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第32話 共感会議の発足

 選挙後、姫首相はただちに公約を実行に移した。

 公約、すなわち「選抜共感会議を発足して、みんなが自然と共感し合える環境を作る」である。

 一度やると公言したことだ。

 迷いはない。


 共感試験の合格者十二名が、選抜共感会議の会議員として選出される。

 共感をよく知り抜き、共感することと共感されることに長けた、共感の専門家達である。全国民の中からわずか十二人という選抜されし者たちである。専門家と言って良いと姫首相は思っている。

 これまでは閣僚や学者らによる共感委員会が政策を決めていた。

 これからは選抜共感会議がそれを決めるのである。


 第一回選抜共感会議が開催された。

 官邸の一室で、姫首相を含め、十三名が円卓に並ぶ。


 会議員の一人には、秘書のジョセイヒがいた。

 正確には元秘書である。共感試験を機に、秘書職を辞している。

 共感試験の最終面接でジョセイヒを見た時、姫首相は驚いた。共感ポイントが高いから、試験を受けたらいいところまでいくだろうとは思っていた。元より選抜共感会議の創設自体、ジョセイヒの意見がもとになっている。

 とはいえ、高い倍率をくぐり抜けてここまで来るとは思わなかった。

 姫首相は努めて公平に評価し、採用に一票を入れた。


 こうして彼女は栄えある選抜共感会議員のメンバーとなり、いまこうして円卓に席を与えられ、にこにこ笑っているのである。

 姫首相は特定の一人をひいきするつもりはなかったが、また一方で知っている顔がいることに安心を感じ、この体制はうまくいくのではないかという予感を覚えていた。


 定刻になると姫首相がまず挨拶をした。

 ジョセイヒがいるが他の者もいる。休憩室にいる時のような気安い雰囲気は封じる。

 そうして周囲を冷徹な瞳で見回すと、諸君らは選ばれた者である、わたしは諸君らを共感の専門家として大いに期待している、必ずや期待に応えてくれると信じよう、といったことを表情を変えずに述べた。

 会議員達はその威圧感に自然と背筋が伸び、誠心誠意を尽くさねばならぬ心持ちになる。


 続いて会議員達の自己紹介が始まる。

 男女は半々程度である。歳は若年から老齢まで幅広い。

 一人ずつグルメだとか動物だとか旅行だとか恋愛だとか「わたしはこれをアピールして共感を得てきました」というPRポイントを述べさせる。


 それらが済むとまた一人ずつ、今度は選抜共感会議の主題である「国民みんなが自然と共感し合える環境の作り方」についてアイデアを語らせる。

 会議の主目的である一番大事なことについて一人一人どう思っているのか、はじめに聞いておこうという狙いである。


 ある会議員は教育の大切さを訴えた。教育は国の基本であると言い、子供達だけでなく大人にも自然と教育を受けさせるアイデアを語った。

 別の会議員は恋愛を推奨した。恋愛は共感を学ぶ上で最適だから、と言った。

 メディアこそ肝要という意見もある。現代はメディアの時代である。国民は朝から晩までメディアに触れている。これを共感に関わるもので満ちあふれさせることこそ、共感し合える環境につながるのではないかと言う。


 姫首相は何も言わない。

 彼女は議長である。

 必要な時が来るまで、ただじっと皆の話に耳を傾けるのみである。


 ジョセイヒの番になった。


 ごほんと、まず咳払いする。

 カバンをひらき、中から小さなピンクのボトルを取り出す。栓を開ける。

 けげんな視線が集まる中、華やかな花の香りが部屋中に広がった。


「これは?」


 会議員の一人が不思議そうにたずねる。


「アロマです。いい匂いですよねえ」

 ジョセイヒは笑いながら、落ち着いた口調で言う。

「さて、みなさん、この良い香りが漂っている状態が、共感できる人やものに満ちあふれた環境だとお考えください。そして」


 今度は何やら半透明のパックを開く。

 三十代の女性会議員が「うっ」とうめき声を上げる。


 におい魚であった。

 ヤルガヤという魚の干物である。

 味は良いが、強烈な臭気を放つため、におい魚と呼ばれている。

 似たようなものに、くさやがあるが、あれは焼くと臭くなる。におい魚は焼かなくても臭い。


「ちょ、なんですか、それ」


 うめき声を上げた女性会議員が抗議する。


「臭いですよねえ、みなさん」


 何を当たり前のことを、と言わんばかりの視線がジョセイヒに集中する。

 早く何とかしてくれ、という声が上がる。

 席を立ってジョセイヒのところへ向かおうとする者もいる。


「これが共感できないものです」


 ジョセイヒは言った。

 途端、一同は、はっとする。


「このにおい魚が、すなわち共感できない人であり、ものなのです」


 会議室がしんとする。

 会議員達はしばらく呆然としたように、ある者は口を半開きにし、ある者は目をぱちぱちさせ、ある者は「まさか、いや、確かにそうだ、確かに」とつぶやいている。

 彼らは今まで自分達が何となく感じてきたけれども上手く表現できなかった「共感できない存在」というものが、具体的にはっきりと示されたと、そう感じていたのだ。

 会議室の雰囲気がはっきりと変わっていた。


「そして」

 とジョセイヒは続ける。

「みなさんが今感じている不快さは、まさに共感できない人やものが存在しているがゆえのものです。さて、これを快適な環境にするにはどうしますか?」


「……アロマを増やす?」


 会議員の一人が言う。鼻を押さえながらなので、変な声になっている。


「増やしてみましょう」


 ジョセイヒはピンクのボトルをもう一本開ける。花の香りが強くなる。

 しかし、会議員達は不快である。肝心のにおい魚の臭いが強烈すぎて、花の香りを混ぜたところで何の解決にもなっていないからである。


「そのにおい魚をなんとかしてください!」


 女性会議員がたまりかねたように叫ぶ。

 ジョセイヒは、わかりましたと一礼すると、におい魚をパックにしまい、換気扇のスイッチを入れ、窓を開けた。

 さわやかな空気に、皆、生き返るような顔をする。


「これが私の提案です」

 ジョセイヒは、にっこり笑って言った。

「そちらの女性がおっしゃった通りです。におい魚を何とかする。これです」


「つまり」

 姫首相は言う。

「世の中のほとんど誰からも共感されないような人やものの象徴がそのにおい魚であるとジョセイヒは言いたいのだな? そして、その共感できないものを、何とかすべきだと」


「はい」


 ジョセイヒは、あっさりと笑ってうなずく。


 姫首相は、うーん、と心の内でうなっていた。

 姫首相は共感が好きである。アコビトと一緒に共感を国是にしようと決断したあの日から、より正確に言えば一緒に決断したと姫首相が思っているあの日から、好きになっている。


 けれども、だからといって、共感できないものへの嫌悪感があるかというと、そうでもない。

 これまで様々な共感政策を試みてはきたが、世の人々から共感されないものに対する攻撃、というものは、ほとんどしていない。

 共感教育も共感宣伝もそうである。

 ネット政策においても、共感ポイントの少ない参加者への罰則といったものは存在しない。

 強いて攻撃と言えるのは、共感大会において「あまりみんなから共感されなかった人に、講習参加を要請すること」くらいだろうか。これだって講習参加は強制ではない。

「共感はマナーである」と演説した時も姫首相はこう言った。

「マナーを守り、周りのみんなを幸せにしている人間に報いたいのだ。大いにほめたいのだ」と。

 決して「マナーを守らない人間を罰しよう」などとは言わなかった。


 理由はいくつかある。


 第一に姫首相は「ほめて伸ばす」ことを好んでいた。

 次王女に対し、じいやはほめて伸ばすという教育をした。その影響を受けたのかもしれない。

 威厳ある首相を演じるべく、直接相対する人間に対しては厳しい態度を取っていたが、実際に行った共感政策を見ると、罰則規定はほとんどない。

 もっとも、このほめて伸ばすやり方は、結局のところ共感貴族を生んでしまい、失敗に終わっているため、この頃は考えを改めつつあるのだが、今のところ積極的に罰しようという考えはない。


 第二に人権への配慮がある。

 人間には人権がある。十字国民のそれは憲法で保証されている。

 その人物が周囲から共感されない人だからといって、におい魚をパックの中に詰めるがごとく、どこかへ片付けてしまうことはできない。


 第三に姫首相自身の経歴も影響している。

 これまで姫首相は共感できない人やものに出会ったことが少なかったし、そういった存在に悩まされたこともあまりなかった。

 彼女は王族であり、ここ数年は首相であり、使用人や側近をはじめとして周囲の人間の保護や配慮が大いにあった。

 それゆえ、あまりにも常識外れの人やものからは、自然と遠ざけられてきたのである。


 以上の理由から、姫首相はジョセイヒの主張にピンときていなかった。

 今までの人生において、共感できない人やものに多々悩まされてきた記憶のある会議員達と、その点で異なる。


「よかろう。皆、言いたいことはわかったな。今のジョセイヒの提案について意見を言え。どう思う?」


 姫首相は周囲を見回し、発言を命じた。

いつも「共感」を読んでいただき、ありがとうございます。

次話は明日11/22(水)に投稿します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 架空歴史風小説であること。なおかつ戦記的要素が極めて少なく、「こうして栄華を築いた」のようなめでたしめでたしで終わらず発展から衰退までを描いていること。 これにより話を読んでいても不安と期…
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