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第11話 やり直せるなら

 選挙が行われた。

 姫首相はまた首相になった。


 彼女は立候補もせず、無論選挙運動も一切せず、王家所有の邸宅にアコビトと使用人達を連れて移り住むと、プライベートタイムはもっぱらそこでアコビトと遊んで過ごしていた。


 アコビトという女の子は、一言でいうなら「好奇心旺盛のちっちゃな宮廷画家」であった。

 汚れた身体を洗い、色素の薄めな巻き気味の髪を綺麗に整え、上質な服を着せたアコビトを見て、使用人達はまんざらお世辞でもなく「かわいいですな」と言った。

 姫首相もうんうんと同意した。

 ふんわりとした雰囲気が次王女によく似ていた。


 アコビトは一見寡黙である。

 が、よく見ると表情は好奇心で輝いている。

 絵が好きで、興味のあるものや好きなものを見つけると、「おおっ!」と感嘆の声をあげる。

 ダダッと駆け寄り、シュバババという擬音がしそうなほどの勢いで、ちっちゃな手に持った筆を走らせて絵を描く。

 描き上げると「どうかな? どうかな?」と、幼い顔を不安そうにして絵を見せにくる。

 ほめると「えへっ」と照れたように笑う。


 アコビトは相当に絵が上手かった。

 八歳とは思えぬほど巧みであり、彼女の描いた姫首相の絵は美大生の作と言われても信じてしまいそうなできばえであった。

 正直な感想を言えば、上手いだけの絵であったが、姫首相は何よりもアコビトが自分の絵を描いてくれた事が嬉しく、わぁっと声を上げて喜びをあらわにすると、アコビトが恥ずかしがるのも構わずにその絵を使用人達に「どうだ、すごかろう」と見せてまわり、後でアコビトに「めっ」と怒られることになったのである。

 この日より、アコビトは使用人達から宮廷画家と好意的にあだ名されることになる。


 姫首相はそんなアコビトのことがすぐ好きになった。あるいはとっくに好きになっていたのかもしれない。

 彼女と二人きりでいると、次王女と同じく、素を出すことができた。


「えっとですね、わたし、本当はこんななのです……」


 姫首相がアコビトに演じていない姿をさらけだすと、アコビトは目をぱちくりさせたあと、

「えとね、わたし、この家のどこに住めばいいのかな? わからなくて困っているの」

 と言った。


 今度は姫首相が目をぱちくりさせる。

 この話の流れで、急に何を言っているのでしょうかと思ったが、次王女によく似たアコビトが「困っている」と言うのだ。

 一緒に悩み、考え、決断したくなる。


 二つ三つアコビトと話して希望を聞くと、

「よし、決めました。アコは私の左隣の部屋に住んでください」

 と言った。


 アコビトは嬉しそうに笑って言った。


「初めて会った時、姫ちゃんが最初になんて言ったか覚えてる?」


 また急に話が飛んだことに、姫首相はきょとんとする。


「『決めたぞ』って言ったの。そう言って悪いおまわりさんをやっつけてくれたの。すごく格好良かったの」


 アコビトは大好きな人の話をするかのように、いや本当に大好きなのだろう、言葉を弾ませて言う。

 決めたぞ、というその言葉で自分を助けてくれた。英雄のように命を救ってくれた。

 アコビトはそんな姫首相が好きだった。

 とりわけ彼女の決断の言葉が大好きだった。


「えと……?」


 姫首相はほめられたことで顔を赤くしながら、けれども話の意図がつかめず、困ったような顔をする。


「今も『決めました』ってズバッと決断してくれた。格好良かったの。つまりね、その」

 アコビトは大事なことを言うように間を置くとこう言った。

「姫ちゃんはそのままでも十分格好いいの」


 次王女は生前、姫首相が決断する様を格好いいと言い、尊敬していた。

 今、次王女と似た雰囲気を持つ八歳の女の子が、次王女と同じように、自分の決断の姿を格好いいと喜んでくれている。

 姫首相は嬉しさで泣きそうになりながらも、もしかしたら、と思った。もしかしたら、やり直せるのかもしれません、と。


 アコビトが次王女の代わりであるとは、姫首相は思っていない。

 けれども、「お互いに悩みを打ち明け合い、悩み事について二人で考え、どうするか決断する」という次王女の時は途中で放棄してしまった関係をアコビトとやり直せるなら、そしてアコビトがそれを喜んでくれるなら、きっと素敵なことだと思ったのだ。


 姫首相はおそるおそる、そんな関係を築きたいとアコビトに打ち明けた。


「つまりですね、一緒に悩みを打ち明け合ったり、どうしようかって考え合ったり、それからですね……」


「姫ちゃんがズバッと決断するの!」

 アコビトは期待を込めて嬉しそうに言った。


 次王女のことを思い出したのかもしれない。

 あるいは、ただ目の前のアコビトの言葉に、嬉しさのあまり感情が爆発してしまったのかもしれない。

 涙がポロポロとこぼれてきた。

 顔をぬらしながら、アコビトのことをぎゅっと抱きしめた。

 アコビトはそんな姫首相のことを、よしよし、と撫でてあげるのだった。


 そうしてアコビトとの交流を深める一方、姫首相は色々な人から「王室を復活させないのですか?」とたずねられた。

 姫首相はそのたびに「今はまだだ」とそっけなく答えた。


 何か思案があるわけではない。

 実のところ、前国王夫妻が殺されたことから、自分が王になることにためらいがあったのである。

 姫首相が女王になるには、宮廷の紫の間と呼ばれる部屋で継承の儀を行う必要がある。

 儀式を行わないうちは、姫首相は姫のままであり、それをいいことに、彼女は王室問題を保留にしていた。

 周りも、前国王陛下夫妻に対してしたことへの後ろめたさから、それ以上は何も言えなかった。


 このように姫首相は選挙のことなどまるで考えていなかったのだが、終わってみると彼女は首相推薦投票で圧倒的多数を獲得した。

 議会もまた同様に圧倒的多数で、姫首相に新首相の座を譲ることを決議した。

 どの党の党首も、この状況で自分が首相の座に就いても国民から白けた目で見られるだけだと理解していた。

 人気商売である政治家にとって、国民から白けた目で見られるというのは、かなりのダメージである。


 そもそもどの党も議席数は議会全体の一割も獲得しておらず、少数の党が乱立している有様であった。

 その各党にしたところで、内部はバラバラであり、どれもまとまりがない。メジリヒトが既存政党を徹底して破壊したため、大規模なまとまりのある政治集団というものが十字国に存在しなくなってしまったのである。


 だいいち、国家の新体制が樹立したばかりの不安定な情勢下で、決断を恐れる議員達に国をまとめられる自信はなかった。

 暫定政権メンバーが、十六歳以上の被選挙権だの首相推薦投票だのといった選挙ルールを強く推したのも、それがためである。

 彼らは自分達が権力を握りたいという欲求よりも、誰かに決断と責任を背負ってもらいたいという願望のほうがはるかに強く、圧倒的な人気と「決断力」を持つ姫首相に一任したかったのだ。


 姫首相の誤算は、まさか自分にこんなにたくさんの票が入るとは考えていなかった点であった。

 革命から既に一ヶ月が経過しており、いいかげん国民の頭も冷えて冷静になった頃合いだと思っていたのである。


「どうしましょう、アコ、どうしましょう?」


 新首相就任の夜、そう言ってオロオロする姫首相に対し、アコビトは予想外の反応を示した。

 悲しそうな顔をしてこう言ったのだ。


「姫ちゃん、わたし今、とても困っているの」


 姫首相はびっくりする。


「ど、ど、ど、どうしたんですか、アコ、突然? わたしが、わたしが力になりますよ!」

 

 慌てたように言う。

 自分の悩みは既に頭のどこかに消えている。


「ダメなの」

 アコビトは寂しそうに首を横に振る。

「姫ちゃんでも、ううん、姫ちゃんだからダメなの」


「な、なんでですか? わたしは首相ですよ。権力者なんですよ。アコが困っているのでしたら、手段を選びませんよ?」

「ありがとう。でもね、首相だからダメなの」


 泣きそうな顔でアコビトは言う。


「だって、わたしが困っていることは、十字国の人みんなを敵に回すことだから。だから、姫ちゃんに迷惑は……」


「大丈夫です!」

 姫首相は、アコビトの両肩をつかんで、真っ直ぐに目を見て言った。

「アコが一緒なら、アコが期待してくれるなら、十字国民全員を敵に回しても、わたしは突き進みます。ええ、突き進みますとも。そう決断しました!」


 とたん、アコビトは心底嬉しそうに笑って言った。


「ほら。姫ちゃんは強い」

「……え?」


 満面の笑みを浮かべるアコビトを見て、目を二度三度ぱちくりさせ、ようやく姫首相は自分がだまされたことに気づく。


「よかったです……」


 姫首相はほっと息をついた。

 アコビトが困ってなんかいなかったことに、ただ姫首相を元気づけるために一芝居打っただけだということに、安堵の息を漏らしたのだ。

 そんな姫首相を見て、アコビトは少しやり過ぎたと思ったのか、しゅんとして、ごめんなさいと謝った。


「ちゃんと謝ってくれるなんて、アコは偉いですね」

 そう言って、アコビトの頭をよしよしと撫でる。

「でも、気にしないでください。アコはわたしを勇気づけようとしてくれたんですよね。すごく嬉しいんです。それに大丈夫。アコの言う通り、わたしは強いんですよお。ほらっ!」


 そう言って、細い腕に精一杯、力こぶを作ってみせる。

 アコビトがその腕に飛びつくと、さすがに重いのか、姫首相はバランスを崩して、二人してベッドに倒れ込む。

 そうしてお互いに顔を見合わせて笑い合った。


 ひとしきり笑い合うと、アコビトは「ちゃんとした画材が欲しいの」と、いささか遠慮がちながらも、悩みを打ち明けた。最初に「姫ちゃん、わたし今、とても困っているの」と言った以上、何か言わないとすまない心持ちになったのかもしれない。聞くと、アコビトが今使っている筆や絵の具は邸宅にたまたまあっただけの古いものだと言う。

 ちゃんとしたものが欲しいのだけれど、と、ためらいがちに言う。


「なんですか、それくらい」


 姫首相は笑ってそう言うと、使用人にカタログを持ってこさせた。

 二つ三つ質問をし、アコビトの希望、すなわち、ちゃんとした画材が欲しいのだけれども、あんまり高いものは申し訳ない、という本心を聞き出す。

 素が出せるからだろうか。次王女の時と同じように、アコビトと話していると頭が高速で回転し、どんどんと結論に向けて突き進むことができる。

 そうして、アコビトが「わたしが本当に欲しかったのは、まさにこれなの」と思えるような画材を導き出すと、注文に到るまでの決断を手早く済ませてしまった。


 小さな決断だった。

 けれども、姫首相は、自分が何か十字国の命運を決めるような、そんなことをしている気がしていた。

 無論、画材選びそのものが、国家の命運を左右するわけではない。

 そうではなく、もっと根本的なところで、何かとても貴重なことを、手放してはいけないことをしているような気がしていた。

 けれども、姫首相にはそれが何なのかわからなかった。


 気がつくと、アコビトは「姫ちゃん、ありがとう!」と嬉しそうに笑っている。

 姫首相もまた照れたように笑った。

 そうして、また二人、笑い合うのだった。

読んでいただき、ありがとうございます。

また明日投稿します。


2017/10/28 誤字脱字修正

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