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第33話 におい魚をどうするか

 姫首相が命令すると、共感会議員達は、ジョセイヒ案への意見を述べ始めた。

 どれも賛意の声である。


「いやはや、驚きました」

 会議員の一人が、感心したように言う。

「実のところ、私はこれまで、共感できない人、というものに随分悩まされてきました。何しろ事実、共感できないんですからね。話していると、なんとなく気分が悪くなるし、憂鬱にもなる。

 昔勤めていた会社で、平和だった部署に新しい社員が一人配属されました。その人は、言うことも、やることも、雰囲気も、まったく共感できないような人でね。そいつが一人いるだけで、部署の空気がいっぺんに悪くなりましたよ。

 でも、ああいう人をなんて言えばいいんだろう? どう表現したらいいんだろう? それがわからなかったんです。

 今、ジョセイヒさんのおかげでわかりました。あれは、におい魚です。周囲に与えるあの悪影響。『そうそう、共感できない人って、こういう感じなんだよ』って、膝を打つ思いでしたよ」


「あ、それ、わかります」

 と、別の会議員が言う。

「わたしも、少し前のことなんですけれど、気の合う友達同士で旅行に行く計画を立てていたんですよ。

 ところが、そこに、急きょ、一人加わったんです。その一人というのが、まあ要するに共感できない人でね。いやもう、話していても愛想笑いしか出来ないというか、まったく楽しくならないというか、そういう人なんです。おかげで、旅行が台無しになりましたよ。

 ああいう気持ちをなんて言えばいいんだろう、って前々からずっと思っていたんですが、あれはまさに、におい魚だったんですね。そうです、におい魚と旅行したようなものだったんです。ああいうのは、どうにかしなければいけませんよ」


 他にも二つ三つ声が上がるが、いずれもジョセイヒに賛同する意見であった。


 会議員達が、こうもすんなりとジョセイヒ案を受け入れたのにはわけがある。

 彼らは、みな、似たような人間だった。

 みな、現代の十字国人から多くの共感を集める類の人物であった。

 みな、同じ共感試験を、筆記・実技・面接と、同じようにふるいにかけられた者達だった。

 その結果、集まったのは、それなりに似通った人材だったのだ。


 とりわけ、共感に対する、感性・考え方はよく似ていた。

 会議員達は、みな、これまでの人生において、共感できないものに悩まされてきて、その悩みを、言いようの知れないどろどろとした感情として、腹の内に抱えていたのである。その悩みを、誰かにわかりやすい形で肯定してもらいたかったのである。みな、そういう類の人間だったのである。


 ジョセイヒもその点はよくわかっていたのではないか、という説がある。

 彼女は元秘書としての立場・人脈を利用して、あらかじめ会議員達の情報を集めていたのではないか。

 におい魚を会議の場に持ち出したのも、これを使えば、自分の意見が会議員達にすんなり伝わるに違いない、感心されるに違いない、と計算していたのではないか。

 会議員達に「あなたたちがこれまで悩まされてきた共感できないもの、というのは、実は、におい魚だったんですよ。どうにかしちゃって、いいものなんですよ」と肯定してあげることで、彼らから自分の案が受け入れられるに違いないと判断していたのではないか。

 そういう説である。


 本当のところはわからない。

 いずれにせよ、結果はご覧の通りである。

 会議員達は、そろってジョセイヒ案に賛同したのである。


 もっとも、具体的に「共感できない人やもの」に対してどうするか、という話になると、意見は慎重になる。


「やり過ぎは良くないと思います」


 若い小太りの男性会議員が言った。

 名をヤメルセンと言う。

 麺類が好物で、そのグルメレポートとダイエットの話題で大きく共感を得た人物である。


「今、ジョセイヒさんがにおい魚をパックにしまったことが、みんなから共感されない人を刑務所なり施設なりに閉じ込めてしまうことを意味しているとしたら、それはやり過ぎだと思います。憲法で掲げている人権に反しています。

 じゃあ、どうすればいいかというと、アイデアはまだないんですが、とにかくやり過ぎは良くないと思うのです」


「人ではなく、ものならいいのではないでしょうか」


 リストという名の初老の男性会議員が言う。

 長年勤めた会社をリストラされた上、家を火事で失ったところから、夫婦で必死に努力してはい上がる姿が共感を集めた男である。


「国民のごく少数しか共感していないような本であったり映画であったりテレビ番組であったり、そういうの、あるでしょう? そういったものをみんな発禁にしてしまうんですよ」

「発禁もやり過ぎじゃあないですかね。それこそ憲法で掲げる表現の自由に反しますよ」

「しかし、憲法では共感し合える社会の実現が掲げられている。表現の自由と共感の権利、どちらが優先されるかと言えば後者ではないですかね」

「それは勝手な決めつけでしょう」


 議論は次第に過熱する。

 発する言葉には徐々に感情が乗ってくる。

 ともかくも白熱する。


 もともとは、「国民みんなが互いに共感し合えるような環境作り」について全員のアイデアを一通り聞こうという話だった。

 ジョセイヒの発言もその一環である。


 けれども、すでにそんな空気ではなくなっている。

 代わりに、ジョセイヒ案、すなわち「共感できない人やものをどうにかする」という考えにもとづいて、一度何かやってみてはどうか、という雰囲気になっている。


 ただし、具体的に何をやればいいかが、まとまらない。

 共感できないものを何とかしたいが、しかしやり過ぎはよくない、というのが多数派の意見のようであるが、どこまでやれば「やり過ぎ」になるのか、その定義からして各人バラバラである。

 議論が堂々巡りを始める。


「そこまでだ」


 姫首相が冷然とした声で制止を命ずる。

 会議員一同しんとなる。


「皆の意見、よくわかった。聞くに、共感できない人やものをどうにかしたい。しかし、人権など、諸々の権利には配慮したい。そういうことだな?」


 姫首相が全員を見渡す。

 みな、肯定の意を示す。


「よかろう。では、わたしから提案だが、この場でどうだこうだと話しているばかりでは、らちが明かない。まず一度調べてみてはどうだろうか。世の中のどういうところに、どれだけ共感できない人やものが存在しているのか、それを調査してみてはどうか。決断をするのは調べてからでもよかろう」


 姫首相がそう言うと、会議員達の多くは同様のことを望み、期待していたこともあり、安心したような顔をして賛意を表した。


 このようにして当初の方向性は決まった。

 姫首相は心の内でほっと一息ついた。


(なんにしても、みんなから共感されていないからと言って、そういった人たちに人権を無視してひどいことをするような、そういう方向性にならなくて良かったです。安心しました)


 当初ジョセイヒ案にピンと来ていなかった姫首相だが、周りの意見を聞いているうちに、共感の専門家たる会議員達が皆が皆、この案は正しいという前提で話しているため、だんだんと良い案なのではないかという気がしてきた。

 そうして採用した。

 採用した今は、ともかく一度やってみましょう、と思っている。

 人権への配慮さえ忘れなければ、きっとひどいことにはならないですよね、とも思っている。


 会議の残りの時間は、調査の役割分担を決めることに費やされた。

 多くの国民にとって共感できないような人やものは確かに存在しているだろう。

 だが、それらが具体的に、どこにどのような形で存在しているのか、正確なところは誰もわからない。役人達を率いて調べ上げなければならない。教育、産業、メディア、趣味、レジャーなど多岐にわたって調査をする。


 調査の結果、どうすべきかを提案するのは会議員である。

 選抜共感会議員は共感試験に合格した共感の専門家であり、エリートである。彼らにとって共感できないものは、十字国民の多くにとっても共感できないものに相違ない。会議員達はそう自負していたし、姫首相もそう見なしている。

 無論、得意不得意はある。教育なら私に任せてくださいと言う者もいれば、レジャーはちょっとわからないと言う人もいる。意見を調整しつつ、担当を割り振る。期限を決める。どのような権限が必要かを確認する。

 それらが一通りまとまると、その日の会議は解散となった。


 ◇


 会議後、姫首相は休憩室に向かった。

 何となくジョセイヒがいそうな気がしたのだ。

 どことなく、話をしたい心持ちであった。

 ジョセイヒも姫首相がそう考えることを狙っていたのかもしれない。

 休憩室に入ると、果たして予想通りジョセイヒがいた。姫首相を見ると、以前と同じように気安く笑う。


「正直驚いた」


 会議室にいた時より柔らかな雰囲気を漂わせながら、姫首相は肩をすくめ、言った。

 秘書をやめたかと思うと、いつのまにやら会議員になっていたことにまず驚いた。

 その上、先ほどのにおい魚の件でいっそう驚いた。強烈な臭いのインパクトもあっただろうが、ともかくも全国トップクラスの共感エリート達に自分の提案を通してしまった。


「試験を受けたのは、ダメ元だったんですけれどねえ」

 ジョセイヒは笑う。

「アロマ理論のことは、前々から考えていたんです。発表する機会をいただけて何よりですよ」


「アロマ理論?」

 姫首相は首をかしげる。

「会議員達は、魚理論と言っていたぞ。会議が終わった後、ちらりと聞いた。お前のことは魚の人だと話していたな」


「さ、魚の人……」


 ジョセイヒが心底残念そうに言うと、姫首相は「ははは」と笑う。

 それから二人は魚理論について冗談を交えつつ話をした。


 姫首相はジョセイヒを見直す気持ちがますます強くなっていた。

 ジョセイヒは共感の専門家である。少なくとも、共感試験に合格した以上、その道の専門家であると姫首相は見ている。

 もっとも、専門家であるというだけなら他の会議員も同じだ。

 けれども、ジョセイヒは、におい魚を使って場を支配して見せた。見事だと思った。おかげで選抜共感会議を順調に始めることができた。場の流れを支配できる人材というのは貴重である。

 加えて、もともとジョセイヒとは、素を出すとまではいかなくとも、そこそこ打ち解けた雰囲気で話ができるような間柄であった。大事な人材である。

 こうして時折休憩室で、会議とは異なるフランクな雰囲気で共感の話をするのも悪くないですね、と思った。


 帰宅すると、姫首相はアコビトと遊んだ。

 けれども、政治の相談も共感の話もしなかった。


 もとより、この時期になると、アコビトの成長と自立心の確立に伴い、以前のように悩みを相談し合うことはほとんどなくなっていた。

 アコビトが海外の美術学校への入学の誘いを断った時も、彼女は一人で決めた。

 別段、姫首相のことが嫌いになったわけではない。好きである。大切な存在である。姫首相も同様である。アコビトをかけがえのない存在だと思っている。

 ただ、その関係性が変わってきたのだ。


 あるいはそれだけではないのかもしれない。

 選抜共感会議が順調な滑り出しを見せたため、特に相談をする必要を感じなかった、というのもあるかもしれない。

 アコビトが近々海外の展覧会で作品を展示する機会をもらい、本人も張り切っているため、軽く一緒に遊ぶにとどめておいて、がっつり政治の話をするようなことは避けた方がいいと考えたからかもしれない。


 いずれにせよ、姫首相はアコビトに政治の相談はしなかった。

 どんな理由にせよ、しなかったのである。

いつも「共感」を読んでくださり、ありがとうございます。

次回34話は、明日11/23(木)に投稿します。


2017/11/23 冒頭の描写修正

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