バベル よぞ編
グループ小説十八弾。他人の設定で小説を書いてみよう。です。今回はでん助さんの『バベル』。
最初に明記しておきますが、お暇な方だけお読みください。時間の無駄なことをお約束します。
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「いや、それは困る」
黒い本がそう言った。
落ち着いたハスキーの声だが、非常に納得のいかない答えだ。俺は冷めた目で床に転がしてある本を見下ろしていた。
「どんな無理難題にもでも答え……ほら、続き言えよ」
怒った声で本に言う。黒い本は困ったように(表情はないが)「なぜだ?」と言った。
本の分際で口答えするところがまた腹立たしい。いいから言えっつーの。
「……どんな無理難題にでも答え、汝が望む限りの願いを叶えよう。理性の殻を捨て、剥き出しの欲望を我の前にさらすがいい。我が名はバベル。黒き神の聖書、バベ――」
最後まで聞かずに、ぺっ、と唾を吐き捨てる。
「……自分で言えと言っておきながら、最後まで聞かないとはどういうことだ」
「本ごときが何言ってんだ、ばーか」
「我は黒き神の聖書、バベルであるぞ」
「うぜぇんだよ、だったら俺の願いを叶えてみろっつーの」
しゃがみこんで、ノックをするようにその表紙を叩いた。できるだけ馬鹿にするような口調で話しかけている。
「……あれは困る」
「どんな無理難題でもってのはどうしたんだ、あ?」
「それはそうだが……一応ルールというものがだな」
「あーあーあーあー。できないならできないって言えよな。ごめんなさい。僕は何にもできないただの白紙の本でーす。ほら、言ってみ?」
表紙をめくり、何も書かれていないページをぱらぱらとめくる。
「……巨万の富でも、永遠の命でも、世界一の美女でも、何でも叶えてやる」
「馬鹿じゃねぇのかこの紙野郎。俺はそんなこと言ってねーだろーがよ」
盛大に舌打ちをして、白紙のページを一枚びりびりと破った。
「な……! 何をするか愚か者!」
「罰だよ。本ごときが嘘をついた罰だ。嫌なら訂正しろよ。僕は何もできないただの紙くずでーす。って言ってみろよ」
「できないことなどあるものかっ!」
はんっ、と鼻で笑う。
「お前、願いを叶えるごとにリスクがあるよなぁ?」
「そうだ。願いの大きさに比例するが、叶えるごとに使用者の周りが不幸になる」
「じゃあそのリスクをなくせ。それが初めの願いな」
「いや、だからそれは――ああっ! 破るでないっ!」
「僕はただの紙くずです」
「そんなことはないっ! 我は――!」
「にまーい、さんまーい」
「ぐわぁぁぁ! やっ、やめっ――!」
よんまーい、ごまーい。軽快にページを破り捨てていく。大学ノートぐらいの厚さの本なので、そうそう長くは命(?)が持たない。
「わかっ……! わかった! リスクをなくそう!!」
ぴたり、と破り捨てる手の動きを止めた。
疑わしげに黒い本を見る。
「本当か?」
「うむ。特例だが……一度だけな」
「ろくまーい。ななまーい」
「ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょっとまて!! 叶えると言ったではないか!?」
「はちーまーい。だって一回だけとかじゃないし。きゅーまーい」
「破るのをやめんかっ!」
「じゃあちゃんと叶えるか?」
「……二度でどうだ?」
「はいダメー」
びりびりびりびり、と何枚か同時に破り捨てる。
黒い本はさらに慌てて(たぶん)、ハスキーな声でがなり立てた。
「どっ、同時はインチキだぞ! すぐに我が無くなってしまうではないか!」
「別に一枚ずつとか言ってねーし。嫌ならちゃんと謝れよ」
「どうしてそんな願いを言うのだ!? ルールに則ってやってくれればよいのだ!」
「だーかーらー。お前が自分のダメさ加減を認めればそうしてやるよ」
黒い本はだんだんと泣き声になってきた。
「われっ……、我はダメではないっ! 今までだってちゃん――うくっ、ちゃんと願いを叶えてきた! お前みたいに意地悪をする人間はいなかったんだ! ひくっ」
本が泣くのかよ。
「どうして人の心が理解できないのだ! 我は人間が幸せになることを願っている! その為に何百年も生きてきた! わかるか? 我が願いを叶えた人間は、必ず満足して我の事を忘れてしまうのだ! その寂しさがお前にわかあっっつ!! 何!? 何しているのだ!?」
「いや、お仕置き」
黒い本を焙るようにして、ライターの火をちらつかせた。
しばらく「あっつ! あっつい!」と叫んでいた黒い本は、ずりずりと火から逃げるように動き出した。おー、こいつ動けるんだな。
「なんという酷いことを――っつ! 貴様それでも人間かあっつ!! もうあっつ!! やめんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
なんだか楽しくなってきた。これはこれで面白いかもしれない。
「貴様なにを、なんだか楽しくなってきた。これはこれで面白いかもしれない。みたいな顔をしておるのだ! これは冗談ではすまないぞぉあぁぁぁぁっつぅ!!」
うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ。
「ほらほら、俺はただの紙くずです。言ってみ?」
「誰が言うものかっ!! 我は誇り高き黒き神の聖書、ばべあぁぁぁぁぁぁぁつぁぁぁ!!」
本の角が黒く焦げ始めていた。火がつくのも時間の問題だ。
「貴様! それ以上やってみろ! 呪い殺してやるぞ!!」
「それができるんならもうやってるだろ。できねーからこうやって――あ、いけねっ」
うっかりライターの火を近づけすぎて、本に火がうつってしまった。
「あっつぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!! 燃えてる! 我が燃えてる!! 早く消さんか愚か者!!」
「いやでも、水とかないし」
「踏め! 我を踏みつけろ!」
「えー。でも、誇り高き黒き神の聖書、バベルさんを踏みつけられないっすよ、自分」
「緊急事態だ! いいからやれ!!」
「いやー、でもー、俺的にはー」
「火が大きくなってきたではないかっ!! はやくせんかぁぁぁぁ!!」
「でもぉ。ただの紙くずならまだしもぉ」
「貴様この期におよんでっ……! 我は言わんぞっ、決してそのような――!」
「あっ。破いた紙に燃え移るともう手のつけようが――」
「我はただの紙っっきれでーーーーーーーす!!」
「え? そうなん?」
「そうそう! もう紙っていうかクズ!? みたいな! KAMI☆KUZUみたいなー!!」
「じゃあ踏んでもいいか」
「踏んじゃってー踏んじゃってー☆ もう豚のように扱ってくださいっ!」
「まあそこまで言うならね」
要望に応えて激しく踏みつける。しかし燃え上がった炎はなかなかおさまらない。
「もっと強く! そうそこです!! いいっす! そこっす!!」
「この辺か?」
「おい、25号」
「カムヒア! イエスッ! そこっすよーイエスッ!!」
「25号ってば」
「だれだ我を発行号で呼ぶものは。今はそれどころでは――」
息を呑むように黒い本の声が止まった。見ている先には(おそらく見ている)同じような表紙の、だが厚さが辞典ほどもある黒い本を抱えた女がいた。
どうやら話しかけてきたのは女の抱える本のようだった。
「……なにしてんの、25号?」
「わっ、わっ、我を死なせてくれぇぇぇ!! 今ここで! ――っは、そうだ! 願え所有者よ! 世界が滅べと願ってはくれんかね!」
「願うわけねーだろ」
「ならばいっそ殺せぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
半焼した黒い本はばたんばたんと暴れて泣き叫んでいた。
まあ、男に踏まれながら「おーいえすっ」なんて叫んでいるところを知り合いにみられたたら、俺なら生きていけないけどね。
数分後、正座して座る(イメージ的に)二冊のバベルを俺らは観察していた。
俺ら、というのはもう一冊のバベルの所有者のことだ。
所有者の性別が反映されるのか、もともとの性格が違うのか、女の黒い本は女性のような口調で話している。
「25号。あんたもね、伝説の本なんだからもっと誇りを持ってね……」
「わかっている。しかし、我の所有者があまりにも無理な願いをだな……」
「私達に答えられない願いなんてないでしょう?」
「願いを叶えた後のペナルティを無くせ、というのだ」
「……うわー。それきっついねー」
「だろう!? しかもできないというと我を一枚一枚破り捨てていくのだ」
女の黒い本が俺を見た(ような気がする)。
「普通、永遠の命とか、巨万の富とか、地位、名声、とかじゃないの?」
どうやら俺に問いかけているようだ。
「てめぇらが『どんな無理難題でも』なんて言うからだろ。嫌なら訂正しろよ」
「それは私たちを作った神が決めたことだからねぇ……」
「じゃあリスクを全て無くしたっていいだろ。全てに応えるんだから」
「ペナルティを作ったのも、また我らが神なのだ。愚か者」
「その矛盾が頭にくんだよねー。大体『どんな無理難題でも』『望む限りの』なんて言ったらさー、そもそもお前ら自体が存在しなくなるって気付かねーの?」
それまでずっと黙り込んでいた、所有者の女が口を開いた。
「もし僕が『全てのバベルを僕の手に』とか、『未来永劫、僕以外の人間がバベルによって願いを叶えられないように』とか、『どれだけ満足してもバベルが消えてなくならないように』とか願うと、ってことだね?」
うわっ、こいつ僕属性だよ……。
でもまあ、言っていることは正しい。
「ねえバベルさん達、今まで過去に『人類を滅ぼせ』とか『過去も未来も全て消し去れ』とか願った人はいなかったの?」
あまりの質問の内容だったのか、黒い本達は慌てふためいていた。
「そっ、そったら恐ろしい願いは叶えらんねぇべさ!!」
「んだんだー!」
どこの百姓だお前らは。
「てめぇら今までどんな願いを叶えてきたんだ?」
「合格祈願」
なんで祈願なんだよっ!
「おいしいケーキの作り方」
だからなんで作り方なんだよっ!!
「ベルマーク一年分」
現金にしろやっ! つーか一年分って何勘定だよ!!
「……てめぇらその程度か?」
「ばっ、馬鹿にするな愚か者! もっとすごいのだってあるぞ!」
「言ってみろよ」
「小泉さんの後釜で総理大臣になりた――」
「それはいうなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ゲド戦記の監督をやってみた――」
「やめんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「タバコが二回も発覚して処分されたけど、インターネット辺りから芸能活動を再開した――」
「それだぁぁぁぁぁめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
はあ、はあ、はあ……。な、なんて危険な本なんだ。
「我らのすごさがわかったか?」
「恐ろしい……恐ろしい力だ……」
「もしかしてバベルさん達……『大きな願いは叶えるな』って願われたんじゃない? ずっと前に」
びくっ、黒い本が震えた(ような気がする)。
「わ、我らはどんな願いでも叶えてみせる!」
「じゃあ俺ら以外の人類を全て殺してくれ」
「何という酷いことを! 貴様それでも人間か!?」
「その後すぐに生き返らせるように願うからいいだろ」
「ぺぺ、ペナルティがあるぞ!」
「いいって。やれよ」
「いやしかし――」
「もう十分だわっ!!!」
布を切り裂く甲高い声で、もう一冊のバベルが叫んだ。
「12号、お主――」
「もう十分! いっつもいっつも無理難題ばっかり言われて! 私たちがどれだけ苦労しているのかも知らずにさっ! 何が『ペナルティを無くせ』よ! できるわけないでしょ!? 何が『人類全てを滅ぼせ』よ! そしたら誰が幸せになるっていうのよ!! どうして『足が悪い少女を歩けるように』とか『牛乳配達の少年が大聖堂にある絵画を拝めますように』とか願えないわけっ!? そんなんじゃクララはいつまで立っても歩けやしないのよっ!?」
ネロとパトラッシュは死んでしまうのだがいいのだろうか。
「そこのあんた! 自分のことばかり考えて恥ずかしいと思えないわけっ!? 私達の揚足ばっかりとって面白いわけっ! もっと他人のことを考えて願いを考えなさいよっ!」
良いこと言ってる。しかしだね。
「理性の殻を脱ぎ捨て、己が欲望を差し出せ、と言われたのだが」
「そっそれは――!」
「願いを叶えると、誰かが不幸になるペナルティがあるのでは?」
「いやっ、そのっ――!」
「所詮人を幸せにできない黒い本が、人の幸せを願うなんて片腹痛いね」
「殺してぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!! 私達は生きていてはいけないのぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「ああっ、12号が壊れたっ」
うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ。
「待って」
すっ、と僕属性がバベルをすくい上げた。
顔と顔を向かい合わせて(たぶん)、優しい笑顔で微笑んでいる。
「しょ、所有者さん……」
涙声のバベルが、救われた子供のような声を出した。
「本ごときが『生きている』なんておこがましいのよっ! 図にのんな!!」
ぺっと、表紙に唾を吐きかける僕属性。
「キエロ」
「わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
泣き叫ぶ黒い本に向かって「つーーーーーすりーーーー」なんて馬鹿にした声で言っている僕属性。なかなかやるな。
泣き叫ぶ二冊のバベルを残して、俺はその真っ白い部屋を後にした。
「トレーニング、お疲れ様でした」
見習いの女が、俺にコートを手渡した。
それを受け取り、長い廊下を歩きながら羽織った。
「ま、トレーニングというよりも、ただの憂さ晴らしだがね」
ふふ、と女が笑う。
「でも大切なことですわ。人の為に働く、ということは身を削ることですもの」
「仕事だからね。それで、今何時?」
「1時間後に東京高裁で、殺人事件の容疑者の弁護があります。証拠も出てますし、犯行自体には弁明の余地がありません。先生の話術に依頼人も期待しています」
「裁判は、揚足取りだからな。行くか」
「はい」
相手の揚足を取るためのトレーニングマシーンとして開発された『バベル』。政治家、弁護士、検事、記者など、多くの職業において、優秀な人材の育成を目的に使用されている。ちまたでは「どんな願いでも叶える」なんていう設定のみが広まり、噂されているらしいが――。
もう小説ですらない、と。すいません。
私は『全てを消滅させてくれと願った』。あとには何も残らなかった。
の一行でどうしても終わってしまったので、本に口ごたえさせてみたらこうなりました。
貴重な人生の数分間。申し訳ないです。