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第42話 至急調査しろ

 アコビトが姫首相のもとを去ってから二年が過ぎた時のことである。

 奇妙な報告が姫首相の所に届けられた。


「品不足だと?」


 にこりとも笑わず、威圧的な視線で二十三歳の姫首相が問い返す。

 アコビトがいなくなって以来、素を出せるのは、もう一人きりの時しかない。ジョセイヒとも以前ほど気安い関係ではない。アコビトと別れた一方でジョセイヒと仲良くするのもためらわれるからである。

 ゆえに寂しい。

 寂しさを紛らわすため、他者の期待に今まで以上に応えることで、人とのつながりを感じようとする。十字国民が求める強くて冷徹な国家元首を、より一層演じるべく、より一層冷然とした態度を取るのである。


「はい、品不足です。それも全国的に散発しています」


 姫首相の問いに、報告者のサカン補佐官が答える。

 サカンが言うには、こうである。


 このところ、十字国中のスーパーマーケットやコンビニエンスストアといった小売店で、店頭に並べられている商品が減っている、という現象がところどころで発生しているのだと言う。

 深刻なものではない。

 例えばAというメーカーのビールはまるで見当たらない一方で、Bというメーカーのビールは何ら不足がない。Cというブランドのティッシュペーパーが商品陳列棚を埋め尽くすように並べ立てられているのに対し、Dというブランドのティッシュペーパーは棚の奥を掘り起こしてようやく最後の一個が出てくる。

 それゆえ大した問題でないと言えば大した問題ではない。

 ただ、国の到るところで同様の現象が起きているのが気になる。何かの火種が潜んでいるかもしれない。


 ここまで言われれば姫首相にとってやることは自明であった。

 ただちに命ずる。


「至急調査しろ」

「ははっ」


 サカンが退去したあと、姫首相は考える。


(小売店の店員が怠けているのではないでしょうか?)


 姫首相は、国民みんなが共感し合える環境を十字国に構築した、と思っている。

 あらゆる調査の結果が、国民の共感度、すなわち国民の一人一人が日頃どれだけ共感を感じているかを示す数値なのだが、これの向上を示している。のみならず、満足度と幸福度の大いなる上昇も示している。

 それが、かえって国民を共感に安住させ、堕落させてしまったのではないか、と考える。平和ボケならぬ、共感ボケである。


 ところが、調査の結果は予想外のものであった。

 サカンはこう報告した。


「我々はまず、幾人かの小売業者に話を聞きました。すると彼らは口をそろえて『卸売業者から商品が仕入れられない』と言います。

 そこで我々は卸売業者、つまり商社だの問屋だのを複数たずねて、それぞれ話を聞きました。みな、こう言います。『メーカーから商品が仕入れられない』と。

 であればと、いくつかのメーカーにおもむき、問い合わせます。彼らは彼らでこう言います。『うちの製造部門、つまり工場から製品が上がって来ない』と。

 そして工場に行くと『製品を作る機械が壊れて動かせない』と言うのです」


 しばしの沈黙ののち、姫首相は冷たい声で言い放った。


「なんだ、それは?」

「その……言葉通りでございまして」


 工場は製品を作る施設である。

 今の時代、製品は主に機械を使って作る。大きな機械がゴウンゴウンと音を立てて、材料が加工され、部品同士が接続され、組み上がった物品をベルトコンベアやロボットアームが運んでいく。

 その機械が壊れたから製品が作れない。製品が作れないから、卸売業者も仕入れることができない。卸売業者に品物がないから、小売店にも品物がない。

 サカンはこう言っているのだ。

 姫首相は意味がわからない。


「機械が壊れたなら直せばよかろう」

 ごく当たり前の解決策を示す。

「新しく作ってもよいし、どこかから買ってきてもよい。やり方は色々あるではないか」


「そうなのですが……」


 サカンは言う。

 メーカーの工場の機械は、自社製と他社製の二種類がある。要は、自分で作るか、よそから買うか、という話だ。

 サカンの部下が訪れたメーカーでは自分で作っていた。工場の機械を作ることを仕事としている技術職の社員たちは、工場に常駐し、新しい機械の開発やテストをやる。既存の機械でトラブルが起きた時のメンテナンスも行う。

 その彼らがこんなことを言うのだ。

 ともかくも機械を直すことはできません、作ることもできません、どうしようもありません、と。理由を聞いても、できないものはできないのです、無理なのです、と言う。

 経営陣は困っている。物を作って売るのがメーカーの仕事だ。物を作る機械が壊れたままでは、売る物がない。倒産するしかない。


「何を訳のわからないことを言っているのだ?」

 姫首相は射貫くような視線で問う。

「技術者どももそうだが、経営者どももそうだ。いいから直せ、と社長が一言命令すればよいではないか。命令できない経営陣に何の意味がある?」


「誠にその通りでございます」

 サカンは同意する。

「実際、経営者は命じたのです。技術者達に製品を作る機械を新しく作るか、修理しろと言いました。技術者達は首を横に振りました。

 だったらよそから機械を買えと経営者は言いました。すると、うちの生産方式は特殊で、よその機械でどうにかできるものではない、と技術者たちは言います。

 しまいに経営者は、やり方は任せるし金も出すから、とにかくなんとかしろと命じました。それでも返ってくる答えは、それはちょっと、であったり、難しいですね、であったりします。

 経営者は脅します。命令に従え。できないなら、きちんと理由を説明しろ。でないと、労働契約の債務不履行でクビにするぞ。そう脅します。ですが、反応は変わりません。


 とうとう経営者は、現場を見限ります。技術者たちをクビにして、他の部署から人を引っ張ってきたり、新しく人を雇ったりします。任せてください、と新しく来た彼らは言います。きっと何とかしてみせます、と。

 ところが、一ヶ月もすると、やっぱりちょっと、と言います。これはちょっとどうにも、と言います。なぜ無理なのかとたずねても、やはりどうにも少々難しくて、としか返ってこないのです」


 技術者達がこのような態度を取るのは、彼らなりの理由がある。

 実のところ、技術者達、とりわけベテランの者達は、その多くが事態の真相を把握していたのだ。

 しかし、その真相とは、共感は絶対的に素晴らしいという思想を否定するものであった。そんなことを口にしたらどんな目にあうかわからない、と考えていた。

 かつて駅前で共感政策を理路整然と批判していた技術者が命を落としたことを、彼らは覚えていた。「共感の正体」と題する論文を書いたテイゼンの末路がどれほど悲惨なものであったかを、彼らは忘れていなかった。

 それゆえ、下手なことは言えないと、技術者達は口をつぐんでいたのである。


 無論、全員が全員、口をつぐんでいたわけではない。

 政府の調査員をつかまえて、勇気をもって自ら進んで真相を話した技術者もいた。調査員の中にも、あの手この手で、どうにかして真実を聞き出した者もいた。


 けれども、そうやって話された真相は、姫首相ら上層部に伝わることはなかった。

 調査員達もまた、真相に恐れを抱いた。これを明かせば、共感を否定することなる。それが怖かったのである。

 彼らの大半は、調査結果を握りつぶした。中には恐怖を乗り越えて報告した者もいたが、結局は上司か、せいぜい上司の上司のところまで行ったところで握りつぶされてしまったのである。


 調査員を介さず、直接訴えた技術者もいた。彼らは、マスメディアに直に訴えたり、インターネット上に真相を掲載したりした。

 が、これらも結果は同じであった。マスメディアは、共感を批判するような話を取り上げたいとは思わなかったし、ネット上の記事は当局によって即座に削除された。掲載した者らは共感認定証を取り上げられ、職も住居も失うことになったのである。


 以上の事情により、姫首相は、技術者達の気持ちを知ることはなかった。

 サカンの話を聞き終えた姫首相は、しばらくの間、黙っていたが、やがて不機嫌そうなため息をついて、こう言った。


「つまるところ技術者達が怠けているということか」


 姫首相は事態の原因をそう解釈した。

 サカンが異議を唱える。


「しかし、問題が起きているのは、ひとつのメーカーだけではありません。複数のメーカーの工場で、同様の問題に悩まされているのです。

 中には機械を自社開発ではなく、よそから買っているメーカーもありますが、同じです。そのメーカーは、機械が壊れ、購入先に修理を依頼したところ、できないと返されてしまいました。なら新しく買おうと言うと、それもできないと言われます。理由を聞いても、とにかくできないの一点張りです。

 こんな現象があちこちのメーカーで起きているのです。それだけ多くの製造現場で、同時に技術者らが怠けるということがあるのでしょうか?」


 姫首相は考える。


(となると、いったい何が問題なのでしょうか? こんなこと、わたしの知る限り、今までどの国の歴史を見ても起きていません。前例がないとなると、十字国独自の問題ということになります。独自の問題……共感政策でしょうか? 共感政策が何か変な影響を与えてしまったのでしょうか?)


「その技術者どもとは会ったのか?」


 姫首相はたずねる。


「はい、私自身、いくつかのメーカーの工場をたずね、何十人と会っています」

「どうだった?」

「……申し訳ございません。どうだった、とは?」

「つまり、その技術者どもは、共感できる連中だったか?」


 この時期、姫首相は、自分自身を、共感の守り手たることを期待された存在だと考えていた。

『この共感に満たされた我が国を守ってください』

『共感できないものが除かれて綺麗になったこの国を、子供達のために未来に残してください。期待しています』

 そういう主旨の声援を支持者達からかけられたことが幾度となくあったからである。

 それゆえ、姫首相は何か問題が起きると、大事な「みんなが共感し合える社会」に何かトラブルが起きたのではないかと、まずそこを疑う習慣がついていた。


(共感できないと疑われるものは、徹底して調査しなければなりません)

 姫首相はこう考えていた。


 サカンはそこまで姫首相の内心を理解しているわけではないが、共感に関わることであれば、十字国では真剣に対処しなければならない。しばし考え込む仕草を見せたが、やがてこう答えた。


「特に問題はありませんな」

「本当か?」


 姫首相の瞳が鋭くなる。


「本当です」

 サカンは答える。

「実を言うと、技術職の人間は、全体的に共感認定試験の合格率が低かったと記憶しています。十字国全体だと合格率97パーセントのところを、確か91パーセント程度だったと。しかし、それでも11人に10人は合格していますし、残りの1人はギッカジョーらに引き取られて十字国外です。何の問題もございません」


「なるほど。サカンがそこまで言うなら信じよう」


 姫首相はうなずいた。うなずいたが、しかし、サカンの言うことが真実だとしても、共感にまつわる問題が何かあるのではないか、という疑念は消えなかった。


(この問題は、共感会議で話し合う必要がありますね)


 姫首相はそう思うのだった。

いつも「共感」を読んでいただき、ありがとうございます。

また書きます。

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