第60話 『捨てられた世界』からの脱出
「何じゃ何じゃ!! 同郷なのなら早く言え!! さあ、こっちじゃ!!」
「えっ!? ちょっと!! どこ行くんですか!?」
謎の老人に腕を引かれ困惑するグロリア。
強引に腕を振り払う事も出来たのだが、自分が今置かれている状況が不明である以上、この老人について行くのも悪くないのでは…そう思い直し、黙って同行する事にした。
何の変化の無い景色…だが老人は迷いなく一方行を目指して歩き出した。
置いて行かれてはたまらないとグロリアも後に続く。
注意深く周りを見回しながら歩くと、道程には何やらガラクタというか残骸というか、色々な物が散乱していた。
しかもいくつかの物がグロリアの目の前で地面に吸い込まれる様に消えてしまった。
「この世界には色々な物が流れ着く…じゃが命無き物はじきに世界に吸収されて消失してしまうのじゃよ」
老人は振り返らずにグロリアが疑問に思っている事に答えた。
見てもいなのに、それはまるで何度も同じ事があって、何度もその疑問に答えてきたのではと思わせる。
「最近は船が流れ着く事が多かったのう…もしかして一定期間どこかの海と繋がっておったのか知れんな」
それを聞き、グロリアはふとポートフェリアで起きた船の行方不明事件の事を思い出す。
人はおろか船の残骸すら打ち上がらないという話だったが、それはてっきり巨大イカに襲われて船が転覆したからではないかと考えていた…しかしそれでは波の満ち引きがある以上、ポートフェリアかマウイマウイのどちらかには何かしらが流れ着いてもおかしくはない。
もしかすると行方不明事件の原因はこの世界に船が引き込まれた事で起きたのではないか…。
そうして延々と本当に何もない道筋を老人と二人で進むと、遥か先に何か見えてきた。
近付くにつれ分かってきたが、あれは小屋だ…小屋がいくつか寄り集まっているのが見える…到着して改めて分かった、ここは集落だ。
「やあ爺さん、どこ行ってたんだい?」
集落に着くなり小太りの中年男性が声を掛けてきた。
「いやぁ、また新しく漂着物が現れたんで様子を見に行ってたんじゃよ」
「そうかい、でそのお嬢さんがそうなのかい?」
中年男性がグロリアに視線を向ける…するとグロリアは反射的に身体を老人の後ろに隠してしまった。
それはまるで人見知りだった幼少期に戻ってしまったかのようであった。
ずっと城でシャルロットのお世話をする事が多かったので、城内の人間とはある程度良好な関係を築けていたが、相変わらず初対面の相手にはその悪い癖が出てしまっていた。
「ほらほら、お前さんがいやらしい目で見るから娘さんが怯えているじゃないか」
「そりゃないですって爺さん」
中年男性は思わず苦笑いだ。
「そういえば名前を聞いていなかったが…娘さん、名は?」
「…グロリアです…」
ささやく様な小さい声で名乗る。
「ほうグロリアさんか、よい名前じゃな…そうじゃ!! 折角じゃし、皆を集めてグロリアさんの歓迎会をしようじゃないか!!」
「それはいい!! ちょっと他の連中に声を掛けて来ます!!」
男は他の小屋がある集落の奥へと走っていった。
「あの…」
「なんじゃ?」
「他にも人がいるんですか?」
「ああもちろん、時期は違うがみんなよそからこの世界に流れ着いた者達じゃよ…
中には運悪く天に召された者もいたがな…いや、逆に運が良いのかものう、こんな訳の分からない場所で生きていかなければならないのを考えればじゃが」
グロリアも自分がこの世界で目覚めた時に見た…周りには気を失う前まで海で戦っていた巨大イカの屍と、プリンセスシャルロット号の船体の破片とみられる木材が散乱していたのを…
そしてこの集落に来るまでの沿道に落ちていた残骸にも船の残骸と思われる物があった。
先程自分が考えていた仮説が一気に信憑性を帯びてくる。
やや暫くして集落中から人々が集まってきた。
ざっと50人くらいはいるであろうか、人種も国籍もそれぞれだ。
みんなめいめいに酒や食材を持ち寄っている。
「さあ、新たなる不幸な仲間、グロリアさんの加入を祝って祝杯を上げようではないか…乾杯!!」
紳士風の男性の音頭で全員がジョッキを掲げる。
かくして不思議な世界での大宴会が始まった…皆思い思いに飲み食いを楽しんでいる。
すると乾杯の音頭を取っていた紳士がグロリアに近付いて来た。
「やあ君がグロリアさんだね、初めまして私はイワン…いつの間にかこの集落のリーダーを任されてしまった者ですよ」
「どうも…初めましてグロリアです」
イワンは実に穏やかで優しい笑顔をたたえている…雰囲気が何処となく自分の父に似ていたのもあり、グロリアは緊張を解き握手に応じる。
そしてしばらくの間、身の上話から始まって、今現在の世界の事などを根掘り葉掘り聞かれる事となった。
この世界には何もない…故に新たに流れ着いた漂流者から話を聞くのがこの上ない娯楽なのであったのだ。
いつの間にか彼女の周りには大勢の人だかりが出来ていた事でもそれが分かるだろう。
「えっ!? ここにいる人の中には生きていた時代が違う人もいるんですか!?」
グロリアは思わず声を上げる。
「そうだよ、私なんかは聖歴の999年にこの世界に紛れ込んでしまってね…それからどれほどここにいるかは分からないんだ…何せ時間を観測する手段がないのだからね」
聖歴とはこの世界においての年号である。
女勇者ダイアナが魔王を倒してから後の年代をこう呼んでいる。
今は聖歴1999年…イワンがここに来た聖歴999年と現在には1000年の差がある。
しかしイワンの見た目は大体40歳前後…この世界で1000年過ごしたようには見えない…グロリアは困惑した。
「時間が観測できないって……それはどういう事です?」
「ああやっぱり、来たばかりの君にはにわかには信じられないよね……じゃあこれを見てごらん」
イワンは懐から砂時計を取り出す……当然だが砂はガラスの容器のくびれより下に溜まっている。
そしてそれを引っくり返す…しかしどうした事だろう、上に溜まっている砂は一向に下に落ちる気配がない。
「あっ……」
この世界には時間の経過が無いにも関わらず人々は生活しているとでも言うのか…グロリアの理解が追い付かない。
「初々しいのう、みんなこの話をすると大体そういった顔をする…」
「これはデネブ殿…」
「デネブ…殿?」
イワンが例の老人をそう呼んだ…グロリアには聞き覚えがあった気がしたがどうにも思い出せない。
「そうか、それが儂の名前であったか……たまに忘れるのよな……ワハハ!!」
「頼みますよデネブ殿……あなたに呆けられては我々は困ってしまいます」
呆れたように首をすくめるイワン。
「あの、おじい……デネブさんはいつからここに?」
「そうさのう…確か聖歴1984年じゃったかのう…何せ物忘れが激しいのでな」
(私とシャルロット様の生まれた一年後…)
年代を言われるとまずは自分の年代と比較する事はよくある事だ。
しかしこのグロリアが頭に思い浮かべた事はあながち無関係では無かった事が後に分かる事となる。
「でも皆さんはそんなに長くこの世界に暮らしてるなんて、元の世界に戻る事は出来ないのでしょうか?」
「私達もこの世界に漂着した時はあなたと同じことを考えたよ……行ける所まで歩いた事もあったが、行けども行けども果てが無く、皆次第に絶望し元の世界に戻るという希望を諦める様になっていったのさ」
「そうでしたか……」
「私にも将来を約束した女性が居てね、出来ればもう一度会いたかったのだけど」
イワンがボトルごとワインを煽って空を見上げる……一瞬だがとても寂しそうな眼差しをしていた。
一方、グロリアは膝の上に置かれている自分の手の甲をじっと見つめる。
もし仮に元の世界に戻る方法があったとして自分が帰れる場所はもう無いのだ、自ら手放してしまった。
情けなくて目頭が熱くなったが不思議と涙が零れることはなかった。
「いきなり話が変わって申し訳ないのだがグロリア…お前さんの身体から発せられているのは『負の波動』で間違いないのかのう?」
「なっ…何故それを!?」
デネブの突然の指摘にグロリアは咄嗟に左手の指輪を隠す。
「まあそう警戒しなさんな…なにもその事でお前さんをどうこうするつもりはないからの」
グロリアはこの世界に来てから色々あったせいか、その事をすっかり失念していた。
しかし『負の波動』が自分から出続けているのに何故周りの人々は体調を崩していないのであろう?
「…あなた方は私の近くに居て何ともないのいですか?」
「『捨てられた世界』…儂らはこの世界をそう呼んでいるが、ここでは『負の波動』はすぐに世界自体に吸収されてしまうからな…直接お前さんに触れでもしない限りは体調に異常をきたす事はないじゃろう…お前さんが気絶している間に見させてもらったが、その指輪が『負の波動』の発信源じゃろうて」
「はい…ある人物から貰った物なのですが外す事が出来なくて…」
「そうじゃろうな、その手のアイテムはそれを送った者にしか外す事が出来ないはずじゃ」
「そんな…」
グロリアは愕然とした…この世界から脱出してシェイドに会わない事にはこの指輪は外せないというのか…。
いや、それ以前にこの世界から出る手段が今のグロリアには無い。
「儂も魔導士の端くれ…何度も魔導的な方法で『捨てられた世界』からの脱出を試してみたが一度たりとも上手くいかなかったな…せめてあちらの世界と連絡が取れれば何かしらの手が打てるかもしれんのじゃが…」
「あっ…」
デネブの言葉にハッとするグロリア。
「あります!! 元の世界と連絡が取れるかも知れない手段が…!!」
「何!? 本当かお前さん!!」
「試してみなければ何とも言えませんが、やる価値はあると思います!!」
グロリアの思い付いた元の世界と連絡を取る方法とは一体何なのであろうか?




