりわい、せいぎょうとも読む。

盛儀:盛大な儀式。

即諾:即、承諾。


いまさらだが、ゲームのブリガンダインにそっくりだな。土地が

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