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未定  作者: iRije
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第7章 正偽感

 歩行者信号の赤色を見つめながら考える。光がぼんやりと滲んで見えるのは、寝不足だろうか。それか、世界が歪んでしまったのかもしれない。

「ふああ~」

 無意識に大きなあくびがでた。やっぱり寝不足か。心なしか肩が重いような気もする。

 ここ数日、多くのことがありすぎた。昨晩は、あの着信のこと、部室棟の裏を見に行った日のこと、何より彼のことを思い出して悪い予感がした。

 実際には何が起こっているのか、そういうことは考えなければならない。わたしはまだ何ひとつ真実と言えるものを知らないのだ。

 行動を起こす前に、まず自分の考えを整理しなければと思った。今までに見てきたものに疑問がなかったわけではない。ただ、取るに足らないものだと思っていたのだ。

 彼に一歩踏み込んで何かを聞き出すには、わたしは彼のことを知らなすぎる。生徒の表面だけを見て、彼らの価値を決めつけて、教師と言う職業をその場しのぎでやってきたツケを、今払わされている。

 思い出すならば、順を追ってがいいだろう。それも、できる限り鮮明に。あれはたしか、11月頭のことだったと思う。

 わたしは信号が青になってことを確認して、横断歩道へと恐る恐る踏み出した。




11月4日 13時50分


 東山高等学校では、毎年11月に午後の授業を丸々使って、全校で地域清掃をする行事が開催される。クラスごとに分かれて、割り当てられたコースを歩きながらゴミを拾っていき、学校に戻ってくれば終わりだ。

 生徒は終われば早く帰れるし、歓迎と言う人もいるかもしれない。しかし、教員にとっては迷惑以外の何物でもないのだ。創設時の校長が始めた伝統的な行事らしいが、そんなことを企てるのだからロクなやつじゃなかったに違いない。

 わたしは美化委員会の顧問を押し付…任されていたので、正副の委員長を務める佐伯かなさんと、戸村、戸村…何某くんとの3人で、全てのクラスのコースを見回りながらゴミ拾いをしていた。

 佐伯さんは明るくて、褐色の肌が印象的なスポーツ少女と言った感じの子で、友達も多いようだ。戸村くんは静かだが、仲のいい友達もいて、大人にも気の利く賢い子という印象で、勉強もできるので優等生と言っていい。意外なのは、この二人が結構な仲良しらしいということだ。なんでも、小学校からずっと同じクラスで、家もそこそこ近いんだとか。

 たしかに、前を並んで歩いてにこやかに話す様子を見ると、仲良しと言うのは疑いようもない。

ずっと黙っているのもなんだし、話のタネとしても丁度いいので気になることをいくつか聞いてみることにした。

「佐伯さんと戸村くんて、ほんとに仲がいいのね」

「そう見える?まあ、みずきは弟みたいなもんだからね」

 佐伯さんはそう言うと、にっと笑って見せた。その印象的な笑顔は、なるほど多くの人を魅了する訳だ。

 思いがけず、戸村くんの下の名前と佐伯さんの秘密兵器を知ったところで、もうひとつ聞きたいことがあるのを思い出した。

「そういえば、佐伯さんは猫田さんとも幼馴染だって言ってたわよね?戸村くんも猫田さんと仲がいいの?」

 猫田かすみさん。彼女もまた、わたしの知る優等生の一人だ。

 二人が目を合わせ、少しの間があった後、戸村くんが少し振り向き肩越しに答える。

「いえ、ぼくは…猫田さんは、中学も違ったので」

「え、でもそれじゃあ幼馴染っていうのは?」

 その質問にはわたしがお答えしますとでも言うように、佐伯さんが得意げな顔で間に割り込む。

「その質問にはわたしがお答えします!」

 本当に言った。

「わたしとかすみはずっと相棒なのだ」

「相棒?」

「そっ、みのり先生はわたしがバドやってるの知ってますよね?」

「もちろん知ってるよ。猫田さんとペア組んでるんだっけ?あっだから相棒か!夏も活躍したんでしょ」

「えへへ」

 さっきの誇るような笑顔とは違い、今度は恥ずかし気に、でも嬉しそうに笑う。要するに照れているのだ。

 ひとしきり照れ終わると、続けて言った。

「そこまでわかってるなら話は早い。わたし、小さいころからバドやってるんですけど、部活じゃなくて、知り合いの伝手で市のチームで練習してて、そこで初めてペアを組んだのが同い年のかすみだったんです。それからずっと、わたしたちは相棒なんです」

 話をしている間は、終始自慢げでとても嬉しそうに見えた。

「今は部活なんだよね?」

「うん、市のチームは中学生までだしね。それに、せっかくかすみと同じ高校に入れたんだもん。一緒の部活でやりたいと思ったんです」

「そっかあ。でも、それぞれと仲がいいんだったら、戸村くんと猫田さんもお話しするぐらいの仲でもおかしくないと思うんだけど、二人が話してるところってあんまり見たことないな」

 さっきまで、元気の良かった佐伯さんが突然静かになる。

 しまった。無神経なことを言ってしまったかもしれないと思い、慌てて謝罪の言葉をかける。

「ごめんなさい。そんなこと、わたしがとやかく言うことじゃなかったわね」

「いや、いいんです。わたしも二人には仲良くなってもらった方が嬉しいんですけどね。二人とも自分からあれこれ喋るようなタイプじゃないんで」

 いいとは言っているものも、彼女の無理な笑顔からは寂しささえ感じる。素直な子だな。

 しかしなるほど、気が利く人たちばかりと言うのも考えものだ。そんなことを考えていると、ふと気が付く。戸村くんはどこだろう。

 辺りを見渡すと、公民館の近くまで来ていた。すこし先のコンビニに戸村くんの影が見える。彼は黙々とゴミ拾いを続けていた。その左手に握られたごみ袋は、おおよそごみと言えるものがパンパンに詰まり今にもはち切れそうに見えた。




12月7日 15時52分


 下駄箱を確認したことで、彼の早退は確実になった。今日こそは、聞かなければならないことがたくさんあったのに。と思いながらも、まだ考えがまとまらない自分に、話をしない理由ができたようで少しほっとしていた。

 まだ、大事なことをいくつも忘れている気がする。きっと今、何が起きたかを聞いたところで意味はない。事件が解決しても、事態は収拾しないのだ。それをするためにはやはり、なぜ事態が起きたのかを突き止めなければならない。

 それが、彼女の偽りと彼の正しさの証明になると信じて。


 決意を固くして、ケータイを取り出し5日の履歴をあさる。目当ての場所に選択バーを合わせ、その電話のことをゆっくりと思い出す。そこにはこうあった。



着信 13:42  佐伯かな



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