人の章 第一部
2035年9月
1
まだ残暑が終わらないそんな朝が過ぎて行く午前十時頃、山の稜線は黄緑に染まっている。
「愛香姉ちゃん! 起きてってば!」
「ん~ 何よ、何か用?」
「今日は日食があるからって、昨日言ってたろう?」
「日食~?」
寝ぼけながらシーツをはがす大和に愛香がシーツを掴む。
「まだ眠いから…また今度ね」
「起きろ! ブス!」
「ブスって何よ!」
「ほら 起きた」
「…………」
神凪愛香と稲荷大和は父親兄弟のいわば従姉弟であり、二人の住まいは近くにあり用があると大和が愛香の家に訪れる。
「とにかく…日食見たいって言ったのは愛香姉ちゃんなんだから、早く行こうよ!」
「分かったわよ!」
自分の部屋で支度を整えて大和は玄関で待つ。
「早くしないと間に合わないよ!」
「急かさないの!」
ダッシュで神社の裏手にある山道を愛香と大和が走って行く。
五分程走ると山並みが見える高台に着いた二人、周りが既に薄暗くなりはじめていた。
「間に合ったよ! 愛香姉ちゃん」
「ハァハァ…大和って相変わらず足が速いわね」
二人で日食用のサングラスをかけて太陽を見上げる。
「大和…皆既日食迄あと何分?」
「あと三分以内かな?」
次第に太陽は端から欠け始めた途端温度が下がる。
「…………」
「どうしたの? 黙って」
「何かあたし胸騒ぎがするんだけど…」
「気のせいじゃないの?」
「そうかな…」
サングラスを外し後ろを振り向く愛香、その瞳に映るのはピラミッド型に似たような山が聳えている。
再びサングラスをかけて太陽を見上げると皆既日食になりはじめていた。
「凄いなー!」
「ねぇ!地面揺れてない?」
「地震?」
いきなり携帯電話から緊急地震速報のアラームが高台に鳴り響いている。
「キャーッ!」
立っていられない二人は地面に腰を落とした。
「あ…愛香姉ちゃん!あれ…」
「何よ大和!」
大和が指差す方向は先程愛香が振り向いた山の頂上から、まばゆい光が天に向かって一本の光の柱が伸びていた。
「ちょっとどうなってるの!」
それと同時に山から鳴動が聞こえて来た。
鳴動が始まった頃からいつの間にか地震が止んでいた。
静寂が辺りを包むと愛香と大和は顔を見合わせた。
「何だったのかな?」
「あたしに聞かれても…」
「愛香姉ちゃん…それ?」
「ん?」
大和の指先が愛香の胸元に愛香は目を向けた。
「さっきから何なのよ~」
愛香の首飾りが胸元の付近で浮いている。
「それって勾玉?」
「あんたって冷静ね! そうよ…じいちゃんから貰ったのよ!」
首飾りに付いてる勾玉は朱と白と緑の色なのだが、それが宙に浮いているため愛香は戸惑っている。
そして勾玉があの山の方へ導くのか愛香を引っ張ろうとしている。
「着いて行った方が良いかな? 大和…」
「かもね…」
勾玉に従いながら二人は草をかき分け不安な顔をしながら山の見える位置まで歩いて行く。
山肌が見えてきたが何故か一ヶ所だけ縦に筋が伸びている、良く見ると目線の先に手形の模様があった。
「ねぇ…これって これに手を充てたら扉が開くとか?」
「僕がやってみる!」
好奇心の塊な大和は躊躇せずに手を手形に充ててみる。
「ん~? ビクとも動かないな~」
「しょうがないわね…あたしが試してみる!」
今度は愛香が手形に手を充ててみる、すると鈍い音をさせながら扉が両端に開き始めた。
ゴゴゴゴッ…
再び辺りが静寂に戻る。
「大和…中が真っ暗!」
「愛香姉ちゃんライトで照らさないと!」
「え~と…あれ?」
愛香が自分の体をあちこち探るが焦っているせいか何をしているか自分でも分からない状態だ。
「愛香姉ちゃんったら! スマホのライト点けて!」
「そうだった!」
愛香は携帯電話を取りだしライトを照らしておそるおそる洞窟の中に入る。
数十メートル程進むと今度は銀色の開閉式の扉が目の前に出現した、だが洞窟の入り口にあった手形のマークがなかった。
「どうしたらいい?」
「何でもかんでも僕に聞かないでよ!」
「何よ! 女心が分からないんたから!」
「だ・か・ら…落ち着いて」
「…………」
いきなり扉の上部から愛香に向けてライトが照らされた。
『ニンショウシマス、シバラクオマチクダサイ』
「え? 認証?」
愛香の勾玉の朱と白と緑が光に反応したのか、その三つの勾玉の淡い色が一筋にまとまり扉の中央に集まった。
幾何学模様が羅列したようで扉の中央に勾玉の模様が三個浮かび上がる。
すると中央から両端に扉が開いた。
おそるおそる愛香は歩を進める。
眩しい光が突然点灯して室内を照らす。
「うわっ! 何だよコレ!」
「誰かの研究室かな?」
壁一面が銀色に輝いていて中央に蓋の付いたベッドみたいな物が鎮座していた。
恐る恐る愛香がベッドの側に近寄ると身に付けている勾玉のネックレスが点滅していた。
するといきなりベッドの蓋がスライドをしてドライアイスみたいな物が床に流れている。
「ちょっと…何なの?」
愛香は恐々と開いた蓋の中を覗きこむ。
それは、液体が入っておりその中に人らしき者が入っていた。
やがて液体が減り始め人らしき者が姿を現した。
「誰だよ!」
大和は興味津々に覗きこむ。
中にいたのは綺麗な長髪の女性が横たわっていた。
「女性…しかも全裸?」
大和が凝視しているのに気付き愛香は大和を睨み付ける。
「大和 後ろを向く!」
「ハイ…」
愛香が覗きこむと女性の目が開き愛香と目が合った。
「キャッ!」
「どうしたの?」
「な…何でもないから」
腰を抜かしそうになる愛香はなんとか体制を取り戻し、再びベッドに近寄る。
ベッドから女性がゆっくり起き上がり愛香を見つめた。
「戸与ーー」
いきなり愛香を抱きしめた。
「と…とよ?」
「戸与でしょう? 生きてたのね!」
「あ~あの、私は戸与ではなく愛香と言います!」
「愛…香? あの戸与はどうしたのですか?」
「さあ? 戸与は知りませんが」
「そうでしたね…人は長くは生きられませんね…」
「あっ そうだ貴女の名前は?」
「私は日巫女です」
「日巫女?」
2
あまり状況が掴めずあたふたしてる愛香は気を取り直し日巫女に訪ねる。
「日…日巫女さん? あのここでは何ですから家に来ませんか?」
「愛香姉ちゃん…家にって、叔父さんにどう説明するの?」
「何とかなるよ! さて日巫女さん服を着ないと」
「服? 装衣ですか…それならばその棚の中に」
ベッドのすぐ横にある棚に愛香が手をかざすと静かに開いた。
日巫女は愛香から装衣を受け取り軽やかに着こなす。
艶やかさに見とれていた愛香が気付くと既に着替えが終わっていた。
「それでは行きましょうか」
「叔父さんに怒られても知らないよ!」
「黙って着いてくる!」
三人で室内から出て来た道へ戻る、さっき迄のおどおどした態度はどこへやら帰り道はすんなり進む。
「あ!」
千年も眠っていたのだから強い日差しは無理もない事である。
「もう少し歩くと開けますから待っててくださいね!」
「はい…」
「わー美しいですね!」
先に歩み出た日巫女は山の景色から見える町並みがきらびやかに映るのか、愛香と大和が後ろにいるのも考えずに暫く佇んでいた。
「日巫女さん! 行きましょう」
三人揃いやや早足で愛香の家まで歩くのであった。
「まったく、愛香は何処に行ったんだ…愛香!」
屋敷の庭先で怒っている人がいる。
「あ!父さん」
「愛香、心配したぞ!」
「ごめんね!色々あって!」
「で…そこにいる女性は、愛香の友達か?」
「その…実は…」
「…………?」
「日巫女さんっていう人なんだけど」
「日巫女?バカを言うな!コスプレしているだけだろう?」
「叔父さん、ホントに日巫女さんなんだ!」
日巫女が一歩前に出る。
「私は先程裏の洞窟内から来ました日巫女と申します」
深々とお辞儀をすると勾玉の色が光る。
「そ…それは朱と白と緑の勾玉、まさか貴女が本物の日巫女さんで?」
「ハイ、そうです」
黒髪のロングヘアに澄んだ瞳を持ちどこか気品漂う佇まいだ。
「愛香! すぐに風呂と替えの仕度を整えておけ!」
「いきなり何よ父さん、さっきまで半信半疑だったくせに!」
「いいから言う通りにせい!」
風呂場に直行する愛香は父親に従うしかなく、言うことを聞かないと雷が落ちるからで渋々風呂のスイッチを入れに行く。
「あの…聞きたいのですけど、ここはどんな所ですか?」
周りを見渡す日巫女は何もかも新鮮に映り、瞳はきらびやかに輝いている。
「それはおいおい中で説明しますので、まずは家へお入り下さい」
「それではよろしくお願いします」
「…さっきからどうした大和、お前も中へ入りなさい」
「うん…」
3
風呂が沸くまで時間があるのでその間迄部屋で話す事になった。
「改めて自己紹介します、私はこの神凪神社の宮司で第68代となる神凪源治です」
「私は三代目の日巫女で元は椿と名乗っていました」
「椿様でしたか…やっぱり伝承は正しかった訳だ」
「伝承とは何ですか?」
「ちょっとお待ち下さい」
源治は背中の後ろにある納戸を開けて書物を引っ張り出す。
「これは?」
「神凪家の初代戸与が残した当時の文献で、木片から書物に写し替えた書本です」
「戸与がですか?」
「そうです」
「良かった…あの後の戸与は生きていたんですね」
「そうですね」
だがすぐに落ち込む日巫女。
「どうかなさいましたか?」
「長く眠っていたせいで、記憶が混乱しているようで…」
「無理もありません、自分の家と思って気を楽に過ごして下さい」
「ありがとうございます」
廊下を走る音が部屋に近付いて来る。
勢いよく障子を開ける愛香。
「父さん! お風呂沸いたよ」
「沸いたはいいが静かに開けなさいといつも言っているんだがな」
「ごめんなさい…」
「また怒られた」
「うるさい!」
「日巫女様お風呂が沸いたようなので、愛香が案内しますから入ってらして下さい」
「分かりました、愛香さんよろしくお願いします」
「こちらです」
「僕はどうするかな?」
「もうすぐお昼になるから、一緒に食べていきなさい」
「はい…」
廊下を歩きながら愛香と会話する日巫女。
「日巫女様に聞きたいのですが、日巫女様がいた時代はどうだったんですか?」
「おぼろ気なんですが…私が神託して皆が働いていた位しか思い出せませんね」
「やっぱり長く眠っていると夢を見るんですか?」
「見なかったですね、意識が遠くにある感じで眠ってましたから」
他愛ない会話で場を和まそうとするが、歴史に疎い愛香が話せる訳もなくいそいそと浴室へと歩く。
源治と大和が部屋にいると玄関から声がしている。
「お~い! 源治ー」
「父さんが帰ってきたようだが、玄関で何をしているのか」
いつもの事で慣れている源治は玄関へと向かう。
「源治よ! 土産物買って来たぞ! 持っていけ」
「父さん…今はそれどころじゃなくて…」
「日巫女様がお目覚めなさったんだろう?」
「やはり分かってましたか?」
「分かっておる! それで日巫女様は?」
「お風呂に入りました」
「それではお風呂から出るまで待ってようか」
お風呂場から日巫女と愛香の会話が聞こえる。
「愛香さん! この泡は何ですか?」
「これはボディーソープで体を洗う物です」
狭い浴室に二人でお互いの身体を洗っている。
「…………」
「どうかしましたか?」
「日巫女様はオッパイが大きいのですね」
「オッパイですか? それはこの事ですね」
「し、失礼しました! あまりにも形が美しいもので」
「愛香さんのも美しいではありませんか…」
「とんでもありません!」
「うふふ…」
品行方正な日巫女にうっとりする愛香であった。
「宮司様、お食事の用意が出来ました」
「わしは先に行っているからの、お前たちは頼んだぞ」
「分かりました」
「あの…僕は?」
「食べていきなさい」
大和が食事に行くのと同時に愛香と日巫女が風呂から戻った。
「あれ? じっちゃんの声がしたような」
「父さんは今キッチンに大和と行ったぞ」
「じゃ、日巫女さん一緒に行きましょう」
「はい」
「お~日巫女様、長い眠りから目覚めまして」
「初めまして…貴方は?」
「私はこの倅の父で源一郎と申します、どうぞお座り下さい」
「では失礼します」
こじんまりしたキッチンも四人となると賑やかになるもので、日巫女が加わっただけでその場の雰囲気が華やかになる。
「日巫女様のお口に合えばいいのですが?」
源治の心配をよそに日巫女は味噌汁と白飯を美味しく頬張る。
「美味しいですね、この汁物は何ですか?」
すかさず愛香がフォローする。
「これは味噌汁です」
鮭やキュウリの浅漬にホウレン草のおひたしを平らげる日巫女。
「長い間眠りについていたので食は厳しいかと思いましたが…」
源治の思いとは裏腹に日巫女の食欲は落ちてはいなかった。
「いいえ…お風呂を頂きましたらお腹がすきまして、恥ずかしながら全部食べてしまいました」
「さて本題に入りますがよろしいですか? 日巫女様」
「よろしくお願いいたします」
「眠りから覚めて当時の記憶はどうですか?」
「当時に関わった人達はおぼろ気に覚えていまして、特に身近にいたレオに戸与と倭がいたことは記憶に残っています」
「それは全体に記憶がありますか? それとも、眠りにつく前の記憶だけがありますか?」
「眠りにつく前だけですか…2人の顔が今でも鮮明に浮かび上がります」
「ありがとうございました、それだけ思い出せば記憶障害はないようですね」
「良かったですね!」
「ありがとう」
「…………」
「どうしたかな?」
「大和さんは私のいた時代の倭に似ているようで、他人とは思えないんですけど」
「え? 僕がですか?」
「気のせいですね…」
「そうでないかもしれませんぞ、何かしらの縁というのもありますからな」
「さて日巫女様の部屋を用意しなくてはならないが、今晩だけ愛香の部屋で一緒に寝てもらえないか?」
「えっ? 私の部屋で?」
「何か問題があるのか?」
「問題っていうよりパジャマが…」
「お客様用の寝間着があるから、それでいいだろう」
4
「おじさん、僕はもう帰ります」
「そうか…大和君、この事はくれぐれも周りには内緒にな!」
「分かりました、おやすみなさい」
時間は夜7時になり大和は帰路に着いた。
早々に夜食を済ませ日巫女を愛香の部屋に案内した。
「ここが私の部屋になります」
「部屋ですか? 寝所とどう違いますか?」
「たいして変わりませんよ、さあどうぞ」
「うわ~綺麗ですね!」
「そうかな?」
愛香の部屋は和室を洋室に改装して十畳程の広さに、やたらピンク色が目立つ内装で壁にはアイドルグループのポスターが所狭しと貼ってある。
リビングでは源治と源一郎が神妙な趣きで会話していた。
「しかしまさか日巫女様が十代であったとは、魏志倭人伝では年長の卑弥呼様が統治したと書いてあったが…」
「父さん、魏志倭人伝は魏の国の視点で書いた物…代々伝わる倭国日巫女伝とはずいぶん掛け離れているのですが」
無理もない古文書の中でも異端中の文書が代々伝わる倭国日巫女伝、門外不出の文書でもあり公開はあり得ない文書だからだ。
「ただ文書の最後が謎になるのかの? 源一郎」
最後の一文はこう書いてある。
ー倭国を復活するー
「いったいこの意味するのは何だろう」
「ここで考え倦んでもラチがあかん、わし達が見守る事しか出来ん」
「鍵は日巫女様にありか…」
愛香が床の上に布団を引いて三秒も待たずに寝てしまった。
日巫女は微笑みながら愛香の顔を見ながら愛香のベッドで横たわる。
「困りました…やっぱり眠れないようです」




