表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いせかいにて  作者: 夏野 千尋
第一章 王国の中心
2/4

彷徨う真実

「はじめまして、サヤさん。私はミサといいます!」


 私は目の前の育ちが良さそうな少女を見た。黒髪は艶やかで、指にはあかぎれの一つもない。向こうの世界でも大切に育てられていたのだろうな、とそんなことを考えた。


「はじめまして、勇者さま。ご存じの通り、私はサヤといいます」

「勇者さまじゃなくてミサって呼んでください。折角同じ年頃の女の子に会えたのに」


 今私達は王族専用の庭でお茶会をしている。緊張の欠片もない様子のミサはすごい。私はさっきから色々な緊張で死にそうだ。

 まずミサを守る近衛兵の視線。王太子の側近が護衛しているらしく、先程の尋問の際見た顔がずらりと並んでいる。どうやら私を警戒しているようで、一挙手一投足に過敏に反応される。いつ斬られるのかと気が気でない。

 次に作法。私は名字を持たない人間だ。それなのにお茶会とか…勘弁してほしい。無作法で捕まるのは御免だ。

 最後に場所。王族専用の庭は貴族であっても選ばれた人間しか出入りできない。そんな場所になぜ私がいるのだろうか。最早そこから分からなくなっていた。


「……サヤさん?サヤさん!?」


 ミサの声ではっと我に返る。現実逃避はそこそこにしないと。


「すみません、ミサさん。ここに来たのは初めてで、緊張してしまったもので」


 私の一言で喜色を満面に表すミサは、それは可愛らしい。


「サヤさんは黒髪黒目なんですね!この世界ではとっても珍しいと聞いていたので驚きました。サヤさんのご両親もそうなんですか?」

「そうですね。両親の記憶は曖昧なのですけど、両親も黒髪でしたね。珍しいとは言いますが、居ないわけではありませんから」


 もう10年も昔に生き別れた両親は確か黒髪だった。


「イーノットさん、そうなの?わたしは絶滅危惧種レベルだって習ったけど…」


 護衛の中でも一番近くに立っていた銀髪の美丈夫にミサが尋ねると、彼は首を振った。


「そうですね。ゼツメツキグシュは分かりませんが、相当に珍しいことは確かですよ。魔術師殿の認識より少ないでしょう」


 イーノット=ギーセン。確か彼は第二騎士団の副団長だったはずだ。若手の出世頭で周囲からの人望も厚く、その厳ついながらも整った容貌から女性の人気も集めている。

 私は自身の認識を否定されて少し項垂れた。確かに両親をなくした私を育ててくれた先生も、一緒に育った澄も黒髪だったから認識が間違っている可能性も否定できないけど、絶滅危惧種並みとか私に失礼だと思う。


 ミサは両手を合わせてはしゃいだ声で言う。


「珍しい黒髪がこのお城には3人もいるんだから、すごいです!わたしと、サヤさんと、スミさんですね」

「…そう、ですね」

「……」


 澄。

 澄はもうこの城には居ない。

 思わぬところから出た名前に、私は思わず詰まった。


 それは彼も同じだったらしく、不自然に呼吸が止まっていた。


 ああ、そうか。

 彼もまた、澄の友人だった。同期だと言っていた。それに、澄は彼と共にミサさんの護衛の任に就いていた。何も知らされていないはずがない。そしてそれ故に、何も思わないわけがない。


「スミさんは今仕事で遠くに行っているんでしょ?いつ帰ってくるのかな」


 他愛ない言葉。ミサは何も知らされていないらしい。


「ミサさんはスミと仲が宜しかったのですか?」


 純粋に疑問に思って聞けば、ミサは頬を掻きながら照れたように笑む。


「凄く良くしてもらいました。わたし、こっちに来たばかりの時は何も分からなかったから。ドアの開け方とか、服の着方とか、誰もそんなこと分からないなんて思わないから教えてくれなくて。スミさんだけが気付いてくれたので」


 その微笑みにつきりと胸が痛む。ミサは私が知らないスミを知っているみたい。スミは甲斐甲斐しく世話を焼くような人間じゃなかった。

 口が悪くて、意地悪で。


 でも、少し納得してしまうところもあった。ミサは私たちの先生に似ているところがある。黒髪と黒目はそうだけど、それだけじゃなくて、全体的な雰囲気が。

 先生の若い頃はきっとミサのような少女だったのだろう。

 スミは先生の事が好きだったから、ミサにも優しかったのだと思う。


「そうですか。スミは確かに察しの良いヤツでしたからね」


 押し黙る私に代わってギーセン様が言う。過去形にミサが首を傾げる前に、慌てて別の話題を探した。


「いつもはドーラ魔術師かサクリトフ魔術師に魔術を教わっているのですよね。今日は授業がなくなりましたが、何か解らないところはありますか?私で答えられる範囲なら伺いますよ」

「ドーラ魔術師…サクリトフ魔術師……?」

「ああ、フランシスカとヴァル=サクリトフ魔術師のことです」

「あ、ごめんなさい。皆さんの名前は覚えたんですけど、名字までは覚えられなくて…」


 ここにはいない人間にまで申し訳なさそうにするミサに、仕方がないことだ、と励ます。名前の雰囲気も違う、文化どころか世界まで違う場所に無理矢理つれてこられているのだ。ミサのように馴染もうとしてくれているだけで十分だ。寧ろ尊敬に値すると思う。


「仕方がありませんよ。ミサさんのように短い名前と言うのは珍しいですから。その点私は楽ですよ?家名はありませんのでサヤと覚えるだけでおしまいです。ね?」

「本当ですね。サヤさん!覚えました!」


 悪戯っぽく笑んで冗談を言ってやれば、ミサは楽しそうに声をあげた。無邪気な子供のようにころころと表情が変わる様は、見ていて楽しく好ましい。

 するとミサは、そのまま恐ろしく無邪気に爆弾を投げつけてきた。


「わたしの国にもある名前なんで、サヤさんとスミさんは覚えやすいです」

「そうですか。それは光栄ですね」


 どきりと心臓が跳び跳ねた。私は早口に言い切ると、誤魔化すようにティーカップを唇につけた。とうに冷めた紅茶は緊張で味がしない。ああ勿体ない。


 ミサは私の様子に気づかずひとりごちる。


「不思議ですねー」


 私は紅茶の水面を揺らしながら口を開く。カップの底には始めに入れた角砂糖の溶け残りが析出していた。


「…そうですね。………もしかしたら、私は過去に召喚された異世界人の末裔だったりするのかもしれません」


 冷めてからミルクを入れるのはどうなんだろうかと思いながらも投入する。乳白色の靄がカップいっぱいに広がる。ティースプーンでぐるぐるかき混ぜていると、戯れ言にミサが顔を上げた。


「そうなんですか!?」


 私は苦笑する。


「さあ、どうでしょうね。私には分かりません。そういう人間がいても可笑しくはないとは思いますよ?」

「どっちなんですかああ…」

「分かりません」


 べたぁっと脱力して、ミサは真っ白なテーブルクロスに頬をつける。

 私は声をあげて笑った。




 帰るときはギーセン様がわざわざ魔術師塔まで送ってくれた。斜め後ろにいる気配が落ち着かない。視線を感じるからだろうか。


「…………」

「…………」


 スカートが衣擦れの音をたてる。ギーセン様の腰に吊るした剣も、時折金属の擦れる音を鳴らした。


「…ギーセン様は、私を疑っておいでなのですか」


 沈黙に耐えきれず口を開けば、ギーセン様はまた暫くの沈黙の後口ごもりながらも言葉を発した。


「……分からない。ただ、スミのことを誰よりも知っているのはサヤ殿で、…貴女がスミの罪の理由を分からないのであれば、他の誰にも分からないと、思う」


 私はそれを笑い飛ばした。


「分かりっこありませんよ。澄の考えていることなど、ひとつとして。ギーセン様の方が彼のことをご存じのはずです」


 ああそうだ。私に分かりやしない。

 未だ真実を信じられないというのに、澄の考えがわかるわけない。



 ……でも、あの子なら分かるのかもしれない。

 先生によく似た可愛い子。澄が優しく接したと言う異世界の女の子。


 やりきれなくて俯いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ