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2.当事者と傍観者の間

『1.例えばこんなありがちな婚約破棄』よりも前の話になります。

逆ハーメンバーの友人視点。

 サルタンド・アレグロは最近、学園内で名物となっている逆ハーレムを眺めていた。

 何しろ構成員が、見目麗しく将来有望と呼ばれている貴族の子息ばかり。中心にいるのが、男爵家しかも田舎出の、傾国とは程遠いであろう令嬢であるから、その一団は何処にいてもよく目立つ。

 ハーレム要因が身内や婚約者に居れば、恐らく大変なことになったのであろう。現に、最近は彼らの婚約者である令嬢たちの顔色は良くないことが多いし、集団を睨むように見ている令嬢を見かけることも多い。

 天候と気温の良い今日は中庭に陣取って恋の鞘当てに勤しんでいるようだ。

 これが赤の他人ならば、飽きるまでは愉快な見世物でしかない。貴族とはいえまだ学生の身、余程でなければ火遊びも黙認される者も多いだろう。これが令嬢ならばそうもいかないのだろうが。

 サルタンドは遠目から、失礼にならない程度にじっくりと観察をする。彼にとっては、賑やかな集団の中に利害がからむ人間はいないし、いい加減無関係な人間は飽きてしまうくらいにはこの逆ハーレムは続いている。別段、羨ましくもないし中心の令嬢に恋慕しているわけではない、のだが。

 (流石に親友が毒牙にかかっているのくらいは何とかしないとなー)

 数ヶ月前まで、婚約者一筋だった親友が今や、すっかり骨抜きにされている。早い段階ならどうにか出来たのかもしれないが、気がつくのが少し遅かった。ちょっとした忠告くらいはしたものの、焼け石に水どころか火に油状態で今は手が出せない。まずは敵をよく知らないとどうしようもない、と見たくもないハーレムを観察することにした。

 集団の中心の令嬢はメロディ・ハルモニア。王都から遠く、かといって何かの役に立つわけでもない田舎領を持つ男爵の長女である。栗色の髪と目は華やかさも珍しさもない。それでも、くりっとした目と小柄で華奢な体つきは森の中にいる栗鼠のような庇護欲をそそる愛らしい可愛さはある。

 (容姿は醜くはないし、まぁ、貴族令嬢には珍しい可愛さではあるけど、好みではないな。胸ないし)

 親友が毒牙にかかっているので、印象は良いものではない。口にすれば喧嘩になるだろうから絶対口にはしないが。

 着ているのは学園の制服だから、他の令嬢と変わりはないが、着こなしが華奢さを際立たせている気はする。髪型は派手な令嬢にありがちな複雑怪奇なものではなく、シンプルで年頃の令嬢にしては短い。表情は子供のように感情のままにくるくると変わり、その点も含めて全体的に幼い印象を受けた。

 (あー……ちゃんとした令嬢はいちいち表情変えないもんな、高位貴族の令息ばかりだから新鮮なのか)

 サルタンドは、件の令嬢と同じような田舎の貧乏男爵家の三男で、ほぼほぼ庶民、といって良いような家の出である。周りに家族以外の貴族はほぼおらず、あまり貴族らしいことには縁がなく育ったと言って良い。武家貴族らしく剣の練習はしてきたが女性の流行やらにはまるで詳しくない。ただ、騎士として出世するためには貴族のマナーの知識は必要不可欠であるため貴族がどうあるべきかは学んできたし、入学してからは周りを観察もし続けていた。

 (あーあ、髪なんか触られて嬉しそうにするのは商売女だけだぜ?)

右の髪を掬い口付けをする黒髪の第一王子に嬉しそうに微笑みかけ、対抗するように左の髪を触る金髪の侯爵家の双子の兄にも同じ笑顔を向ける。背後で守るように立っている赤毛の公爵家嫡男に声をかけ、自らは触れてこない大人しい子爵家の末弟には自分から手を握る。身分の違いによって扱いを変えている様子はない。貞淑さを求められる貴族女性としてはどうかと思われる行動ではあるが。

 (うん、この間騎士団の先輩方に連れて行って貰った花街の飲み屋の人気ナンバーワンのねーちゃんと同じことしているわ)



 「なぁ、今度の騎士団との合同練習、行くの止めようと思うんだ」


 寮が同室の親友からそう声をかけられたのは、サルタンドによるハーレム観察が何回か行われた後の夜だった。


 「騎士以外に転向するのか?」


 そこまで深刻そうではない声音に、サルタンドは風呂上りの濡れた頭をガシガシとタオルで拭きながら質問で返す。

 騎士学科の学生にとって騎士団との合同練習合宿は半分義務と言って良い。将来王都の騎士になろうと、領地の護衛になろうと、騎士団と面識はなくて困ることはあれどあって困ることは殆どない。行かないということは、その必要がなくなったということだろうか?


 「いや、そのつもりはないが……」


 その答えはなんとなく歯切れの悪いものだ。


 「ボロン、何かあったのか?」


 子爵家の末っ子である親友に合宿よりも優先される事案など早々ない。冠婚葬祭の類ならあり得るが、それならば歯切れが悪くなる筈もない。何か重大な転機でもあったのだろうか。

 深刻な話になるかもしれない、とサルタンドは最近習慣としている自身の出身地の名物の果実水を親友にもすすめ、どっかと腰を下ろした。


 「メロディに会えなくなってしまう。

 殿下やマズルカのような確かな身分も実力もなくて、気兼ねなく会えることだけしか取り柄なんてないのに」


 だめだ、色ボケにも程がある。深刻な話かもしれないって思った自分が阿呆だったのか。

 サルタンドは半眼で親友を見るが、その表情は真剣そのもの。恋愛は人を変えるというが、悪いほうに変わっちゃだめだろう、と呆れるしかない。


 「それにマズルカも行かないって言っている」


 続く言葉には絶句しかない。

 親友の行かない理由も相当なものではあるが、それよりもサルタンドはマズルカも行かない、というくだりに驚いた。

 現将軍家の長男、マズルカ・パッセージとはサルタンドも面識がある。騎士を目指すもの同士、共通の授業も多ければ、騎士団の合宿にも一緒に参加しているからだ。非常に優秀な剣士であり、真面目な人物だと記憶している。

 その彼が、合宿に行かないということがあるのだろうか。


 「あのマズルカが……? 家の用事か何かあるんじゃないのか?」


 今まで不参加だったことのない、真面目だと評判の彼のことだから何か理由があるのではないかと考えるのは当然だろう。


 「マズルカが、メロディに会えないし守りもできない合同演習なんて参加する意味ないって」


 この国の未来は大丈夫なのか。いやもう末期じゃね? こいつら改心させるの無理じゃね? 俺この国に居て大丈夫?

 サルタンドは思わず視線を逸らすが、ここで引き止めないとこいつ何かやらかしかねない。他はともかく、自分の親友くらいはやはり道を正すべきだろう、と決意を新たにする。他の偉い人は周りが何とかしてくれるだろうし、俺の出番はないしな、と心の中で言い訳して。

 目の前に座ったボロンは間違いなく本気のようだし、末っ子の性か、仕草のひとつひとつが、人懐っこい。今までこれで色々と許されてきたという面はあるが、今回はそうはいかない。恋愛は自由だがせめてまともな状態には戻さないと。自身を落ち着かせるためにも、果実水のお代わりを自分の分と、相手にも渡し口を開く。


 「とりあえず、だな。

 色々言いたいことはあるんだが、そのメロディ嬢はやるべきことを放り投げてまで自分に会い来た男を手放しで歓迎するような女性なのか?」


 もしそうだとしたら、そもそも貴族として失格だ。


 「『だめだよ、でも会いにきてくれて嬉しい』って言ってくれる」

 「そう、だめなんだよ。今はまだ学生だから、成績が下がる程度で何も問題は起きていない。騎士になってからそんなことしていたら使えない判定されて、出世出来ないどころか左遷されるぞ」


 左遷どころか、下っ端ならクビ案件だ。


 「うっ……。

 でも、好きな人とともにいることは大事なことだろう?」

 「貴族である以上、高貴なる者の義務を優先するべきだし、貴族を返上したとしても仕事をしなければ食っていけない。

 惚れた腫れたはそれ以外の時間でやるべきだ」

 「うー……」


 ぴしゃり、とした返しに可愛らしくしょんぼりとした仕草で落ち込むが容赦はしない。サルタンドは長くなっても大丈夫なように座り直した。


 「それに好きな人って言うけどな。お前、婚約者はどうした?」


 最近はこの国の情勢も安定してきていて、家同士、国同士を結びつけるための婚約というものは大分減ってきている。学園内でも婚約していない学生は多いし、サルタンド自身も婚約などしたことはない。だが、目の前にいる親友は違う。幼少時より遠戚にあたる侯爵家への婿入りが決まっていた筈である。


 「彼女には申し訳ないが、破棄しようと思う。愛のない結婚で彼女を苦しめたくはない」


 繰り返すようだが、ボロンは大真面目だ。それがサルタンドの頭痛を増悪させる。

 婚約者を苦しめたくない、多分嘘ではないだろう。ボロンは確かに婚約者を慕っていたし、侯爵家の婿に相応しくあるよう努力していたことも知っている。学園に通う身であまり会えないようではあったが、以前はまめに手紙も出していた。他の女にうつつを抜かしている今も決して嫌いになった様子はない。ただ、心と自由時間の全てをメロディ・ハルモニアに使っているだけなのだ。


 「確か、婚約者はクレッシェンド侯爵家の年上のご令嬢、しかも跡取りだったな?」


 確認のつもりで問いかけると、ボロンはキャラメル色の頭をこくり、と縦に振った。


 「聡明で、とても優しい人だからわかってくれると思う」


 痛む頭をさすりながら、サルタンドは口を開いた。


 「俺は彼女の人となりを知らないから、彼女のことに関してはお前の言う通りだとして話を進めよう。

 まずお前は、婚約破棄の意向を親へ伝えたか? 良いと言われたか?」

 「両親には、相談するつもりはない」


 茶色い瞳は、これは自分のことだから両親は関係ない、自分で決めたのだ、という見当違いの決意に溢れていた。

 いや、それ違う。

 サルタンドは冷静になるよう努めて、口を開いた。


 「俺たち貴族の婚約・婚姻は個人の問題ではなく家の問題であることは言うまでもないな? お前がもし、婚約破棄の意向を伝えたとしたら、それはもうボロン個人の意思ではなくモデラート家としての意思となる。お前の家は子爵家、相手は侯爵家。格下である子爵家から格上のしかも何の否もない侯爵家への婚約破棄の通知、どう思う?」

 「……非常識だということは、わかっている」


 少しぶすっとした表情で答えた親友に、サルタンドはそうではない、と首を横に振った。


 「非常識、程度では済まされない。

 そもそも、ボロン・モデラートの婚約に関して、モデラート家には一切の決定権はないと思え。貴族の格とはそういうもんだ。

 それでも、モデラート子爵家から婚約破棄の申し入れをした、としよう。理由はお前の心がわり。ご令嬢は納得してくれて身をひいたとして、そのご両親である侯爵夫妻はどう思うだろうな?」

 「良い気分はしないだろう、とは……」


 恐る恐る、といった風に答えた親友にサルタンドは首を縦に振って応える。


 「そうだな、大事な可愛い娘が何の否もないのに婚約破棄を申し入れられる。受け入れない、という選択肢もなくはないが、どの道大層お怒りになるだろうな、間違いなく。

 まず、このことが公になれば、ご令嬢には『子爵家からすら結婚するのに相応しくないと判断された令嬢』というレッテルが貼られる。いくら婿取りの立場とはいえ、ただでさえ令嬢の婚約破棄は外聞が悪いからな、新たに探すのは相当不利だろう。幼い時分ならまだしも、もう適齢期の女性だ。今からまともな相手を探すのには難儀するだろうし、仮に見つかったとしても醜聞はついてまわるだろうな。そんな醜聞も、元凶であり子爵家末弟でしかないお前がどうにか出来るものではない」

 「……」


 言葉を発する余裕など与えず、さらに畳みかける。


 「俺がもし、侯爵の立場だったとしたら、莫大な、それこそ子爵家には払いきれないくらいの慰謝料を請求したり、もしくはよほどの無理難題を突きつけたり、交易があるならそちらに相当不利になるような条件を呑ませたりするだろうな。

 そんでもって、可愛い娘を傷物にされ、侯爵家の顔に泥を塗った子爵家には没落して頂くべく裏であれやこれや手を回すな。お嫁に行ったお姉様方もさぞかし肩身がせまくなるだろうな? 侯爵家とお近づきになれる予定で迎えたお嫁さんが、お近づきになれないどころかまさか、足を引っ張るなんて、思ってもみなかっただろうし」


 サルタンドは侯爵とは面識がないし、どの様な性格かも知らない。ボロンの姉達についても、少し年齢が離れている為あまり知っているとは言えない。だから、これは勝手な妄想だと言える。だが、貴族社会では珍しい話ではない。


 「ご両親も、兄姉も巻き込んで、全てを失う可能性すらあって、それでもハルモニア嬢と共に生きたいと思うのか?」


 自分だけではない、大切な人を巻き込んでまで欲しい女性なのか、その覚悟があるのか。


 「それでも、僕は……」


 ボロンの目線が宙を泳ぐ。仲の悪くはない家族への迷惑も、何も悪くない婚約者の令嬢に降りかかる多大な醜聞もまるで考えていなかったのであろう。ぐらぐらと揺れている表情からして、やりとりの内でのサルタンドの予想は間違いではなさそうだ。


 「それに、もしお前にその覚悟があったとして、だ。

 彼女と結ばれることはお前には不可能だ」


 話に耳を貸すくらいは出来そうだ。

 そう判断したサルタンドは、新たな爆弾を落とすことにした。これで、目を覚ましてくれれば良いのだが。

 果実水で喉を潤すと再びボロンに向き直った。


 「どういう、こと……?」


 判っていたことではあるが、ワケがわからない、といった表情で口を開くボロンにサルタンドはため息しか出ない。


 「メロディ・ハルモニア嬢はお前達の中の誰とも恋仲ではない、そうだよな?」


 沢山の見目麗しい男子生徒に囲まれ好意を一身に受けている男爵令嬢メロディ・ハルモニア。サルタンドは何日か観察し続けていたが、彼女が特定の人間に好意を見せている様子はなかった。好意を向けてくる相手には平等に返す、ただそれだけなのだ。別に男子に限ったことではなく、たまに声をかけてくる女子にも同じような態度をとる。彼女は常に受身であり、そして自分自身と相手の立場はまるで考えていないように見えた。

 恐ろしい程の魔性ではあるが、少なくとも彼女にはまだ、特定の心を寄せる相手はいないのだろうとサルタンドは結論づけた。それが意図したものであるのか、それともまったく意図していないのかはわからない。女性の魔性を見抜ける程の眼力はサルタンドにはない自覚があるので、あれが演技だったら凄いなーとしか思わない。そもそも自分は彼女と親しくなる気もなければそんな機会もないので、どちらでも良かった。


 「まだ、メロディと心を交わした人はいない、と思う……」


 ボロンは記憶を遡るが、特に該当する人物はやはり思いつかない。

 もし居たとしたら、家格の低いボロンは諦めざるを得ない。婚約までしていなければ略奪愛も出来ないことはないだろうが、家格が下の者ではかなりの無理が出てくる。集団の皆もどうやら同じ認識であるらしい、と考えて良さそうだ。


 「ハルモニア嬢の周辺を見ていると皆、随分とご執心のようだ。中にはお前と同じ様に婚約者が居る身で熱を上げている者も多い。本来は、冷静に分を弁えていそうな身分の方までな。

 その筆頭がガヴォット殿下だろう? ハルモニア嬢に髪飾りまで贈ったと聞いている」


 この国では男性が女性に髪飾りを贈るのは恋人、婚約者、夫婦、そういう間柄の風習とされている。別にそういった法律があるわけではないので、いけない、というわけではないが、親族でもないのにそんなことをすれば周りから白い目で見られることは確実だ。


 「確かに、殿下はメロディに髪飾りを贈っていた。メロディ自身は固辞していたけれど、作ってしまったものだから、って」


 やや強引な性格の殿下が押し切った、というのが正確なところだったのだろう、とボロンの言動から推察された。

 しかし、である。


 「殿下にはアリア・ラルガメント嬢という婚約者が居るにも関わらず、だ」


 何しろ、それが判明したときは流石に学園内がざわついた。あまりにもラルガメント嬢をないがしろにし過ぎている、と彼女の周りの人間が怒ったのだ。当のアリア・ラルガメントが「わたくしの為に怒ってくださる方がいるというだけで充分ですわ。殿下への暴言は不敬罪に問われかねないのですから、どうかお怒りは心のうちにお収めくださいませ」とか言って黙らせていたのですぐに静かになったが。流石、公爵家の令嬢は器が違う、と話したこともない相手に感心してしまった記憶がある。


 「でも、メロディは仕方なく受け取っただけで……」


 戸惑うような親友の発言は最もだ。押し付けられただけだとわかっているプレゼントが本人の意思だとは普通は思わない。

 それからも変わりのない態度では、ハルモニア嬢にはその気がなかったということだと周りは解釈するはずだ。そうでなかったところで、彼女と関わる予定のないサルタンドにはどうでも良いことなので否定するつもりはない。


 「そうかもしれない。

 だが、殿下のお気持ちはもう公に出してしまっていると言って良い状態だ。そして公には、ハルモニア嬢も気持ちを受け取っている。

 殿下が未だ婚約を続けていることからして、ラルガメント嬢とは簡単には婚約を破棄出来ない、もしくはする気のない状態なのだろう」


 何しろ、ラルガメント公爵家は数少ない公爵家であり、この国の民にとって人気の貴族だ。第一王女の友人でもある令嬢に一方的に婚約を破棄しようものなら、大変なことになる。そして国民から王室への支持は間違いなく下がる。


 「どう考えても、殿下は火遊びの枠を超えてハルモニア嬢に傾倒している。だが、ハルモニア嬢は男爵家の令嬢だ。仮に殿下に婚約者が居なかったとしても、そのままでは結ばれることは難しい立場だな?」


 それもあって、未だに諦められない人も多いのではないか、とサルタンドは思っている。過去には男爵家の令嬢でありながら王室に嫁いだ令嬢も居ないわけではないが、何も持たない下級貴族がそのまま嫁げるほど王室は甘くはない。メロディの取り巻きは親友の様に妄信的なタイプもいるが、頭の回る腹黒系の人間もいるのだ。彼らが負けることを判りきっている恋愛ゲームから降りないのならば、未だ勝算があると考えているに違いない。


 「殿下がハルモニア嬢と結ばれたいと思ったら、何か対策をしなければいけないわけだが……」


 そこで一旦口を閉ざし、視線を投げかける。

 しかし、怪しい雲行きの話に表情を険しくするだけで返事が返ってくる気配はない。全く聞く耳を持っていなかった以前よりはまともな反応だとは思うが、果たしてこれで良いのかいまいち、自信がない。それでも、ここで止めるわけにもいかず進めることにした。


 「普通に考えれば、可能性はみっつ。

 ひとつ、ハルモニア嬢を諦める。

 ふたつ、ラルガメント嬢と婚約を破棄して、ハルモニア嬢を正妃に迎える。

 みっつ、ラルガメント嬢をこのまま正妃として迎えた上で、ハルモニア嬢を側妃に迎える。

 他には何かあるか?」


 ふるふる、と首を横に振る親友を確認してから、サルタンドは続けた。


 「まず、ひとつ目だが……。

 今までの話で想像するに、可能性は低いだろう。

 婚姻前の火遊びにしては足を突っ込み過ぎている。このままハルモニア嬢から手を引いたところで、ラルガメント公の不興を買うことは間違いないだろう。何かしらの事情があればまだしも、手を引く気があるとしたら、悪手すぎることを繰り返している」


 髪飾りの件なんてそれこそ、ほんの一端に過ぎない。学内でのパーティーで婚約者を放っておくくらいなら可愛いものだが、それだけではない。ガヴォット殿下は公休が極端に少ない。婚約者であるラルガメント嬢は公休で全体の半分くらいしか学園には来ていないのにも関わらずだ。国家行事とか、第一王子としての仕事はどうなってるんだ。この国大丈夫か。


 「殿下は、メロディを諦める気はないと?」

 「恐らくはな。

 そこで、ラルガメント嬢との婚約をどうするか、だ。

 婚約を破棄する気があるなら、早いに越したことはない。何しろ、ラルガメント嬢が婚約者に決定したのは随分と前の話だ。その為俺たちと同年代の令嬢の殆どは王家に嫁ぐに相応しい教育なんぞ受けていない。

 もし、もしもハルモニア嬢を正妃に迎えたいのならば、最低でも表向きはラルガメント嬢と同じくらいに社交をこなせるように教育しなければいけないし、それを補佐する人員探しも難航するだろう。時間はいくらあっても足りない筈だ」


 アリア・ラルガメント公爵令嬢はその教養の高さもさることながら、王妃や第一王女のお気に入りとしても有名である。近隣諸国の主要言語もこなし、既に外交の場でも活躍しているとは誰でも知る話だ。

 その彼女を押しのけて正妃にしたところで、メロディ・ハルモニアに同じことが出来るとは思えないが、そのままで良いわけがない。貴族の派閥の力関係のバランスも崩れるだろうし、それに伴っての各種人選の混乱は簡単に予想出来る。


 「殿下の婚約なのだから、殿下の意思で破棄できるだろう? いくら公爵閣下だって王族の決定は覆せない筈じゃあ……」


 勿論、僕としては不本意だけれど。ボロンはそう言いたげな顔をしている。

 それにサルタンドは首を横に振った。


 「それはそうだろうが、現に殿下は婚約を破棄していない。

 いくら王族といえど、王族だけで国は回らない。婚約を破棄したいのならば、相手に非があるか、そうでなければ相応の犠牲を覚悟しなければならないだろう。特に、政略結婚ならばな。

 だから、なかなか破棄出来ない何かしらの事情があるのか、それとも破棄する気がないか、だ」

 「婚約を破棄されないのだとしたら……」

 「側妃にする、しかないだろう。

 何しろあれだけ慕われている令嬢だ。愛人程度の立場では心配だろうしな」


 この国は基本的に一夫一妻制だ。愛人を囲う貴族もいるが、公的な拘束力や影響力は持たない不安定な立場でしかない。

 ただ、王族であれば議会を通す必要はあるものの、側妃を持つことが可能ではある。王の直系を絶やさないようにするための制度であるため、ここ何代かの国王は持ってはいないが。


 「メロディを側妃に、だなんて……」


 ボロンの表情が曇る。自分の慕っている令嬢が、正妻ではなく言うなれば愛人的な立ち位置で連れ去られることには気持ちの上では納得いかないのだろう。その気持ち自体は理解できないことではない。


 「ただ、彼女にとっては一番良い方法だろうな。正妃であるラルガメント嬢がいる以上、補佐をすることはあれど自分でしなければいけない仕事は殆どない。従って厳しい王妃教育も受けずに済む。出しゃばらず、正妃を立てていれば、殿下の寵愛という美味しいところだけを貰える。ラルガメント嬢がこのまま正妃になれば、貴族社会のバランスも保たれる」

 「それが、一番可能性が高いと……?」

 「殿下の行動としては一番可能性が高いのはそのあたりだろう?

 まぁ、その場合また別の問題が出てはくるが」


 サルタンドは立ち上がり、二人分の果実水を補充する。

 はい、と手渡せばボロンは最初よりは幾分か気持ちの落ち着いた様子で受け取った。


 「メロディを側妃にするのに、また別の問題が出てくる?」


 ボロンの中では、まさか殿下がそんなことを考えているとは思っていなかったのであろう。最初ほどではないが、彼の中で先の読めない展開になっていることがありありとわかる表情をしている。


 「そりゃあそうだろう。ラルガメント公爵家にとっては気持ちの良い話ではないことを差し置いた上でも、問題はある。

 まずだな、側妃を娶るにはいくつか条件があるだろう?」

 「議会の承認とか?」

 「そうだな、議会が承認しなければ側妃を得ることは出来ない。最低でも議会に承認して貰えるよう根回しもしなければならない。

 他には?」

 「他……他……?」


 思いつかない様子のボロンに、サルタンドは口を開いた。


 「そもそも側妃を娶るには、その前に正妃を娶らないといけないだろう?」


 当たり前すぎる話ではあるが、側妃を迎えようというならばその前に正妃が居なければいけない。しかし、それの何が問題なのか。


 「正妃は、ラルガメント公爵令嬢だって話で進めるんだろう?」


 首を傾げながら返す。相手が決まっているのに何が問題なのか。


 「そうだな、正妃はラルガメント嬢だとして。問題は相手ではなく時期だ。

 お二人ともまだ学生の身だけあって、未だ正式な婚姻の日取りの発表はない。

 殿下は王太子の筆頭候補だ。どれだけ遅くとも、婚姻の半年前には日取りの発表があるだろうから、殿下の結婚式までは半年以上ある筈。

 言い方は悪いが、正妃の件が片付かないかなければ側妃の話なんて出てこないだろう?」

 「それは、まぁ、確かに……」

 「そもそもが、王族の直系を残すための側妃制度だ。

 正妃を娶って二年くらいは、側妃の話は出せないだろうし、出しても議会に出す前に却下させられるだろうな。正妃を蔑ろにするようなことは簡単には出来ないだろう。予想でしかないが」


 念のために、とサルタンドは図書館で王室の系譜を調べていた。随分と昔に遡れば話は変わるのだが、側妃を娶っているのは子供に恵まれなかったり政治が安定していない時代が多い。娶るのも正妃との婚姻から大分経ってからのものが殆どだ。実際は囲っていた、という場合も少なからずあるのだろうがそれでも、書面上正式に輿入れするときには時間をおいている。


 「二年……」

 「ラルガメント嬢との婚姻を考えれば、あと三年くらいはかかるだろうな。

 その間に上手いことやって自分が娶ろう、って他の人間は思っているんじゃないのか? 流石に人妻では堂々と手は出せないだろう」


 そこまでしても欲しい女性とは何ぞや。同じ男性でありながらサルタンドには理解できない話ではあるが、優秀な彼らが本当にメロディを恋慕していて、殿下がいるにも関わらず諦めていないのなら、狙っているのはその辺りなのだろうという結論に達した。


 「それはお前には難しいだろう? モデラート家は陛下へも教会にも伝手はなかった筈だ」


 この国では婚姻は教会の管轄だ。そして教会のトップである大司教は代々ダ・カーポ侯爵家の人間が務めている。メロディの取り巻きである双子は現当主の子息である。彼らにその気があるのならば、メロディの婚姻を阻止すべく根回しをしているだろう。爵位が下の子爵家ごときがどうにか出来るものではない。

 それと同時に、貴族籍の者の婚姻は王室が管理している。血が濃くなる危険のある貴族は系譜をきちんと作って管理する必要がある、という最もらしい理由と恐らくこちらが本音だろうが勢力バランスや政治的思惑を把握しておきたい、という理由。判を押すのが誰なのかはサルタンドは知らないが、貴族の婚姻には国王陛下からの許可証が必要だ。特別な事情がない限り許可が下りないものではないが、急ぐ必要もないことなので、許可が下りるまでに時間がかかることもそれなりに多い。こちらも、政治的に重要な役職にはないモデラート子爵家が殿下の圧力を避けて早めに許可証を貰える伝手などない。


 「そっか……」

 「勿論、お前とハルモニア嬢が二人揃って貴族であることを捨てて平民として生きるというのならば結ばれることは可能だろう。だが、生き辛いだろうな」


 家族と婚約者に散々迷惑をかけることになるのだ。モデラート領で生きていくことは難しいだろう。

 その上、人気の女性と駆け落ちすることになるのだ。彼女の信奉者の貴族と関わる仕事も難しいだろう。

 読み書きは出来るから仕事に困ることはないだろうが、家の仕事をしたことがない貴族の女性だ。井戸から水を運ぶことすら難しいだろうし、食事だって作ったことがないに違いない。

 そしてそれを彼女が望むかどうかも分からない。何せ、ボロンとは相思相愛の恋人ですらないのだ。

 それでも、彼女への恋慕を断ち切れないというのなら、せめて。



 「俺には経験はないが、そこまでして思う相手が出来ることは素晴らしいことなのだろうと思う。

 だが、お前にとって大切な人は他にもいる筈だ。最低限の礼儀を尽くして悪いことはない。

 まずは一人で決めようとせず、きちんと、ご両親と話をするんだ。話を聞いてくれない人達ではないだろう?」

逆ハーメンバーにだって友達くらいいるのでは、と。

改行増やしました。

誤字などは気づき次第。

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