表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

1.例えばこんなありがちな婚約破棄

 夏至の日に行われる王宮での夜会、それは一年の社交シーズンの中で最も盛り上がる夜会のひとつであり、貴族であれば一部の例外を除いて、必ず参加する大きな宴である。

 当然ながら、アリア・ラルガメントも公爵家の一員として参加している。ただし、エスコートなしで。


 「ふぅ」


 ある者はあからさまに、またある者はこっそりと下世話な目を自分に向けてくるので嫌になってしまうが、仕方ない。ため息を扇の下に隠し、長年の鍛錬の賜物である社交的な笑みを引っ張り出す。

 本来、このような場は婚約者、もしくは身内や顔なじみの男性のエスコート付きで参加するものだ。

 だが、アリアの婚約者である第一王子はただ今学園で知り合った男爵令嬢にご執心でアリアのことなど頭にない。

 公爵夫妻である両親は国王陛下との打ち合わせがあるため、と別行動であるし、二つ上の兄は自身の婚約者のエスコートがある。仮にも――アリアは本当に仮だと思っているが――王位継承権第一位と思われている第一王子の婚約者をエスコートしようなどという者はいない。

 しかも、第一王子との婚約の雲行きが怪しいという噂は随分と前から広がっており、アリアの貴族社会での立ち位置は微妙なものとなっている。噂を耳にした賢明な大人は遠巻きに様子を見ているといったところか。決して少なくはない友人達も、親に付き従って挨拶周りをしていて忙しそうだ。

 そんなわけで、本来は社交をこなさなければいけない立場だ、と十分に理解しているアリアは今回ばかりは両親に大目に見て貰い、壁の花に徹することにした。その分、他貴族への対応は今回は兄とその婚約者が対応することになっているので、さらに暇になってしまっているがこればかりは自分には何の落ち度もないことなので仕方ない。


 「溜息は幸せを逃がしましてよ、アリア」


 そんな中、臆せずに声をかけたのは、友人であり侯爵家令嬢であるパルフェ・ティンバーだった。

 彼女も似たような境遇で、暇を持て余していたのである。


 「ごきげんよう、パルフェ」

 「お互い、似たような状態ですわね」


 二人は目を合わせて小さく笑った。

 本来なら未来の社交界を引っ張っていく立場の二人だが、今日はいつもに比べると随分と控えめな色合いのドレスに身を包んでいた。

 少しは悪目立ちしないように、と配慮してのことだが、妖精めいた可憐な容姿を持つ友人にはあまり効果はないように思える。


 「ところで、その、パルフェの方は大丈夫ですの?」


 ここ最近はお互い、自分の身の回りのことに忙しく、碌に顔も合わせられなかったが、婚約者がらみのトラブルは令嬢にとってはかなり厄介で心配していたところだ。


 「幸い、将軍家の皆様には温かく迎えて頂いているので大丈夫だと思いますわ。

 私たち女性にとっては、著しい名誉毀損になりかねませんし、こちらには何の非もありませんから」

 「まだ、婚約破棄は女性側には不利ですものね、この国も大分、女性の地位が上がってきたとはいえ」

 「やはり相応の対処はして頂きませんと」


 他の人には聞こえない小さな声で囁き、扇の下で微笑む。

 淡い金色の髪に、淡い緑色の瞳を揺らしているその様子はとても儚げで、それでいて淑女らしい楚々とした所作を失わないと、貴族の間では評判だ。だが、彼女が決して見た目通りの女性ではないことをアリアは知っている。それでも、身分がからむトラブルには心配になるのだ。


 「でも、わたくしよりもご自分の方が大変なのではなくて?」


 何しろ相手は王太子の筆頭候補である第一王子なのだから。

 不敬罪とも捉えられかねない言葉は目配せで伝え、誰も近寄ってこない自分達の方向へ向かってくる気配に口を閉じた。 




 「お前には招待状を送っていない筈だがよく顔を出せたな、アリア」


 呼んだわけでもない第一王子の声がアリアの耳を叩く。

 よく訓練された声は、拡声器なしでも会場内の隅々まで響き渡った。

 王族の登場はもっと後の筈だが、第一王子の顔を知らない貴族など居ない。あちこちで会話に花が咲き賑やかだった会場は一瞬にして静まりかえる。


 「ごきげんよう、ガヴォット殿下」


 名前を呼ばれたからには挨拶をしないわけにもいかない。

 こういう声のかけられ方は後々面倒そうだわ、と心の中でぼやきながら完璧な淑女の礼を返せば隣の友人もそれに倣った。

 不敬にならないようたっぷり時間をとって顔を上げれば、やはり噂の男爵令嬢を侍らせ、後ろにはパルフェの元・婚約者であるマズルカ・パッセージ公爵嫡男までもが帯剣して控えている。

 婚約者でも身内でもない女性を侍らせていることも、護衛騎士でもないのに帯剣して夜会会場にいることも、この国の社交界では異常なことだ。勿論、王族がこんなに早く登場することも。

 相変わらずこの方は常識がなっていない。勉強の方は姉である第一王女よりも出来が良いのだが、それが悪く影響してしまったのか、古い慣習を馬鹿馬鹿しい、とする態度を隠しもしない。ひとつひとつに意味や歴史があることを知らない筈はないのだが。

 今日だってそうだ。

 基本的に、夜会は身分の低い者から入場し、最後にホストが登場する。今は上級貴族がぱらぱら入場しているところだ。

 どれだけ身分が高い人間に寵愛されようと、婚約もしていない以上それは変わらない。

 噂の令嬢も、寵愛されているならそれを王子に進言すれば良いのに、一緒になって遅れて登場しては、品性のかけらもない田舎の男爵家、と謗りを受けても仕方ないし、余計な妬みも買うだろうに。アリアは相手の男爵令嬢の立場が心配になった。 

 そして、ホストの警備能力を疑っている、という意思表示をしていると見なされるので、招待客は帯剣しない。勿論、してはいけないという決まりはないのだが「私は非常識です」という看板を背負っているようなものだから誰もしない。持つ場合は、護身用の短剣を懐に入れて武装しているように見せかけないのがマナーとされる。それですら、自分より上位の家に持ち込む人間は居ない。

 それが、王家主催の夜会で帯剣とあっては、不敬罪で捕らえられてもおかしくない程だ。未だ咎められていないのは第一王子と共に居るからだろう。


 「……残念ね」


 頭が。

 どこか楽しそうに、囁くようにパルフェは呟いた。幸いにも、その声は彼女の親友にしか届かなかったが。


 「大方、父親についてきたんだろうが、恥知らずなことだ」


 不機嫌そうに眉をしかめるガヴォット。

 だがそれは勘違いである。

 確かに本日の夜会は今までとは違い、婚約者であるガヴォットからの招待状はなかった。

 しかし、今回は何故か国王夫妻直々から招待状を頂いているのだ。第一王子の婚約者として、また第一王女の年下の友人として、アリアは王族との交流を持つ機会は多いがこんなことは初めてである。


 「未婚の貴族が、当主と共に参加させていただくことは珍しいことではありませんわ」


 ちょっと凄まれた程度で臆するわけもなく、アリアは無難な言葉を返すにとどめた。

 夜会など、未婚の若者向けの交流会でもなければ、いち貴族令息や令嬢個人に招待状が来ることはない。国王主宰であればなおのことである。

 むしろ、招待状を貰った親についていき、他貴族の子息と交流をもったり、時期当主の顔見せをしたりするのだ。

 それを恥知らずなどと言っては今この場にいる貴族の殆どが恥知らずに該当するだろう。

 そういえば、この人、王太子の有力候補だから、殆ど自分宛の招待状を貰っていたわね、とアリアは記憶を遡っていた。婚約者として同行して、先方に失礼にならないようフォローしてまわったことは少なくない。


 「親の権力を我がもの顔で振るうか。

 話には聞いていたが、とんだ性悪になったな」


 え、今の返事ってそういう風に捉えられちゃうの、と流石にアリアも不穏な空気に眉をよせる。

 特に身に覚えがないのだが、どこかで悪い噂でも流れているのだろうか、帰宅したら侍女によく確認を取らなければ、と心に刻む。元々あまり好かれてはいなかったが、こんな言われ方はされたことがない。


 「お前のような者と婚約していたとはな。

 ガヴォット・オーケストラの名において今、この場限りでお前との婚約を解消を宣言する」


 ざわっ……。


 いきなりのガヴォットの発言に、沈黙を保っていた場内がざわつく。

 え、今それを言うの、と婚約解消は覚悟していたアリアも不意打ちに驚く。

 王家の人間だから国王主催の夜会(まだ始まってはいないけれど)での宣言も咎められることはないのだろうが、場所もタイミングも意味不明である。


 「畏まりました。

 この場に居ない父にも勅があった旨、後ほど報告致しますわ。」


 だが、アリアは眉のひとつも動かさずにすぐに腰を折る。どれだけ自分が清廉潔白でも彼女にはそうする以外の選択肢はないのだ。

 婚約は当人同士の問題だけではない。今でも家同士の結びつきが重視され、本人の意向がまったく反映されないことは珍しいことではない。しかしアリアの場合、本人どころかラルガメント家の意向ですら無視できる相手が婚約者だ。

 公式な会場の夜会で宣言されたのだから、王家からの正式な通達と取るべきだろう。


 「その必要はない。

 お前はこれから、メロディにした数々の行いで断罪されるのだからな」


 傍らの男爵令嬢を庇うように片腕で抱き、空いた腕でアリアを指差す。

 後ろに控えていたマズルカも男爵令嬢を守るように移動し、剣を構える。

 メロディとよばれた少女は緊張か恐怖かで震え、華奢なことも相まって小鳥のようだ。


 「断罪……私がですか?」


 正直、まったくもって身に覚えがない。

 ちらり、とアリアがメロディを見やればまたびくり、と震え、繊細な宝石の花の髪飾りが挿してあるだけの髪が揺れた。

 話したこともない人間に怯えられ、ちょっと傷つく。

 中身は上位貴族らしからぬ気さくさを持つアリアだが、銀色のまっすぐな髪に深い蒼の目、そして貴族の女性としての隙のない所作、言葉数が多くはないことから『氷の精霊姫』と国内外で呼ばれている。本人を前にして言う者は少なく、それ故にそれだけ冷たい印象を与える容姿なのだ、と本人は理解していた。


 「とぼけても無駄だ。

 彼女のドレスの糸を切り、破れて恥をかかせた罪。

 彼女の部屋に忍び込み、荒らして俺が贈った髪飾りを盗んだ罪。

 本人知らないところで、パヴァーヌ伯と婚姻を結ぼうとした罪」


 パヴァーヌ伯、とは好色家で非常に有名な伯爵で、五年に一度は新しい女性を娶っている人物である。彼の妻は何故か謎の病気で亡くなることが多く、そこへ嫁ぐことは貴族女性としては色々な意味で死刑を宣告されたも当然、というような相手だ。

 ガヴォットは次々と罪名を明かしていく。中には罪と呼んで良いのかわからないようなものもあったが。


 「何一つ、身に覚えがありませんわ」


 アリアは本当に身に覚えがないので、堂々と答える。

 観客と成り果てた出席者は、急に始まった断罪劇に困惑を隠せずざわつくばかり。

 隣に立っているがために、やや目立っているパルフェは、涼しい顔で微笑んでいるだけだ。


 「しらを切っても無駄だ。この件は陛下のもとへ証拠とともに上げてある。

こいつを、牢へ連れていけ。貴人用など使うなよ。」


 ハッ、という短い返事とともに警備兵がアリアを取り囲み、アリアの顔色も変わる。

 それと同時に出席者が出すざわめきの音は大きくなった。その声の殆どは、第一王子の更なる爆弾による混乱によるものなのだが、当事者には伝わっていない。


 「……詰んだわね」


今度の呟きは誰の耳にも拾われなかった。

 何処から湧いた濡れ衣かは分からないが、擦り付けられる身の隙の多さに情けなさを覚える。これからどんな目に遭うのかも恐ろしいが、両親や兄に迷惑がかかることも恐ろしい。純白も謀略で黒く出来るのが貴族社会で、そんな隙を与えてしまった自分にもがっかりする。王女殿下が口添えをしてくだされば良いが。

 震える体を抱きしめ周囲を見渡せば、一緒に入場した筈の兄の姿は見えない。こんな姿を見せずに済んだことに心細さと少しだけ安堵を覚える。

 一息、深呼吸して背筋を伸ばす。まだアリアは公爵家の人間、こんな大勢の前でこれ以上情けない姿は見せられない。後ろめたいことなど、何一つしていないのだから、堂々としなければ。

 そして、警備兵に促され、一歩を踏み出す。内心はこれからされるであろう尋問や、処遇に対しての恐怖に支配されつつあるが、顔に出してはいけない。


 そのときだった。


 「待ちなさい」


 凛とした声が響く。

女神が舞い降りた神子のように隅々まで響き渡り人を一瞬で黙らす声、それはアリアがよく知る筈の声だ。


 「第一王女コルネットが命じます。

 アリア・ラルガメントを離しなさい。今すぐ」


 髪を複雑に結い上げ、この国の王族伝統の刺繍が施された、儀式用の正装をした第一王女がそこには居た。

 深紅の髪には、さまざまな大きさのダイヤモンドをふんだんに使い、国花を模したティアラが輝いている。それはこの国の女王か王妃しか身につけることが許されない特別なもので、彼女が身につけているということは、次期王太子が確定したということなのだろうか。

 アリアの記憶が確かならば、まだ、この国の王太子は決定していなかった筈である。それどころか、第一王女は筆頭公爵家への降嫁が有力視されていたのではなかったのか。あまりの衝撃に、アリアはぽかん、と口を開けたまま固まった。

 周囲の人々も、突然の王女の登場に驚き、口を開けずにいる。


 「怖い思いをさせてしまいましたね、アリア。

 あなたの無実は王家が保証いたします。」


 ぐるりと広間を見渡したあと、コルネットはアリアに微笑んだ。

 アリアはというと、今までの淑女教育は何だったのか、被っていた猫は何処へ逃げたのか、未だぽかんとコルネットを見上げることしかできなかった。最も、その若干間抜けな表情はコルネットにしか見られなかったのだが。


 「何をしているのです、聞こえなかったのですか?

 警備兵、私の義妹を離しなさい」


 誰もが呆然とする中、それでも優秀な城の警備兵は構えていた槍を下ろす。よく見れば左右に将軍やその他の大臣も立っている。


 「どういうことです姉上?」


 熟れていないリンゴを口に放り込まれたような顔でガヴォットは姉を睨み付ける。


 「それは私から説明しますよ、ガヴォット王子殿下」


 コルネットに目を奪われていて、皆気づいていなかったが、いつの間にか玉座の横には宰相が立っていた。下手には各大臣と高位貴族の当主も控えている。何かしらの重大な会議がされていたであろうことが伺える。王太子に関する内容であることは容易に推察できた。


 「まず、アリア・ラルガメント公爵令嬢がメロディ・ハルモニア男爵令嬢に行ったとされる罪ですが、全て濡れ衣であることが判明しております。」


 手元の書類を見ながら、今日の天気は晴れですよ、見ればわかるでしょう、と言わんばかりの口ぶりで言う。


 「どういうことだ、ティンバー侯。貴様が出てくることではないだろう」


 現在の宰相はパルフェの父であるティンバー侯爵である。本来、罪人の取調べや罪状の決定は、法務大臣の管轄であり、宰相が直接関わることは殆どないといって良い。勿論、王宮勤めの官僚のトップではあるし、今回は王族に、国内の権力情勢にも関わることなので、関わっておかしいということもない。ただ、ガヴォットはこの男が好きではなく、気に食わないだけなのだ。


 「これだけでは、誤解が解けないままの方もいるようですから、すこし付け加えますが。

 メロディ嬢のドレスが破れた件については、仕立て屋に確認し、証拠も押収しました。

 ハルモニア家は、出来上がったドレスにケチをつけて報酬を無理やり下げさせることを繰り返していたようですね? 件のドレスは最初から随分と低予算を提示したとか。

 見栄えだけはするドレスにする代わりに、大分不出来で、複数回の着用には耐えられない代物にする、といった内容の契約書が仕立て屋とハルモニア家双方から出てきましたよ。」


 ほら、と目の前で契約書をちらつかせる。勿論、アリア達の距離では内容まで確認できないが、内容が内容だけにメロディは首まで真っ赤にしている。


 「それに、大抵の事件は彼女には犯行を行うことも指示することも不可能だった、ということも確認が取れております」

 「どういうことだ?」

 「破れたドレスも、行方不明の宝石も、アリア・ラルガメントは存在を知ることすら出来なかった。

 証言者の中には、王太后殿下や王妃殿下も含まれる、これほど確かなことはないでしょう」


 これでこの話は終わりですよ、と宰相は回りを見渡す。王家が無罪を証言するのに、内心はどうであれ反論など出来るわけもなく、観衆は黙ったままだ。

 それを反論なし、と捉え宰相は話題を変えた。


 「ところで、この場には相応しくない者がいるようですね。

 パッセージ将軍のご子息でしたか。

 この場で帯剣していることの意味、知らぬとは言わせませんよ。どういう意図があるのか、後ほど別室でじっくりと伺いましょう」


 笑顔で近衛兵に指示を出すが、目は笑っていない。近衛兵は隙のない動作で剣を取り上げた。


 「待て、マズルカは俺の護衛をしている。帯剣していることはおかしくはないだろう」

 「本来護衛騎士でない者に護衛をさせる際の正式な書類が出ていませんね、不敬を問われても文句を言う権利はありません。

 殿下の反逆の可能性も否定できませんから、殿下にも後でじっくりお話は伺いますよ」


 噛み付くような王子にもあっさりと迎撃し、宰相は続ける。


 「さて、お集まりの皆様。

 少し余計な騒ぎも起きましたが、夜会は予定通り行います。時間まで、しばし、お待ちを」


 ティンバー候はあっさりと騒ぎを鎮めたがしかし、落とされた爆弾が多きすぎた。穏やかに談笑、という雰囲気は吹き飛ばされ異様な空気が漂い続ける。

 しばらくして、プペ~、と陛下登場のラッパが大音声で鳴り響き、国王夫妻が登場した。


 「皆、顔を上げよ」


 騒ぎなどなかったかのように、登場に合わせ頭を下げていた貴族はその頭を上げる。

 そして長らく人を乗せることのなかった豪奢な椅子に腰掛けている人がいることに気がつく。王太后殿下だ。

 会場に集まった下級貴族はざわめきたった。

 現国王が王位を継いで以降、表舞台へ顔を出すことが殆どなくなった、この国で誰も逆らうことの出来ない女性。

 それなりの高齢になっている筈で、見た目にもそれ相応の老いが出てきているのだが、衰えを感じさせない圧倒的な存在感を放つ。その横には正装をした第一王女が立つ。


 「開会の前に、第一王子ガヴォットよ」


 王は息子に顔を向けた。


 「はい、父上」

 「先程、ラルガメント公爵長女アリアに婚約破棄を言い渡した、間違いはないか」

 「間違いありません」


 息子の、きっぱりとした肯定を確認した国王は視線を移す。王家の人間特有の深紅の瞳がアリアを貫いた。


 「では、アリア・ラルガメント」

 「はい、陛下」

 「そなたは先程、我が息子ガヴォットから婚約破棄を言い渡された、間違いはないか」

 「間違いございません、陛下」


 アリアも、国王から目を反らさずにしっかりと答えた。普段は温和な国王だが、やはり国の頂点に立つ者、放たれる威厳には馴れていても緊張はする。


 「間違いないようだな。

 本来、婚約は個人の意思だけでどうにかなるものではないのだが、王族の名をもっての通達では勅と扱うしかあるまい。

 第一王子ガヴォット、アリア。

 そなたたちの婚約解消を認めよう。

 これを覆すことは許さぬ。

 これが、どういうことかは分かっているな?」


 そこで一息つき、王は当事者二人を見やる。


 「ありがとうございます」


 頭を下げたガヴォットは恐らく、分かってはいない。アリアと、二度と婚姻する機会がなくなった、その意味を。

 複雑な思いを抱え、アリアも続けて頭を下げた。


 「アリア・ラルガメントに何の非もない。

 それは、王太后と王妃、そして第一王女コルネットが証言し、我が名において保障する」


 つまり、今回の件でアリア・ラルガメントを非難することは王家を非難することと同等ということだ。これで、アリアの名誉を守ることができる。

 だが、しかし……。

 (これだけじゃ、アリアの婚約問題は解決しないのよね、どうするのか発表する気はないのかしら)

 パルフェは心の中で首を傾げる。


 「そして、これをもって第一王子は王位継承権を永久に放棄したとみなす。異論は許さぬ」


 続けて放った王の言葉に、下級貴族を中心にざわめきが広がる。

 第一王子がしたことは、言ってみれば婚約者に冤罪を理由に婚約破棄をしただけだ。しかも冤罪はきちんと晴らされている。色々と問題があることは確かだが、急を要することでもないのに今ここで決定が出されることなのか、という疑問は最もである。


 「何故ですか、父上!」


 第一王子が叫ぶ。横のメロディも首を縦に振り、追従する。


 「ガヴォットさまが何をしたというのですか、国王さま!」

 「アリアが王配の器と知って、婚約を破棄したのだろう? 現在我が国に居る王配の器の持ち主は二人。リュート・コンツェルトとアリア・ラルガメントのみ。

 王室典範第一章において、十歳以内の年齢差の王配の器が存在する場合、そのものとの婚姻が王位継承の必要条件と定められておる」


 つまり、その王配の器との婚姻が成立しなくなった段階でガヴォットの王位継承権はなくなったことになる。


 「王室典範を、改定すればいいのだろう?」

 「ならぬ、古の精霊との約束だ。上院でも全会一致で否決された。

 また、今回の一件で第一王女コルネットを王太子とすることが正式に決定した。

 継承の儀は来春に行う。

 コンツェルト公リュートとの婚姻は、来年秋に。

 告示は共に今秋に行う。各々全ての領民に届くよう、準備を始めよ」


 王の口から直に言葉を聞き、広間の多くの人間は胸に抱きはじめていた予想が本当であった、と知らされる。ガヴォットは唇をぎりりと噛み締めるしかなかった。


流行に乗り遅れた感の婚約破棄が書きたかったのです。

時折誤字など修正

会話文に改行を挟みました(H28.9.26)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ