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復讐王女フィーラウラ

作者: みち ゆき

 フィーラウラ・ベルゼバルデは毎日が面白くない。理由はただ一つ、現国王のエミレール・ベルゼバルデの存在である。

 フィーラウラは前国王の時代から才色兼備――とは言わないまでもそこそこの器量とそれなりの才能を謳われ、前国王との血縁の近さもあって次期国王の座は確実だと思われていたし、自分でもそう思っていた。が、前国王の崩御後、エミレールが巨費を投じて貴族を買収し、貴族達の圧倒的な支持を受けて新国王に即位してしまった。

 フィーラウラにとっては寝耳に水である。国王になって好き放題しようと思っていた人生設計がおじゃんになってしまった。貴族達も薄情なもので、あれだけ持て囃していたフィーラウラをあっさりと見限り、今では彼女の身近にいる人間は幼いときから仕える爺やだけである。

 自分をこんな境遇に追い込んだすべての者を憎むフィーラウラは、機会があれば必ずエミレールと貴族達に恨みを晴らしてやろうと思っている。が、何をすればいいのか自分でもわからない。

「お嬢様は一体何をされたいのですか」

 と問う爺やに、フィーラウラはうーん、と考え込んでから、

「エミレールに『いやあ、やだあ、もうやめてえ』って言わせたいわ」

 と漠然としすぎる答を返すのが関の山であった。彼女が真正の才色兼備であれば天才的かつ無惨酷薄な復讐方法を述べて爺やを戦慄させもするのであろうが、それなりの才能を謳われる彼女の頭からはこれくらいの平和的言辞しか出て来ず、爺やを微笑ませることしかできないのである。


 ベルゼバルデ王国はもともと国王の権限が強いことに加え、ここ数十年は暗君が続いたために国土は荒廃し、民は疲弊していた。加えてエミレールが貴族の買収に多額の金を使い、即位後も贅をほしいままにしたため、民の窮乏いよいよ極まり、革命を起こして共和制への移行を目論む急進派が現れてくる始末である。そんな国内の混乱などエミレールにとってはどこ吹く風、つい先日も近隣国との親善のためと称して軍と貴族と高官を引き連れて外遊に行ってしまった。もちろん親善などは名目で、軍と高官を連れて行った以上は隣国への軍事的威圧が目的なのである。

(この国内混乱の中よくやるわねえ)

 フィーラウラはそう思っている。私が王だったら軍の大部分と政府首脳を連れて行くなんてことはしない。だいたい外遊の間に国内で何かあったらどうするのだ。――そこまで考えたとき、フィーラウラの頭に天才的な(と彼女には思われた)アイデアが閃いた。

 それはこういうことであった。まず何食わぬ顔をして宮廷に入り、国王代理とでも称して国王の権限を制限するような法令を濫発する。自分は王族なのだし、有力な人間は皆外遊中なのだから、表だって自分を止める者もいないであろう。敢えてエミレールこそが国王だなどと抜かす奴は、強大な国王権力を濫用して牢にぶち込んで置けばよいのである。エミレールが帰国すると、いつの間にか勝手に自分の権限が制限されている。彼女は狂気のように怒るであろう。フィーラウラ自身はエミレールの帰国前に彼女の権力が及ばない国に高飛びして余生を送ろう。自分が国王になれない国に未練なんかあるもんか。

 そうと決まったら善は急げ。フィーラウラは呆れる爺やを引き摺るようにして宮廷に乗り込んでいった。


 次の日から、ベルゼバルデ王国は変わった。税率が大幅に引き下げられ、貴族の特権が順次廃止され、国王の権力が弱くなっていった。長らく招集されていなかった議会が招集され、裁判所が設置され、法整備が急がれた。初め無関心だった国民は、自分の権限を自分で制限する阿呆な国王代理を一目見ようと宮廷の周りに集まるようになったが、いつしか「フィーラウラ万歳」「国王代理万歳」の声が聞こえるようになった。しかもその声はフィーラウラがエミレールへの嫌がらせ法令を出せば出すほど大きくなっていくように思われる。街に出てみても、やはり皆がフィーラウラを褒め称えており、中には涙を流している者までいる有様である。フィーラウラには不思議で仕様がない。

「爺や、国民はエミレールのことが随分嫌いなのねえ。私が嫌がらせするたびに万歳、万歳って言ってるわよ」

 エミレールが宮内大臣代理に任命した爺やに言う。

「そのようでございますな」

 爺やは今にも吹き出してしまいそうなのをこらえるのに必死である。


 ある日、急進的な共和主義者が宮廷内で捕らえられた。フィーラウラを暗殺し、革命を起こして一気に共和制へ移行させようとした由である。フィーラウラも、自分を殺そうとした者を許すほど寛容ではない。

「この者を牢に入れなさい」

 と命じると、爺やが進み出てきて、

「お嬢様、裁判を経ないで人を罰することは四日前にご自身が禁止されました」

「そうでした」

 そう言えば、そんな法を制定したような記憶がある。エミレールが嫌がるような法を思いつくたびに制定していたので、最早自分でも何を制定したか記憶があやふやである。

「では、裁判を経ないでは人を罰せられない、という法を廃止しましょう」

「お嬢様、議会を通さずに法を改廃することは二日前にご自身が禁止されたばかりです」

「そうでしたかしら」

 こちらに至っては何も覚えていない。

「では、議会を――」

「議会の廃止には昨日ご自身が制定されたベルゼバルデ王国憲法の改正が必要ですが、同憲法の規定によりますと改正には18歳以上の全国民による国民投票を実施の上、全投票の過半数の賛成を――」

「もういいです、もういいです」

 ここに至ってフィーラウラはやり過ぎたことにようやく気付いた。エミレールへの嫌がらせどころか、自分も何もできなくなってしまっている。


 そこへ、兵が飛び込んできた。

「国王陛下代理、緊急事態でございます」

「陛下代理、はおかしくないかしら。国王代理陛下、が正しいのではなくって。いや、それもおかしいかしら。どうもしっくりこないわねえ」

「国王陛下代理、そんなことを気にされている場合ではありません。エミレール国王陛下が陛下代理は偽の国王であるとして討伐軍を進軍させておられます」

 ここらが潮時か。フィーラウラ自身何も出来なくなったのだから、エミレールや貴族達には十分嫌がらせをしたと思うべきであろう。

「爺や、復讐は完了したわ。国外に逃げる準備をなさい」

 爺やは困った顔で、

「お嬢様、それは無理かと。窓の外をご覧ください」

 そう言えば、なんだか窓の外がやかましい。何事かと覗いてみると、数多の国民が宮廷の周りに集まり、「フィーラウラ様こそ真の王だ」「暗黒時代に戻るのは嫌だ」「我々は戦うぞ」などと口々に叫んでいる。この中を逃亡するのはもはや不可能である。

 口をあんぐりと開けて茫然自失のフィーラウラに向かって、軍事大臣代理が緊張した面持ちで見通しを述べた。

「全国民が陛下代理のお味方ですが、エミレール国王陛下は軍の主力を握っておられます。勝敗は五分五分です」

 冗談じゃない。もし負けたら、あのエミレールのことだから怒りのあまり思いつく限りの残虐な方法で自分を処刑するであろう。そんなことは御免蒙る。エミレールが絶対にこの宮廷に戻れないようにする方法は無いものか。エミレールが国王でなくなってしまえばいい。しかし、どうやって――そのとき、またしてもフィーラウラの頭に天才的な(と彼女には思われた)アイデアが閃いた。


 「ベルゼバルデ王国はその歴史的役割を終えました。ベルゼバルデ王国は本日を以て共和国になります」

 フィーラウラが読み上げると、群衆から共和国万歳の声が沸き起こった。

 突然の共和制宣言によりベルゼバルデ王国は滅亡、共和制に移行した。エミレールは大義名分を失って討伐軍が崩壊、自身が国外に亡命する羽目になった。それなりの才能を謳われたフィーラウラにしては上出来のアイデアであった。


 フィーラウラは爺やとの暮らしに戻ったが、前とは違っていろいろな人がひっきりなしに面会を求めてくる。僅かな期間でベルゼバルデ王国の宿痾を一掃し、無血で共和制に移行させたフィーラウラに皆が感謝と尊敬の念を伝えに来ているのである。しかし彼女は決して面会に応じない。自分の原動力はエミレールへの嫌がらせと、エミレールから討伐されないための保身であったなどという恥ずかしいことは絶対に言いたくないのである。そんな彼女の態度が、「功績をひけらかさない賢人」という更なる評価を生み出し、彼女の評価は望まないうちに勝手に上昇していく。


 フィーラウラの元には今日も爺やが面会の取り次ぎに来る。

「お嬢様、貴族の荘園で酷使されていた農民が感謝の言葉を伝えたいとのことです」

「いやあ……」

「お嬢様、国外の新聞社から取材の申し込みです」

「やだあ……」

「お嬢様、政府から共和国成立に最も功績のあった人物として特別に表彰したいとの申し入れが」

「もうやめてえ!」

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