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第10話 最初の閣議

 姫首相の誕生に、民衆は万歳の声を上げた。


 だが、万歳と叫んだだけでは政権は生まれない。

 暫定政権は現時点で姫首相一人しかいない。残りのメンバーは姫首相自らが選ばなければならない。

 しかし、誰を選べばいいのか?

 当てなどまるでない。

 バルコニーから下がった彼女は、表向きはひと仕事やり終えた偉大な指導者という風情であったが、内心は途方に暮れていた。


「アコビト、君はどうすればいいと思う?」


 姫首相はワラをもつかむ心境で、そばにいたアコビトを部屋の隅に連れて行くと、事情を話した上で、小声でそうたずねる。


「んー」


 アコビトはしばし考える仕草を示したのち、こう言った。


「適当でいいと思う」


 どのみち一ヶ月で解散する暫定政権なのだから、厳正な審査よりも、適当でもいいから早く決めてしまうことが肝要だと、姫首相ならそれができると、実際はもっと子供らしい話し方であるし、要領の得ないしゃべり方ではあったが、おおむねこのような意味のことをアコビトは言った。


「ほう、なるほど」


 姫首相は重々しい口調で言った。

 心の内では、はしゃいでいる。


(そうです、そうですよね! わたしだけかと思っていましたけれども、よく考えたら政権メンバーもみなさん暫定なんですよね!)


 このように考え、大いに気を楽にしている。

 メンバー選びなど大したことではないような心持ちになっていた。


 そのおかげだろうか。

 一週間後には、姫首相は暫定政権の内閣を構成する人材をそろえていた。


 彼女はまずデモ隊の中から、政治経験のある人間を探した。


 サカンが手を上げた。彼は父を政治家に持つ二世議員だった。十三年間の議員経験がある。

 度胸があって弁も立つと考えた姫首相は、彼を首相補佐官に任命した。


 補佐官とは内閣のナンバー2である。

 ポストが設けられた当初は、首相の秘書のような役回りに過ぎなかったが、行政機構の巨大化に伴い、補佐する範囲も大きく拡張された。

 主な仕事は、首相の命令を実現するために各省庁を取りまとめることであり、言い換えれば全省庁に影響力を及ぼすことができる。

 その強大なポストをあっさり与えたのは、アコビトの言う通り、どのみち暫定政権だと気楽に構えていたからだろう。


 サカンの他にも手を上げた者が何人かいた。治安維持のため、軍や警察につながりのある人物もいないか尋ねた。各省庁とパイプのある人間も求めた。

 そうして集まった者たち一人一人と姫首相は面談をし、また彼らのツテで人を紹介させ、どうにか七日後には大臣だの長官だのを任命し終えていた。



 最初の閣議が開かれた。

 議長は姫首相である。

 革命以来、すっかりトレードマークとなった、赤いリボンを胸元につけた上下とも黒のセーラー服を身につけ、議長席で長い足を組み、怜悧さをたたえる眼光で冷然と一同を見回す。閣僚達は自然と背筋が伸びる。


 進行役はサカンに任せた。

 姫首相は、閣議のメンバー選びでもう自身の仕事は終わった気がしていた。自分は子供に過ぎず、形だけの首相なのだから、黙って偉そうに座っているだけで通そうと考えていたのだ。


 ところが話が進まない。

 議題は出る。議論はする。

 しかし結論が出ない。誰も決断を下そうとしないのである。


 例えば緊急の論題として、特別警察の処遇をどうすべきかという話が出てくる。

 上層部は逮捕するにしても、組織自体はどうするか。

 即時解散すべしという意見も出てくれば、いやあれはあれで使えるから形を変えて再利用すべきだという意見も出てくる。意見を叩き台に、議論が活発化する。


 しかし、こうすべし、という決断がない。全体としては即時解散派が多数だが、少数派も粘る。

 議論はやがて出尽くし、堂々巡りを始める。

 口を開くよりも、ちらちらと姫首相を見るようになる。


 メジリヒト政権の後遺症であった。

 権力をこよなく愛するこの独裁者は、自らの政権を脅かしかねない人物、すなわち、決断ができる人間、人をまとめられる人物、大勢を引っ張っていける人、といった人材をことごとく排除した。

 長年政治の世界で生きてきた彼は、誰に決断能力があるのか、どういった場所にそういう人間が集まるのか、どういう環境でそのような人材が育つのか、ということを熟知していた。

 それらを徹底してつぶしたのである。見せしめもかねて、とりわけ残酷なやり方でつぶした。


 十字国民は震え上がった。

 行政、経営、教育、メディア、様々な分野において、目立ってリーダーシップを発揮したり、先頭に立ってズバズバと決断を下したりする人物が、ある日突然公開処刑されるのである。

 会社や官庁で、中心に立って決断を行ってきた人物が、突然特別警察に引っ捕らえられ、目の前で残酷に処罰されるのだ。

 十字国民の本能に、決断という行為に対する恐怖が植え付けられたと言ってよい。


 以来、十字国民は何か決める際、大勢で話し合うようになった。何度も何度も時間をかけて会議をする。

 やがて、何となくこうしたほうがいいんじゃないか、という空気、雰囲気と呼ぶべきものが場に出来てくる。

 それに従う。

 誰が主体的に判断したわけでもない、何となく出て来た結論である。

 それが彼らの意思決定方法である。


 例外は、メジリヒト一派のように、決断できる立場の人物が場にいる時である。

 そういう時は、その人物に決断を下してもらうことを期待する。

 自分たちでは決してリーダーシップを発揮しようとせず、意見だけを述べ、決断はお上に仰ぐのである。


 閣僚の面々も例外ではない。

 彼らもまた長年の習慣から、決断することを避けていた。延々と話し合いばかりする。結論は中々出ない。何時間も続けてそんな様を見せられる。

 そうしてお上である姫首相が決断してくれることを期待する。


 事情を知らない姫首相からすれば、

(何をやっているのですか、この人たちは? なぜ決断しないのです?)

 と疑問に思う。

 サカンを初めとした閣僚何名かに「姫首相、ご決断を」と言われて、ようやく自分に決めてほしいと期待されていることに気づく。


「特別警察は即時解散でよかろう」


 姫首相が冷然とした口調でそう言うと、皆、待っていましたとばかりに同意した。


 他の議題もおおむね、このような調子であった。

 議論をする。延々と話し合う。何も決まらない。

 姫首相に対しては、初めはちらちら視線を送る。やがて明確に言葉で、決断を期待していることを口にする。

 それを受け、出来の悪い家臣を見下すような顔をした姫首相が決断をする。

 その繰り返しである。

 治安維持や安全保障といった急を要する議題についても、あれこれ話したあげく何も決まらず、結局どの議案も姫首相の発言でようやく片がつくのだった。


 政権メンバーのために擁護しておくと、彼らは別段何もしなかったわけではない。

 暫定政権においても、その後の新政権においても、トップレベルの決断さえ下してくれれば、政権メンバーは仕事をする。

 組織を整えたり、人員を配置したり、官僚と駆け引きをしたり、利害関係者に根回しをしたり、その他もろもろ大人の事情を整理したり、といった政策実現のための泥臭い仕事はやる。


 こういうことは政治の素人の姫首相には不慣れであるから、大いに助けになった。

 彼らもまた政権運営において必要不可欠な存在なのである。


 もう一つ擁護しよう。

 政権メンバー達も積極的に強く主張したことがある。

 選挙ルールを決める際、二つのことを強く推したのだ。


 一つは被選挙権を認める年齢の変更である。

 従来は二十五歳以上でなければ国政選挙には出馬できなかった。

 それを十六歳以上に引き下げようと言うのである。

 メジリヒト政権の暴虐の爪痕により人材は払底しており、新国家を作るには旧政権の悪影響を受けていない若い世代の活躍が重要になるから、というのがその理由だった。

 十六歳というのが姫首相の歳と同じであることに、特に他意はないと言う。


 もう一つは首相推薦制度である。

 選挙の際、従来の投票とは別に、首相に対して国民の推薦投票を入れる。推薦だから立候補していない人物にも投票できる。

 一位を獲得した人物は、通常の選挙で落選していようと、そもそも立候補していなかろうと、十六歳以上なら国会議員になることができる。

 それだけではない。

 通常、首相は議会第一党の党首がなる。

 だが、内閣は国民の推薦を尊重し、首相の座を譲るか、最低でもこの人物の希望する閣僚の地位一つを明け渡す必要がある。

 今まで以上に民意を国政に届けるため、というのがその理由だった。

 理論上、姫首相も新首相になることができるが特に他意はないと言う。


「ほう。まあ、よかろう」


 姫首相は、そう言って、二つとも受け入れた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

まずは10話まで進めることができました。

続きはまた明日投稿します。

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