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第30話 村の掟の名残

「わたしが村長だったら」

 姫首相は言う。

「村長だったら、村総出で、一人の例外もなく、働かせます。田植えと収穫、それに台風対策を全力でやらせます。今年は田植えができませんでした、となったら、食べ物がなくなってしまいますからね。飢え死には、したくありません」


 アコビトは、それで? それで? という目で見てくる。

 姫首相は、頭を全力で稼働し、脳裏にある形のない思考を言葉にしていく。


「サボっている人間なんて許しません。ことは村の存亡に関わります。命に関わります。そんなやつがいたら、厳しく罰します。で、となるとですね。そうです、となると村人はどうしますか?」

「一生懸命働くと思う」

「でも、それって外から見てわかるものでしょうか? 手足を休みなく動かして田植えをしていれば一生懸命働いています。でも、効率の良い植え方や収穫方法をうんうん言いながら考えているのはどうでしょう。いえ、そこまでいかなくても、夜明けから日没まで働き通しだと、かえって非効率だからと、早めに仕事を切り上げてしまったら? 外から見たらどう見えますか?」


 アコビトは、うーん、と首をひねり、ふわふわした髪を揺らし、こう答えた。


「それはもしかしたら、サボっているように見えちゃうかもね」

「そうです。サボっているように見えちゃったら、厳しく罰せられてしまいます。それは嫌です。となると、どうします?」

「えっと、そうだね。一生懸命に『見える』ようにする」

「そう、それです! 決めました!」


 姫首相はビシッとアコビトに指を突きつけて言った。

 突きつけながら、これをやるのも久しぶりですね、と思った。


 以前はおおよそ週に二回は「決めました!」と言っていた。

 無論、政治的決断ばかりというわけではない。

 例えば、ある使用人の女の人がものすごくわたしに優しくて、食べきれないくらいお菓子をくれたり、ポケットマネーで画材を買ってくれたりしてくれて、そこまで甘やかされるのはよくないと思うから、やんわりと注意したいんだけれどもどうしよう、といった生活上のこと。

 例えば、男子がよくわたしに「やーい、ふわふわ女!」とか言って、ちょっかいを出してくるんだけれどもどうしよう、といった学校のこと。

 むしろ、そういう日常生活に分類される類の決断が多かっただろう。

 いずれにせよ、高い頻度で決断を下していた。


 ところが、今回は一ヶ月ぶりである。

 アコビトからの相談はすでにだいぶ減っている。そうして、その事実やその他諸々のことから、アコビトが自立したがっていることに気づいた姫首相は、自分から相談する頻度も減らすようにしたのである。自立のためには、お互いがベタベタしすぎるのは良くないと思ったからである。


(大丈夫、ジオちゃんの時とは違います)


 姫首相は思った。

 無理に自立させようとして事故死させてしまった次王女のようなことにはならないと姫首相は思っていた。


(だって、アコはあの時のジオちゃんより年上ですし、何より自分から自立しようとしているのですから)


 寂しさを感じながらも姫首相はそう思うのであった。


「姫ちゃん?」


 感慨にふける姫首相をアコビトは不思議そうに見ている。

 姫首相は、おほん、と咳払いをする。


「十字国民にとって、大事なのは一生懸命に働くことではありません」

 そう言って話し始める。

「一生懸命に『見える』ように働くことなんです。実態はどうであれ、一生懸命に見えなかったら、さぼっているように思われてしまうからです。そうなると、村からどんな目に合わされるかわからないからです。

 逆に言えば、効率的かどうかなんて、二の次なんでしょうね。だから、現代においても、非効率に徹夜したり残業したり長時間会議をやってでも、一生懸命働いているように見せかけているのでしょう。だから、警備員さんや駅員さんが少しでも怠けているように見えると、許せないと怒りを感じてクレームを入れるのでしょう」


「なんか変」

 アコビトは言った。

「もう、掟を破ったからって村から罰せられるわけでもないのに」


「そうですね。もう田植えも収穫も機械でできますし、餓死する恐れなんてほとんどありませんのにね」


 以前、水槽山に登った時「汗を流して苦労して山に登れば、最低限何かが得られるに違いない」とどうして思ったのか。

 アコビトから「ウェブサイトは楽しいものにすればみんなやる」と言われて、なぜ一瞬眉をひそめてしまったのか。

 姫首相はやっとその理由がわかった気がした。


 肝要なのは、一生懸命に「見える」ように働くことである。

 楽しく仕事をするなどと言われると不快になってしまう。

 仕事はそんなに甘くない、などと言う。甘くないなどと言うが、つまるところ「村の掟」を守っていないことが不快なのである。一生懸命働いているように見えないのが嫌なのである。


 人間というのは見慣れたものに親近感を持つ。人類の祖先が野生で暮らしていた頃であれば、見慣れるということは、何度出くわしても被害にあわなかった実績のあるものということであり、つまりは安全なものである。

 安全なものには親近感が持てる。

 生まれた頃からある「村の掟」は、見慣れた親近感のあるものである。

 逆に、これに反する行為を取る人間は、自分が親近感を持つものを攻撃する敵のように感じてしまう。

 ただそれだけのことであり、つまるところ野生の名残である。

 理屈などない。理屈があれば、楽しく仕事をした場合とそうでない場合とで仕事効率の差異を示した統計資料でも出すだろう。ないということは理性による判断ではないということだ。


 そうして、親が「村の掟」の価値観を持っていると、子もまたその価値観を生まれた時からある身近な価値観として継承し、親近感を持ち、これに反する者に敵意を抱く。

 十字国が農業国でなくなり、国民の大半が農村の住民でなくなってからも、価値観は継承され続ける。

 こうして今に至るのである。


 このようなことをアコビトに話すと、アコビトは「おおっ!」と目を輝かした。


「姫ちゃんやっぱり、かっこいい!」

 と感嘆の声を上げる。


 言われた姫首相は照れている。

 いつものように顔を赤くして「いやいや」と言う。

 照れ隠しにアコビトの両頬を手でなでる。アコビトはくすぐったそうに笑い、姫首相に対しても同じ事をやり返す。二人して頬をなで、ぷにぷにともむ。

 そうして、何をやっているんでしょうね、と笑い合った後、姫首相はこうたずねた。


「アコならどうしますか?」

「ん?」

「アコは徹夜で絵を描くなんてことはしませんよね。どうやって、いい絵を描く工夫をしていますか?」


「ええと、そうだね」

 アコビトは指で側頭部をとんとんと叩きながら言う。

「まず、よく食べて、きちんと寝るよ。それから軽く運動する」


「うん?」

「筆はちゃんとしたのを使うのが大事。周りは静かな方がいい。少しくらいならいいけれど、あんまり大きな音がするのはダメ。描けなくなったら、ちょっと外を歩いて、知りたいなあって好奇心を感じるものを探す。それでダメなら昼寝する。それから数……」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 姫首相は両手をぶんぶん左右に振って、慌てたように言う。

 遮ってしまって申し訳ないが、何かわかった気がしたからだ。


「えっと、ごめんなさい。でもちょっと待ってください。つまりですね、つまり……」

 頭を猛烈に回転させ、思考を整理する。言いたいことを端的に表す言葉を探す。

「つまり、そうです。全部環境作りということですよね」


「環境作り?」

「ええ。よく食べて寝て運動するというのは、身体の環境作りです。身体を快適な状態にして、仕事の質を上げようという試みです。合ってますよね?」

「うん」


 アコビトはうなずく。


「筆をちゃんとするのは仕事道具の環境作りです。騒音を避けるのは仕事場の環境作りです。アコは別に頑張って描こうとは思っていないんですよね?」

「なんで絵を描くのに頑張るの?」


 アコビトはきょとんとする。


(聞く人が聞いたら怒りそうな台詞ですね)

 姫首相は思った。

(アコは絵を描くのに頑張らない、ですか。はたから見れば頑張っているのかもしれませんが、少なくとも当人にその自覚はないのでしょうね。そうして良い絵を描く。あの独特の歪みと溶け込みのある絵も、なんら特別なことをやっているのではなく、丁寧な環境作りによって生み出しているのでしょう。だったら……)


 とんとんと、左の手のひらの甲を右手の指で叩きながら、姫首相は考える。


(だったら、共感はどうでしょう? 共感し合うのに頑張る必要はあるのでしょうか?)


 そうやって考えると、今までの共感政策はどれも、国民に頑張ることを求めるものであったように思えてきた。

 共感大会は国民に意欲的に参加してもらって初めて成り立つ。

 共感教育は受ける側に主体的に学ぶ意思がなければならない。

 大々的に行ったネット政策もまた、積極的な書き込みと共感表明がないと成立しない。


(そうです! 頑張らなきゃいけないようなものじゃダメなんですよ!)

 姫首相は思った。

(みんなが共感し合えるよう、国民に頑張らせるのではダメなんです。そうではなくて、頑張らなくても、無理しなくても、自然と共感し合えるような、そんな「環境」を作ることが大事なんです。そうです、必要なのは環境づくりなんです! 決めました!)


 ここまでは決意した。

 しかし、では、具体的にどのような環境を作れば、国民みんなが自然と共感し合えるようになれるのだろうか?


 姫首相は、アコビトに相談しようとした。

「ねえ、アコ、自然と共感し合える環境ってどんなのでしょう?」と、そう言おうとした。

 口を開く。息を吸い込む。言葉を出そうとする。


 できなかった。

 舌が震える。喉の奥が震える。言葉が出てこない。

 怖かったのだ。

 ついこの間、アコビトから「いやっ!」と拒絶されたことを思い出してしまったのだ。

 政治的に下手に突っ込んだ話をしたら、また拒絶されるかもしれない。共感政策に踏み行った話をして、また嫌がられるかもしれない。そう思うと、それ以上何も言えなかった。


「ありがとうです、アコ」

 姫首相は努めて明るく笑い、それから指をビシッと突きつけて言った。

「決めました! 環境作りをします」


「うーん、よくわからないけれど……」


 アコビトは笑った。

 親しみと尊敬と、それから(もしかしたら共感政策の話かもしれない)と思ったことにより生じた得も知れぬ不安と、(こんなわけのわからない不安で姫ちゃんの邪魔をしてはいけない)と思う気持ちと、そんな感情が混ざり合った笑顔だった。

 そんな笑顔のまま、こう言ったのだ。


「でも、ビシッて決断する姫ちゃんはかっこいいよ。わたし好きだよ」


 成長に伴い、アコビトは色々と変わった。

 けれども姫首相が決断をする姿を見て、かっこいいと思ってくれるところだけは、全く変わっていなかった。

 そのことに姫首相はうれしさを感じるのだった。

 とても貴重なもののように感じるのだった。

いつも「共感」を読んでいただき、ありがとうございます。

次話は、明後日11/19(日) 24:00までには投稿します。


2017/11/17 誤字脱字修正

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