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幕間 ハンドガン取材記

 今回登場する『筆者』は、この小説の投稿者の【からくらり】ではなく、作中世界の人物です(つまり実在の人物ではなく、架空の人物です)。

 この小説に実在の人物は一切登場しません。

 十字国はなぜ滅んだのか?

 この疑問に対する著名人達の意見を伺いたく、筆者は取材に向かった。


 ――前回の幕間に続き、また、こうして筆者が登場することを許していただきたい。


 はじめに会ったのは、十字国の元独裁者ゼンブ・メジリヒトである。

 メジリヒトは革命時、ボメイ王国に財産を持って逃れると、屋敷を構え、豊かに暮らしていた。


 もっとも、革命から既に二十年近い歳月が過ぎている。

 かつては近くに家を構え、頻繁にメジリヒトと会っていたという側近達も、今は様々な事情で去り、かつて一国を支配していた頃と比べればひっそりとした生活を、使用人達に囲まれながら送っていた。


 筆者はかつてボメイ王国に招かれたことがある。

 その際、この国の王族と知己を得ることができた。今回、取材をすることが出来たのも、その縁のおかげである。


 今回の取材において、ボメイ王国での初めの数日間は、いくつかの義務を果たすことに費やされた。

 パーティーに参加し、「やあ、あいかわらずお美しい」などとリップサービスを口にする王子たちと適当に談笑する、などである。


 それらが片付くと、筆者はメジリヒトの邸宅に向かい、元独裁者との面会を果たした。

 メジリヒトは既に八十歳を越えている。頭髪は薄くなり、彫りの深い顔にはしわが数多く刻まれている。が、変わらず健康に見える。肉をたくさん食べていそうである。今でもリンゴを片手で握りつぶせそうである。

 もっともメジリヒトが実際にリンゴをつぶすところを見たことはない。

 筆者が目にしたことがあるのは、演説したり、高いところから拍手したりする姿だけである。

 それもテレビ越しだ。

 初めは、両親と共に暖かな家の中で大画面越しに見た。のちに、冷たい部屋の中で、汚れた格好をしたたくさんの子供達と一緒に、小さな画面越しに見た。

 ただそれだけである。


「あんたが」

 とメジリヒトは会うなり言った。


 この男が筆者に会うことにしたのは、王族の口利きがあったからというだけでなく、筆者の経歴を面白がったから、というのもあるらしい。あんたが、という言葉には、その気持ちが込められているのだろう。

 筆者とメジリヒトは今、彼の邸宅の一室に二人きりでいる。使用人達は外に出されている。どういう心境で、彼がそうしたのかはわからない。


 本書を書く上で必要な取材を済ませると、筆者は最後にこう尋ねた。


「どうして十字国が滅んだと思いますか?」


「決まってる」

 メジリヒトは楽しそうに笑いながら言った。

「俺がいなくなったからさ」


 シンプルな回答だった。


「そうでしょうか?」

「そりゃそうさ。俺がずっと総統のままだったら、少なくとも、あんなことにはならなかっただろう?」


 なるほど。事実である。

 とはいえ、すんなり受け入れるわけにはいかない。


「しかし、あなたは国民を虐待した。金持ちから財産を奪ったり、指導力のある人間を虐殺した」

「そんなのどこの国でもやってるだろう? 上品ぶった民主主義国だって、検察庁が気に入らない目立つやつを犯罪者に仕立て上げたり、マスコミがねつ造ニュースで個人や企業を社会的に抹殺して自殺に追い込んだりしているだろうが。俺のやっていることと何が違う?」

「露骨な虐殺よりは何倍もマシです。あなたの主張は、盗みをやっているやつがいるから、俺だって人殺しくらい構わないだろう、と言っているのと同じではないですか?」

「そうだなあ」


 メジリヒトは左右の手のひらを顔の前で合わせ、うつむきながら、うーんとうなった後、こう言った。


「世の中ってのはなあ、いじめを必要としているんだ」

「いじめ?」

「ああ。学校でもいじめってあるだろう? 批判はされているが、なかなかなくならない。国家でも同じさ。国民の誰かがいじめられる。差別とか冷遇とか形はいろいろだが、とにかくいじめられる。どうせいじめがなくならないなら、国が適切にいじめを管理した方がマシだと思わんかね?」

「あなたのしたことがそれだと? 適切な管理と言う割に、ずいぶんと大勢を殺しているようですが」

「最初は上手く行かないものさ」

「そもそも、いじめをなくそうとはしなかったんですか?」

「姫首相がそれをやっただろ? 共感し合える人間だけの国を作って、いじめをなくした。その結果が、あれさ」

「そうですか。ところで……」


 筆者はそう言うと、スカートの中からハンドガンを取りだした。金属探知機に引っかからない特殊な銃である。

 メジリヒトは「おいおい……」と驚いた声を出したが、それでも暴れたり騒いだりせず、じっと筆者を見据えてていた。

 メジリヒトが筆者と二人きりになったのは、もしかすると、小娘相手に怖がっていると思われたくなかったからかもしれない。あるいは、まさか本当に自分を害するようなことはしないだろう、とたかをくくっているのかもしれない。

 いずれにせよ、筆者は銃口を突きつけ、こう言った。


「そのいじめの結果、わたしの両親が死んだのはご存じですか?」

「……あ、ああ」

「わたしが、今、あなたをいじめて差し上げましょうか?」

「……よせや」


 メジリヒトは首を横に振って言った。


「あんた、こんなことをしに来たんじゃないんだろう?」


「そのはずだったんですけどね」

 筆者は肩をすくめながら言った。

「実は自分でもよくわからないんですよ」


「い、一応言っておくが、俺が死んで、脳波か鼓動が止まると、屋敷ごと吹っ飛ぶ仕掛けになっているぞ?」

「まあ、それもいいんじゃないでしょうか。運試しと思ってください」


 そう言うと、筆者は銃の引き金を引いた。

 轟音と共に、弾丸はメジリヒトの耳をかすめ、壁に大きく穴を空けた。

 銃というのは難しい。反動で尻もちをついてしまった。

 銃口を向けつつ、立ち上がりながら、筆者は今一度たずねる。


「ちなみにもう一度聞きましょう。十字国が滅んだ理由は何だと思いますか?」


 メジリヒトは、さすがに死にかかったことに、肝を冷やしたのだろう。片手で耳をおさえながら、ふぅ、ふぅ、と息を荒くしていたが、筆者の問いかけに、こちらを真っすぐに見て、こう答えた。


「……俺がいなかったからさ」

「ですよね」


 筆者はそう言うと、部屋から出て行こうとした。


「……あ、ああ、待て待て」


 メジリヒトが慌てたように引き留める。


「そこの床の下、そこが抜け穴になっている。今の銃声で使用人達が騒いでいる。そこからなら、誰にも見つからずに、近くの公園の茂みの裏から出られるぞ」

「それを信用しろと?」

「俺は事実を教えただけだ」

「まあ、いいでしょう」


 筆者は抜け穴に入り込んだ。

 メジリヒトの言葉に嘘はなかった。

 筆者は公園に出ると、そのままタクシーを捕まえ、ボメイ王国をあとにした。



 次に取材したのは、十字国の元首相補佐官ホーツ・サカンである。

 彼は十字国の生き残った閣僚の一人であり、母国の滅亡に対して責任を問われる立場だった。

 それゆえ、今は、名を変え、顔を変え、目立たぬよう、ひっそりと暮らしている。

 筆者が彼に会うことが出来たのは、いくつかのツテのおかげである。


 築五十年くらい経っていそうな狭い賃貸マンションに住むサカンのもとを筆者が訪れた時、彼は随分と驚き、狼狽していた。

 筆者の誠意あふれる態度とハンドガンにより、「今の名前も住所も明かさないこと」を条件に、サカンは取材に応じた。


 見た目通り狭い彼の住居に招かれ、薄汚れたテーブルをはさんで向かい合い、さて、と言って質問を始めようとした時、サカンの手が震えていることに気がついた。


「お体の具合でも悪いのですか?」

「最近は重い荷物を運ぶ仕事ばかりやっているんでな。ちょっとばかり手の調子が悪いんだよ」


 筆者はサカンを見た。

 もう六十代後半という年齢だろう。トレードマークのピンと逆立った髪は、だいぶ抜け落ちていて、使い古してぼろぼろになった絵筆のようになってしまっている。


 取材は順調に進んだ。

 かつて「姫殿下、どうか殿下が国家元首におなりください!」と叫んだその声は、今はもうずいぶんとかすれて、ところどころ聞き取りづらくなっているが、それでも大きな支障はなく取材は進んだ。

 最後に筆者はこう尋ねた。


「十字国が滅亡した原因は何だと思いますか?」

「わからん!」


 この質問を予期してのことだろうか。

 サカンは即答した。


「まあ、断定は難しいでしょうね。なので、個人のなんとなくの主観でいいですよ。滅亡した理由は何だと考えますか?」

「わからん!」


 また即答する。

 これまでの質問は、おおよそ理知的な回答をしてくれていた。

 急におかしくなったのはどうしてだろうか。


「わたしのことが嫌いになったんですか?」


 離婚前の夫婦のようなことを尋ねてみる。サカンの反応はない。


「実はあなたが十字国滅亡の黒幕だったんですか?」


 やはり反応はない。


「自分の人生が何だったのか、わからなくなってしまうからですか?」


 サカンがほんの少し息をのんだ。

 これか、と筆者は思った。


 サカンは姫首相を補佐してきた。後半生はそれに捧げたと言っても良い。

 もし、十字国の滅亡が姫首相にあると答えてしまうと、その姫首相を補佐してきた自分の人生は一体何だったんだ、あれだけ汗を流してかけずり回った時間は十字国を滅ぼすためのものだったのか、となってしまう。認めるわけにはいかない。

 一方で、滅亡の原因が自分にあるとは言えない。彼は、姫首相の示したレールを実現すべく、走り回っていただけで、自らレールを引いたわけではない。自分が原因だと言ってしまっては、嘘になってしまう。

 それゆえ、サカンは「わからん」としか答えられなかったのだろう。


「ありがとうございます」


 筆者はそう言って席を立った。


「……ああ」

 とだけサカンは言った。


「ああ、それから」

 筆者は別れ際、振り返らずにこう言った。

「あなたは悪くありませんよ」


 サカンがどんな顔をしていたかは、見ていない。



「んんー、めずらしぃ、お客さんだねぇ?」


 カズエースは、十字国から亡命したあとに勤め始めた海外の大学の数学科に、今でも籍を置いていた。

 特別教授というよくわからないポストを得ており、教授会議にも出席せず、学内を徘徊したり、ふらりとどこかに出かけたり、と気ままに過ごしているようだ。

 それが許されているのは、半分は彼の能力ゆえだろう。


「あなたのことはぁ、聞いてますよぉ? うふふ」


 四十歳を過ぎているのに、変わらずもじゃもじゃの頭とよれよれの白衣を着て、時折顔を斜め下に傾けながら、カズエースは楽しそうに話す。

 正直、ドタキャンされてもおかしくないと思っていただけに、こうしてインタビューにこぎ着けることができたのは、ありがたい話であった。


 共感会議員マスノが、カズエースの十字国時代の勤め先であるヒロジロ大学にやってきた時の話を中心に取材を進める。

 それらが片付くと、こんな質問をした。


「なぜ十字国が滅んだと思いますか?」

「ゼロをかけたからさぉ」


 カズエースは答えた。


「ゼロを?」

「そうだよぉ? ゼロを掛ければ、どんな数でもゼロになっちゃうだろぉ? 十字国がやったのはそういうことさあ」


 数学者らしい回答ではあるが、今ひとつ具体性がない。


「もう少し詳しくお願いできますか?」


 カズエースは答える代わりに、壁にべったり身体を預けると、ほおずりを始めた。


「んんー、この壁。摩擦係数はいくつなんだろうねえ」


 答える気はなさそうだ。

 何度か手を変え品を変え、質問をしてみたが、反応は変わらない。

 攻め方を変えてみることにした。


「あなたのそれ」

「んんー?」

「演技ですか?」

「んんー?」


 筆者はこう考えていた。

 カズエースが特別教授などという立場で自由に振る舞えているのは、半分は能力ゆえのものだろうが、残り半分は、その奇矯な性格ゆえのものだろう、と。

 こいつなら仕方ない、と周りから思われることで、大学勤めに伴うわずらしい事務作業だの会議だのから解放され、自由な立場を手にしているのだろう、と。

 であれば、もしかすると、奇矯な性格は演技で、自由な立場を得るためにわざとやっているのではないか、と思ったのだ。


 筆者はスカートの中からハンドガンを取り出すと、カズエースに突きつけた。


「もう一度だけ聞きます。演技ですか?」

「んー、この銃はぁ、なんですかぁ?」


 カズエースはおじぎするように頭を下げた状態から、斜め上に顔を上げ、じろじろと銃口に視線を向けてくる。

 その様子は、普段とまるで変わりがない。

 銃を突きつけられているにしては異常なくらいに、まるで変わりがない。


「……失礼しました」


 筆者は銃を下げると、カズエースに差し出した。


「んんー? これはぁ?」

「わたしのポリシーです。銃を突きつけるべきでない相手に突きつけてしまった場合、その相手に銃を差し出すことにしているんです」

「差し出して?」

「あとはお任せします」

「ふぅむ」


 カズエースはハンドガンを受け取り、しばらくじろじろと眺めていたが、突然銃口を筆者に向け、引き金を引いた。

 カキンと音がして、弾丸が飛び出し、筆者の胸にポコンと当たる。

 プラスチックの弾が床をコロコロと転がる。


「やっぱり、これ、おもちゃの銃じゃないですかぁ」

「あなたに向ける理由はありませんからね」


 筆者は笑顔を向けながらも、「やっぱり」ってことは、もしかしたらおもちゃの銃じゃない可能性もあると思っていて、それで引き金を引いたのだろうか、と思った。



 ボス・ギッカジョーの取材は、半ば諦めていた。

 今回の取材対象の中で、現在最も社会的地位が高いのは彼である。

 今や彼は一国の重要人物であり、軽々しく会える存在ではなかった。


 そのため、五分だけならという約束ではあったが、取材の取り付けに成功した時は驚いた。

 取材場所が、夜の橋の下の河原、という奇妙なところであることも、気にはなったが無視した。


 時間通り、指定された場所で待っていると、エンジン音が聞こえてきた。

 ほどなくして、一台のバイクが、キキーとブレーキ音を響かせながら、目の前で止まる。

 ヘルメットを外して出て来た顔は、まさしくギッカジョーであった。

 もう六十歳は過ぎているだろうに、エネルギッシュそのものである。


「びっくりしました。まさか一国の……」

「SPがいないほうがいいと思ってな。振り切ってきた。さて、時間がねえ。取材だろ?」

「ええ」


 筆者はそう言うと、これだけは絶対に聞いておきたいと思っていた二つの質問のうち、まず一つ目を投げかけた。


「あなたは、十字国と自分自身が、今のようになることを、あらかじめ予想していたのですか?」


「まさか!」

 ギッカジョーはにやりと笑って言った。

「そんなわけねえだろ」


「本当に? あなたの取った行動はまるで……」

「本当さ。未来なんて誰にもわからねえ。俺はただ、できるだけのことをしようとしただけさ」


 ギッカジョーは両手を横に広げて言う。

 できるだけのこととは? と聞こうとしたが、彼の表情から、これ以上の答えは得られそうにないような気がした。

 質問を変える。


「では、十字国が滅んだ理由は何だと思いますか?」

「姫首相のせいだろ」


 これまで取材してきた中で、もっとも直球な回答が返ってきた。


「他に何があるって言うんだ?」

「ですよね」


 否定は出来なかった。


 ふと、今この場でハンドガンを突きつけたらどうなるだろうか、と思った。

 どうもしないだろうな、と思った。

 にやりを笑って、それからきっと、投げ飛ばされるか、関節を極められるかされてしまうんだろうな、と思った。

 利き手がダメになったら、原稿は音声入力で何とかなるにしても、本業のほうが困る。

 第一、彼には、冗談でも突きつける理由がない。


 ギッカジョーとは別れ際、握手をした。

「まあ、元気でな」と言った。

 もしかしたら、彼もまた、わたしの経歴を面白がって、取材を受けたのかもしれない。


 ギッカジョーが去った後、わたしは誰もいない夜の河原で、川の水のざあざあと流れる音と、頭上の橋を走る車のエンジン音を耳にしながら、これまでの取材のことを振り返っていた。

 本書がどのようなものになるかは、この時はまだわからなかったが、少なくとも書き上げることはできそうだと思った。

いつも「共感」を読んでいただき、ありがとうございます。

また書きます。

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