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68.躊躇(ちゅうちょ)

 その場に立ち尽くして、遠のいていく神木沙里の背中を見ていることしか出来なかった。夏菜の悲鳴に似た声も、泣き顔も、止まってしまった思考では上手く消化できない。ただ、唇に残った感触は、無性に、あの日の恵美の奔放な笑顔を俺に思い出させていた。

 あの時、恵美が俺に求めていたのは、ありふれた励ましなんかじゃなかった。その時、何も言えずに目を逸らすことしか出来なかった俺とは違って、恵美は悲しい結末を予見していたのだろう。

 ――なのに、今の俺はそれを知っていても、立ち尽くすことしか出来なかった。








(お姉ちゃんのこと忘れるなんて、私が絶対許さない)

 あの雨の日に、神木沙里が俺に残した言葉を何度も反芻する。あの言葉に込められた本当の意味。神木沙里の真意――。

 それが、あの時の恵美の言葉通りだとしたら辛すぎる。そうじゃないとしたら悲しすぎる。

あの時、雨に濡れながら空を見上げていた神木沙里は、悲しいぐらい俺に恵美を連想させた。 そうすることで、恵美は少しでも抱えきれない不安をやり過ごそうとしていた。恵美と神木沙里の見ていた景色は、どんな哀しい色をして二人を捉えていたのだろう……――。

「おい純! 純! お前夏菜とバッチリ決めたのかよ、この野郎。もったいぶってねえで聞かせろって! ボクタン腰抜けてチューできませんでちたぶ!」

 昼休み。人が廊下で一人たそがれて手すりに寄りかかっていると、K・Yな大樹君が無遠慮な大声とともに、俺に肩組みをして来たので黙って迎撃。その赤く染めた素敵坊主の頭頂部を思いっきり引っ叩いてやると、思いのほか気持ちのいい音が響いて、大樹は頭を抱えうずくまった。が、その三秒後に威勢良く掴みかかられた。逆切れですな。

「てんめえ! いきなりなにしやがる!」

「いや、全力で喧嘩売ってきたのはお前だろ」

「っけ! 図星だからって俺に八つ当たりしてんじゃねが!」

「おう。君の頭は太鼓張りにいい音出すね。さすが中身がスッカラカンなだけはありますな」

 再び気持ちのいい音を叩き出してやると、大樹はまた血相を変えて俺に襲い掛かってきた。

「調子に乗ってんじゃねえ、このビビリ虫野郎が!」

「うるせえ! やってねえなんて誰も言ってねえだろが!」

「だったら、ちゃんとやったんだろうな、ごら!」

「やったとも誰も言ってねえだろがっ!」

「なんじゃそりゃ! ビビリが逆切れしてんじゃねえよ!」

 と殴り合いに発展する前に、通りすがりの麗美様の手により、仲直りする僕たち。しかし、これ以上その話題にツッコまれても、こちらもなんと返答すればいいか困るので、とにかく何も言わず二人の下からダッシュで逃げる俺。他の子とならキスしたわ、なんて誰が言えるか。

 それにしても、やはり、というか、案の定というか、事態はかなりの深刻を極めた。昨日のキス事件(仮名)から一日、夏菜は当然のごとく口を利いてくれないどころか、目も合わせてくれない。おまけに、神木沙里ともまだ落とし前つけてないし、南の事だってある。

この複雑に絡み合う災難は神の陰謀か、などと、自分のふがいなさを棚に上げて心の中で舌打ちを一つ。あの後、すぐに神木沙里の後を追いかけて問いただしていればよかったのだが、出来なかった。

 神木沙里が何故あんなことを俺にしでかしたのかは分からない。とにかくもう、彼女に関わることに躊躇している場合ではなくなった。

 いくら言い訳を連ねても、向き合ってからじゃないと「嘘」になってしまう気がする。それが、すぐに夏菜に謝りにいけない理由だった。上辺だけ謝ってみたところで、夏菜は納得なんてしてくれないだろうし、許してもくれない。それは、この前の南とのことで痛感している。でも、何よりも躊躇してしまう理由が別にあることに、もう俺自身気付いていた。

 目を落とすと、あの日のきらめきを失ったビーズのブレスレットが、俺の左手首にぶら下がっている。そこに詰まったものを手繰り寄せて得られるものは、罪悪感でしかなかった。

 ――心の折り合いのつけ方なんて、本当は俺だって分かってはいない。

 いつの間にか、昼休み終了のチャイムが鳴っていた。








第4話と66話の本文を一部修正しました。

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