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第9話 誰がふさわしいか

 メジリヒト政権が打倒されると、姫はさっさと帰ろうとした。

「わたしも行きたい」とアコビトもついてくる。

 聞くと彼女の両親は裕福だったばかりに特別警察に目をつけられ、殺されてしまったという。


「……ダメ?」


 アコビトは不安そうな顔をする。


「よし、では、わたしと一緒に暮らすか」


 姫は努めて明るく言った。

 アコビトは一瞬きょとんとした後、「うん」と笑ってうなずいた。

 たたっと姫にかけより、がっと腕にしがみつく。ぬくもりが、寂しがりやの姫の心にしみこむ。


「臣民諸君、さらばだ」


 姫はそう言うと、アコビトと二人、総統官邸の出口に向かう。

 驚いたのはデモ隊の面々である。

 ホーツ・サカンという年配の男が真っ先に動いた。

「お待ちください」と声を上げ、総統官邸の大ホールから立ち去ろうとする姫達の前に立ちふさがる。


「ご無礼をお許しくだされ、姫殿下」


 サカンはそう言ってひざまずく。

 五人の警官が群衆を止めようとした時、真っ先に立ち向かった男であることに、姫は気づいた。四十代後半ほどの髪の逆立った赤ら顔の男が、「うおおお!」と声を上げながら誰よりも早く動いたことを覚えている。

 あらためて見ると、眉と鼻が太く、目はぎらぎらとしていて、なるほど真っ先に突っ込んでもおかしくなさそうなエネルギーに満ちあふれている。


 サカンは、まず姫が何をしようとしているのかを確認した。

 姫の答えは単純明瞭だった。


「無論、帰る。わたしは見ての通り子供だ。後はお前達大人の仕事であろう」


 姫は冷たく言い放つ。

 革命が終わったと見ているがゆえ、群衆を率いていた時の情熱ある姿は消え、代わりに冷然として表情を軽々しく変えない平素の姿に戻っている。


「と、とんでもございません!」


 サカンは一瞬ひるんだが、すぐに自らのひるみを押し返すように大声で叫んだ。

 そうしてこんな話を始めた。

 メジリヒト政権が倒れた以上、新しい政府が必要である。だが、誰が政権の座につけばいいのか。言い換えれば、誰が政治権力を持てば国民は納得するだろうか。


「デモ隊の者たちでよかろう」

「何万人もおります。それにただデモについてきただけの者たちが権力を握っても、国民は納得しますまい。私だって近くにいたら参加した、あいつらはたまたま首都近くにいただけじゃないか、と不満を抱くでしょう」

「なら選挙をすればいい」

「選挙には時間がかかります」


 サカンは指摘した。

 準備やら告知やらで最低一ヶ月は必要だと言う。


「その一ヶ月の間、無政府状態というわけには参りません」

「ふむ、いかぬな」

「それに選挙をやるにしてもルールが必要でございます」

「そうだな」

「つまり、選挙のやり方を決め、その選挙が終わるまでの間、国を預かる暫定政府を立てねばなりません。そして暫定政府には、暫定の国家元首が必要です」


 姫は何も言わない。

 腕を組み、威圧するかのようにサカンに冷たい視線を送り続ける。

 サカンは身体が少し震えたが、ここでひるんではいけないと自らに言い聞かせ、話を続ける。


「無論、誰が国家元首でもいいというわけではありません。少なくとも、国民から相応の支持がなければ、誰もそんな人物の言うことなど聞かないでしょう。

 例えば、私などが国家元首に就任したとしても、笑われるか呆れられるか無視されるか、いずれにせよ、せっかくの元首の地位も有名無実と化すに違いありません」

「ほう、そうか」


 そこで会話がいったん止まってしまう。

 姫はそれ以上何も言わない。

 サカンは自分が言いたいことが全く伝わっていないことに気づく。

 思い切って単刀直入に述べた。


「姫殿下、どうか殿下が国家元首におなりください!」

「……ん?」

「姫殿下であれば国民一同納得します。暫定政権の間だけでいいのです。どうか国家元首になってください。お願いします! お願いします!」


 サカンは一気にまくし立てるが姫の理解は追いつかない。

 これは知能の問題というより、自分が国家元首になるということが、まったくの想定外で混乱しているからであろう。


 一方、サカンはまくし立てたことで興奮していた。


「なあ、みんな、そうだろう?」

 デモ隊に向かって張り切った声で呼びかける。

「姫殿下こそ我が国の元首にふさわしいだろう?」


 はじめ、デモ隊はざわつく。

 ほどなくして「おおっ」という声が小さく上がる。声は大きくなっていく。ついには「わーっ」と歓声になる。

「姫! 姫!」と声が上がる。「首相!」という声も上がる。

「総統」という声もあったが、この職はメジリヒトのイメージが強く、印象が悪い。しだいに小さくなっていく。

「女王」と口にする者もいたが、こちらも威光を輝かせはするが、政治手腕を発揮して国を導くという印象はない。

「首相!」という声が場を圧倒していく。

 やがて「姫」と呼ぶ声と混じり、「姫首相」となる。

「姫首相! 姫首相!」

 デモ隊はそう叫ぶ。


 サカンをはじめとして、デモ隊の面々は、メジリヒトを倒した今、まとめ役を欠いた十字国がこれから極めて不安定な状態が続くという認識を持っていた。

 誰か強力な指導者に、がっちりまとめてもらう必要がある。


 強い指導者に必要なのは、政治手腕だの経験だのよりも、まず何より、この人の言うことなら聞いてもいいと誰もが思える人物であることだ。

 といって、そのような人物、例えばかつての政界の大物のような実力者達は、メジリヒトによってことごとく排除されている。

 このままでは、選挙をしたところで、少数の党が乱立し、政治的分裂と混乱が生じてしまう。

 独裁者を倒したばかりで不安定な情勢下で政治が分裂してしまっては、国がどうなってしまうかわからないし、外国が介入してくるかもしれない。

 何よりメジリヒトが舞い戻ってくるチャンスを与えてしまうかもしれない。

 非常にまずい。


 しかし、今ここに、この上ない人材が一人いる。

 民衆を指導して自らメジリヒトを打倒した王族、というこの上ない人材である。


 サカンやデモ隊の面々は、全員が全員、この通り筋道を立てて考えていたわけではないが、ともかくも姫が必要だという感覚は共有していた。

 絶対に逃してはならない。


 一方の姫は腕を組み、「ほう」と言って威圧する態度で群衆を見渡している。

 内心はパニックである。


(え、なに、わたしが国家元首? 首相? 姫首相? 何言っているのですか、この人達?)


 他方、混乱した頭でも、これだけ多くの人たちが自分に期待してくれている、という事実は、じわじわと心にしみこんでくる。

 サカンが姫に首相職を望んでいる。

 デモ隊の面々も同様に望んでいる。

 みんなみんな自分に期待してくれている。


(それに……)

 と姫は思う。


(どのみち暫定政権の間だけですよね。選挙をやる頃には、みんな冷静になっているでしょう。

 それに、しょせんわたしは子供ですし、実質お飾りにすぎないですよね、王位と同じで形式的なものなのでしょう。

 第一、これだけの大人の皆さんが声をそろえて期待してくれていることなのですから)

 と思う。


 そうして、だったら……という気になってくる。


 最後に姫はアコビトを見た。

 少女が不安そうな顔をしていれば、群衆の期待を蹴飛ばしてでも、断るつもりでいた。

 アコビトは目をきらきらさせ、「よくわからないけれども、お姫様、すごい!」と言った。「すごい、すごい!」と言った。

 期待の言葉だった。


 姫は国家元首の座の受諾を決めた。

 肩書きは首相であった。

 以後、彼女は姫首相と呼ばれることになる。


 その日の夕方、総統官邸のバルコニーで姫は首相就任を宣言し、その様子はネットやテレビで中継された。

 反対する国民はほとんどいなかった。

 むしろ熱烈に歓迎された。

 自分たちが追放してしまった王家の美しい姫が、悪い独裁者を自らの血を流しながらも劇的な活躍で打倒したというのは、まさに神話の英雄が現代によみがえったかのごとき印象を国民に与えた。

 加えて彼らはサカン達と同じく、この混乱した十字国をまとめる強力な指導者は姫首相しかいないだろうと感じていた。


 姫首相は何度もこれは暫定政権に過ぎないと主張したが、誰も聞いていなかった。

 みな、ただ「姫首相万歳!」と叫ぶのだった。

読んでいただき、ありがとうございます。

また明日、投稿します。

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