RISE OF SARTANA・11
谷底のリオ・コントレー貧民街はいやに静かだった。無理もないだろう。滅多に聞こえることのない銃声が日に何度も鳴り響いたのだ。アレンとデイビッドはマリアに言われた通りピーターの家へと向かっていた。帽子を深くかぶり、トレードマークのブロンドを中に収めたアレンは珍しく何も言わずに眉間にしわを寄せながら周囲に目をやっていた。注意深く、何かを探るように。
「この町については?」
アレンがデイビッドに尋ねる。答えるには大きな質問だったが、そもそもデイビッドですらこの町を良く知らない。孤児院を出れば自分も余所者だ。謝罪とともにその旨を述べる。
「でもここはフローディア一、安全な場所だ。みんなそう言ってる」
「そりゃそうだろ。悪党はただ一人、デカい力を持ってるサンティーニだけだ。・・だが、それで本当に安全と呼べるか?」
「他の町じゃ強盗だっているし、悪党同士が撃ち合いをしてるっていうじゃないか。人口も多いし先住民だってやってこない。だから人がやって来るんだ」
「なるほどねぇ」
デイビッドの言葉はアレンの耳には届いていないようだった。この町に来てから違和感がアレンを覆っている。平和な町。それとは裏腹に悪党が仕切っている町。フローディア一安全な町。一方で町は薬漬け。あげく子供が売買されている。表面上の平和。その下で溜まった濃厚なヘドロのような悪。
掴めない。まるで掴めないのだ。この町の様子が、この町に住む町民の顔が。
ここにいるのは死んだような人間と、自我を持たないような人間ばかり。
先ほどからアレンたちを横切る主婦たちの顔には笑顔がない。立ち止まって愚痴を言いあうような風景が一つとしてないのだ。周りの景色に目配せ一つせず、ただ前を向いて歩いている。籠に入った野菜や芋をどう調理しようか、そんなことさえ頭の中には浮かんでいなさそうだった。
日も暮れ始めるころ、二人はピーターの家の戸を叩いた。アレンの目からすれば少なくとも家ではあった。それも二階建てだ。平屋ばかりの納屋や厩のような家と比べればいい暮らしをしているのが一目瞭然だった。
「要件は言いたくねぇ。だがマリアの使いで来たって言えば伝わるか?」
戸を開けた小太りの中年男性は少し驚いていたようだった。掛けている眼鏡は彼の震えとともに揺れている。
「・・あの子が・・つまりサンティーニの件で私に用があるということだね・・?」
マリアの口からはピーターは町の有力者だと聞かされていた。だが彼の声は震えている。この男が頼りになるのだとは素直に思えそうもなかった。
「私の家に余所者を招き入れるところを誰かに見られたくはない。早く中に入ってくれ。生憎急な来客だから散らかっているがね」
「気にしねぇよ。もてなしを受けるつもりでもなかったしな」
「それはいい。だがお茶くらいは用意させてもらおう」
客間に通された二人は辺りを探るように見回した。散らかっているとの事だったが部屋は小奇麗でこの男と育ちと暮らしの良さがうかがえた。これで散らかっているというのならアレンにはどこを掃除すればいいのか分からないほどに。
窓には花弁の大きな花が花瓶に差さっている。きっとこの花も毎日水を交換してもらっているのだろう。いきいきと咲く花の生命力がアレンにも伝わっている。
階段を降りてきたピーターの後ろには妻と思しき女性が三つのコーヒーカップをトレーに乗せながら二人の下にやって来た。女性はコーヒーを二人の目の前に出すと「お口に合うといいけど」とよく聞く言葉を添え、また二階に上がっていった。
「妻のケイティだ。それと幼い娘もいる」
「だから危険な目には遭いたくねぇってか」
アレンはコーヒーを啜ってからわざと意地の悪い返答をした。
「そんなつもりはない。・・といいたいところだがね。サンティーニには関わりたくないというのが正直な感想だよ」
「・・まぁ、いいんじゃねぇか。大した期待はしてねぇよ。娘は二階に?」
「ああ・・そうだが」ピーターは困惑する。閉じた口に警戒を示しながら。
「別に、ただ聞いただけだ。幼い娘って割にはやけに家が静かだからな。俺の知ってるガキは走り回ってキャンキャン喚くか寝てるかのどっちかしかしねぇ」
大層行儀のいい娘だ。アレンは連れてきた仲間と出会った仲間の顔を思い返す。
「それで、私に何をしろと?生憎戦闘の経験はないし、今言った通り失っては困るものも多い。できることは少ないがやれるだけはやろう」
「この町のみんなに協力してもらいたいんです。ピーターさんにはその先導に立ってもらいたい。別に、銃を持って奴らと戦えってわけじゃない。何かできることがあるはずです」
「・・・なるほどね」
両手を組んでため息をつくピーターの視線はカップに預けられたままだ。
「マリア姉ちゃんが言ってた。みんなで立ち向かうことが重要だって。僕も、それは思うんです。この町は根っこまで腐ってる。ただ悪党が消えるだけじゃダメだ。この町の腐敗そのものと向き合わなくちゃいけない」
「・・サンティーニは君たちが叩くのかい?」
「そのつもりだ」
「でもそれにはみんなの協力が必要だ」
ピーターはしばらく考え込んだ後、もう一度大きなため息をついて二人の顔を見る。
「できることはやってみるよ。これでも顔が聞く方だ。協力してくれそうな住人をいくつか当たってみる」
ピーターの言葉にデイビッドの目が輝く。アレンは代わりに口を開いた。
「サンティーニが憎いか?」
「・・それもただ聞いてみただけってやつかい?」
表情の曇るピーターを睨みつけながらアレンが返す。その覚悟と敵意を知りたかった。
「ああ。そうだ。ただ聞いてみたいだけだ。あんたが連中をどう思ってるのか」
「・・・そりゃあ憎いさ。奴らが来るまではここは普通の貧民街だった。今よりはもっとみんなまともな暮らしをしていたがね。上の方に住む人間たちとの格差はあったかもしれないが、酷いものではなかった。貧乏なまま、普通の暮らしをしていた。違うのはありつける飯の良し悪しと住める家の大きさくらいなものだ。・・だが、今は違う。みんな普通ではなくなった。薬が出回り、あちこちで奴らによる犯罪が起こっている。それらすべてが奴らの手中に収まっている。それもこれも、全部奴らがやってきてからだ」
「・・それがあんたの本音か」
「ああ。だからこの生活を変えるために奴らを倒すことに協力するよ。君たちの名前を聞いていなかったが、そもそも聞いていいものなのかどうか」
「アレンとデイビッドだ。次に会うかどうかはわからねぇけどな。俺たちは明日の朝死んでてもおかしくねぇんだ。それより襲撃の準備を進めておいてくれ。すぐに行動するんだぞ。分かってるよな?」
「・・ああ、もちろんだ」
話の途中でコーヒーを飲み終えたアレンはごちそうさんと述べるとすぐさま席を立った。ここに来てからカップに手を付けていなかったデイビッドは急いでコーヒーを口に入れて流し込む。冷めていたのか丁度飲みやすく、少なくとも自分が飲んだコーヒーの中では一番の味だった。今まで飲んできたコーヒーは泥水みたいな味がした。と言っても、デイビッドはコーヒーが好きというわけではない。子供から大人になっていく途中なのだ。
ピーターの家を出たアレンとデイビッドは暗がりの中をゆっくりと歩き始める。
「お使い終了だな」ため息とともに出されたアレンの声は至って平坦だった。
「協力してくれるみたいで良かった」
「ただの町民に何ができるか知らねぇがな」
「でもきっと一番大事なことだ。それははっきり言える。何かしらの形で町民が立ち上がるっていうのは僕たちがサンティーニを襲撃することよりももっと強い武器になる。その意味は重大なんだ。町民がいるからこそ成り立っているサンティーニが町民を失ったら、奴らに勝ち目はない」
デイビッドの瞳は町に灯された灯りに照らされ静かに輝いていた。天を満たす星のどの輝きよりも強い光だった。そんなデイビッドの瞳を見て、アレンは昔を思い返す。
昔の自分もきっとこんな瞳を持っていたのだろう。美しきフローディアの大地に生まれた自分の命。その瞳は美しき大地を捉え、青い空を讃え、光を遠くに見ていた。しかしそれもまた時の流れとともにいつしか淀み、腐っていった。曇った瞳は二度と輝くことは無い。
久しぶりにこんな瞳を見た。
だからこそその輝きを失わせるわけにはいかない。
らしくもない考えが頭をよぎり、ふっと静かに笑うと決意を固めるように拳を強く握りまた歩き始めた。




