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第44話 深刻化

 半年が経過した。

 事態は深刻化した。


 これまでは、店から商品の一部が消えた、というものであった。

 それが一部どころではなくなったのである。


 スーパーでもコンビニエンスストアでも服飾店でも家電量販店でも、あなたがよく買い物に行く店の中の様子を思い浮かべて頂きたい。

 陳列されている商品があるだろう。

 それを半分にしてもらいたい。

 十字国の現状はそれである。


 つまるところ、品不足が悪化したのである。

 陳列棚が目に見えてスカスカになった。店によっては、特定の種類の商品がまるきり消えてしまったところもある。蛍光灯が一本もない。タオルが一枚もない。扇風機が一台もない。ゴミ袋がない。塩がない。トイレットペーパーがない。

 日々の生活に不便が生じることになる。

 わざわざ遠く離れた町まで買いに行く者が現れる。インターネット通販で買おうとする者も現れるが、考えることは皆同じであるようで、売り切れが続出する。


 停電も起きるようになった。

 以前は電気が止まることなど、年に一回あるかないかくらいであった。止まるにしても台風だの落雷だのと、たいていの場合、明確な理由があった。

 今は月に一度か二度止まる。理由もよくわからない。ただ不意に止まる。それからまたつく。

 原因はなんだと電力会社にたずねると、発電設備だの変電設備だの送電設備だのの調子が悪いと言う。悪いなら機械を直せと技術者に言うと、ええ、まあ、それはやっています、と答える。そのくせ、すぐ停電が再発する。

 技術者たちの態度に不審と怒りをおぼえ、暴力をふるう者もいた。あやしいな、何を隠しているんだ、吐け、と力づくで真相を聞きだすのである。しかし、そんな彼らも、そうやって聞き出した真相が「共感は絶対的に素晴らしい」という考えを否定するものであることを知ると、口をつぐんでしまう。

 結局、本当のことは、国民の間には知れ渡らない。


 十字国民の内に不安が生じる。いったい何が起きているんだろう、と思う。大丈夫なのか、という心配が生じる。


 かつて姫首相とアコビトが考察したように、十字国民は我慢強い。苦労しているように人から見えるようにしなければならないと、皆思っている。

 品不足であれば、大変なのは誰でも一緒なのだから、そんな中、一人だけわがままを言うわけにはいかない、という感情が働く。


 それゆえ、暴動の類は起きていない。

 店が襲撃されたり、やけになって暴れた住民がそこかしこを破壊して回ったり、といったことは起きていない。

 せいぜいが店員に文句を言ったり、小売店やメーカーに抗議の電話を入れたり、スーパーや電力会社の従業員に対して詰め寄ったりする程度である。


 とはいえ、十字国民にも我慢の限界はある。

 今はまだ命の危険があるわけではない。不便さを耐え忍べば済む話である。

 けれども事態がより深刻になった場合、それでも我慢強さを維持し得るかは不明である。


 国民を安心させるため、姫首相は演説をした。

 堂々たる態度で、街頭の聴衆に、あるいはネットやテレビの前の視聴者に向けて、自信たっぷりに国民を安心させる言葉を言うのである。


「臣民諸君。君たちの不安はもっともである。

 しかし、安心したまえ。政府はしかるべき処置を講じている。万全の対策を取らんとしている。

 詳しくは言えない。言うことで特定の者たちに非難が集中してしまうかもしれないからだ。

 だから、わたしは、ただこう言う。

 わたしに任せろ! わたしを信じろ!

 大丈夫。諸君らは既に共感し合っている。十字国は共感に満たされている。深く共感し合っている我々にできないことはない。

 十字国政府は問題の解決に全力を尽くす。必ずや諸君らを元の生活を戻してみせよう」


 他にもあれこれと語りはしたが、おおむねこのような調子である。

 具体的なことは何一つ言っていない、何の説明にもなっていない、と言われれば、その通りである。

 他の者がこのようなことを言えば、きちんと説明しろだの何だのと非難を受けるに相違ないだろう。

 だが、演説したのは姫首相である。現代に生ける輝かしい英雄であり、その人気は衰えるどころか、ここ数年の共感政策によって高々と増している姫首相である。

 その彼女が任せろと言っている。信じろと言っている。

 群衆は歓声を上げた。拍手を送った。姫首相がああまで言うのだ、安心だ、と隣の者とうなずき合うのであった。


 技術者達は失望した。ある者はうつむき、ため息をついた。ある者は頭を抱えた。

 姫首相は具体的なことは語らなかった。

 それでも、彼女の言うやり方では決して問題は解決しないと、彼らは悟っていたのである。


 後世の歴史家は言う。

 姫首相はこの時、共感政策を捨てるか、せめて一時凍結すべきであったと。


 かつて首相に就任したばかりの頃、姫首相はアコビトと話し合って、政治の正体について次のような考えを得た。

 はじめに国全体を見渡し、現状を把握する。

 次に、現状において、国家の目的が達成されているかを確認する。目的は複数あり、優先度別に別れている。優先度の高い目的から順番に、達成されているかを検証する。

 最後に、達成されていない目的に対し、優先度順に手段を講じる。

 政治とはすなわち、ただこれだけのものであると。


 日常生活と同じである。

 第一の目的が生きることで、第二の目的が芸術作品の創作だとしよう。

 自分の現状を確認したところ、ものすごく体調不良で、一方でここ最近、まるで創作活動ができていないとしよう。

 その場合、まず、第一の目的である生きることが、阻害されている。体調不良を放置すると、どんなことになってしまうかわからない。絵でも描けば、芸術作品が創作できるかもしれないが、それは第二の目的である。まずは生きることが最優先だ。よって、病院に行く。

 元気になったら、あらためて現状を確認する。体調は万全で第一の目的は達成されている一方で、第二の目的である創作活動はできていない。よし、絵でも描こう、となる。

 これと同じである。


 そして、こうも考えた。

 国家の第一の目的は、国と国民の存続である。平和で豊かで、戦争や飢饉とは無縁なことである。

 これが達成されて初めて、第二の目的に力を入れることができる。

 第二の目的とは、十字国民の満たしたい感情を満たすことである。すなわち、共感を満たすことである。


 今、第二の目的は達成された。十字国民は共感し合っている。

 ところが、第一の目的である国民の生存が危うくなってきている。物不足は、まだ不便さを愚痴る程度で済んでいるが、いまだに原因不明であり、このまま深刻化すれば、十字国に致命的な問題をもたらしかねない。最悪、食糧、という物がなくなって、みんな餓死してしまう。

 であれば、第一の目的を最優先で達成すべく、他の目的は放り投げるべきである。とりわけ共感政策は、品不足が発生する直前に実施していた政策であり、もっとも疑わしい。ただちに中止して、第一の目的達成に全力を注ぐべきであった。


 しかし、姫首相は「深く共感し合っている我々にできないことはない」と演説で言った。

 すなわち、共感政策維持の宣言である。国民の生存に全力を投じないという宣言である。

 政府は、というより選抜共感会議は、共感政策に問題の原因があるという疑いは向けていたが、共感政策そのものが間違っているとはまるで考えなかった。ただ、どんな政策にもちょっとした副作用があるのだと考えていた。それゆえ、その副作用に対処さえすれば問題は解決すると考えていたのである。


 技術者達が失望したのは、こういった理由によるものである。

 彼らのうち、ある者は外国への逃亡の準備を始め、ある者は覚悟を決めて真相を訴える準備を始め、ある者は工場の問題を解決すべく技術面での行動を起こすことを決め、そして大多数はそれでも何とかなるに違いない、そんなにひどいことにはならないに違いないと自らに言い聞かせ、何もしなかったのである。

いつも「共感」を読んでいただき、ありがとうございます。

また書きます。

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