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第45話 残り香

 姫首相の演説後、初となる共感会議が開かれる。


 はじめに、停電問題についての報告がなされる。

 政府は電力会社に対し、原因究明と問題解決のための調査委員会を送り込んでいた。

 その彼らが言うには、電力会社の技術者、及び電力会社に機械を納入している会社の技術者達にどれほど問いただしても、一様にこう答えるのだそうだ。


「発電や変電や送電に必要な機械が壊れました。直すことも、新しく作ることもできないので、中古の機械をあちらこちらから都合をつけて持ってきて、なんとか急場をしのいでいます」


 どうして直すことも作ることもできないのかを問い詰めても、我々にもわからないと答えたり、どうもちょっと、と言葉を濁したりする。

 中にはぶん殴って、あるいは脅して、いいから機械を何とかしろ、できないのなら理由をはっきり説明しろ、と言って、真相を吐かせた者もあった。しかし、そうやって聞き出した真相は、共感政策と真っ向から対立するものであったため、聞き出した者たちも怖くなって口をつぐむ。

 それゆえ、外からは、技術者達が訳の分からないことを言っているようにしか見えない。


「半年前、国内の一部の工場が動かなくなった時と同じです」

 ジョセイヒは言う。

「あの時は、工場の技術者達が、機械を作ることも直すこともできない、と言っていました。なんでできないかは自分達にもわからない、とも言っていました。

 今回もそれと同じです。関連する技術者達が皆、澄んだ水に入ったドロキンのように、おかしくなってしまっているのです。ゆえに、彼らにいくら質問しても、あるいは強引に問い詰めたとしても無意味です」


 そこまで述べると、ジョセイヒは、電力関係の技術者達もまた共感診療を受けるべきだと言う。無論、全員いっぺんに治療を受けさせると、現場から人がいなくなってしまう。電気が止まってしまう。それゆえ、交代交代で、という形になるであろうが、ともかくも治療を受けるべきだ、と言う。


「おっしゃっていることはわかりますわ。ですが」

 マスノが疑問を呈する。

「治療に効果があるんですの?」


 半年前から、品不足の原因となった工場の技術者達には、共感診察を受診するよう通知を出している。強制的に受診させるための法的根拠がないため、あくまで依頼である。

 進んで受診する者はほとんどいなかった。

 そこで、サカンに命じて、大急ぎで強制受診させるための法案を準備させた。法は三か月で成立した。これにより、政府の指定した条件を満たす者は、共感診察の受診が義務となった。

 こうして問題の技術者達はそろってカウンセリング、投薬などによる治療を受けた。報告によると、治療は順調に進んでいるという。その証拠に、早い者では一週間もすると医師から治療完了のお墨付きを得て、現場に復帰した。


 けれども、問題は解決しなかった。

 機械が壊れて工場のラインがストップしてしまった問題に対し、技術者達の態度は治療前と変わらなかったのである。彼らは、うーんとうなったり、わかりませんねと言ったりするばかりだった。なんら具体的な対策を講じなかった。


 治療に失敗したのではないかと疑われる。もう一度受診させ、二度目の治療を受けさせる。

 けれども、やはり解決しない。技術者達は問題解決のための有効な手立てを打ち出すことができない。

 治療すれば何とかなるはずではなかったのか? 何も変わっていないではないか!


 このように、ジョセイヒのドロキン理論に疑義が生じていたのである。


「どうなのだ、ジョセイヒ?」


 姫首相が、その点を問う。

 ジョセイヒは少しも慌てた様子を見せず、にっこり笑ってこう答えた。


「臭いって結構残るものなんですよ」


 きょとんとした顔が並ぶ。

 ジョセイヒが何を言いたいのか、誰も理解できなかったからだ。


 当のジョセイヒはさほど気にした様子もなく、ごく自然とパックを取り出すと、ふたを開けた。

 とたん、臭気があたりに満ちる。におい魚である。およそ四年ぶりに嗅ぐ強烈な臭気に、一同は油断していたこともあり、姫首相以外の者は皆、のけぞるようにして鼻をふさぎ、顔をしかめる。


「ちょ、ま、またですか?」


 グルメのヤメルセンは、食欲がしばらくなくなるこの臭いを特に苦手としていた。少しでも臭気を遠ざけようと、ほとんど効果がないとわかっていても、顔の前で手をパタパタ振る。


「臭いですよね」


 ジョセイヒはにこにこしながら言う。


「それがわかっているなら」

 とリストが言う。

「なんとかしてください!」


 ジョセイヒは「はい」と笑って言うと、さっと立ち上がって窓を開け、換気扇をつける。やがて会議員達は、おそるおそる鼻から手を放し、臭気がないことを確かめると、ふぅ、と大きく息を吐き出した。


「それで? これは一体何の真似だ?」


 一同の気持ちを代弁するように、姫首相が鋭い目つきで問いただす。


「はい、今お答え致します」


 そう言うと、ジョセイヒは電話を取り出し、通話先の誰かに向けて、会議室に来るように依頼する。

 ほどなくしてノックの音と共にドアが開き、四十歳ほどの男が顔を見せる。


「紹介します。こちら、首相秘書のひとり、カツエルさんです」


 姫首相は無論、この男の顔を知っている。

 ただ、どうしてここに呼ばれたのかは理解していない。

 当のカツエル自身も、とまどっている。彼はただジョセイヒから来るように頼まれただけである。


「さて、カツエルさん」

 そんなカツエルにジョセイヒが問いかける。

「この部屋、臭いですか?」


 カツエルは二度三度まばたきをする。

 質問そのものの意味は理解できる。ただ、なぜ今この問いが発せられたのかがわからない。

 それでも、何かしら、答えねばならないものを感じたのだろう。こう答えた。


「臭いですな」

「どういうことですか?」


 リストが驚きの声を上げる。つい先ほど空気を入れ換えたことで、きれいさっぱり悪臭は去ったものとリストは考えていた。その証拠に、彼の鼻は少しも臭気を訴えていない。

 けれども、カツエルは臭いと言う。


「簡単なことです」

 ジョセイヒが説明を始める。

「強烈な臭いというのは、かぎつづけると鼻が慣れてしまうんです。そのうち何も感じなくなってしまう。みなさんは、さきほどまで強烈な臭気にさらされていました。それゆえ、嗅覚が鈍くなってしまっているんです。

 ですが、におい魚の臭いは本当はまだ残っている。カツエルさんを見ればわかる通り、鼻を押さえるほど強烈なものではない。ですが一方で、臭いとはっきり断じられる程度に、臭気はまだ漂っているのです。

 あ、カツエルさん、ありがとうございました。後であらためてお礼に伺います」


 カツエルが首をひねりながらも一礼して部屋から去ると、ジョセイヒは言った。


「つまり、こう言いたいのです。

 かつて工場には共感できない連中が大勢いました。そうして、におい魚のように強烈な臭気を放っていました。

 今や、そういった連中はまとめて一掃されました。

 けれども、残り香が残っているのです。共感できない連中が残した書類や工具、彼らの組み立てた機械や書き残したメモ書き、彼らの作った規則や習慣、そういったものが本人達が去った後も残り香として漂い続けていたのです。

 これで全て説明できます。工場の技術者達は、まず共感できない連中が去ったことで急激に臭気が薄まり、おかしくなった。そこで治療を受けたのだけれども、戻ってきたら今度は残り香の臭気でまたおかしくなった。外部から雇った技術者も、この残り香で同様におかしくなった。

 おかしくなったから、機械を直せない作れないなどと訳のわからないことを言い出す。機械が直せないから、品不足になったり、停電したりする。つまりはこういうことなのですよ」


 会議員達は、しばらく黙っていたが、次第にジョセイヒの言葉が頭に染みこんでいく。理解していく。なるほど、とうなずいた。さすがはジョセイヒさんだ、そう考えれば全てつじつまが合う、という声も聞こえる。


「今までこのことに気づかなかったのは、わたしの浅慮の限りです。ですが、こうして原因に気がついた今、全力を挙げて問題の解決に取り組みたいと考えています」

「して、どう解決するつもりなのだ?」


 姫首相が問う。


「はい、それなのですが」


 ジョセイヒは、調査をしたいのです、と申し出た。

 ひとつ思い当たることがある。そのために調査がしたい。ひいては恐縮だが予算をつけて頂き、自分を派遣して頂きたい。事情につき、どこへ行って何をするかは、今はまだ話せないが、これこそが問題を解決に導く最善にして唯一の方法であると信じている。一ヶ月もあれば答えを持って帰ることができるはずだ。

 おおよそこのような意味合いのことを丁寧な口調で言う。

 会議員達は、ジョセイヒさんが言うなら、と賛成の意を示す。


 姫首相もまた鷹揚にうなずくと、

「よかろう。任せる。来月の共感会議で一度報告をしろ」

 と言って、ジョセイヒを送り出した。


 ジョセイヒは帰ってこなかった。

 予算として支給した現金と共に、姿をくらましてしまったのである。

いつも「共感」を読んでいただき、ありがとうございます。

また書きます。

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